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終章
1
しおりを挟む辛くはないか、と何度もユーグレイに訊かれる。
今更前戯は必要ないと言ったのに、ひたすら丁寧に肌に触れられて心地良くて仕方がない。
時折、器から水が溢れるように軽く果てて。
そうしてまた柔らかい快感に浸る。
アトリはユーグレイを必死に引き寄せて、首を振った。
髪を撫でて行く指先。
腰を掴む手。
首筋を吸われて、また薄い膜が弾けるように達する。
辛いというか、これは。
凄いんだけど。
「大丈夫か? アトリ」
ユーグレイはアトリの様子を確かめるように身体を起こす。
優しい声に焦りはなく、どこか余裕があるように聞こえて少し腹が立つ。
アトリは「大丈夫だって」と喘ぎながら訴える。
もうずっと欲しくて苦しいくらいなのに、まだ挿入れてくれないのか。
下腹部で擦れ合う熱を感じながら、「いいから早く」と急かす。
「もう少し待て、アトリ。僅かでも、君に苦痛は感じて欲しくない」
いや、これだけ中を解せば苦痛など感じようもないとわかるだろう。
わざとか、こいつ。
ユーグレイの長い指が泥濘んだそこをゆっくりとかき混ぜる。
「は、ぁっ、ーーーーっ」
ふっと思考が白くなるが、強烈な絶頂には至らない。
忙しくなく上下するアトリの胸元に手を置いて、ユーグレイは「ほら」と言い聞かせるように続ける。
「君、激しい行為にはまだ耐えられないだろう。ゆっくりするから、煽るな」
これ以上待てとか、それこそ耐えられない。
密着したままの腰が無意識に揺れる。
こんなに我慢したのだから、いい加減ユーグレイが欲しかった。
意識も届かないような深いところまで、全部。
全部満たして欲しい。
「ユー、グっ、もう……、もう、欲しい。待て、ない」
挿入れて、と子どものように強請る。
熱い吐息が耳元を擽った。
全く、とユーグレイが苦笑する。
いつか同じように焦らしてやろうと決意しながら、アトリは彼の腰に脚を絡めた。
ベッドが軋んで、心臓が音を立てる。
軽く押し当てられただけの熱の先端を、緩んだ孔が夢中で咥え込んだ。
「……アトリ」
今、この瞬間に、そういう表情をするのは駄目だろう。
泣きそうな顔で、ユーグレイは微笑む。
愛おしくて堪らないと何度も名前を呼ばれた。
ユーグ。
本当に、どうしようもなく。
お前が好きだよ。
「ん゛、あッーーーー!」
息苦しさも、痛みもない。
濡れた粘膜を優しく擦り上げながら、ユーグレイが奥へと入って来る。
痺れるような快感に呑まれて訳がわからなくなる。
途切れ途切れに甘えるような声が漏れた。
気持ち良い。
気持ち良くて、気持ち良くて。
ああ、駄目だ。
「あ、う゛っ、ーーーーぁ、あ」
何の抵抗もなく奥が開くのがわかった。
微かに滑るような音を立てて、そこをとんとんと突かれる。
宣言通り、激しくはない。
でもこういうの逆効果では。
ゆるゆると揺さぶられながら、アトリはぼんやりと思った。
繋がっている。
ユーグレイの温度と形だけが、酷く鮮明だ。
打ち寄せる波のように、繰り返し繰り返し達している。
堪えるように彼が唾を飲み込む。
アトリはユーグレイの背に回した腕に力を込めた。
「平気、か? 無理は、するな」
「む、りじゃない……っ! も、出せってぇ! 欲し、いって、言ってんだろ……っ」
このまま、奥に出して欲しい。
駄々を捏ねるようにそう言うと、ユーグレイはぐっと腰を押し込んだ。
ぐちゅと思ったより大きな水音がする。
「ゆ、ぅぐ……っ」
頭の後ろを押さえる手。
腰を引き寄せると同時に上から体重をかけられて、ひたりと身体が重なった。
アトリの意思では身動き一つ許されないような完全な拘束。
自覚があるのかないのか、それは獣が雌を捕らえる体勢に似ている。
いや、孕みは、しないんだけど。
ユーグレイはやけに鋭い碧眼を細めて、アトリの目元を舐めた。
わかって。
その意図で、やっている。
「アトリ」
胎の奥が、受け入れた彼の欲に必死に吸いつく。
きらきらと視界に白い星が散った。
意味のない音の羅列が喉から押し出される。
爪先だけがひくひくと跳ねて、それ以外はどこにも快感を逃せない。
熱い。
何にもかもを塗り潰すように熱を注ぎ込まれて、それなのにまだ全然足りない。
あやすように押さえ込まれた身体が揺さぶられて、ふわふわした幸福感に浸る。
たった一回なのに、今のは凄かった。
余韻を手放したくなくて、アトリは目を閉じる。
混ざり合って、溶ける呼吸。
酷く優しい手が背中を撫でて、ゆっくりと重なった身体が離れていく。
「は、ぁっーーーー、や、まだ」
「少し、落ち着いただろう。もう休め、アトリ」
マジか、と途方に暮れて瞬きをする。
ユーグレイは深く息を吐いて自身の欲求を押し殺したようだった。
いつものように涼しい顔をするが、彼の熱はまだアトリの中を満たしたままだ。
「えぁ……っ、もう、一回」
抜かないで欲しい、と脱力しかけた手でユーグレイに抱きつく。
いや、彼とてやりたくない訳ではないだろう。
ただアトリに無理をさせるつもりが一切ないだけだ。
どうやら治療という名目を逸脱する気はないらしい。
真面目か。
「……………………駄目だ」
たっぷり数秒逡巡してユーグレイは低く答える。
アトリは小さく呻いて、彼の銀髪に指を差し込んだ。
我儘を言うことも出来なくはないが、激しい行為に耐えられないだろうというユーグレイの指摘が正しいことも理解はしている。
全く足りないけれど多分限界ではあるのだろう。
「う……、じゃ、このまま、抱いてて。ユーグ」
「君、それは」
腰を押し付けると、少し抜けてしまった熱が中に戻ってくる。
ユーグレイは堪えるように眉を寄せた。
ごめん、流石に悪いとは思うんだけど、ちょっと耐えられない。
「俺が眠るまでで、良いから」
繋がっていたい。
一番深いところで、ユーグレイの体温を感じていたい。
彼はゆるりと首を振って、アトリの唇を塞ぐ。
そっと触れるだけの口付けが、ただひたすらに心地良い。
「……駄目っつって待たせたの、俺なのに、ごめん」
ユーグレイは片手で毛布を引き上げて、「そうだな」と柔らかく微笑む。
「恋人としての初めては、相応の覚悟をしておいてくれ」
それは、勿論。
何をされても良い。
ユーグレイの腕の中、アトリは頷いて目を閉じる。
蕩けるような穏やかな快感を抱きながら、何故か泣きたいような気持ちになった。
悲しくはない。
辛くもない。
ただ、幸せだとアトリは思った。
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