二つの異世界物語 ~時空の迷子とアルタミルの娘

サクラ近衛将監

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第三章 新たなる展開

3-8 マルス ~交友 その一(公爵夫妻の密談)

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 翌年マルスは14歳になり、アンリは13歳になっていた。
 互いに遠い地に有りながら、二人は頻繁に文のやり取りをしていた。

 アンリが先に出したのだが、マルスから返事がすぐに帰ってきた。
 それからのやり取りである。

 今では一月に三回ほども文が往復している。
 公爵は折をみてアマンダに相談した。

「アマンダ、実はアンリの事なのだが、マルスとのことをどう思うかな。」

「アンリはマルスを慕っております。
 まるで恋人のようですよ。」

「ふむ、それでなのだが、必要なれば親同士が決めた許嫁にすることもできるが、アマンダはどう思うかな。」

「おやまぁ、貴方がそんなことを・・・。
 アンリは、まだ夢物語の恋に憧れている年頃ですから、喜んで受けましょうけれど、マルスはどうでしょうね。
 あの子ならばあるいは当人同士にお任せ下さいと言うかもしれません。
 仮にいま婚約したとしても本当に結婚するまでには、少なくとも3、4年、長ければ6、7年は必要でしょう。
 それほどに長い間、相手を拘束すること自体を嫌うかもしれません。
 時々マルスの便りの内容を教えてもらいますが、あの子は通常の物差しでは測れない人のように感じられます。
 どれほど傍から誘惑が有ろうとあの子は独自の考え方、生き方を外れようとしないでしょう。
 例えば王家に迎えてやるから婿に入れと言われても、それだけでは動こうとはしないでしょうし、一介の農民の子であれ、騎士の子であれ、差別なく扱うお人のようですよ。
 アンリが今少し人として成長すれば、一人の女性として尊重し、配偶者の候補として見てくれるかもしれませんね。
 アンリも薄々ながらそのことがわかってきているようですから、彼女なりに一生懸命生き方を模索しています。
 学問もそうですし、音楽もそうです。
 最近は武道にも興味を示し始めました。
 アンリには左程必要はない筈ですが、自分の身は自分で守ることができなければならないと感じているようでもあります。
 刺客が放ったと思われるあのベンドの襲撃は、あの子には強烈な印象を与えたようです。
 マルスがあの場に居なければ失われた命だと言うことが身に染みてわかったから、せめてマルスがいない場においては自分の身を守るだけの術がなければならないと考えたのでしょう。
 女の細腕、大層なことはできませんが、武芸で身体を動かし、汗を流すことがあの子の健康にも役立っています。
 この半年余り、アンリは凄く綺麗になってきていますし、女らしさが体の線にも表れるようになってきました。
 もともと発育のいい子です。
 胸回りなども15歳か16歳の娘と同じぐらいになっているようですね。
 身体ばかりでなく、マルスとの文通を通じて人として成長していると感じ取れます。
 私もできればマルスのような子に嫁ぐ日が来ればいいとは思っておりますが、まだまだ先の事です。
 マルスが何らかの事情で崩れるかもしれませんし、将来アンリが他の人を好きになってしまうことも全くないわけではないでしょう。
 ですから今の段階で決めてしまうことが本人たちにとって本当に幸せなことかどうか、私には判断できません。
 アンリがマルスと結ばれる運命ならば、どう事態が変化しようといずれは結ばれます。
 私は、何の足枷も課さずに二人の交友を見守ってやることが親としてできることではないかと思います。
 仮に二人が肉体的に結ばれてしまったなら、後先構わず周囲が結婚をお膳立てしてやることも必要でしょうけれど、・・・。
 今の段階では、仮にアンリが身を差し出しても、マルスは受け取らないような気がします。
 マルスは、歳不相応なほど大人ですよ。
 アンリも並大抵の努力では追い付けないかも知れません。
 そうしていずれ競争相手が色々と出てくればあの子も焦りを感じるようになるでしょうね。
 多分15歳から17歳はアンリも不安定な時期を迎えるかもしれません。
 少し早いですがその年ならば嫁入りしても可笑しくは無い年頃。
 でもマルスの年齢を考えると今から少なくとも4年は辛抱せねばならないでしょう。
 その時期にアンリに対してマルスがどう接するかで彼女の将来が決まります。
 でもそんな先を今から心配してもどうにもなりませんわよ。
 それよりも二人の交友が上手くゆくように半年に一度ぐらいは、マルスをマルビスに招待し、アンリをカルベックに訪問させた方が今は宜しいのではありませんか?」

「ふむ、今から婚約話は無理か・・・。」

「もし、カルベック伯爵からそのようなお話があれば検討するのはやぶさかではございませぬが・・・。
 でもその前提条件は、アンリが伯爵夫妻にきちんと受け入れられることです。
 そのためには、アンリをじっくりと見て頂かなければなりません。
 なぜか、王都でのベンド以来刺客の襲撃も無いようですから、この状況が続くならばアンリをカルベックに訪問させるのも問題は無いでしょう。」

「刺客か・・・。
 この際だから、お前には言っておこう。
 但し、他言は無用だ。
 アンリやクレインにもだ。
 刺客の襲撃はもう無い筈だ。
 刺客を依頼した者が死に、刺客を請け負った者も全てが死んだそうな。
 証拠は一切ないが、マルスがそれらの死に関与している。」

「そう言えば、噂話を聞いたのですが、アズラン峠の大曲おおまがりで、山中に黒装束の死体多数が見つかったそうですね。
 もしや、あれが?」

「ああ、我らを狙った者どもがあそこで命を落とした。
 我らが峠を越える前の話だ。
 あの折、峠の頂上で我らが来るのをマルスが待っていたであろう。
 表向き、ハイマル城塞に用向きが有って出張ってきたということになっているが、ハイマル城塞にマルスが訪れた形跡はない。
 男爵に確認をしてもらった結果だから間違いはない。
 あの日もその前の日も、マルスはハイマルの城塞の門を潜ってはいないのだ。
 そうしてマルスは儂にだけ、刺客の抹殺と黒幕の抹殺を伝えてくれた。
 黒幕は誰だと思う?」

「私には見当もつきません。」

「我が叔父にあたるサモアール前公爵だよ。」

 アマンダの目が真ん丸になった。

「まぁ、・・・。
 でもなぜ叔父様がそんなことを?」

「マルビスの領地を子息のクロディール殿にやりたかったようだ。
 確かに、跡取りを含めて我ら一族が居なくなれば、最有力の候補はクロディール殿かあるいはモンデール殿になるだろう。
 モンデール侯爵の子息はまだ幼い。
 仮に候補に挙がった時点でモンデール侯爵が不慮の死を遂げれば、残りはクロディール公爵しか残らない。」

「まさか、そんな先までは・・・。」

「いや、可能性はある。
 というよりも、サモアール叔父がそう望む可能性が高いだろう。
 叔父が望み、アザシ族がまだ残っていれば、モンデール公爵を亡き者にすることも可能だろう。
 それに、わしがマルビスに戻ってすぐに女官のハンナと侍従のガリソンを解雇し、領内から放逐したが、・・・。
 何故かわかるかね?」

「いいえ、わかりませんでした。
 侍従のガリソンはともかく、ハンナはよく周囲に気が付く気立ての良い娘でしたのに・・・。」

「マルスに理由を教えては貰えなかったが、マルスが儂に二人を遠ざけるように忠告したのだ。
 だから儂もいろいろ調べた。
 ベンドに襲われたあの日に、アンリが真紅の衣装を身に付けたのは何故だね?
 アンリはあの色が華やか過ぎると言って、余り好んではいなかったと思っていたが。」

「あぁ、あれはたまたま暫く使っていなかった真紅の衣装を、お付の女官が箪笥から出して陰干しにしておいたようなのですけれど、たまたまそれが功を奏して、箪笥の上に置かれた花瓶が割れて中に有った衣装が水浸しになってしまったときに、あの衣装だけが残ったのです。」

「ふむ、それを詳細に調べると、陰干しにしたのはハンナだったし、花瓶を誤って割ったのもハンナだったのだ。
 ハンナはあの日アンリが出かけるには真紅の衣装しかないようにお膳立てしていた疑いがある。
 ベンドは赤い色に執着する。
 赤い色柄があると本能的にそれに攻撃を加える習性があるそうだ。
 逆に言うと、あの日、アンリが着て行く衣装は真紅の衣装であらねばならなかったのだ。」

 アマンダもそこまで聞かされては流石に驚きの色を隠せない。
 公爵は更に続けた。

「ハンナもガリソンも我が家で雇われたのは例の火災が起きる三月ほど前だった。
 口利きはいずれも口入屋のバンスと言うことだったが、念のため調べてみるとどうも違うのだ。
 確かにバンスの紹介状を持っており、文字もバンスのものと異なるとは判別できない。
 だが、実際に確認してみると口入屋の帳簿にはそのような紹介状を書いた記録が無いとわかった。
 口入屋の番頭はしっかり者でな。
 店の紹介状を書いた場合には必ず帳簿に記載しているのだ。
 何時どこそこへ誰を推挙したとな。
 つまりは、あの二人は偽造された紹介状で雇われた者だった。
 だが、火災にしろ、ベンドの件にしろ、二人が関与したと言う直接の証拠はないので、偽造された紹介状の一件のみで解雇したのだ。
 疑いがある以上は領内に置けぬ。
 だから放逐した。
 マルスは儂に忠告する際に、その二人が刺客団に関与していると明確に断言していたのだ。」

「まぁ、では、マルスは二度、三度に渡って我が家を守ってくれた恩人と言うことになるのですね。」

「そう言うことになるな。
 最初の火災の際は、たまたま旧知のサレム師が予定も告げずに訪れてくれたおかげで、我ら二人が難を逃れることができた。
 クレインが襲撃された折も、夜回りの警邏隊が駆け付けたので命拾いをしておる。
 ベンドの際は、マルスがたまたま王都に来ていなかったなら、お前もアンリも生きてはいまい。
 我らは幸運に恵まれていた。
 そうしてマルビス帰参の折は、本当にマルス一人の仕業かどうかわからぬが、間違いなく80名以上の刺客と思われる死体があった。
 急斜面の上だけではなく、峠から王都寄りの街道に首を切られた三つの遺骸が有ったと報告を受けている。
 わし等が通った時にはそのようなものは無かったから、その三人についてはあるいはマルスが始末したのかもしれない。
 衣類は商人風だったが懐や荷物に暗器が隠されておったそうだ。
 間違いなく刺客の一団であろうよ。
 マルスなり他の者なりが殺害したにせよ、何を持って刺客の一味と判断したかはわからぬが、その者には確証があったのだろう。
 商人風の三人はともかく、我らが大曲を通過する際に、刺客の連中がまだ生きておったなら、我ら一家はオズラン峠の大曲を超えることはできなかったはずだ。
 大曲に仕掛けられていた罠を元に服すだけで山に慣れたきこりと猟師が50人もかかって延べ20日を要したと聞いている。
 遺体の始末料を含めて金貨200枚を使った上で、残りはお返しすると律儀にもハイマルのグロビデル男爵が金貨を返してきおった。
 グロビデル男爵が使った金が金貨200枚ならば、オズラン峠でマルスから手渡された金貨は847枚、それが亡き叔父貴がアザシ族の生き残りどもに暗殺料として託した金貨千枚の残りだそうな。
 我ら4人の命が金貨千枚じゃ。
 高いようで安い値じゃのぅ。
 それも我が親族が我らを狙ったとは心が寂しゅうなるわ。」

「その残った金子は如何するおつもりですか?」

「ふむ、百枚は叔父貴の葬儀に際して弔慰金としてレモノスのオトゥール・クロディール公爵に渡した。
 元々レモノスの資産であろうからな。
 レモノスに返しても良かろう。
 だが、それ以上の金子を弔慰金として出すことは無理だ。
 痛くも無いこちらの腹を探られるのが落ちだからのぉ。
 残りは547枚、マルスに返しても良いのだが・・・、受け取るまい。
 まぁ、アンリが嫁に行くときの持参金じゃな。
 無論、叔父の犯そうとした罪で穢れた金貨は全て取り換えることにした。
 この半年で家宰のオンモに頼んで全てを市中に還元した。
 預かった金貨はモルド金貨であったが、オンモはより価値の高いサネル金貨に替えてくれた。
 アンリの持参金は今のところサネル金貨480枚じゃ。
 オンモに託しておる故、おそらくは利息も付こう。
 あれは中々に商才がある。
 嫁に出るころには今少し増えておろうし、当然にサディス家からの上乗せがあろう。」

 アマンダ夫人も微笑んだ。

「それはまた気の早いお話ですね。
 でも、確かにアンリはいずれ嫁に行く身。
 今から用意していても宜しいですわね。
 ところで、大曲に仕掛けられた罠の中に岩が崩れ落ちるような仕掛けはございまして?」

「あぁ、多数の丸太が転がるような仕掛けと、かなりの大石が斜面を下るような仕掛けがあったと聞いている。
 なぜ、そんなことを?」

「いいえ、これで最後の抜けていたパズルがしっかりと当てはまりました。
 アンリの未来の夫はマルス以外には有りません。」

 アマンダは笑みを浮かべてそう断言した。

「ほう、何故そう思うのかな。」

「あなたにはアンリの婚礼の夜にお話ししてあげます。
 人に話してしまうと運が逃げて行くと申しますでしょう。
 だから成就してからならお話しできますわ。」
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