34 / 99
第三章 新たなる展開
3-8 マルス ~交友 その一(公爵夫妻の密談)
しおりを挟む
翌年マルスは14歳になり、アンリは13歳になっていた。
互いに遠い地に有りながら、二人は頻繁に文のやり取りをしていた。
アンリが先に出したのだが、マルスから返事がすぐに帰ってきた。
それからのやり取りである。
今では一月に三回ほども文が往復している。
公爵は折をみてアマンダに相談した。
「アマンダ、実はアンリの事なのだが、マルスとのことをどう思うかな。」
「アンリはマルスを慕っております。
まるで恋人のようですよ。」
「ふむ、それでなのだが、必要なれば親同士が決めた許嫁にすることもできるが、アマンダはどう思うかな。」
「おやまぁ、貴方がそんなことを・・・。
アンリは、まだ夢物語の恋に憧れている年頃ですから、喜んで受けましょうけれど、マルスはどうでしょうね。
あの子ならばあるいは当人同士にお任せ下さいと言うかもしれません。
仮にいま婚約したとしても本当に結婚するまでには、少なくとも3、4年、長ければ6、7年は必要でしょう。
それほどに長い間、相手を拘束すること自体を嫌うかもしれません。
時々マルスの便りの内容を教えてもらいますが、あの子は通常の物差しでは測れない人のように感じられます。
どれほど傍から誘惑が有ろうとあの子は独自の考え方、生き方を外れようとしないでしょう。
例えば王家に迎えてやるから婿に入れと言われても、それだけでは動こうとはしないでしょうし、一介の農民の子であれ、騎士の子であれ、差別なく扱うお人のようですよ。
アンリが今少し人として成長すれば、一人の女性として尊重し、配偶者の候補として見てくれるかもしれませんね。
アンリも薄々ながらそのことがわかってきているようですから、彼女なりに一生懸命生き方を模索しています。
学問もそうですし、音楽もそうです。
最近は武道にも興味を示し始めました。
アンリには左程必要はない筈ですが、自分の身は自分で守ることができなければならないと感じているようでもあります。
刺客が放ったと思われるあのベンドの襲撃は、あの子には強烈な印象を与えたようです。
マルスがあの場に居なければ失われた命だと言うことが身に染みてわかったから、せめてマルスがいない場においては自分の身を守るだけの術がなければならないと考えたのでしょう。
女の細腕、大層なことはできませんが、武芸で身体を動かし、汗を流すことがあの子の健康にも役立っています。
この半年余り、アンリは凄く綺麗になってきていますし、女らしさが体の線にも表れるようになってきました。
もともと発育のいい子です。
胸回りなども15歳か16歳の娘と同じぐらいになっているようですね。
身体ばかりでなく、マルスとの文通を通じて人として成長していると感じ取れます。
私もできればマルスのような子に嫁ぐ日が来ればいいとは思っておりますが、まだまだ先の事です。
マルスが何らかの事情で崩れるかもしれませんし、将来アンリが他の人を好きになってしまうことも全くないわけではないでしょう。
ですから今の段階で決めてしまうことが本人たちにとって本当に幸せなことかどうか、私には判断できません。
アンリがマルスと結ばれる運命ならば、どう事態が変化しようといずれは結ばれます。
私は、何の足枷も課さずに二人の交友を見守ってやることが親としてできることではないかと思います。
仮に二人が肉体的に結ばれてしまったなら、後先構わず周囲が結婚をお膳立てしてやることも必要でしょうけれど、・・・。
今の段階では、仮にアンリが身を差し出しても、マルスは受け取らないような気がします。
マルスは、歳不相応なほど大人ですよ。
アンリも並大抵の努力では追い付けないかも知れません。
そうしていずれ競争相手が色々と出てくればあの子も焦りを感じるようになるでしょうね。
多分15歳から17歳はアンリも不安定な時期を迎えるかもしれません。
少し早いですがその年ならば嫁入りしても可笑しくは無い年頃。
でもマルスの年齢を考えると今から少なくとも4年は辛抱せねばならないでしょう。
その時期にアンリに対してマルスがどう接するかで彼女の将来が決まります。
でもそんな先を今から心配してもどうにもなりませんわよ。
それよりも二人の交友が上手くゆくように半年に一度ぐらいは、マルスをマルビスに招待し、アンリをカルベックに訪問させた方が今は宜しいのではありませんか?」
「ふむ、今から婚約話は無理か・・・。」
「もし、カルベック伯爵からそのようなお話があれば検討するのは吝かではございませぬが・・・。
でもその前提条件は、アンリが伯爵夫妻にきちんと受け入れられることです。
そのためには、アンリをじっくりと見て頂かなければなりません。
なぜか、王都でのベンド以来刺客の襲撃も無いようですから、この状況が続くならばアンリをカルベックに訪問させるのも問題は無いでしょう。」
「刺客か・・・。
この際だから、お前には言っておこう。
但し、他言は無用だ。
アンリやクレインにもだ。
刺客の襲撃はもう無い筈だ。
刺客を依頼した者が死に、刺客を請け負った者も全てが死んだそうな。
証拠は一切ないが、マルスがそれらの死に関与している。」
「そう言えば、噂話を聞いたのですが、アズラン峠の大曲で、山中に黒装束の死体多数が見つかったそうですね。
もしや、あれが?」
「ああ、我らを狙った者どもがあそこで命を落とした。
我らが峠を越える前の話だ。
あの折、峠の頂上で我らが来るのをマルスが待っていたであろう。
表向き、ハイマル城塞に用向きが有って出張ってきたということになっているが、ハイマル城塞にマルスが訪れた形跡はない。
男爵に確認をしてもらった結果だから間違いはない。
あの日もその前の日も、マルスはハイマルの城塞の門を潜ってはいないのだ。
そうしてマルスは儂にだけ、刺客の抹殺と黒幕の抹殺を伝えてくれた。
黒幕は誰だと思う?」
「私には見当もつきません。」
「我が叔父にあたるサモアール前公爵だよ。」
アマンダの目が真ん丸になった。
「まぁ、・・・。
でもなぜ叔父様がそんなことを?」
「マルビスの領地を子息のクロディール殿にやりたかったようだ。
確かに、跡取りを含めて我ら一族が居なくなれば、最有力の候補はクロディール殿かあるいはモンデール殿になるだろう。
モンデール侯爵の子息はまだ幼い。
仮に候補に挙がった時点でモンデール侯爵が不慮の死を遂げれば、残りはクロディール公爵しか残らない。」
「まさか、そんな先までは・・・。」
「いや、可能性はある。
というよりも、サモアール叔父がそう望む可能性が高いだろう。
叔父が望み、アザシ族がまだ残っていれば、モンデール公爵を亡き者にすることも可能だろう。
それに、わしがマルビスに戻ってすぐに女官のハンナと侍従のガリソンを解雇し、領内から放逐したが、・・・。
何故かわかるかね?」
「いいえ、わかりませんでした。
侍従のガリソンはともかく、ハンナはよく周囲に気が付く気立ての良い娘でしたのに・・・。」
「マルスに理由を教えては貰えなかったが、マルスが儂に二人を遠ざけるように忠告したのだ。
だから儂もいろいろ調べた。
ベンドに襲われたあの日に、アンリが真紅の衣装を身に付けたのは何故だね?
アンリはあの色が華やか過ぎると言って、余り好んではいなかったと思っていたが。」
「あぁ、あれはたまたま暫く使っていなかった真紅の衣装を、お付の女官が箪笥から出して陰干しにしておいたようなのですけれど、たまたまそれが功を奏して、箪笥の上に置かれた花瓶が割れて中に有った衣装が水浸しになってしまったときに、あの衣装だけが残ったのです。」
「ふむ、それを詳細に調べると、陰干しにしたのはハンナだったし、花瓶を誤って割ったのもハンナだったのだ。
ハンナはあの日アンリが出かけるには真紅の衣装しかないようにお膳立てしていた疑いがある。
ベンドは赤い色に執着する。
赤い色柄があると本能的にそれに攻撃を加える習性があるそうだ。
逆に言うと、あの日、アンリが着て行く衣装は真紅の衣装であらねばならなかったのだ。」
アマンダもそこまで聞かされては流石に驚きの色を隠せない。
公爵は更に続けた。
「ハンナもガリソンも我が家で雇われたのは例の火災が起きる三月ほど前だった。
口利きはいずれも口入屋のバンスと言うことだったが、念のため調べてみるとどうも違うのだ。
確かにバンスの紹介状を持っており、文字もバンスのものと異なるとは判別できない。
だが、実際に確認してみると口入屋の帳簿にはそのような紹介状を書いた記録が無いとわかった。
口入屋の番頭はしっかり者でな。
店の紹介状を書いた場合には必ず帳簿に記載しているのだ。
何時どこそこへ誰を推挙したとな。
つまりは、あの二人は偽造された紹介状で雇われた者だった。
だが、火災にしろ、ベンドの件にしろ、二人が関与したと言う直接の証拠はないので、偽造された紹介状の一件のみで解雇したのだ。
疑いがある以上は領内に置けぬ。
だから放逐した。
マルスは儂に忠告する際に、その二人が刺客団に関与していると明確に断言していたのだ。」
「まぁ、では、マルスは二度、三度に渡って我が家を守ってくれた恩人と言うことになるのですね。」
「そう言うことになるな。
最初の火災の際は、たまたま旧知のサレム師が予定も告げずに訪れてくれたおかげで、我ら二人が難を逃れることができた。
クレインが襲撃された折も、夜回りの警邏隊が駆け付けたので命拾いをしておる。
ベンドの際は、マルスがたまたま王都に来ていなかったなら、お前もアンリも生きてはいまい。
我らは幸運に恵まれていた。
そうしてマルビス帰参の折は、本当にマルス一人の仕業かどうかわからぬが、間違いなく80名以上の刺客と思われる死体があった。
急斜面の上だけではなく、峠から王都寄りの街道に首を切られた三つの遺骸が有ったと報告を受けている。
わし等が通った時にはそのようなものは無かったから、その三人についてはあるいはマルスが始末したのかもしれない。
衣類は商人風だったが懐や荷物に暗器が隠されておったそうだ。
間違いなく刺客の一団であろうよ。
マルスなり他の者なりが殺害したにせよ、何を持って刺客の一味と判断したかはわからぬが、その者には確証があったのだろう。
商人風の三人はともかく、我らが大曲を通過する際に、刺客の連中がまだ生きておったなら、我ら一家はオズラン峠の大曲を超えることはできなかったはずだ。
大曲に仕掛けられていた罠を元に服すだけで山に慣れた樵と猟師が50人もかかって延べ20日を要したと聞いている。
遺体の始末料を含めて金貨200枚を使った上で、残りはお返しすると律儀にもハイマルのグロビデル男爵が金貨を返してきおった。
グロビデル男爵が使った金が金貨200枚ならば、オズラン峠でマルスから手渡された金貨は847枚、それが亡き叔父貴がアザシ族の生き残りどもに暗殺料として託した金貨千枚の残りだそうな。
我ら4人の命が金貨千枚じゃ。
高いようで安い値じゃのぅ。
それも我が親族が我らを狙ったとは心が寂しゅうなるわ。」
「その残った金子は如何するおつもりですか?」
「ふむ、百枚は叔父貴の葬儀に際して弔慰金としてレモノスのオトゥール・クロディール公爵に渡した。
元々レモノスの資産であろうからな。
レモノスに返しても良かろう。
だが、それ以上の金子を弔慰金として出すことは無理だ。
痛くも無いこちらの腹を探られるのが落ちだからのぉ。
残りは547枚、マルスに返しても良いのだが・・・、受け取るまい。
まぁ、アンリが嫁に行くときの持参金じゃな。
無論、叔父の犯そうとした罪で穢れた金貨は全て取り換えることにした。
この半年で家宰のオンモに頼んで全てを市中に還元した。
預かった金貨はモルド金貨であったが、オンモはより価値の高いサネル金貨に替えてくれた。
アンリの持参金は今のところサネル金貨480枚じゃ。
オンモに託しておる故、おそらくは利息も付こう。
あれは中々に商才がある。
嫁に出るころには今少し増えておろうし、当然にサディス家からの上乗せがあろう。」
アマンダ夫人も微笑んだ。
「それはまた気の早いお話ですね。
でも、確かにアンリはいずれ嫁に行く身。
今から用意していても宜しいですわね。
ところで、大曲に仕掛けられた罠の中に岩が崩れ落ちるような仕掛けはございまして?」
「あぁ、多数の丸太が転がるような仕掛けと、かなりの大石が斜面を下るような仕掛けがあったと聞いている。
なぜ、そんなことを?」
「いいえ、これで最後の抜けていたパズルがしっかりと当てはまりました。
アンリの未来の夫はマルス以外には有りません。」
アマンダは笑みを浮かべてそう断言した。
「ほう、何故そう思うのかな。」
「あなたにはアンリの婚礼の夜にお話ししてあげます。
人に話してしまうと運が逃げて行くと申しますでしょう。
だから成就してからならお話しできますわ。」
互いに遠い地に有りながら、二人は頻繁に文のやり取りをしていた。
アンリが先に出したのだが、マルスから返事がすぐに帰ってきた。
それからのやり取りである。
今では一月に三回ほども文が往復している。
公爵は折をみてアマンダに相談した。
「アマンダ、実はアンリの事なのだが、マルスとのことをどう思うかな。」
「アンリはマルスを慕っております。
まるで恋人のようですよ。」
「ふむ、それでなのだが、必要なれば親同士が決めた許嫁にすることもできるが、アマンダはどう思うかな。」
「おやまぁ、貴方がそんなことを・・・。
アンリは、まだ夢物語の恋に憧れている年頃ですから、喜んで受けましょうけれど、マルスはどうでしょうね。
あの子ならばあるいは当人同士にお任せ下さいと言うかもしれません。
仮にいま婚約したとしても本当に結婚するまでには、少なくとも3、4年、長ければ6、7年は必要でしょう。
それほどに長い間、相手を拘束すること自体を嫌うかもしれません。
時々マルスの便りの内容を教えてもらいますが、あの子は通常の物差しでは測れない人のように感じられます。
どれほど傍から誘惑が有ろうとあの子は独自の考え方、生き方を外れようとしないでしょう。
例えば王家に迎えてやるから婿に入れと言われても、それだけでは動こうとはしないでしょうし、一介の農民の子であれ、騎士の子であれ、差別なく扱うお人のようですよ。
アンリが今少し人として成長すれば、一人の女性として尊重し、配偶者の候補として見てくれるかもしれませんね。
アンリも薄々ながらそのことがわかってきているようですから、彼女なりに一生懸命生き方を模索しています。
学問もそうですし、音楽もそうです。
最近は武道にも興味を示し始めました。
アンリには左程必要はない筈ですが、自分の身は自分で守ることができなければならないと感じているようでもあります。
刺客が放ったと思われるあのベンドの襲撃は、あの子には強烈な印象を与えたようです。
マルスがあの場に居なければ失われた命だと言うことが身に染みてわかったから、せめてマルスがいない場においては自分の身を守るだけの術がなければならないと考えたのでしょう。
女の細腕、大層なことはできませんが、武芸で身体を動かし、汗を流すことがあの子の健康にも役立っています。
この半年余り、アンリは凄く綺麗になってきていますし、女らしさが体の線にも表れるようになってきました。
もともと発育のいい子です。
胸回りなども15歳か16歳の娘と同じぐらいになっているようですね。
身体ばかりでなく、マルスとの文通を通じて人として成長していると感じ取れます。
私もできればマルスのような子に嫁ぐ日が来ればいいとは思っておりますが、まだまだ先の事です。
マルスが何らかの事情で崩れるかもしれませんし、将来アンリが他の人を好きになってしまうことも全くないわけではないでしょう。
ですから今の段階で決めてしまうことが本人たちにとって本当に幸せなことかどうか、私には判断できません。
アンリがマルスと結ばれる運命ならば、どう事態が変化しようといずれは結ばれます。
私は、何の足枷も課さずに二人の交友を見守ってやることが親としてできることではないかと思います。
仮に二人が肉体的に結ばれてしまったなら、後先構わず周囲が結婚をお膳立てしてやることも必要でしょうけれど、・・・。
今の段階では、仮にアンリが身を差し出しても、マルスは受け取らないような気がします。
マルスは、歳不相応なほど大人ですよ。
アンリも並大抵の努力では追い付けないかも知れません。
そうしていずれ競争相手が色々と出てくればあの子も焦りを感じるようになるでしょうね。
多分15歳から17歳はアンリも不安定な時期を迎えるかもしれません。
少し早いですがその年ならば嫁入りしても可笑しくは無い年頃。
でもマルスの年齢を考えると今から少なくとも4年は辛抱せねばならないでしょう。
その時期にアンリに対してマルスがどう接するかで彼女の将来が決まります。
でもそんな先を今から心配してもどうにもなりませんわよ。
それよりも二人の交友が上手くゆくように半年に一度ぐらいは、マルスをマルビスに招待し、アンリをカルベックに訪問させた方が今は宜しいのではありませんか?」
「ふむ、今から婚約話は無理か・・・。」
「もし、カルベック伯爵からそのようなお話があれば検討するのは吝かではございませぬが・・・。
でもその前提条件は、アンリが伯爵夫妻にきちんと受け入れられることです。
そのためには、アンリをじっくりと見て頂かなければなりません。
なぜか、王都でのベンド以来刺客の襲撃も無いようですから、この状況が続くならばアンリをカルベックに訪問させるのも問題は無いでしょう。」
「刺客か・・・。
この際だから、お前には言っておこう。
但し、他言は無用だ。
アンリやクレインにもだ。
刺客の襲撃はもう無い筈だ。
刺客を依頼した者が死に、刺客を請け負った者も全てが死んだそうな。
証拠は一切ないが、マルスがそれらの死に関与している。」
「そう言えば、噂話を聞いたのですが、アズラン峠の大曲で、山中に黒装束の死体多数が見つかったそうですね。
もしや、あれが?」
「ああ、我らを狙った者どもがあそこで命を落とした。
我らが峠を越える前の話だ。
あの折、峠の頂上で我らが来るのをマルスが待っていたであろう。
表向き、ハイマル城塞に用向きが有って出張ってきたということになっているが、ハイマル城塞にマルスが訪れた形跡はない。
男爵に確認をしてもらった結果だから間違いはない。
あの日もその前の日も、マルスはハイマルの城塞の門を潜ってはいないのだ。
そうしてマルスは儂にだけ、刺客の抹殺と黒幕の抹殺を伝えてくれた。
黒幕は誰だと思う?」
「私には見当もつきません。」
「我が叔父にあたるサモアール前公爵だよ。」
アマンダの目が真ん丸になった。
「まぁ、・・・。
でもなぜ叔父様がそんなことを?」
「マルビスの領地を子息のクロディール殿にやりたかったようだ。
確かに、跡取りを含めて我ら一族が居なくなれば、最有力の候補はクロディール殿かあるいはモンデール殿になるだろう。
モンデール侯爵の子息はまだ幼い。
仮に候補に挙がった時点でモンデール侯爵が不慮の死を遂げれば、残りはクロディール公爵しか残らない。」
「まさか、そんな先までは・・・。」
「いや、可能性はある。
というよりも、サモアール叔父がそう望む可能性が高いだろう。
叔父が望み、アザシ族がまだ残っていれば、モンデール公爵を亡き者にすることも可能だろう。
それに、わしがマルビスに戻ってすぐに女官のハンナと侍従のガリソンを解雇し、領内から放逐したが、・・・。
何故かわかるかね?」
「いいえ、わかりませんでした。
侍従のガリソンはともかく、ハンナはよく周囲に気が付く気立ての良い娘でしたのに・・・。」
「マルスに理由を教えては貰えなかったが、マルスが儂に二人を遠ざけるように忠告したのだ。
だから儂もいろいろ調べた。
ベンドに襲われたあの日に、アンリが真紅の衣装を身に付けたのは何故だね?
アンリはあの色が華やか過ぎると言って、余り好んではいなかったと思っていたが。」
「あぁ、あれはたまたま暫く使っていなかった真紅の衣装を、お付の女官が箪笥から出して陰干しにしておいたようなのですけれど、たまたまそれが功を奏して、箪笥の上に置かれた花瓶が割れて中に有った衣装が水浸しになってしまったときに、あの衣装だけが残ったのです。」
「ふむ、それを詳細に調べると、陰干しにしたのはハンナだったし、花瓶を誤って割ったのもハンナだったのだ。
ハンナはあの日アンリが出かけるには真紅の衣装しかないようにお膳立てしていた疑いがある。
ベンドは赤い色に執着する。
赤い色柄があると本能的にそれに攻撃を加える習性があるそうだ。
逆に言うと、あの日、アンリが着て行く衣装は真紅の衣装であらねばならなかったのだ。」
アマンダもそこまで聞かされては流石に驚きの色を隠せない。
公爵は更に続けた。
「ハンナもガリソンも我が家で雇われたのは例の火災が起きる三月ほど前だった。
口利きはいずれも口入屋のバンスと言うことだったが、念のため調べてみるとどうも違うのだ。
確かにバンスの紹介状を持っており、文字もバンスのものと異なるとは判別できない。
だが、実際に確認してみると口入屋の帳簿にはそのような紹介状を書いた記録が無いとわかった。
口入屋の番頭はしっかり者でな。
店の紹介状を書いた場合には必ず帳簿に記載しているのだ。
何時どこそこへ誰を推挙したとな。
つまりは、あの二人は偽造された紹介状で雇われた者だった。
だが、火災にしろ、ベンドの件にしろ、二人が関与したと言う直接の証拠はないので、偽造された紹介状の一件のみで解雇したのだ。
疑いがある以上は領内に置けぬ。
だから放逐した。
マルスは儂に忠告する際に、その二人が刺客団に関与していると明確に断言していたのだ。」
「まぁ、では、マルスは二度、三度に渡って我が家を守ってくれた恩人と言うことになるのですね。」
「そう言うことになるな。
最初の火災の際は、たまたま旧知のサレム師が予定も告げずに訪れてくれたおかげで、我ら二人が難を逃れることができた。
クレインが襲撃された折も、夜回りの警邏隊が駆け付けたので命拾いをしておる。
ベンドの際は、マルスがたまたま王都に来ていなかったなら、お前もアンリも生きてはいまい。
我らは幸運に恵まれていた。
そうしてマルビス帰参の折は、本当にマルス一人の仕業かどうかわからぬが、間違いなく80名以上の刺客と思われる死体があった。
急斜面の上だけではなく、峠から王都寄りの街道に首を切られた三つの遺骸が有ったと報告を受けている。
わし等が通った時にはそのようなものは無かったから、その三人についてはあるいはマルスが始末したのかもしれない。
衣類は商人風だったが懐や荷物に暗器が隠されておったそうだ。
間違いなく刺客の一団であろうよ。
マルスなり他の者なりが殺害したにせよ、何を持って刺客の一味と判断したかはわからぬが、その者には確証があったのだろう。
商人風の三人はともかく、我らが大曲を通過する際に、刺客の連中がまだ生きておったなら、我ら一家はオズラン峠の大曲を超えることはできなかったはずだ。
大曲に仕掛けられていた罠を元に服すだけで山に慣れた樵と猟師が50人もかかって延べ20日を要したと聞いている。
遺体の始末料を含めて金貨200枚を使った上で、残りはお返しすると律儀にもハイマルのグロビデル男爵が金貨を返してきおった。
グロビデル男爵が使った金が金貨200枚ならば、オズラン峠でマルスから手渡された金貨は847枚、それが亡き叔父貴がアザシ族の生き残りどもに暗殺料として託した金貨千枚の残りだそうな。
我ら4人の命が金貨千枚じゃ。
高いようで安い値じゃのぅ。
それも我が親族が我らを狙ったとは心が寂しゅうなるわ。」
「その残った金子は如何するおつもりですか?」
「ふむ、百枚は叔父貴の葬儀に際して弔慰金としてレモノスのオトゥール・クロディール公爵に渡した。
元々レモノスの資産であろうからな。
レモノスに返しても良かろう。
だが、それ以上の金子を弔慰金として出すことは無理だ。
痛くも無いこちらの腹を探られるのが落ちだからのぉ。
残りは547枚、マルスに返しても良いのだが・・・、受け取るまい。
まぁ、アンリが嫁に行くときの持参金じゃな。
無論、叔父の犯そうとした罪で穢れた金貨は全て取り換えることにした。
この半年で家宰のオンモに頼んで全てを市中に還元した。
預かった金貨はモルド金貨であったが、オンモはより価値の高いサネル金貨に替えてくれた。
アンリの持参金は今のところサネル金貨480枚じゃ。
オンモに託しておる故、おそらくは利息も付こう。
あれは中々に商才がある。
嫁に出るころには今少し増えておろうし、当然にサディス家からの上乗せがあろう。」
アマンダ夫人も微笑んだ。
「それはまた気の早いお話ですね。
でも、確かにアンリはいずれ嫁に行く身。
今から用意していても宜しいですわね。
ところで、大曲に仕掛けられた罠の中に岩が崩れ落ちるような仕掛けはございまして?」
「あぁ、多数の丸太が転がるような仕掛けと、かなりの大石が斜面を下るような仕掛けがあったと聞いている。
なぜ、そんなことを?」
「いいえ、これで最後の抜けていたパズルがしっかりと当てはまりました。
アンリの未来の夫はマルス以外には有りません。」
アマンダは笑みを浮かべてそう断言した。
「ほう、何故そう思うのかな。」
「あなたにはアンリの婚礼の夜にお話ししてあげます。
人に話してしまうと運が逃げて行くと申しますでしょう。
だから成就してからならお話しできますわ。」
3
あなたにおすすめの小説
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く
川原源明
ファンタジー
伊東誠明(いとうまさあき)35歳
都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。
そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。
自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。
終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。
占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。
誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。
3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。
異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?
異世界で、医師として活動しながら婚活する物語!
全90話+幕間予定 90話まで作成済み。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる