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終章
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しおりを挟む「それで、気のせいなら良いんだけど、俺送ってもらってんの?」
緩く曲線を描く防壁の廊下。
隣を歩いていた黒髪の少女は、何を今更と言わんばかりに不思議そうな顔で首を傾げた。
あの一件から既に一月が過ぎて、今日の診察を最後に療養は正式に終了。
セナのお墨付きを得て、ようやく日常生活に戻れる訳だが。
「うん。食堂でユーグレイと待ち合わせしてるんだよね? ちゃんと送っていくから、アトリは安心して良いよ」
クレハはあっさりと頷いてそう言った。
防壁の中でも油断は出来ないもんね、と言われるとうっかり連れ去られた手前何とも言い返しようがない。
自室療養になってからアトリの傍を離れることのなかったユーグレイは、今後のことなど相談も兼ねてと管理員に呼び出されている。
そう長く時間はかけないから、とベアが心底申し訳なさそうな顔をしたのは、間違いなくユーグレイが圧をかけたからだ。
「いや、うん。助かります」
アトリは複雑な気持ちを飲み込んで礼を口にする。
ふふんと誇らしげに微笑んだクレハは、どうやらアトリを「庇護対象」と認定しているようだ。
逆では。
まあ、無事に目を覚ました後彼女には散々泣かれたため異論を申し立てるのはやめておこう。
余計な説教を食らうのは勘弁願いたい。
「……あ」
ふとクレハが立ち止まって、小さく声を上げた。
第四防壁に渡る連絡通路を見慣れたペアが走って来るのが見える。
やけに大荷物な上、完全な旅装だ。
ふわふわした金髪を揺らして、リンがぱっと顔を綻ばせた。
少し遅れて後をついて来たロッタも、アトリたちに気づいたようだ。
「「アトリさん!」」
流石はペアと言うべきか。
声が重なった二人は一瞬顔を見合わせて笑い合う。
「めっずらしいぃ! 今日はユーグレイじゃなくてクレハちゃんと一緒なのぉ?」
「そう。食堂まで、私が護衛なの」
「良かった。それなら安心ですね」
リンに至っては、クレハがいなかったら自分がついて行くとか言い出しそうである。
いや、彼女たちだけではなく防壁の同僚にはどことなくそういう見守られ方をしているなという自覚はあった。
仔細までは明かされていないが、誰でも良かった訳ではなく「アトリ」という個人が狙われたのだと皆認識しているようだ。
思っていた以上に、自身はこの組織で大切にされていたらしい。
気恥ずかしさはあるが、文句を言えるはずがない。
「んで、急いでたみたいだけど平気?」
その格好でこれから区画の海に出る訳ではないだろう。
アトリに問われると、リンははっとしたように荷物を抱え直した。
「出向依頼なんです。急に日程が変わって、午後の便で出発することになって」
「出向? もう外の仕事も任されるようになったのか」
ついこの間研修に付き合ったような気もするが、随分と成長したものだ。
頑張ってんなと半分親のような気分で褒めると、リンは頬を染めてはにかむ。
帰って来たらまた一緒にご飯食べましょうね、と言われて勿論と頷いた。
遅れちゃうよぉ、とロッタに急かされて彼女はぺこりと頭を下げて走り出す。
途中振り返って手を振る二人は、何だか酷く楽しそうだ。
同じような感想を抱いたらしいクレハが、「仲良しだね」と少し羨ましそうに呟いた。
「そーだな」
まあ、そういうクレハも何だかんだセナのお手伝いとして楽しそうに仕事をしている。
勉強してちゃんと資格を取って防壁の病院で働きたいのだと聞かせてくれたのは、つい数日前ことだ。
それならここまで連れて来て良かったんだと、安堵した。
のんびりと歩いて辿り着いた食堂は、昼時ということもあって混雑していた。
吹き抜けの天井でくるくると回る大きなファンが、明るい喧騒を舞上げている。
アトリに気付いた同僚の何人かが、軽く声をかけてくれた。
防衛反応が落ち着いてから久しぶりに食堂に顔を出した時はちょっとした騒ぎになり、その後も何度かそういうことがあったのだが大分落ち着いただろうか。
「アトリくん」
少し奥のテーブルで、赤毛の青年が手を振る。
カグとニールだ。
まだユーグレイは来ていないが、「あの二人がいるなら護衛は完了で良いよね」と満足そうな顔をしたクレハに再度礼を言って別れる。
「ユーグレイくん、一緒じゃないんだね」
「そ、先輩に呼び出されてる」
当たり前のように手招きをされて、アトリはニールの隣の席に腰を下ろした。
昼食を終えたところらしい彼らは、灰色のローブこそ羽織っていないが服装を見る限り今日も哨戒任務があるようだ。
まだ海の匂いは纏っていないから夜間哨戒担当だろうか。
「んで? お前ら現場には戻って来んのかよ」
テーブルに頬杖をついたカグに素っ気なくそう訊かれる。
責めるような口調ではない。
張り合いがないのだろうか。
つまらなそうな気配さえあってアトリは苦笑した。
「一応そーいう話にはなってんな。今までみたいに、ちょっとセーブしながら様子見って感じになるだろうけど」
「色々あったもんね。無理しない方が良いよ」
うんうんと頷いたニールは、まだ少し心配そうな表情でアトリの様子を窺う。
この療養期間中、かなり慎重にアトリの魔術行使に問題がないか確認がされた。
結果としては、防衛反応は相変わらず壊れたまま。
威力調節も出来ないし魔力の受け取り過ぎもアウト。
ただ。
視力強化に関しては更に精度がおかしいことになっていた。
視ようと思えば、どこまででも視える。
そしてこの魔術に限っては防衛反応が起きなかったのだ。
ラルフ・ノーマンが構築した魔術が何らかの影響を及ぼしているのか、或いは一連の過剰な負担によって脳の損傷とやらが進行したのか。
真相はわからないが、魔術行使後の検査入院でも異常は見られず「無理をしなければ良い」という今まで通りの判断が下っている。
「でもユーグレイくんがいるし、きっと無理しようにも出来ないよね」
「いや、大人しくしてるつもりだけどな。ユーグにこれ以上心配かける訳にもいかねぇし」
心底反省している。
無理はしない、ちゃんと相談する。
きっとまだ失敗はするだろうが、それでもあんなことはもう懲り懲りだ。
カグとニールは呆れたような安心したような顔で、小さく笑う。
「てか、あのヤローは過保護過ぎだと思うけどな? 親かよって」
片手をひらひらと振ってそう言ったカグに、アトリは「いや」とやんわり否定する。
「親じゃなくて。あいつ、俺の彼氏。束縛強い系のな」
今度こそ明確に呆れた顔をされた。
ニールが堪えきれずに笑い出す。
まあ、捕まえていてもらわないとアトリとしても満足出来ない訳だが。
「…………ぁ」
するりと視線が誘われて、アトリは腰を浮かせた。
カグとニールが少し遅れて気付いて、「じゃあぼくたちは」と訳知り顔で席を離れる。
気を遣わせてしまったらしい。
それでも人波に時折隠れる銀髪から、目が離せなかった。
「ユーグ」
あ、やばい。
何て声で、名前を呼んでいるんだ。
「アトリ」
真っ直ぐにこちらに歩いて来たユーグレイが、同じ温度でアトリの名を呼ぶ。
今までも、こうだっただろうか。
食堂は騒つくこともなく、向けられた僅かな視線にも特別なものは感じられない。
いつも通りだ。
ユーグレイはアトリを真っ直ぐに見つめて、ふわりと微笑む。
細められる碧眼にはあたたかな感情が滲んでいる。
駄目だって、そういうの。
「……お前、本当に」
「本当に、何だ?」
心底幸せそうに問い返されて、アトリは言葉に詰まった。
悔しいが、ユーグレイのこの顔には勝てる気がしない。
力を抜いて椅子に腰掛けると、彼はいつものようにアトリの向かいに座る。
「ちょっと、手加減しろ。ユーグ」
「これでも手加減している方だが」
「マジか。その表情で? 嘘だろ」
戯れ合うような他愛のない会話が、ただ愛おしかった。
明日も明後日もその先もずっと。
こうやって彼と一緒に生きていくのだろう。
他の誰でもなく、アトリはユーグレイが欲しくて。
そして彼と手を繋いだ。
ああ、だから。
あの雪の夜を越えて来て良かったんだ、とアトリはようやく思った。
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初めまして!
とても素敵なストーリーで、かつ文章も引き込まれてしまう内容で今出ている最新話までノンストップで読み進めてしまいました…!!
主人公のアトリくんの性格も大好きですし、ペアであるユーグレイくんも大好きで、他キャラもみんな魅力的で全員大好きになってしまいました!!特にリンちゃんとロッタちゃんのペアは、とてつもなく好みです…リンちゃんがかっこよすぎて、これは…やばい、ってなったくらいです。
人間を食べて、姿を現すまではどこにいるの全く分からない人魚。
それに立ち向かうセルとエル。ペアなしでは魔術を展開できない設定も、アトリくんに襲い掛かる防衛本能の異変も、どれも自分の好みに刺さって仕方ありませんでした…!!アトリくん自体、快感には慣れてなくて、いつまでたってもユーグレイくんとの行為に慣れない姿も、とてもとてもいじらしくて大好きです!!!
黒文鳥さんの情事シーンの描写もとても大好きで、アトリくんが我慢してても我慢できずに声をもらして身悶えちゃうところが本当に好きです…!!
個人的に大好きなキャラが、ヴィオルムくんだったりします…!!
アトリくんはユーグレイくんとずっと一緒にいてほしい気持ちもあれど、ヴィオルムくんも、幸せになってほしさが強い!!!
長々と書いてしまいました…。
続きの物語も、とても楽しみに待っていますね!!
PS.
黒文鳥さんはSNSは何かやっていらっしゃるのでしょうか?
アトリくんとユーグレイくんのキャライメージイラストを見てもらえたらいいなと思い探していたのですが…どこにも載っていなかったので…
神谷凪紗様
お声をかけて頂きとても嬉しいです!
素敵な言葉をたくさん贈って下さって本当にありがとうございます。
どの子も好きになって頂けたなんて、作者としてこれ以上の幸せはありません。
リンちゃんとロッタちゃんのペア、私も書いていてとても楽しいです!
そうなんです、リンちゃんってば格好良いんです…笑
そしてヴィオルムくん。
少し心配しておりましたが、大好きと言って頂けてとっても嬉しいです。
一癖あるけれどすごく面白い子なので、これからも頑張ってくれると思っています!
ノリと勢いで楽しく書かせて頂いておりますがBLもがっつりR18な展開もこれが初めての作品で、そちらもお楽しみ頂けたのなら本当に何よりです。
趣味全開でちょっとどうかと思ったりしていたのですが…。
え、もっとやっても良いくらいですか!? そうですよね!!
作者は今後も自重する予定はないので、一緒ににこにこして頂けたらと思います♪
実はSNSは全くやっておらず、ネット上にはここにしかおりません。
でもまさか、まさかイラストを…、描いて下さったのですか……?
凄く嬉しいです…!
こんな夢みたいなことがあって良いのですか? 泣きそうです…。
今執筆の方で手一杯なのですが、落ち着きましたらアカウント開設を検討しようかなと思います!
その際はすぐにお知らせ致しますね!
改めて。
この物語を見つけて下さって、アトリたちを見守って下さって、本当にありがとうございます。
これからも一緒に楽しんで頂けたら幸いです!
こんにちは。遅ればせながら、間章読み終わりました。
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相変わらず憎たらしい面もありますが(そこが良いのですが!)カグとニールペアもただの憎まれ役じゃなくて、色々な葛藤をもちつつも頑張ってるペアだなと好きになりますし、ロッタとリンもかわいいし(リンは攻めだな…と思ってしまいました(笑))、主人公だけじゃなく色々なキャラがちゃんと世界を構築しているので、主人公二人がここで懸命に生きて、お互い思いあっていて…というのがより一層伝わってくると言いますか…(語彙力がなくてすみません)。本当に好きなお話です!
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のはら様
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これからも一緒に楽しんで頂けたら嬉しいです♪
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もっと評価されてほしい作品です。これからも更新を楽しみにしています!!
のはら様
お声をかけて下さって本当にありがとうございます!
こんなにあたたかい感想を頂けるとは思ってもいなくて、泣きそうです…。
作者だけが楽しんでしまっていないか心配だったのですが、こうしてお声をかけて頂けてとても励みになりました。
アトリとユーグレイの話はまだまだ続きますので一緒に楽しんで頂けたら嬉しいです!
これからもどうぞよろしくお願い致します!!