それでも君と、愛にならない恋をしたい

蓮美ちま

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第十章

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「ごめん、待たせた?」

 ブルーのクロスバイクに跨った先輩が公園についたのは、午後三時半を少し過ぎた頃だった。

「いえ、全然」

 初めてこの公園に先輩が会いに来てくれた時も、同じような会話をした。まだ少し夏の名残があった頃、会ったばかりの私のために話を聞きに来てくれた先輩に戸惑いながらも、その優しさに急速に惹かれていったのを思い出す。

「寒くないか? これ買ってきた」

 手首に下げたコンビニの袋から、温かいレモンティーが差し出された。

「ありがとうございます。あったかい」

 近くのベンチにふたりで座った。もらったペットボトルを頬に当てながら、どうやって話を切り出そうかと考える。

 伝えたいことや聞きたいことがありすぎて、気持ちがうまく纏まらない。

 先輩を呼び出しておきながら、いざ話そうと思うと言葉が出ないなんて。私は徐々に焦ってくる。

「あの、あの……私……」
「菜々。大丈夫、ゆっくりでいい」

 そう告げる先輩の優しさは、ここで初めて弱音を聞いてくれた時と全く変わらない。

 私はこくりと頷き、ゆっくりと言葉を選びながら口を開いた。

 先輩から逃げ出したあと、今年の三月まで住んでいた街へ行っていたのだと話すと、先輩は「そっか」と納得したように頷く。

「先輩が伝えてくれたおかげで、お父さんが迎えに来てくれました。そこでお父さんの本音を聞いて、お母さんからの手紙を受け取ったんです」
「手紙?」
「私が……恋を知ったら渡すようにと、お母さんが生前お父さんに託していたらしいです」

 私に恋を教えてくれた張本人に話すのはめちゃくちゃ恥ずかしい。両手で口元を隠しながらもごもごと話すと、隣の先輩も心なしか少し耳が赤く染まっている。

「お母さんの手紙を読んで、拗らせていた考え方を改めました。楓先輩、言ってくれましたよね。『菜々のお母さんは、お父さんの幸せを裏切りだって思うような人なのか?』って」
「いや、あれは……菜々の気持ちも考えずに、無神経だった」

 後悔を顔に滲ませる先輩に、私は笑顔で首を横に振った。

「いえ、いいんです。その通りでした。お母さんは、もしお父さんが再婚するのなら応援してあげてって、手紙に書いていたんです」

 そう伝えると、先輩は驚いた顔をしている。

 お父さんと土手で交わした会話や、お母さんからの手紙の内容を先輩に話した。そうすることで、より両親の、特にお母さんの思いを客観的に見つめられた気がする。

『恋をすると、彼とずっと一緒にいたいよね。ふたりで幸せになりたいって思う。

 その恋が愛になるとね、ただその人の幸せを願えるようになる。自分よりも、相手が幸せになってくれたらいいなって感じるの』

 恋と愛の違いを考えたことなんてなかったし、私はまだ恋を知ったばかりで、お母さんの思いを受け入れることはできても、全部を理解できたわけじゃない。いつか大人になったら、お母さんの言う〝愛〟がわかるようになるのかな。

 私が話し終えると、楓先輩は長い息を吐き、じっとなにかを考えた様子だ。

「……優しくて強い、素敵なお母さんだな」

 お母さんを褒められたのが嬉しくて、私は笑顔で大きく頷いた。

「はい」

 幸せに生きていくために誰かを好きになることは、決して裏切りではない。永遠に故人を偲んで生きていく道もあれば、新たに伴侶を見つけて寄り添って歩む道もある。

 お父さんや真央さんと本音で話し、お母さんの深い愛情の詰まった手紙を受け取った今、ようやく受け止めることができた。

 私は大きく息を吸い込み、ふうっと静かに吐き出してから、ずっと聞くのが怖かった彼女について尋ねた。

「……原口希美さんについて、聞いてもいいですか?」
「うん。俺も、菜々に話したいと思ってた」

 そう告げられ、不安と緊張から胸がドキドキして落ち着かない。

 だけど、きちんと聞かなくては。これから自分がどうすれば後悔しないのか、どうしたら幸せになれるのか、しっかりと考えるために。

「希美は同じマンションに住んでた幼なじみで、元々母親同士が交流があったらしい。俺の両親が俺の力を知ってからは、仕事を理由に頻繁に希美の家に預けられてた。兄妹みたいに一緒に育ったんだ」

 楓先輩が話してくれたのは、幼い頃からの希美さんとの思い出。

 活発で運動神経のよかった彼女はずっと陸上の選手だったことや、勉強はあまり得意ではなかったこと、激辛好きで食事にはなんでもタバスコを入れていたことなど、まるで昨日も会っていたかのように淀みなく話す。

「うちの高校を受けたいって言い出した時は、俺だけじゃなく希美の両親も無理だって説得してたな。でもあいつ、『あの制服着てイケメンの彼氏を作る』って聞かなくて。結局部活を引退したあと、俺が勉強を教えてた。不純な動機だったくせに、たった三ヶ月でめちゃくちゃ成績が上がったんだよ」

 希美さんの明るい人柄ゆえか、楓先輩も柔らかい表情で話している。彼女に会ったことのない私も思わず笑みが零れた。きっと友達も多くて、とても素敵な人だったんだろう。

 ……ん? あれ、先輩、今なんて……。

「イケメンの、彼氏を作る……?」
「そう。可愛い制服着て、髪伸ばして、イケメン彼氏作って青春を謳歌したかったんだって。不純だろ」
「え……だって希美さんは、楓先輩と付き合ってたんですよね……?」

 希美さんには、可愛い制服に頼らなくてもずっとそばに〝イケメンな彼氏〟がいたはずなのに。

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