28 / 28
エピローグ
2
しおりを挟む五月の今、北海道の桜は満開だ。土曜日の今日はお花見をしに、マンションの近くにある大きな親水公園に来ていた。
「これ美味しい!」
「でしょ? 俺の自信作」
「遊人さん天才!」
そう。北海道西支部に異動願を出したのは、私だけではなかった。遊人さんもまた、同じタイミングで異動願を出して受理された。
異動の相談は一方的な別れ話を済ませたあと遊人さんに内緒でルー部長にしたはずなのに、彼は私の一枚も二枚もウワテだった。
『俺も北海道西支部に異動願出した』
『は?! そんなの通るわけないじゃん!』
『朱音と結婚するって所長と部長達に報告して、異動認めてくれないなら同業他社に行くって言ってきちゃった』
別れを切り出した二週間後に私のマンションにやって来た彼は『はいこれ、朱音が気になるって言ってたパティスリーのカヌレ』とスイーツを渡しながら、さらりと一緒に異動すると報告してきたのだ。
それも、上司に嘘までついて。
『遊人さん……』
『悪いけど、別れ話に納得は出来ないし、俺はどれだけ拒まれても朱音を離す選択肢はないよ』
『……』
『俺と一緒に行こう。誰も知らない土地でもう一回始めよ? 向こうなら俺に変な噂もないから寄ってくる女はいなくなるし、左手に指輪してれば朱音に言い寄ってくる虫も来ない』
そして現在、私達は同棲中。
遊人さんはすぐにでも籍を入れて結婚しようと東京を経つ前にプロポーズしてくれたけど、私は首を縦に振ることは出来なかった。
それならばせめてと遊人さんの希望で、一緒に住むことにしたのだ。
まだ当時は過去に囚われ、地下三階の資料室に行くと必ず気分が悪くなるくらいだった。
それが一転。北海道西支部ではあのC健での女の争いが嘘のように穏やかな毎日を送れている。
それというのも、事務や営業に限らず職員の殆どが男性で、女性は学生バイトや既婚者のパートさんが多い。
そのおかげなのか、遊人さんが以前のように無駄な笑顔を振りまかないせいなのか、私は彼への独占欲や嫉妬心に悩まされることなく、かなり快適な毎日を過ごせている。
もちろん一緒に過ごしていれば些細な嫉妬心が芽生えることもあるけど、彼が溢れんばかりの愛情で私を包み込み安心させてくれる。
だからこそ。私は今日彼に伝えようとある一大決心をしていた。
遊人さんお手製の美味しいチョコレートブラウニーをしっかりと飲み込んでから、私は鞄に忍ばせていた小さな四角い箱を取り出した。
「遊人さん、お願いがあるの」
オレンジ色のベルベットの箱は、もちろん彼にも見覚えがあるだろう。北海道に来る前に、彼が私に渡してくれたものだった。
「朱音?」
「待たせてごめんなさい。あの、もう1回……言ってくれる?」
言いたいことを察してくれた遊人さんは私の手から箱を受け取ると、中からプリンセスカットのダイヤが華やかに輝く指輪を取り出し、私の左手をそっと握った。
「朱音、これからはふたりで一緒に生きていこう。俺の、生涯でただひとりの妻になってほしい」
「……はい! 喜んで」
二ヶ月前は頷けなかった言葉に、涙ながらに返事をする。薬指にはめられた指輪はとてもキレイなはずなのに、涙で滲んでよく見えない。
遊人さんは「ふはっ! チョコついてる!」と吹き出すように笑うと、口の端をぺろりと舐めた。違う意味で涙目で真っ赤になった私にまた笑うと、再び唇が近付いてきて、今度はちゃんと重なる。
やっぱり私は人を見る目がないらしい。
あんなに軽蔑していて大嫌いだったこの人が、私の生涯を共にする旦那様になるだなんて、思ってもみなかった。
この先も無駄にモテるこの人にイライラさせられたりするんだろう。女慣れしている場面に出くわすたび、私は何度だってヤキモチを妬くだろう。
その時は『朱音だけだよ』って何度も言ってもらおう。『俺の奥さんは朱音しかいない』って何度だって言って欲しい。
その度に私もあなただけだって伝えるから。嬉しそうに、いつもみたいに吹き出すように笑って。それだけで、私の独占欲は満たされる。
軽く押し当てられるだけの口付けから何度も角度を変えながら徐々に深まっていくキスが、ようやくプロポーズに返事をした私へのご褒美だとでもいうように甘い。
キスに没頭する私達の頭上には、祝福するように桜の花びらが風に舞っていた。
Fin.
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
年下男子に追いかけられて極甘求婚されています
あさの紅茶
恋愛
◆結婚破棄され憂さ晴らしのために京都一人旅へ出かけた大野なぎさ(25)
「どいつもこいつもイチャイチャしやがって!ムカつくわー!お前ら全員幸せになりやがれ!」
◆年下幼なじみで今は京都の大学にいる富田潤(20)
「京都案内しようか?今どこ?」
再会した幼なじみである潤は実は子どもの頃からなぎさのことが好きで、このチャンスを逃すまいと猛アプローチをかける。
「俺はもう子供じゃない。俺についてきて、なぎ」
「そんなこと言って、後悔しても知らないよ?」
昔好きだったお姉さんが不倫されたので落としに行ったら後輩からも好かれていた
九戸政景
恋愛
高校三年生の柴代大和は、小学校一年生の頃からの付き合いである秋田泰希の姉である夕希に恋心を抱いていたが、夕希の結婚をきっかけに恋心を諦めていた。
そして小学生の頃の夢を見た日、泰希から大和は夕希の離婚を伝えられ、それと同時にある頼みをされる。
距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜
葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」
そう言ってグッと肩を抱いてくる
「人肌が心地良くてよく眠れた」
いやいや、私は抱き枕ですか!?
近い、とにかく近いんですって!
グイグイ迫ってくる副社長と
仕事一筋の秘書の
恋の攻防戦、スタート!
✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼
里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書
神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長
社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい
ドレスにワインをかけられる。
それに気づいた副社長の翔は
芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。
海外から帰国したばかりの翔は
何をするにもとにかく近い!
仕事一筋の芹奈は
そんな翔に戸惑うばかりで……
時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】
remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。
佐倉ここ。
玩具メーカーで働く24歳のOL。
鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。
完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。
【完結】ありがとうございました‼
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる