【完結】その男『D』につき~初恋男は独占欲を拗らせる~

蓮美ちま

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最低最悪の初対面

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冬の足音が近付いてきた十一月。
九月十月の秋の繁忙期が終わり、私はファイル整理に追われる毎日を送っていた。

A2サイズの大きなバインダーには、どこの企業や学校がいつ、何人、どんな健診を受けたのかがプリントアウトされファイリングしてある。

それだけでも膨大な資料なのに、受診者全員の名簿、どの検診車を使ったのか、担当した医療従事者と事務やバイト全員の氏名、受診者の結果や再検査のお知らせ、紹介状の文書まですべてプリントアウトしてファイリングしなくてはならない。

出張健診部のフロアのキャビンには過去5年分の資料のバインダーが収納され、それ以前のものは地下三階の資料室に保管されている。

重大な個人情報なため最低十年は破棄することが許されず、年々契約する企業や学校が増えるため、このファイル整理だけでも一仕事なのだ。

なぜ一々プリントアウトするのかといえば、紙で医師会に提出する決まりだから。すべて二部印刷して全く同じファイルをふたつ作り、ひとつは医師会に提出、もうひとつはC健で保管している。

なぜ医師会がデータではなく紙で提出を要求してくるのかは私にはわからない。ただ一職員の事務担当が口を挟むことも出来ず、長いものに巻かれて膨大な資料をちまちまバインダーに綴じていく。

フロアのキャビンに入り切らなくなったバインダーを段ボールに詰め、総務部から借りてきた台車に乗せてエレベーターで地下三階へ降りた。

一応暖房は効いているはずなのに、エレベーターが開いた瞬間ひんやりとした空気が肌を包む。ガラガラと台車を押して廊下を進むと、資料室の電気が付いていることに気が付いた。

私のようにファイル整理する以外には滅多に人が立ち入らないはずの資料室。

不審に思いながらドアを開けると、目に飛び込んできたのは書架の影で重なり合う2人の男女。

「……あ」

壁を背に預け足を投げ出して座るスーツ姿の男性の腰の上に、オレンジのステッチがポイントになっているスクラブ姿の女性。このスクラブはC健の看護師の制服なので、彼女は外来のナースなんだろうと当りが付いた。

ジップアップのスクラブは胸の上まで捲られ、大きな胸が黒いレースのセクシーなブラからはみ出している。下着はつけていたものの制服のパンツは片足から抜けていて、まさに『いざ挿入』というタイミング。

思わず声を出してしまったせいで、お楽しみ中だったふたりに気付かれてしまった。

先に私に気が付いた看護師さんは明らかに『ヤバイ』という顔をして男性の腰から下りると、手早く服装を直し、何も言わずにこの場を走り去って行った。

彼女の左手の薬指にはシンプルなシルバーの指輪が見えたので、あの気まずそうな表情はそれが原因だと思われる。

それにしても、この現状でひとりで逃げ出すなんてズルくないか。居たたまれないのは私の方だというのに。

「あーあ。逃げられちゃった」

スーツ姿の男、友藤さんは至極残念そうに肩を落とした。

顔と名前くらいは知っていたものの、こうして話すのは初めてなので初対面のようなもの。

それなのに私は何を見せられているのか。

「あの……目のやり場に困るので。ソレしまってもらえます?」

ベルトが緩められ、スラックスのチャックも下りてている。

明らかに臨戦態勢のソレが下着の中で主張しているのが見えてしまって気まずいことこの上ない。

なぜあの看護師さんが素早く着替えている間にズボンくらい履けないのか。

心の中で早く服装を整えて出て行って欲しいと考えていると、友藤さんは私の言葉をスルーして話しかけてきた。

「君が代わりに続きシてくれる?」
「……はい?」
「俺は君なら大歓迎だけど」

少し垂れた目が私を誘うように見つめる。人好きのしそうな顔なんだろうけど、私にはもう胡散臭そうにしか見えない。

頭が沸いているとしか思えない発言に顔を顰めた。

雰囲気イケメンだからって許されると思ってる?

正真正銘のイケメンですら許されざる言動だと思うんだけど。

これだから自分をモテると思ってる奴は嫌いだ。

イケメンは正義ではない。断じて違う。

「仕事したいので出て行ってくれますか?」

取り繕うのもアホくさく思えて冷たい視線を送ると、珍しいものでも見たような驚いた表情で私を凝視する。

「え、ほんとにしないの?」
「え、何ですると思ったの?」

思わず敬語も忘れて突っ込んでしまう。

「はじめて断られた……」

今まで同じフロアにデスクがあるというだけで話したこともない人だけど、なんとなくモテるというのは知っていた。最近ではあまりよくない噂を耳にすることもあった。

現場に来て差し入れをしているところを見かけたことがあるくらいで面識はなかったけど、まさかこんなクズだったとは…。

イケメンだともてはやされ許されてきたせいで、正常な感覚が麻痺してしまっているんだろうか。

そうだとすればいい年してだいぶ残念な男だ。

「ほら見てよ。しょんぼりしちゃったじゃん」

ナニがとは聞かないが、そんな報告をしてくる友藤さんに遠慮は無用と悟る。

「良かったじゃないですか、わざわざトイレで抜く手間が省けて」

もう仕事をしようと台車から段ボールを下ろしながら視線すら向けずに答えると、友藤さんは「ぶはっ!」と吹き出すように笑いながらようやく立ち上がった。

乱れたズボンを直してベルトを締めると、私が持っていた段ボールを代わりに上の段に上げてくれる。

「ここでいい?」
「……どうも」

急に距離が近付き、警戒心がぐわっと湧き上がる。

「事務の子だよね、少し前に入ってきた。俺、友藤遊人。名前聞いても良い?」
「嫌です」

友藤さんは私の胸元に視線を落とす。

しまった、入館証……。慌ててネームホルダーを手に取るが、時既に遅し。

「朱音ちゃんね」
「中原です」
「これからよろしくね、朱音ちゃん」

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