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第二章 大草原の旅路
2-2 夜襲
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その夜、夜の見張りを除きほぼ寝静まってから少し離れたところに天幕を張った怪しい人物たちが動き始めた。
見張りが増強され、彼らの方に常時二名以上の目が向けられてはいたが、密かに天幕の背後から摺り抜けて賊たちは南西に向かった。
マルコは隠密を発動し、なおかつ認識疎外を掛けた状態で賊たちの周囲で監視に当たっていた。
彼らの仲間と思しき集団は二里ほど離れた北側の灌木の林に身を潜めて合図を待っている。
12人の賊のうち半数の6人はそれぞれ子供の頭ほどもある石を抱えていた。
風の向きを確認し、それから二十ブーツほども間隔を置いて地面に石を置き、二人一組でそれぞれが懐に仕舞っていたものを取り出した。
円筒形のガラス状の器であり、内部には月明かりにも毒々しく紫色に燐光を放つ液体が入っていた。
恐らく内容量は二百㏄もないかと思われるが、何の液体かがわからない。
但し、風上に位置してそれを取り出したということは、催眠ガスか毒ガスの可能性が高い。
そうして彼らは三歩程石から離れて一斉にガラスの器を石に向けて投げつけた。
途端にガチャンと比較的大きな音がしてガラスがわれ、内部から漏れた液体が気化して行くのが分かった。
マルコは鑑定をかけ、その物質がサリンの化学式に似た毒ガスであることを瞬時に知った。
賊の一味に薬師崩れがいるのだろうか?
マルコでも己に詰まった知識を活用すれば同じようなモノを作ることはできるだろう。
仮にサリンならば空気より重く地表を這うことになる。
ガスを吸わずとも皮膚に触れるだけで死亡する恐れのある神経ガスである。
サリンの場合、僅かに一滴ほどの量を直接皮膚に垂らしただけで死に至るという報告さえある。
十二人が保有した毒ガスの量はおそらく液体で二リットル以上であるから、千人以上の人間を殺しても余りある量になる。
風下側に向かって六か所から徐々に拡散しながら薄い霧状のガスが流れてゆくのを確認した上で、彼らの一人が弓を構え、火矢を上空にはなった。
それが多分仲間への合図なのだろうが、へらへら笑っていた彼らが一瞬で恐怖に脅えてその顔が歪んだ。
それまでカラガンダ老の野営地に向かっていた毒霧が一斉に方向を変えて賊たちに向かって来たのである。
しかも意思を持っているかの如く、12の塊になって彼らに追いすがった。
小さな悲鳴を上げながら反対方向に逃げる男たちだったが生憎と毒霧の動きの方が早かった。
男たちが次々に毒霧に包まれるとすぐに全身の痙攣が始まり、嘔吐を繰り返しながら息絶えて言った。
僅かに1分内外の話であり、如何にこの毒が強力なモノかがわかる。
それを確認するとマルコは毒霧を浄化で化学分解して無毒なモノに変え、拡散させたのである。
尤も息絶えた男たちの体内にはいまだに毒ガスが残留している危険性があるので彼らの周囲に結界を張り、30ブーツ以内には人を含めて動物が近づけないようにした。
この効果はおそらく一刻は続くことになる。
火矢に気づいた見張りが警戒を強化するとともに、二人ほど火矢を放った場所の調査確認にやってきたが、月夜の中ではよく見えず結界にも石で割られたガラス容器にも気づかずに戻っていった。
一方で待機していた灌木林の賊たちは火矢を見てから少なくとも一刻を過ぎないと動かないことに決めていた。
従って、そのまま待機していたのだが、目標としていたカラガンダ老の隊商の見張りが強化されただけで一向に毒霧が効いたようには見えなかったので焦りを感じていた。
二月前にアケロンから二日の位置で別の隊商を襲撃した際には上手く行き、かなりのお宝を手にした賊たちだった。
流石に200名を超す大きな隊商が全滅したとなると後が煩いので、この二月ほどはおとなしくしていたのだった。
全滅した隊商の馬車の類は運び去り、死体は道を外して放置したので、魔物どもが綺麗に片づけてくれた。
従って全滅には違いないが件の隊商は行方不明として扱われたのである。
今回の襲撃についても自信を持って臨んだ襲撃である。
しかしながら隊商の動きに変化がない。
本来ならかがり火の近くに立つ見張りどもは既に倒れていてもおかしくないのにそれがない。
しかも毒霧を蒔いたなら戻ってくるはずの別動隊が未だに戻って来ない。
火矢の合図があったのだから毒霧は発生し、風下に向かったのが確認されている筈。
それなのに二刻近くも経過しても奴らが戻って来ないのは、何か手違いがあったか?
頭目であるハンスは、これ以上の待機は無駄と判断して、今回の襲撃に中止命令を下した。
一斉に、向きを変えて彼らのねぐらである小高い丘に向けて馬の手綱を取った。
どうやら彼らのねぐらはその延長線上にあるらしい。
マルコはその方面を探り、数人が存在する集落のようなものを探り当てた。
恐らくはここが彼らの根城だろうが、魔物の一団の進路にわずかにかかるかもしれない微妙な位置だ。
彼らが魔物に遭遇するかしないかは、運次第になるだろう。
何しろ魔物の一団はその根城に二十里まで迫ってきているのだから。
そうして凡そ一刻後、最初に彼らの根城に残っていた者に不幸が訪れた。
一団の外れにいた尖兵役のゴブリンが、根城の見張りに気づき、これを襲撃したのだ。
すぐに残っていた者全員で応戦したものの、多勢に無勢で全滅した。
そうして流された血は風に乗って、魔物集団の興奮を招いた。
第一段階の興奮では暴走じみたスタンピードは起きないがひたすら好戦的になる。
元々、すぐに獲物に襲い掛かるような魔物たちだから、もとより好戦的なのだが、それが酷くなるという状態異常である。
そんな興奮しつつある魔物集団に気づかずにまともに出会ってしまったのがハンス率いる50名の山賊たちである。
呆気にとられているうちに周囲を包囲され、あっという間に殲滅された騎馬の集団である。
そうしてその流された血が第二の興奮を招いた。
彼らの鋭敏な感覚が研ぎ澄まされ獲物がすぐ近くにあると気づいてしまった。
しかもその先にはさらに多くの獲物がひしめいていることをほとんど本能で知ってしまったのである。
魔物集団はそれまで比較的秩序を保っていたのだが、ここにきてタガが外れた。
一斉に彼らは走り出したのである。
それがより強い興奮を産み出し、彼らは疲れを知らない魔物集団に変化する。
その状態ならば一日中でも走り通せるのである。
魔物集団はまっすぐにカラガンダ老の野営地に向かって進軍していた。
見張りが増強され、彼らの方に常時二名以上の目が向けられてはいたが、密かに天幕の背後から摺り抜けて賊たちは南西に向かった。
マルコは隠密を発動し、なおかつ認識疎外を掛けた状態で賊たちの周囲で監視に当たっていた。
彼らの仲間と思しき集団は二里ほど離れた北側の灌木の林に身を潜めて合図を待っている。
12人の賊のうち半数の6人はそれぞれ子供の頭ほどもある石を抱えていた。
風の向きを確認し、それから二十ブーツほども間隔を置いて地面に石を置き、二人一組でそれぞれが懐に仕舞っていたものを取り出した。
円筒形のガラス状の器であり、内部には月明かりにも毒々しく紫色に燐光を放つ液体が入っていた。
恐らく内容量は二百㏄もないかと思われるが、何の液体かがわからない。
但し、風上に位置してそれを取り出したということは、催眠ガスか毒ガスの可能性が高い。
そうして彼らは三歩程石から離れて一斉にガラスの器を石に向けて投げつけた。
途端にガチャンと比較的大きな音がしてガラスがわれ、内部から漏れた液体が気化して行くのが分かった。
マルコは鑑定をかけ、その物質がサリンの化学式に似た毒ガスであることを瞬時に知った。
賊の一味に薬師崩れがいるのだろうか?
マルコでも己に詰まった知識を活用すれば同じようなモノを作ることはできるだろう。
仮にサリンならば空気より重く地表を這うことになる。
ガスを吸わずとも皮膚に触れるだけで死亡する恐れのある神経ガスである。
サリンの場合、僅かに一滴ほどの量を直接皮膚に垂らしただけで死に至るという報告さえある。
十二人が保有した毒ガスの量はおそらく液体で二リットル以上であるから、千人以上の人間を殺しても余りある量になる。
風下側に向かって六か所から徐々に拡散しながら薄い霧状のガスが流れてゆくのを確認した上で、彼らの一人が弓を構え、火矢を上空にはなった。
それが多分仲間への合図なのだろうが、へらへら笑っていた彼らが一瞬で恐怖に脅えてその顔が歪んだ。
それまでカラガンダ老の野営地に向かっていた毒霧が一斉に方向を変えて賊たちに向かって来たのである。
しかも意思を持っているかの如く、12の塊になって彼らに追いすがった。
小さな悲鳴を上げながら反対方向に逃げる男たちだったが生憎と毒霧の動きの方が早かった。
男たちが次々に毒霧に包まれるとすぐに全身の痙攣が始まり、嘔吐を繰り返しながら息絶えて言った。
僅かに1分内外の話であり、如何にこの毒が強力なモノかがわかる。
それを確認するとマルコは毒霧を浄化で化学分解して無毒なモノに変え、拡散させたのである。
尤も息絶えた男たちの体内にはいまだに毒ガスが残留している危険性があるので彼らの周囲に結界を張り、30ブーツ以内には人を含めて動物が近づけないようにした。
この効果はおそらく一刻は続くことになる。
火矢に気づいた見張りが警戒を強化するとともに、二人ほど火矢を放った場所の調査確認にやってきたが、月夜の中ではよく見えず結界にも石で割られたガラス容器にも気づかずに戻っていった。
一方で待機していた灌木林の賊たちは火矢を見てから少なくとも一刻を過ぎないと動かないことに決めていた。
従って、そのまま待機していたのだが、目標としていたカラガンダ老の隊商の見張りが強化されただけで一向に毒霧が効いたようには見えなかったので焦りを感じていた。
二月前にアケロンから二日の位置で別の隊商を襲撃した際には上手く行き、かなりのお宝を手にした賊たちだった。
流石に200名を超す大きな隊商が全滅したとなると後が煩いので、この二月ほどはおとなしくしていたのだった。
全滅した隊商の馬車の類は運び去り、死体は道を外して放置したので、魔物どもが綺麗に片づけてくれた。
従って全滅には違いないが件の隊商は行方不明として扱われたのである。
今回の襲撃についても自信を持って臨んだ襲撃である。
しかしながら隊商の動きに変化がない。
本来ならかがり火の近くに立つ見張りどもは既に倒れていてもおかしくないのにそれがない。
しかも毒霧を蒔いたなら戻ってくるはずの別動隊が未だに戻って来ない。
火矢の合図があったのだから毒霧は発生し、風下に向かったのが確認されている筈。
それなのに二刻近くも経過しても奴らが戻って来ないのは、何か手違いがあったか?
頭目であるハンスは、これ以上の待機は無駄と判断して、今回の襲撃に中止命令を下した。
一斉に、向きを変えて彼らのねぐらである小高い丘に向けて馬の手綱を取った。
どうやら彼らのねぐらはその延長線上にあるらしい。
マルコはその方面を探り、数人が存在する集落のようなものを探り当てた。
恐らくはここが彼らの根城だろうが、魔物の一団の進路にわずかにかかるかもしれない微妙な位置だ。
彼らが魔物に遭遇するかしないかは、運次第になるだろう。
何しろ魔物の一団はその根城に二十里まで迫ってきているのだから。
そうして凡そ一刻後、最初に彼らの根城に残っていた者に不幸が訪れた。
一団の外れにいた尖兵役のゴブリンが、根城の見張りに気づき、これを襲撃したのだ。
すぐに残っていた者全員で応戦したものの、多勢に無勢で全滅した。
そうして流された血は風に乗って、魔物集団の興奮を招いた。
第一段階の興奮では暴走じみたスタンピードは起きないがひたすら好戦的になる。
元々、すぐに獲物に襲い掛かるような魔物たちだから、もとより好戦的なのだが、それが酷くなるという状態異常である。
そんな興奮しつつある魔物集団に気づかずにまともに出会ってしまったのがハンス率いる50名の山賊たちである。
呆気にとられているうちに周囲を包囲され、あっという間に殲滅された騎馬の集団である。
そうしてその流された血が第二の興奮を招いた。
彼らの鋭敏な感覚が研ぎ澄まされ獲物がすぐ近くにあると気づいてしまった。
しかもその先にはさらに多くの獲物がひしめいていることをほとんど本能で知ってしまったのである。
魔物集団はそれまで比較的秩序を保っていたのだが、ここにきてタガが外れた。
一斉に彼らは走り出したのである。
それがより強い興奮を産み出し、彼らは疲れを知らない魔物集団に変化する。
その状態ならば一日中でも走り通せるのである。
魔物集団はまっすぐにカラガンダ老の野営地に向かって進軍していた。
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