【完結】その男『D』につき~初恋男は独占欲を拗らせる~

蓮美ちま

文字の大きさ
3 / 28
最低最悪の初対面

しおりを挟む
冬の足音が近付いてきた十一月。
九月十月の秋の繁忙期が終わり、私はファイル整理に追われる毎日を送っていた。

A2サイズの大きなバインダーには、どこの企業や学校がいつ、何人、どんな健診を受けたのかがプリントアウトされファイリングしてある。

それだけでも膨大な資料なのに、受診者全員の名簿、どの検診車を使ったのか、担当した医療従事者と事務やバイト全員の氏名、受診者の結果や再検査のお知らせ、紹介状の文書まですべてプリントアウトしてファイリングしなくてはならない。

出張健診部のフロアのキャビンには過去5年分の資料のバインダーが収納され、それ以前のものは地下三階の資料室に保管されている。

重大な個人情報なため最低十年は破棄することが許されず、年々契約する企業や学校が増えるため、このファイル整理だけでも一仕事なのだ。

なぜ一々プリントアウトするのかといえば、紙で医師会に提出する決まりだから。すべて二部印刷して全く同じファイルをふたつ作り、ひとつは医師会に提出、もうひとつはC健で保管している。

なぜ医師会がデータではなく紙で提出を要求してくるのかは私にはわからない。ただ一職員の事務担当が口を挟むことも出来ず、長いものに巻かれて膨大な資料をちまちまバインダーに綴じていく。

フロアのキャビンに入り切らなくなったバインダーを段ボールに詰め、総務部から借りてきた台車に乗せてエレベーターで地下三階へ降りた。

一応暖房は効いているはずなのに、エレベーターが開いた瞬間ひんやりとした空気が肌を包む。ガラガラと台車を押して廊下を進むと、資料室の電気が付いていることに気が付いた。

私のようにファイル整理する以外には滅多に人が立ち入らないはずの資料室。

不審に思いながらドアを開けると、目に飛び込んできたのは書架の影で重なり合う2人の男女。

「……あ」

壁を背に預け足を投げ出して座るスーツ姿の男性の腰の上に、オレンジのステッチがポイントになっているスクラブ姿の女性。このスクラブはC健の看護師の制服なので、彼女は外来のナースなんだろうと当りが付いた。

ジップアップのスクラブは胸の上まで捲られ、大きな胸が黒いレースのセクシーなブラからはみ出している。下着はつけていたものの制服のパンツは片足から抜けていて、まさに『いざ挿入』というタイミング。

思わず声を出してしまったせいで、お楽しみ中だったふたりに気付かれてしまった。

先に私に気が付いた看護師さんは明らかに『ヤバイ』という顔をして男性の腰から下りると、手早く服装を直し、何も言わずにこの場を走り去って行った。

彼女の左手の薬指にはシンプルなシルバーの指輪が見えたので、あの気まずそうな表情はそれが原因だと思われる。

それにしても、この現状でひとりで逃げ出すなんてズルくないか。居たたまれないのは私の方だというのに。

「あーあ。逃げられちゃった」

スーツ姿の男、友藤さんは至極残念そうに肩を落とした。

顔と名前くらいは知っていたものの、こうして話すのは初めてなので初対面のようなもの。

それなのに私は何を見せられているのか。

「あの……目のやり場に困るので。ソレしまってもらえます?」

ベルトが緩められ、スラックスのチャックも下りてている。

明らかに臨戦態勢のソレが下着の中で主張しているのが見えてしまって気まずいことこの上ない。

なぜあの看護師さんが素早く着替えている間にズボンくらい履けないのか。

心の中で早く服装を整えて出て行って欲しいと考えていると、友藤さんは私の言葉をスルーして話しかけてきた。

「君が代わりに続きシてくれる?」
「……はい?」
「俺は君なら大歓迎だけど」

少し垂れた目が私を誘うように見つめる。人好きのしそうな顔なんだろうけど、私にはもう胡散臭そうにしか見えない。

頭が沸いているとしか思えない発言に顔を顰めた。

雰囲気イケメンだからって許されると思ってる?

正真正銘のイケメンですら許されざる言動だと思うんだけど。

これだから自分をモテると思ってる奴は嫌いだ。

イケメンは正義ではない。断じて違う。

「仕事したいので出て行ってくれますか?」

取り繕うのもアホくさく思えて冷たい視線を送ると、珍しいものでも見たような驚いた表情で私を凝視する。

「え、ほんとにしないの?」
「え、何ですると思ったの?」

思わず敬語も忘れて突っ込んでしまう。

「はじめて断られた……」

今まで同じフロアにデスクがあるというだけで話したこともない人だけど、なんとなくモテるというのは知っていた。最近ではあまりよくない噂を耳にすることもあった。

現場に来て差し入れをしているところを見かけたことがあるくらいで面識はなかったけど、まさかこんなクズだったとは…。

イケメンだともてはやされ許されてきたせいで、正常な感覚が麻痺してしまっているんだろうか。

そうだとすればいい年してだいぶ残念な男だ。

「ほら見てよ。しょんぼりしちゃったじゃん」

ナニがとは聞かないが、そんな報告をしてくる友藤さんに遠慮は無用と悟る。

「良かったじゃないですか、わざわざトイレで抜く手間が省けて」

もう仕事をしようと台車から段ボールを下ろしながら視線すら向けずに答えると、友藤さんは「ぶはっ!」と吹き出すように笑いながらようやく立ち上がった。

乱れたズボンを直してベルトを締めると、私が持っていた段ボールを代わりに上の段に上げてくれる。

「ここでいい?」
「……どうも」

急に距離が近付き、警戒心がぐわっと湧き上がる。

「事務の子だよね、少し前に入ってきた。俺、友藤遊人。名前聞いても良い?」
「嫌です」

友藤さんは私の胸元に視線を落とす。

しまった、入館証……。慌ててネームホルダーを手に取るが、時既に遅し。

「朱音ちゃんね」
「中原です」
「これからよろしくね、朱音ちゃん」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

処理中です...