17 / 28
堕ちないための逃げ道
3
しおりを挟むそんな思いから、どこか挑発するような口調になった。
「ここから四十分はかかるんです。この時間電車も混むしスムーズに乗り換えられるとは限らないし。遅刻したくないので、そこどいてもらっていいですか?」
「何考えてるの。その日会ったばかりの女をヤろうとしてる男ばっかりだよ? 童貞なんているわけないし、君みたいな子が行くところじゃない」
『その日会ったばかりの女をヤろうとしてる男』なのはあなたも同じじゃないんですかね。友藤さんの表情が伝染したように私の眉間にも皺が寄ったのがわかった。
どの口がそんなことを言うのかとイライラが募っていく。そのせいで言わなくて良いことまで叫んでしまった。
「いいんです、わかってて行くので! 近くにホテルが有るお店を選んでもらったんです。お持ち帰りされていいよう色々万全ですから!」
言い放った瞬間、いつの間にか目の前に来ていた友藤さんに顎を掴まれた。その瞳に獰猛な光を宿し、私を射竦める。
あっと思った時には既に唇が奪われ、抗議の言葉は全て彼の中に飲み込まれていく。
「ん、んんっ!」
以前ランチの帰りにされた戯れのキスじゃない。勝手に口を割り、舌を差し込み、傍若無人に暴れまわる。
抵抗しようと振り上げた右手は捕らえられ、そのまま私の後ろの壁に押さえつけられた。左手も同様に壁に縫い付けられ、蹴り上げようとした足は彼の膝で押し潰される。
その間も唇が離れることはなく口内を蹂躙され、飲みきれない唾液が口の端から溢れる。
「朱音」
「んんっ、んぅ」
息継ぎすら許さないという激しいキスの合間に名前を呼ばれる。いつものヘラヘラした『朱音ちゃん』という呼び方じゃない。その名を愛おしむように耳に直接語られる私の名前が、とても尊いもののように聞こえる。
友藤さんの舌が私の弱いところを刺激して、快感を引きずり出そうとする。その度に鼻から抜けた声がわずかに漏れる。頬の裏、歯列、上顎まで彼に蹂躙され、巧みなキスを受け続ける。
身体に力が入らず、真っ直ぐ立っていることさえ難しい。頭がぼーっとして、このまま溺れてしまいたいと本能が告げてくる。
一体どれだけの女性がこのキスの虜になったのか。
そう思考を働かせる理性が残っていたのは、幸か不幸か。
子供だましじゃない、大人の官能的な口付け。明らかに女慣れしている、相手を気持ちよくすることを目的としたキス。
苦しくて、悔しくて、気持ちよくて、でも気持ち悪くて最低な気分。
生理的な涙だけではない、もうどんな感情で流れてくる涙なのかもわからない雫が、瞳からぼろぼろと溢れ出てふたりの頬を濡らす。
その冷たさに怯んだ一瞬を見逃さず、私は貪ってくる唇に噛み付いた。
痛みに顔を顰めた彼の手首の拘束が緩くなったのを狙って、右手を素早く自分に引き寄せると、思いっきり振りかぶって全力で頬に向かって振り下ろした。
バチンと乾いた音が静かな資料室に響き渡る。エアコンのせいだけではないひんやりとした空気が辺りを包んでいる。
肩で息をする私の手のひらはジンジンと異常な熱を持っていて、叩かれた友藤さんは半歩下がるとその場に座り込んだ。
「……これが、独占欲か」
友藤さんが血が滲む自分の唇を親指で拭い、苦しそうに呻いて顔を伏せる。私は何も言えず、息を整えながらただ呆然とその様子を眺めるだけしか出来ない。
「君が好きだ」
俯いたままの告白。こちらも見ようともしない。そんな友藤さんの様子が、なぜだか彼の本気を示しているような気がした。
私も、たぶん彼が好きだ。
目の前で項垂れている男に惹かれてしまっている。なんとかギリギリのところで留まってはいるけれど、もうたぶん誰かに小指で押されても彼に堕ちる。
だからこそ離れなければ。この先に明るい未来はない。
「……本当に少しでも私を好きなら、もう私に構わないで下さい。私が探しているのはあなたじゃない。私は誰かの『唯一』になりたいの」
それだけ告げて足早に資料室を出た。彼の姿を視界に映さないよう、終始顔をそむけたまま。台車を置いてきてしまったけど、もうあの部屋に引き返すことは出来なかった。
11
あなたにおすすめの小説
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
昔好きだったお姉さんが不倫されたので落としに行ったら後輩からも好かれていた
九戸政景
恋愛
高校三年生の柴代大和は、小学校一年生の頃からの付き合いである秋田泰希の姉である夕希に恋心を抱いていたが、夕希の結婚をきっかけに恋心を諦めていた。
そして小学生の頃の夢を見た日、泰希から大和は夕希の離婚を伝えられ、それと同時にある頼みをされる。
年下男子に追いかけられて極甘求婚されています
あさの紅茶
恋愛
◆結婚破棄され憂さ晴らしのために京都一人旅へ出かけた大野なぎさ(25)
「どいつもこいつもイチャイチャしやがって!ムカつくわー!お前ら全員幸せになりやがれ!」
◆年下幼なじみで今は京都の大学にいる富田潤(20)
「京都案内しようか?今どこ?」
再会した幼なじみである潤は実は子どもの頃からなぎさのことが好きで、このチャンスを逃すまいと猛アプローチをかける。
「俺はもう子供じゃない。俺についてきて、なぎ」
「そんなこと言って、後悔しても知らないよ?」
距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜
葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」
そう言ってグッと肩を抱いてくる
「人肌が心地良くてよく眠れた」
いやいや、私は抱き枕ですか!?
近い、とにかく近いんですって!
グイグイ迫ってくる副社長と
仕事一筋の秘書の
恋の攻防戦、スタート!
✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼
里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書
神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長
社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい
ドレスにワインをかけられる。
それに気づいた副社長の翔は
芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。
海外から帰国したばかりの翔は
何をするにもとにかく近い!
仕事一筋の芹奈は
そんな翔に戸惑うばかりで……
時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】
remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。
佐倉ここ。
玩具メーカーで働く24歳のOL。
鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。
完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。
【完結】ありがとうございました‼
元恋人と、今日から同僚です
紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。
仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。
「今日から、この部署に配属になった」
そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。
かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。
仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。
恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。
仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。
元恋人と同僚になった二人。
仕事から始まる新しい恋の物語。
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる