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渦巻く独占欲《Side遊人》
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しおりを挟むそれにしても…彼女の恋人の条件が童貞とは。
端から俺みたいな男は嫌いだと態度で示されていたものの、いざ対象外だと明言されると急速に心が冷えていくような感覚に陥った。
そんな自分の戸惑いを押し隠すように茶化しながら、その真意を探ろうとして何度か理由をつけて一緒にランチを食べても、朱音ちゃんは面倒くさそうな顔をして何も教えてはくれなかった。
しかしひと月前、俺たちの最悪の初対面を交わした資料室へ向かう朱音ちゃんを追いかけ、無理矢理ファイル整理を手伝ったのを理由に一緒にランチに行った日。彼女が『Dの男』を探すのは、独占欲や嫉妬心を感じたくないからだという理由を引き出すことが出来た。
美味しそうににこにこデザートを食べる朱音ちゃんが可愛くて、自分の分のケーキも彼女に差し出す。女性にそんなことをしたのは初めてだったけど、その時はただ嬉しそうな彼女を見ていたい一心だった。
そんな彼女の心が強く囚われるという独占欲や嫉妬心。俺はそういうものをいまだかつて感じたことがないため、なぜそこまで相手に感情移入出来るのかがわからなかった。
それを聞いてみたくてじっと彼女を見つめていると『フォンダンショコラってエロいよなって言い出したらフォークで刺しますよ?』という中学生みたいな下ネタを言ってくる朱音ちゃんに思わずコーヒーを噴き出してしまった。
相変わらず彼女の中の俺は『エロいことしか頭にない最低野郎』というレッテルが瞬間接着剤のように強力に貼り付いているらしい。
自業自得だとは思うものの、軽蔑しきった目で見られるのはいくら慣れてもやはり切ない。
そして彼女のような可愛らしい子がとんでもない下ネタを平気で言うのを止めなければという保護者のような気持ちになった。聞いててなんとも居たたまれない。
朱音ちゃんは俺に女への独占欲というものは存在しないだろうと見切っていて、自分の気持ちをわかりやくす俺に想像させようと万年筆を用いて説明してくれた。
彼女の例えでは恋愛に関して抱く気持ちとかけ離れ過ぎていて理解は出来なかったものの、語られた話があまりにも切なくてなんと言葉を掛けたらいいのか、咄嗟に浮かばなかった。
どれだけ女を抱いてきたといっても、必死に口説いたり喜ばせてあげようなんて考えたこともない。目の前の女の子に掛けるべき言葉すら見つけられない。それがどうにも歯痒くて、帰りがけにランチ代だと嘯いてキスをした。セックスをする時以外でキスをしたのも初めてだった。
この頃にはもう、俺は彼女に堕ちていたのかもしれない。
エレベーターで八階まで上がると、ビルの受付とは別にスパークルの小さな受付がある。
そこでも先程のように名前を告げると、受付に立っていた同年代くらいの女性が「中原さん?」と俺の後ろの朱音ちゃんを呼んだ。
「え、知り合い?」
相変わらず顔色の優れない彼女を振り返ると、蚊の鳴くような声で「元、職場なんです」と言った。
元職場。それがなぜこんなにも不穏な空気にさせるのか。心配で俯いた彼女の顔を覗き込もうとした時、「お待たせしました!」と担当の佐藤という男がやってきた。
彼は総務部に異動する前は営業部にいたらしく、契約を持ちかけたときから何かと良く話しかけてきた。本当はまた営業に戻りたいのに、と愚痴をこぼしていたこともある。
『親しみやすい』と『馴れ馴れしい』は紙一重だが線引を間違えてはいけないところだ。正直彼は営業に戻ったところで良い成績は出ないだろうと勝手に思っている。
「お世話になっております」
「いえ、ではご案内しま……え、朱音?」
失礼なことを考えていたのをおくびにも出さずに頭を下げると、同じく会釈を返してきた佐藤の視線が俺を通り越して後ろに立つ朱音ちゃんに釘付けになった。
ここが彼女の元職場だというのなら、大きくない会社だし殆どが顔見知りだろう。
だが先程から漂う居心地の悪い空気、朱音ちゃんの怯えるような表情を見れば、円満退職ではなかったと容易に想像できた。
そして『朱音』と名前で呼ぶこの男が、彼女とどんな関係だったのかも。
その思考に辿り着くと、身体の中でどす黒いものが猛烈に渦巻き、胸を掻きむしりたい衝動に駆られた。
細めた目の前が薄暗くなり、喉が焼け付くように痛む。朝はいつも通りコーヒーだけで済ませたというのに、胸焼けのように気分が悪い。
二日酔いの時ですらこんな風になったことはない。得体の知れない感情で指先が震えるのを、手のひらに爪を立てながら拳を握ることでぐっと堪える。
目の前の男を睨みつけるように見つめようと、彼の視線は俺ではなく後ろの彼女にしか向いていない。
まるで俺の存在などないかのようにふたりで見つめ合っているのに苛立ちが抑えきれないでいた。
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