【完結】その男『D』につき~初恋男は独占欲を拗らせる~

蓮美ちま

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堕ちないための逃げ道

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◇ ◇ ◇

奈美と飲んだ週の金曜日。今週はずっと地下三階の資料室でファイル整理をしている。

正直、もうここにはあまり来たくないと思っている自分がいる。今まで何も感じたことはなかったのに、あの書架の裏で重なり合っていたふたりの姿が、今更ながら思い出されて胸が締め付けられるようになってしまった。

このままではマズイ。そう感じた私は、奈美の提案に乗ることにした。

飲んだ次の日の夜には【金曜十九時から楽しいお食事会開催】という文字と店のURLが送られてきて、奈美の行動の速さには驚かされる。

思い立ったら即行動の彼女が、私が来月から秋の繁忙期で忙しくなると知って、その前にと自分の職場でメンバーを集めてくれたらしい。

今朝早くに【店の近くにホテル有り。持ち帰られてもいいよう万全で!】というメッセージが来ていて笑ってしまった。ヤるヤらないはともかくって言ってたのは何処の誰だ。『楽しいお食事会』は下ネタですか。相変わらずの奈美節だ。

男女四人ずつ、イタリアンレストランで待ち合わせ。きっとそこにDの男はいない。それでも、友藤さんほど過去の彼女が多い人もいないだろう。

それでいい。過去の彼女の数は私にとって少ないに越したことはないけれど、それでもあの人に堕ちるよりはずっとマシだと思える。

健診の現場に出る時はパーテーションを組んだり動き回ることが多いので基本パンツスタイル。一日所内にいる時はテンプレのオフィスカジュアルが通常の私。

今日は合コン仕様で白のワンピース。フレンチスリーブにはフリルがついていて、絞られたウエストからふんわりと広がるフレアスカート。

冷房対策に肩から薄いブルーのカーディガンを掛け、私にしては珍しく甘めな格好。完全に開き直って男受けのみを追求した。奈美に『ヤる気満々じゃん』と笑われるかもしれない。

さらに華奢なブレスレットとネックレスも完備。どこからどう見ても『今日は定時で帰ります』スタイルだ。

いまだかつてこんな格好で来たことはないので、朝から遥ちゃんにデートかと散々からかわれたけど、合コンだと告げるとなぜかとても驚いていた。

資料室にかけてある時計を見ると午後5時を少し回っている。ここの時計はなぜかいつも五分遅いので、もう定時を過ぎている。焦る時間ではないけれど、会場のお店はここから少し距離がある。遅れないようにさっさと会社を出なくては。

空になった段ボールを畳み、次回使えるように書架の隙間に入れておく。台車を持って出ようと方向転換をしていると、カチャリと扉が開いた。

「……友藤さん」

ここ二週間、あからさまなほど避け続けてきた彼が、閉じた扉に背中を預けたまま無言で私を見つめている。ガチャンと閉められた内鍵の音が室内に大きく響いた。

スパークルの駐車場で起きた出来事は、何度も私の脳裏を掠め、思考をかき乱した。

頬に触れた熱い手。抱き寄せられた広い胸。私を囚えて離さなかった力強い腕。二の腕を掴んだ震える指先。

『嫉妬って感情……、初めて知った……』

苦しそうに、でもどこか嬉しそうに伝えられた言葉。泣き出しそうな表情。思い返すだけで身体中が熱を持ち、顔を覆って蹲りたくなる衝動に駆られる。

それと同時に、この資料室で見た初対面の時の光景が脳裏に鮮明に蘇り、冷水を浴びたように一気に熱が冷めていく。

こんなことを何度も繰り返していては、いつか本当に気が触れてしまうと感じた。

この二週間出来るだけ顔を見ないように、営業のホワイトボードをいつも注視していた。

彼がいつ所内にいるのか。彼が外回りの日はデスクに齧りつき事務作業を最速で終わらせ、所内にいる日は何かしら理由をつけて私はフロアを出ていた。ちょうど下の検査科から事務のヘルプを頼まれていたので渡りに船だった。

今週は営業もお盆前でデスクワークが多かったらしく、ボードに書き込まれているのは内勤の文字ばかり。

そのせいで私は今週この地下の資料室に籠もりきりになり、あの嫌な残像に悩まされながら重いファイルをいくつも書架に並べていった。

「可愛い格好して。大変じゃない? 手伝うよ」
「いえ、もう終わったので帰るところです」
「……デート?」

手伝うと言いながら壁に背をつけたまま動こうとしない。いつもの友藤さんとは様子が違う。彼は片手をポケットに突っ込んだまま、反対の手で乱暴にネクタイを緩めた。

へらへらした人当たりの良い、胡散臭い笑顔がない。睨むようにこちらを見つめる意図がわからないが、私だって怯まずに睨み返すくらいは出来る。

「関係なくないですか?」
「見つかったの、Dの男」

これは言うまで扉の前から動かない気だ。

面倒くさいと思いつつ「これから探しに行くんです」とぶっきらぼうに答えると、鋭かった視線がさらにキツくなり、眉間に皺を寄せた。

「まさか、合コン?」
「アパレルに勤めてる親友が私のために開いてくれる食事会です。オシャレなイタリアンです。羨ましいでしょ」

どんな意味の込められた食事会なのは敢えて言う必要もないだろう。

いい加減私だって前に進みたい。奈美の言う通り、少しくらい遊んだってバチは当たらない。

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