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その先は聞かない
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しおりを挟む一年ぶりに元職場に行くことになった。急に打ち合わせの代打に指名され、相手先の企業を見て心臓が止まるほど驚いた。
新入社員としてスパークルに入社したのは今から三年前。営業課に配属された賢治と、有名デザイナーの沢田洋司を父に持つ美香はデザイン部。そして総務部の私。たった三人きりの同期。
あっという間に仲良くなり、よく三人で飲みに行ったりもした。
賢治と付き合い出したのは入社から二年近く経つ頃。長身で目鼻立ちの整ったイケメンな彼からずっと好きだったと告白され、まんざらでもなかった私はその場で頷いた。
過去何度も嫉妬しすぎてダメになっている私は、アドバイスを貰おうと恋愛経験豊富だと自ら語っていた美香に相談がてら報告することにした。
すると美香から告げられたのは、たった二ヶ月前まで賢治と付き合っていたという驚きの事実だった。
ずっと一緒にいたのにふたりが付き合っていたのも気付かなかったし、なにより賢治は『ずっと好きだった』と告白してくれたのではなかったか。
すぐに彼に確認すると濁しながらも肯定の言葉が返ってきた。よりによって職場で一番親しい同期が元カノだなんて、私に耐えられるだろうかという不安がよぎる。
『美香に告白されて付き合ったけど、やっぱり好きになれなかった。俺が好きなのは朱音だけ』
なんとかその言葉を信じて付き合っていたものの、美香から時折聞かされる賢治の話にモヤモヤは募っていった。
『賢治のキスが今までで一番相性良かった。朱音はどう?』
『ベッドはちょっとしつこくない? 体力あるよね、賢治』
吹っ切れているから話題にするのか、私に対する嫌味なのか。当初は判断できなかったけど、社内に広まった『中原は沢田から佐藤を寝取ったらしい』という噂で後者だと悟った。
寝取るも何も、賢治とは一度もしていなかった。美香から語られる賢治の話が本当だと知るのが怖いというのが理由だった。
八階のフロアだけじゃなく、ビルに入っている水瀬ハウスや木島不動産の社員にまで噂が届いているようで、居心地が悪いどころではなかった。
それでも賢治は素知らぬ顔を続けたし、美香は上機嫌だった。
やはり私には見る目がないんだと改めて実感し、別れを告げて会社も辞めた。
そんな元職場に仕事とはいえ行くのは怖い。しかし社会人としてのプライドと理性でなんとかビルに入った。
友藤さんが私の様子を気にしてくれているのは十分わかっていたけど、説明出来るほどの余裕は私にはなかった。
ビルには社員専用出入り口があったから正面エントランスを使うことはそうなかったけど、それでも懐かしさを覚える景色に胸が痛んだ。ここに二年以上通勤していたあの頃の私は、こんな気持ちで再びこのビルに入るだなんて思ってもみなかった。
そして辿り着いた八階フロア。一年前と変わらず受付にいたのは二期上の田町さん。以前の私と同じ総務部でずっと受付を担当している、気さくなお姉さん的存在だった。
噂が出回った頃は『事実と違うなら気にしちゃダメだよ』と言ってくれていたけど、賢治が反論しなかったせいか、噂が真実味を帯びてくると、私に対する態度がよそよそしくなった。
明らかに避けたり陰口を言っている人がいる中、田町さんの態度はまだマシな方だったと思う。
「中原さん?」
彼女の視線が受付をした友藤さんを飛び越えて私に固定される。気まずさよりも驚きが勝っているらしく、それ以上言葉が出て来ないようだった。
友藤さんも彼女が私の名前を呼んだことに驚き、振り返りながら知り合いなのかと尋ねてきたので、話していなかった罪悪感や退職した経緯を知られたくない虚栄心から小声で元職場だと白状した。
そこからはもう怒涛の展開だった。
まさか賢治が営業から総務に異動していて健診の担当をしているなんて思わなかったし、美香がなりふり構わず仕事の打ち合わせ中に乗り込んできて喚き散らすのも想定外だった。いつだって余裕な顔で仕事も恋愛もこなしている。私にとって美香はそう映っていたから。
あまりに混乱した応接室内をなんとかしたくて、自分はここの担当ではないのでもう来社しないから落ち着いて欲しいと伝えると、友藤さんがスパークルとの契約を切ると言い放った。
騒ぎを聞きつけた部長が入ってきたことでなんとか収束してスパークルを後にしたけど、ここに来るときとまた違ったドキドキ感が私を包んでいた。
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