【完結】その男『D』につき~初恋男は独占欲を拗らせる~

蓮美ちま

文字の大きさ
10 / 28
渦巻く独占欲《Side遊人》

しおりを挟む

それにしても…彼女の恋人の条件が童貞とは。

端から俺みたいな男は嫌いだと態度で示されていたものの、いざ対象外だと明言されると急速に心が冷えていくような感覚に陥った。

そんな自分の戸惑いを押し隠すように茶化しながら、その真意を探ろうとして何度か理由をつけて一緒にランチを食べても、朱音ちゃんは面倒くさそうな顔をして何も教えてはくれなかった。

しかしひと月前、俺たちの最悪の初対面を交わした資料室へ向かう朱音ちゃんを追いかけ、無理矢理ファイル整理を手伝ったのを理由に一緒にランチに行った日。彼女が『Dの男』を探すのは、独占欲や嫉妬心を感じたくないからだという理由を引き出すことが出来た。

美味しそうににこにこデザートを食べる朱音ちゃんが可愛くて、自分の分のケーキも彼女に差し出す。女性にそんなことをしたのは初めてだったけど、その時はただ嬉しそうな彼女を見ていたい一心だった。

そんな彼女の心が強く囚われるという独占欲や嫉妬心。俺はそういうものをいまだかつて感じたことがないため、なぜそこまで相手に感情移入出来るのかがわからなかった。

それを聞いてみたくてじっと彼女を見つめていると『フォンダンショコラってエロいよなって言い出したらフォークで刺しますよ?』という中学生みたいな下ネタを言ってくる朱音ちゃんに思わずコーヒーを噴き出してしまった。

相変わらず彼女の中の俺は『エロいことしか頭にない最低野郎』というレッテルが瞬間接着剤のように強力に貼り付いているらしい。

自業自得だとは思うものの、軽蔑しきった目で見られるのはいくら慣れてもやはり切ない。

そして彼女のような可愛らしい子がとんでもない下ネタを平気で言うのを止めなければという保護者のような気持ちになった。聞いててなんとも居たたまれない。

朱音ちゃんは俺に女への独占欲というものは存在しないだろうと見切っていて、自分の気持ちをわかりやくす俺に想像させようと万年筆を用いて説明してくれた。

彼女の例えでは恋愛に関して抱く気持ちとかけ離れ過ぎていて理解は出来なかったものの、語られた話があまりにも切なくてなんと言葉を掛けたらいいのか、咄嗟に浮かばなかった。

どれだけ女を抱いてきたといっても、必死に口説いたり喜ばせてあげようなんて考えたこともない。目の前の女の子に掛けるべき言葉すら見つけられない。それがどうにも歯痒くて、帰りがけにランチ代だと嘯いてキスをした。セックスをする時以外でキスをしたのも初めてだった。

この頃にはもう、俺は彼女に堕ちていたのかもしれない。


エレベーターで八階まで上がると、ビルの受付とは別にスパークルの小さな受付がある。

そこでも先程のように名前を告げると、受付に立っていた同年代くらいの女性が「中原さん?」と俺の後ろの朱音ちゃんを呼んだ。

「え、知り合い?」

相変わらず顔色の優れない彼女を振り返ると、蚊の鳴くような声で「元、職場なんです」と言った。

元職場。それがなぜこんなにも不穏な空気にさせるのか。心配で俯いた彼女の顔を覗き込もうとした時、「お待たせしました!」と担当の佐藤という男がやってきた。

彼は総務部に異動する前は営業部にいたらしく、契約を持ちかけたときから何かと良く話しかけてきた。本当はまた営業に戻りたいのに、と愚痴をこぼしていたこともある。

『親しみやすい』と『馴れ馴れしい』は紙一重だが線引を間違えてはいけないところだ。正直彼は営業に戻ったところで良い成績は出ないだろうと勝手に思っている。

「お世話になっております」
「いえ、ではご案内しま……え、朱音?」

失礼なことを考えていたのをおくびにも出さずに頭を下げると、同じく会釈を返してきた佐藤の視線が俺を通り越して後ろに立つ朱音ちゃんに釘付けになった。

ここが彼女の元職場だというのなら、大きくない会社だし殆どが顔見知りだろう。

だが先程から漂う居心地の悪い空気、朱音ちゃんの怯えるような表情を見れば、円満退職ではなかったと容易に想像できた。

そして『朱音』と名前で呼ぶこの男が、彼女とどんな関係だったのかも。

その思考に辿り着くと、身体の中でどす黒いものが猛烈に渦巻き、胸を掻きむしりたい衝動に駆られた。

細めた目の前が薄暗くなり、喉が焼け付くように痛む。朝はいつも通りコーヒーだけで済ませたというのに、胸焼けのように気分が悪い。

二日酔いの時ですらこんな風になったことはない。得体の知れない感情で指先が震えるのを、手のひらに爪を立てながら拳を握ることでぐっと堪える。

目の前の男を睨みつけるように見つめようと、彼の視線は俺ではなく後ろの彼女にしか向いていない。

まるで俺の存在などないかのようにふたりで見つめ合っているのに苛立ちが抑えきれないでいた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜

処理中です...