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黒文鳥

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8章

13

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 心地良い冷たさの手が額に触れて、ようやく意識がはっきりとしてきた。
 肌触りの良いシーツに、ベッドの端に跳ね除けた柔らかい毛布。
 ベッドサイドの照明が淡く照らし出す室内は、旧市街の廃墟とは違い整然としている。
 最早有無を言わせず後始末をカグたちに押し付けて、当初泊まっていた市街地のホテルに飛び込んだところまでは覚えているが。

「……あつい」

 アトリに覆い被さっていたユーグレイが、「そうだな」とどこかほっとしたような表情で同意する。
 まあもう驚きもしないが下は既に衣服を脱がされた後で、何の配慮か薄手の長袖シャツだけは着たままだ。
 深く呼吸をすると、服の繊維が胸の先端を擦って少し苦しい。
 意識が飛んでいた間に随分と弄られたのだろう。
 いや、溺れるような快感の後味を思えば、アトリ自身嫌がりなどしなかったのだろうが。

「脱ぎたい」

「いや、せめて着ておけ」

 平気だって、と答えるが指先すら動かすのは億劫で、ユーグレイが手伝ってくれない以上このまま着ているしかなさそうだ。
 アトリは重い頭を枕に預けたまま、軽く目を閉じた。
 熱があると指摘されたがそこまで体調に異変はないように感じる。
 防衛反応に紛れる程度であれば、そもそも大したことはないだろう。
 
「気分はどうだ? 防衛反応は大分落ち着いたと思うが」

「ん、大丈夫」

 アトリはふと瞬きをする。
 労わるように肌に触れるユーグレイは、何故か着衣のままだ。
 そして確かに幾度も達したような感覚はあるものの、身体の内側は決定的な物足りなさを訴えている。
 アトリは首を傾げた。

「あ、れ? 何で、挿れてねぇの?」

 自分でもあんまりな問いかけだとは思ったが、仕方がない。
 オレンジ色の照明がユーグレイの瞳の中でゆったりと揺れている。
 彼は静かに苦笑して、アトリの額にもう一度触れた。
 
「防衛反応を鎮めるだけならそこまでする必要はない。君、自分の体調が良くないという自覚はあるのか」

「熱いくらいで、あんまりなんだよな……。ちょっと疲れただけだろうし」

 ああ、じゃあこちらだけ発散させてもらってしまった訳か。
 別に意識が殆どなくても、ユーグレイだったら構わないのだが。
 何なら突っ込まれている状態で我に返るくらいのことは慣れっこである。
 アトリは「何度もは無理だけど」と前置きをして、力の抜けたつま先を少しだけ持ち上げてユーグレイの足を撫でた。
 
「やっぱ、ちゃんとしたい。ユーグ」

「…………君は、全く」

 呆れたように首を振ったユーグレイは、それでも小さく唾を飲み込んだ。
 可愛いもので、これくらいで呆気なく手を出してくれるらしい。
 少しだけ気掛かりはあるが依頼はひとまず完了。
 頑張ったご褒美くらい、あっても良いだろう。
 あんな風に言ってもらったのだから尚更だ。
 取り繕う余力もなくアトリが笑うと、彼は色々と察したようだった。
 するりと身体を起こしたユーグレイは、アトリの脚を折りたたむようにして押し上げる。
 
「あ、わ……ッ」

 支えられた下半身は完全にベッドから浮いて、つま先が宙を蹴った。
 ユーグレイの手が、腿を掴む。
 じわりと痺れるような快感が蘇ってくる。
 吐き出したもので濡れた腿には花弁のような紅斑が幾つも散っていた。
 脚の付け根に唇を寄せて、ユーグレイが薄い皮膚を吸う。
 覚えのある微かな痛みに喉が鳴った。
 そうだ、確かに何度も。

「君と繋がることは最上の価値があるが、そうでなくとも僕が『愉しむ』方法など幾らでもある」

「……いっ、あ、待っ、!」

 ユーグレイの眼前に晒された後孔が指で拡げられて背筋が震える。
 以前もそれは嫌だと言ったのに、彼は揶揄うようにそこに舌を差し込んだ。
 あたたかな熱が、粘膜を味わうように舐めていく。

「ーーーー、く、ぅ」

 ぎゅうっとシーツを掴んで、アトリは奥歯を噛んだ。
 意識を飛ばしていた間、散々同じことをされたのだと身体が覚えている。
 その舌を締め付けて何度も達したからだろう。
 当然のように快感を得る身体が腹立たしい。
 ユーグレイは意地の悪い表情で微笑む。
 名残惜しげに唇を離した彼は、ゆっくりとアトリの脚を下ろした。
 
「対価であればもらっているが、君がそこまで言うのならしようか」

「ちょ、待て! それ、嫌だって、前言っただろ……っ!」

 ユーグレイはシャツを脱ぎ捨てて、平然と「そうだな」と頷く。
 後頭部に手を回されて少し苦しいほど抱き締められて、アトリは言葉を飲んだ。
 駄目だ。
 ただ抱き締められただけなのに、何もかもどうでも良くなるほどに、気持ち良い。

「けれど今夜は嫌だと言わなかった。やりたいようにして良いと頷いてくれたのは、君だ」

「………………」

 嘘だとは言えなかった。
 寧ろ納得すら出来る。
 殆ど意識が飛んでいたのなら、アトリはきっとそう答えるだろう。
 羞恥も倫理も歯止めにはならない。
 馬鹿馬鹿しい。
 本当にどれだけこいつが大切なのだろうか。
 アトリは諦めて、ユーグレイの背中に腕を回す。
 
「反論はしないのか?」

 ユーグレイの問いかけが耳を擽る。
 何言ったところで墓穴掘るだけだろ、とアトリが呻くと彼は小さく声を上げて笑った。
 少し悔しいが、まあ良いか。

「反論は、ないけど。やっぱ脱ぎたい。直接触れられねぇの、もったいない」

 脱がして、と頼むとユーグレイは一瞬何とも言えない表情をして。
 
「……君、そういうところに気を付けろ。痛い目を見たくはないだろう」

 全くとばかりに彼は溜息を吐いた。





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