二つの異世界物語 ~時空の迷子とアルタミルの娘

サクラ近衛将監

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第二章 それぞれの出会い

2-2 アリス ~正餐会

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 情報端末から予め目星をつけた店があるブティック街に辿り着き、三つの店をはしごして、既製品のドレスを5着、オーダーメイドを同じく5着選んだ。
 お店で採寸を済ませて、更に下着や靴、アクセサリーを購入して、部屋に戻ったのは6時少し前である。

 お会計は合計で20万ルーブを超えてしまった。
 何せドレス一着が1万ルーブ以上もするものばかりであるからそれほどの金額になってしまうのである。

 下着類もアルタミルの量販店で買う値段の少なくとも倍はする。
 品物が良いから値段が高いのも仕方がないのだが、自分の金銭感覚が少々麻痺しているようなので注意しなければならない。

 これまでの人生で二番目に大きな買い物である。
 一番目は勿論キティホークの一等船室乗船券であった。

 私が部屋に戻った時には、既製品のドレスやその他の品々の方は既に部屋に届けられており、オーダーメイドのドレスは、二日後の夕刻までには部屋に届けられることになっている。
 取り敢えず、7回か8回ほどの正装による晩餐会の衣装は何とか間に合うだろう。

 部屋に戻って、トランクから衣装を出し、新たに購入した衣装などと共にクローゼットに収めた。
 船は少なくとも出港時と中間点で無重量状態になるから、衣装もクローゼットの箪笥に畳んで納めなければならないし、小物はベルト、留め金等で固定し、あるいは引き出し等の鍵をかけることによって飛散しないようにしなければならないのである。

 メィビスに着いた時にも一時無重量状態になるが、その時には下船準備を終わっているはずだから、クローゼットの中にはほとんど残ってはいない筈である。
 ドレスは、形状記憶合金によってマネキン状につくられた型枠に着装させておくことが皺にならず無難であるとカスリンに教えてもらった。

 大きなクローゼットにはそうした大きさを自由に変えられる型枠が8つも入っている。
 7時少し前になって船長がわざわざ部屋まで挨拶に来た。

 キティホークの出港前の恒例行事の一つのようだが、船長が挨拶に廻るのは特一等と一等船客に限られると後でカスリンが教えてくれた。

 因みに出港時は概ね15分間、ほとんど無重力状態になるとのことであった。
 そのため船室内の全ての移動物が色々な留め具で固定できるようになっていたし、液体など流動するものは蓋のある容器に保管されている。

 無重力の間、客は部屋の壁際に有る専用の椅子に腰を降ろし、頭の上からシートハーネスを降ろして胸部及び腰部で身体を固定することになる。
 部屋には4人分の席が有り、カスリンの分もあった。

 晩餐会用のドレスに着替えるのは無重力状態を脱してからの方が良いでしょうとカスリンが教えてくれた。
 出航5分前になって船内アナウンスがあり、シートハーネスを着装するように指示が有った。

 その時点で、私は椅子に座りシートハーネスを降ろしていた。
 カスリンも手早く椅子に腰を降ろしてシートハーネスを降ろしていた。

 7時ちょうどに重力が消えたが、装着したシートハーネスがしっかりと身体を固定していてくれた。
 それから僅かに横向きの力が掛かったようであるが定かではない。

 15分まで経たないうちにアナウンスがあった。

「お知らせします。
 本船は、アルタミル軌道衛星を無事に離脱しました。
 これより前進を開始します。
 徐々に重力が増加しますが、定常加速度の1Gになるまで、お客様はそのままでお待ちください。」

 不意に重力が感じられるようになり、徐々にその度合いが増して行く。
 船内時計で7時16分になるころ、船内放送があった。

「お知らせします。
 本船は定常加速状態に入りました。
 現在、1Gの加速度で予定航路を航宙しています。
 お客様はシートベルトを外していただいて結構です。
 以後はワームホールを通過するまでこの加速度を保ちます。
 なお、本日午後8時より正装による第一回目の晩餐会が各食堂で催されます。
 ご搭乗のお客様はそれまでに準備を済ませ、会場にお越しくださいませ。
 お客様の食堂とお席につきましては各部屋の掲示パネル若しくは情報端末でご確認いただけます。」

 ハーネスを上げて立ち上がると、部屋の中は1Gの重力で保たれていた。
 アルタミルの重力が1.05Gであるからそれよりも僅かに低い筈なのだが、私にその違いは判らない。

 夕食のために私は着替えを始めた。
 今日、購入した茜色のドレスを選び、カスリンに手伝ってもらいながらドレスを着用した。

 身体にぴったりと合ったドレスであり、中々見栄えがいい筈である。
 化粧は以前から余りしていないのだが、薄い色の口紅だけを塗った。

 カスリンがお似合いですよと言ってくれたので自分の選択に自信を持った次第である。
 髪は、昨日美容院で整えた肩を少し超えるまでのラインで切りそろえたショート風の髪形であり、特段の手入れは不要である。

 靴はローヒールのえんじ色のものを選び、やや小さ目のハンドバックも同系色の物を選んだ。
 15分前には準備が整っていた。

 会食の場所であるレストランのラ・バレックまでは5分ぐらいで到着するというが、遅れて行くのも失礼に当たると思い、早めにレストランに出向くことにした。
 カスリンが案内をしてくれた。

 レストラン入り口の前では既に数人の客がたむろしている。
 その人たちが一斉に私の方を見たのでちょっとどぎまぎした。

 レストランの入り口には未だ準備中の立札が立っている。
 私は、レストランの入り口近くに有るソファに腰を降ろして待つことにした。

 今日の会食の席は、大白鳥座の7番になっている。
 情報端末から見る限り円卓のテーブルの様で、特一等、一等船客は4つの円卓で34名になりそうである。

 各テーブルにはキティホークのシニア・オフィサーが同席するようだ。
 私のテーブル席には機関長とドクターが座るようである。

 円卓の席に座る人の名前は出ているが職業やその他は別途調べなければならない。
 待つ時間に携帯型情報端末を使って同じ円卓に座る他の7人の客を調べた。

 マーク・ディクソン62歳は、妻レイア60歳と二人連れである。
 ダイアン・メズロー39歳は、アルタミルでも結構有名なメィビス在住の服飾デザイナーである。

 連れはいないようだが、アシスタントが二等船客辺りに居るのかもしれない。
 バック・コナーズ63歳は、子息ケイン・コナーズ38歳とその妻マーガレット36歳、及びその子供であるサイモン・コナーズ12歳と一緒であるようだ。

 どうやらお年寄りか子供しかいないようだ。
 勿論お金持ちの人たちではあるはずだ。

 ようやく、準備中の立札が外され、ホールで待っていた客が中に入り始めた。
 レストランは天井が高く7トランほどもあるだろう。

 二階層分を取った空間のようである。
 大きなシャンデリアが天井から8つも下がっている。

 アリスが席に座る際には既にコナーズ一家が席に座っていたほか、機関長とドクターも席についていた。
 機関長は、ハリー・バローズ58歳、ドクターは、女性でナンシー・キャロット43歳である。

 私は、席に座る前に皆さんに会釈で挨拶をした。
 自己紹介の機会は別途あるだろう。

 私の左隣が機関長、右隣がダイアンで有る筈である。
 会食の始まる寸前にディクソン夫妻とダイアンが相次いで登場した。

 私と同じように軽く会釈をしてテーブルに付いた。
 他のテーブルにも全員が席に着いたので会食が始まった。

 食前酒が運ばれ、私の前にも置かれた。
 アルコールはディフィビア連合では19歳から許されているので、問題はない。

 確かブーラ原理教会連邦では、教会の厳格な教えで年齢性別に関わりなくアルコールは一切飲めないと聞いている。
 未成年のサイモンのところには、ジュースが出されたようである。

 隣の席であるクガワシ座で船長が立ち上がり、乾杯の音頭を取った。

「皆様、キティホークにご乗船いただきまして誠にありがとうございます。
 これから47日間、皆様とご一緒させていただきます船長のサミエル・ジャービスでございます。
 本日は本船の無事出港のお祝いを兼ねて、マクルーアンス星間クルーズより、食前酒の一杯とワインの一杯をサービスでお出ししております。
 未成年の方には残念ながらアルコールは出せませんので、ジュースでご容赦のほどお願い申し上げます。
 それでは皆様のご健康と本船の安全航海を祈念いたしまして乾杯を致したいと存じます。
 どうぞ、ご唱和をお願い申します。
 乾杯。」

 乾杯を期に、多数のウェイターやウェイトレスが前菜を運んできてテーブルに次々と置いて行く。
 その合間に、機関長が音頭をとって、大白鳥座のテーブルに着いた者の自己紹介を始めた。

 機関長から左回りに自己紹介が始まり、私は最後になった。
 どうやら自己紹介の際には年齢は省いても良いが、皆が職業を言うようだ。

 ディクソン夫妻はマクバニー社を退職して、夫妻共々観光旅行に行く模様だ。
 コナーズ一家は、メィビスで運送会社を営んでいるらしい。

 ダイアンは無論服飾デザイナーであり、メィビスに在住している。
 私は、軽く会釈をして自己紹介をした。

「私は、アリス・ゲーブリングと申します。
 先日まで、アルタミルのハーパー学園大学部の修士課程に在籍しておりましたが、中退してメィビスに行く途上です。
 従って、現在のところ無職でございます。」

 余計なことを言わずにそれだけにとどめた。
 自己紹介が終わるとすぐにダイアンが話しかけてきた。

「アリスさんは、お幾つかしら?
 大学を卒業して修士課程なら23、4にはなっていそうなものだけれど、貴方は随分若く見えるわ。」

「ええ、私は19歳、実は各学校を飛び級で卒業したので、15歳で大学に入ってしまったんです。
 後4か月で修士課程も修了だったのですけれど、事情があって中退しました。」

「あら、まぁ、驚いたわねぇ。
 じゃぁ17歳位で大学卒業かしら。」

「ええ、その通りです。」

「ふーん、がり勉さんには見えないけれど・・・。
 貴方のドレス、とてもよく似合っているわ。
 デザインもいいのだけれど、趣味がいいのね。」

「ありがとうございます。
 でも、この船で購入したドレスですのよ。」

「あら、そうなの。
 じゃぁ、お店はバスロットでしょう。
 この洗練されたデザインは、きっとマグリットのものだと思うわ。」

「デザイナーの方のお名前は承知しておりませんが、購入した店はバスロットでした。」

「やっぱり、・・・。
 マグリットのデザインはいいけれど、中々着こなしが難しいの。
 普通の人が着ても余り目立たないけれど、モデルが着ると俄然映えるのよね。
 そうして貴方にはとても良く似合っているわ。
 ねぇ、今のところ無職だと言っていたけれど、モデルをやってみる気は無い?」

「え?
 私がですか?
 それは無理ですよ。」

「そんなことは無いわ。
 貴方身体の線がとてもきれいだもの。
 モデルにしては、バストが大きいかもしれないけれど、大きすぎるわけでもないから許容の範囲だわ。
 それにマスクがいい。
 アイドルみたいな整った顔立ちだもの。
 貴方がモデルになれば絶対に売れるわ。
 ねぇ、私のところの専属のモデルになってよ。」

「あの、モデルなんて職業、考えてもいませんでしたし、・・・。
 今のところは勘弁していただけませんか?」

「そぅ?
 残念だわ。
 でも、気が向いたら連絡をくれないかしら。
 モデルの仕事って、寿命が短いのよ。
 貴方の場合、後5年の間が勝負ね。
 それを過ぎると、モデルは難しいの。
 まぁ、稀に例外もあるけれどね。
 名刺を渡しておくわ。
 メィビスのクラマン街区に事務所があるから・・・。」
 
 ダイアンは、名刺を一枚渡してくれた。
 本当に職に困ったら検討してもいいかなと思った。

 次は機関長が話しかけてきた。

「御嬢さんは、大学では何を専攻されていたのですか?」

「専攻は、有機化学でした。」

「ほう、有機化学と言っても色々と分野が有りそうですが・・・。」

「ええ、そうですね。
 私の場合は、量子有機化学の分野で、主として共有結合における電子価の変動と触媒について専攻していました。」

「はてさて、多少の知識は有るつもりでしたが、貴方の話の殆どが私にとっては意味不明です。
 恐れ入りますが素人にも判るようにご説明いただけないでしょうか。」

「触媒はご存知ですわね?」

「ええ、本来の化学反応には加わらないけれど、存在するだけで化学反応の促進につながる物質の事ではありませんか?」

「そのとおりです。
 で、何故触媒物質が一定の化学反応の促進につながるのかを、原子構造と電子軌道の性状から調べていたのです。」


「在学中に成果はございましたか?」

「いいえ、1年や2年の研究ではとてもとても・・・。
 この分野は10年、20年の長い時間を必要とするはずです。」

「道半ばでお辞めになったのは、何か理由がございますか?」

「はい、身内の者が航空機事故で亡くなったものですから・・・。」

「これは、失礼なことをお伺いしてしまいました。
 どうか非礼をお許しください。
 もしや、マクバニー航空の超音速高軌道航空機の事故でございましょうか?」

 返事の代わりに、私は小さく頷くだけに留めた。

「そうですか・・・・。
 それで、新天地を求めてメィビスへ・・・。
 メィビスでは何かお仕事に就く予定が御座いますか?」

「ええ、そのつもりではおりますが、今のところ特に決めてはおりません。
 メィビスに行ってから決めようと考えております。」

 ハリー機関長は大きく頷いて、言った。

「私の従兄弟が、メィビス第二の都市コルナスでメィビス特産の有機結晶を触媒に使って医薬品を作っていますが、中々量産できないので苦労しているようです。
 ケルヴィスという有機結晶を使ってハマセドリンというリス多臓器不全症候群の特効薬を製造しているのですが、ある意味民間伝承の域を出ないものでしてな。
 昔からケルヴィスの多格子状結晶に特定の薬草抽出液をろ過させると薬品に化けると言われておるのです。
 但し、それで得られる量は微々たるもので、とても大勢の患者の需要には応えられないでいるようです。
 もし、ご興味がおありならば従兄弟に会っていただけませんかな。」

「ケルヴィスなら多少は承知しておりますが、ハマセドリンという薬は聞いたことがありません。」

「ハマセドリンは、確かにリス多臓器不全症候群の特効薬としてメィビス医科大学でもその効能を認められているものではありますが、今のところ製造できるのは年間で僅かに20名分ほどしか製造できないでいるのです。
 従って、メィビス以外には出回ってはいないでしょう。
 メィビスだけでもその数十倍の患者がいますからね。
 ケルヴィスの多格子状結晶でも特殊な構造を持つものしか触媒には使えないようで、今のところほんの一握りの触媒しかないのが実情のようです。
 これを人為的に生み出すかあるいは別のケルヴィスを変性させることができれば大量生産の道筋ができるのだがといつぞや話しておりました。」

「なるほど、多くの患者さんの希望の灯でもあるわけですね。
 そう言うお仕事もいいのでしょうが、私のような未熟者はあまりお役には立てないかも知れません。」

「いいえ、従兄弟は薬科大学を出ておりますが、体系的な知識は左程持たないままケルヴィスを使い始めた様子でして、あちらこちらに知恵を拝借に伺っているようです。
 しかしながら、メィビスにはそうしたケルヴィスを体系的に研究しているところはほとんど無いようです。
 それにもまして大手の製薬会社がケルヴィスの利用を検討しているという情報もございまして、従兄弟は随分と焦っている様子です。
 何せ資金力が違いますからな。
 大手が乗りだして成功すれば、従兄弟の会社などはすぐに吹き飛んでしまいます。」

「まぁ、先行している会社に一日の長が有りますから、そんなに簡単に優位性は覆らないでしょうけれど・・・。
 そうですね。
 メィビスに着いてからの話ではありますが、その件も合わせて仕事を選ぶ際に考慮に入れておきましょう。」

「そうしていただけるとありがたい。
 これは従兄弟の名刺です。
 もし、連絡を取っていただけるならば感謝いたします。」

 機関長は、制服の内ポケットから名刺入れを取り出し、機関長の名刺と従兄弟の名刺を差し出した。
 どうも、今日は名刺を色々といただく日の様だ。

 色々と話をしながらの会食であったが、色とりどりの趣向を凝らした料理は流石に美味しかった。
 会食が終わったのは午後9時半であった。

 部屋に戻るとカスリンがベッドの用意をして待っていた。
 カスリンの仕事は夜の10時までであり、自分の船室に戻って就寝するようだ。

 翌朝は、7時に参りますと言ってカスリンは去って行った。
 広い部屋に私一人が残り、ネグリジェに着替えてからいつものように日記をつけ始めた。

 子供のころからの習慣であり、どんなに遅くなっても必ず付けるようにしている。
 携帯型情報端末に今日の出来事を箇条書きで書き加え、更に一言感想を添えるのがいつものやり方である。
 こうしてキティホークでの一日が終えた。
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