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第十章 嫁sの実家
10ー8 コーレッド家からの帰り道 その二
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俺は村の生存者の一人、幼女エルヴィーラの記憶にあった人相風体をδ型ゴーレムに配信し、その行方を追うことにした。
ヴォアールランドから見て、王都よりも遠方はどちらかというとメッシュの荒い監視網なので、必ずしもすぐに見つかるかどうかはわからなかったが、こ奴が生きて活動をしているならば、いずれ何処かで見つけられるだろうと思っていた。
俺がヴォアールランドに戻った数日後に、エシュラックとの国境に近い町、ビオルケナスにその男が現れた。
俺はその男の周囲に三体のδ型ゴーレムを張り付けた。
仮にその街で井戸などに毒物を投げ込むような素振りを見せたなら直ちに制圧しろと命じてはいるが、俺としてはできる限り背後関係を確認したかったのだ。
テトロドトキシンは間違いなく特殊な毒であり、それを抽出、水溶性の性質を与えたまま一定時間毒性を維持することのできる者は、錬金術師か薬師の能力を持った奴だ。
勿論作った奴と井戸に投げ込んだ奴とは別人の可能性もある。
いずれにせよ辺境の町に近い寒村の町マルローの住民を皆殺しにして得られる利益は余り無いはずだ。
仮にマルロー村から価値あるものを盗んだとしたなら、村の親類縁者からアルムガルド子爵にいずれ連絡が入るはず。
アルムガルド子爵には、村長の家に泊まったはずの旅人が何らかの関わりがあるかもしれないことを耳打ちしておいた。
子爵は子爵なりに調べるだろう。
気になるのは今回の特殊な毒物の使用が、単なる実験などであった場合のことだ。
マルロー村での成功に味を占めて、次は本番で使用するかもしれない。
だからこそ作った奴、使った奴、そうしてこれを計画した奴を捕捉したいのだ。
容疑者の男は、ジェスタ国から出てエシュラックに入り、更に南下してオルテンシュタイン帝国に入った。
その報告を受けて、またまた帝国かよと思ったが、次の報告ではさらに南下してフレーメル王国に入ったことが判ったのである。
δ型ゴーレムの監視下に入ってから、旅の途中でこの男へ接触してきた者で怪しい奴はいなかった。
その都度、ゴーレムの一体が背後関係その他を確認しているから間違いはない。
フレーメル王国は、ジェスタ王国にとって一応中立国ではあるが、元々オルテンシュタイン帝国寄りの姿勢を貫いている王国であり、ジェスタ国に敵対まではしていないが、明確な友好国ではない。
むしろジェスタ国の友好国であるエシュラックとは度々紛争を起こしている問題の多い国であって、その意味ではいつ敵対するかわからない注意を要する国ではある。
これまでジェスタ国とはあまり関わり合いの無い国のはずだがと、思いを巡らせていると、それから五日ほど経って、フレーメル王国の王都ベッテルポリに容疑者が入ったらしい。
男が最終的に辿り着いた先は、フレーメル王国の王立薬物研究所だった。
◇◇◇◇
私は、フレーメル王国王立薬物研究所副所長のデビッド・ベイキングだ。
密命を帯びて出かけていた第四部職員のワルヒムが22日ぶりに戻ってきた。
ウチの研究所は、王家にも内緒で、表沙汰にできない物を種々研究しており、解毒薬の無い毒薬造りなどもそのうちの一つだ。
動物を使って、その効果を検証することは当然にできるのだが、人間に対してどのような効力があるのかという検証は、やはり実践してみないと分からないものである。
しかしながら、そうした人体実験を研究所内では流石にできないから、以前から別の場所で秘密裏に実行しているのだ。
我らの関与を疑われないために、そうした実験の場としてよく利用されるのが、我が国から国一つ隔てた地域のサルブレン王国、ヌエル王国、デラコア王国、アレシボ皇国それにオルテンシュタイン帝国の西部地域などであったが、余りに実験が頻繁に行われると怪しまれ、痕跡を手繰られる恐れもある。
それで、今回は少々遠いが初めてジェスタ王国に標的を定めたのだった。
狙いはいつもの通り、人口密集地から少し離れた場所で鄙びた開拓村などが一番望ましかった。
そんなわけで今回の実行部隊である第四部が数ある候補から選んだのが、ジェスタ国南部にある子爵領の寒村マルロー村だった。
これまで実験場にジェスタ国を選んだことは一度も無いのだが、第四部が事前情報を集めて念入りに計画していたので、失敗や我らの関与が疑われる心配は先ず無いと思っている。
今回の検証に使う10973番毒の開発チームの責任者は私であり、勿論王家にも内緒の毒薬製造であるから当然に実験まで含めて外部には一切を秘匿している。
因みに所長ですら、計画の詳細は知らされない。
ウチの場合、所長以外に三人の副所長がおり、それぞれが似たような秘密薬品の開発を行っている。
他所(よそ)のチームが何をやっているのかは正直なところ私も皆目わからないことが多く、所長は大枠の説明を受けて「Go」の方針を出した後は、それぞれのリーダーに任せっきりなのだ。
従って、今回の10973番毒についても、ある種の特殊動物が保有する生体毒を利用した毒物の精製ということは所長も知っているが、そこから先、特殊動物の種類、毒物の種類、自然毒か合成毒かすらも知らない。
ましてや検証のための実験計画、手法などは全く知らされていないのだ。
今回の10973番毒はフレーメル南岸で見つけた紫斑点ダコから抽出した毒素を、ドジル魔樹の樹液から抽出した糖分で固定したものだった。
紫斑点ダコから抽出した毒素は、非常に強力であるものの空気に触れるとかなり速い速度で変化して無害になることから、これまで利用が難しかったものだ。
ドジル魔樹の樹液から得られる糖分は液状であり、いろいろなものを混合させるに便利なものであった。
ある時、処方を誤って、糖分に紫斑点ダコから抽出した毒素成分が吸収されたところがたまたま目撃され、すぐに転用できないかどうかが試されたのである。
最終的に糖液をやや温めた状態で毒素を混ぜると、毒素が固定化され、無毒化への変質をかなり遅らせることが分かったのである。
この糖液でくるんだような毒を10973番毒と称するが、水に溶けやすい性質を持ち、わずかの量で動物を死に至らせる強毒であることがわかっている。
但し、効果は水に溶かしてから概ね半日、それ以降は毒の効果が消えるのである。
この性質は、ある意味で証拠を隠すにはもってこいの毒なのである。
動物実験で確認したところ、ナイフの刃先にわずかに塗った毒が、表皮をかすっただけで大型の野獣が100までの数を数える間もなく死んだのだ。
体内に入って約半日で毒素そのものが消滅してしまうので、死因としては呼吸ができなくなって死亡したとしかわからないはずだ。
これほど暗殺に適した毒薬は無いだろう。
これでウチの裏商売である闇ギルドへの卸売りはますます繁盛するだろう。
いずれにせよ、私は笑みを浮べながらワルダーから実証実験の報告を第四部部長のモルダーとともに聞いていた。
今回の場合は特に長旅なので、携行する10973毒の密閉手法に苦労したものだ。
何しろ10973毒を混入させた糖液は固定化したとはいえ、空気に触れさせたままで放置すると徐々に無毒化してしまうからだ。
その為に口の狭い小さな陶製容器に10973毒を満たし、蜜蝋で封じることで劣化を防止することにしたのだ。
そのおかげで、10日を超える輸送にも十分耐えられたのだった。
ワルヒムが報告した。
「往路については、計画通りに一旦オルテンシュタインに抜けて、エシュラックへ入り、更にジェスタ王国へ入る方法を取りましたが、特段の問題はありませんでした。
難点があると言えば、薬の行商人を装い大荷物を持っての旅が大変なぐらいでした。
面倒事としては、途中予定していた宿が団体客で満杯になっていたために別の宿を探すことを余儀なくさせられたことぐらいでしょうか。
問題のマルロー村へは、更に僻地のバルモス村を訪れる途中を装って、夕刻に入り込み、人の好い村長宅へ何とか泊めてもらいました。
私としては母屋ではなく厩辺りでもやむを得ないと覚悟していたのでしたが、母屋に泊めてくれました。
寝る前に、村長から色々と旅の様子や商売の様子を聞かれたことが少々厄介でしたかな?
マルロー村は、余り旅人が訪れる場所でもなく、行商人の往来も左程は多くないですから、外部の話を聞ける良い機会と村長に思われたようです。
それと偽装用の常備薬数点が売れましたな。
一応泊めてもらった恩義もあり、安く譲ってやりましたが、・・・。
まぁ、命を失う者への餞別ですかな。
翌朝、誰よりも早く起きて井戸に向かい、10973毒の蜜蝋の封を破り、容器ごと井戸に放り込みました。
夜明け前ということもあって誰も気づいた者はいませんでした。
夜が明けて何食わぬ顔で村を出立し、それから少し離れた木の上から村の様子を伺っていました。
情報通り、朝餉の準備のために女どもが井戸の前に集まり、それから順次散会して行きました。
効果は期待通り概ね四半時ほどしてから現れましたな。
道路を歩いていた男が、動きが悪くなり、マヒして倒れたのが見えました。
それから更に一刻ほど経ってから、村に入り、各家を回って首尾を確認しました。
村の住民全部がマヒしていました。
その時点で死亡していた者は概ね四分の三に上り、残り四分の一も死亡間違いなしと踏んで村を去りました。
帰路も特段の問題はありませんでした。
以上が検証の概要です。
詳細な観察記録は、別途、部長へ提出します。」
私もモルダーも特に質問は無かった。
この成果は実用化に向けて非常に大きな弾みになるものだった。
その日、第四部で計画成功の祝杯を挙げるために、王都でも有数の料亭であるリトラル亭に関係者一同が集まったのである。
こうした宴会は度々あるが、共通した約束事がある。
それは仕事の話は一切しないこと、関係する国の話題は出さないこと、出席者の名前も役職も呼ばないことである。
宴会には当然のように綺麗どころの酌婦が参加する。
その部外者の目の前で流石に秘密の話をするわけには行かないからだ。
宴会は盛況なうちに無事に終わった。
◇◇◇◇
その日の夜更け、フレーメル王国の王都ベッテルポリにある王立薬物研究所で大規模な火災が発生した。
施設のすべてが延焼し、貴重な書籍や資料が失われ同時に倉庫に保管されていた高価な薬剤や薬草も焼失したのである。
また、前日に宴会を行った第四部の職員と研究所の副所長であるデビッド・ベイキングが中毒で死亡したのだった。
その後の調べで宴会に出された料理に不審なものは無かったという。
宴会に呼ばれた酌婦が一緒に料理を食べ、酒を飲んでいるのだが彼女らに被害は及んでいない。
日常的に王立薬物研究所の職員は、毒を含む薬物を扱っていることから、もしかすると仕事の関係で誤って特殊な薬物を吸引し、その中に遅効性の毒物があったのではないかとも見られているが詳細は不明である。
そうこうしているうちに、王立研究所の職員が徐々に変死するという異常事態が発生したのである。
原因は不明であるが、続く10日ほどの間に王立薬物研究所の職員の9割が死亡するに至った。
いずれも研究員であって、研究所の事務方については死亡したものはいなかったのである。
原因は一切不明であり、普通に就寝して翌朝にはベッドの上で冷たくなっているという異常な死であった。
王都ベッテルポリで起きたこの事件は、怪奇な事件として大いに騒がれたが、半年も経つ頃には、半ば都市伝説化しつつも噂からは徐々に遠のいて行ったのである。
◇◇◇◇
フレーメル王国の王立薬物研究所を焼毀し、研究所の職員を抹殺したのは俺の仕業だ。
研究所内に残されていた10973毒を入手し、寝ている奴の口内に片っ端から放り込んでやった。
罪もない村人多数を殺害した元凶をそのまま放置するわけには行かない。
まして闇ギルトで使用する毒物の大半の仕入れがこの王立薬物研究所ということが判った以上、潰すしかなかった。
10973毒の致死量は一滴にも満たない量である。
飲み込まなくても口内の粘膜から吸収され、およそ三十分で全身麻痺に至る。
但し、幼子二人については特別な耐性があった所為か、朝方から翌日夜明け前近くまで生き残っていたし、毒物も分解されずに体内に残っていた。
簡単には分解されないのかと思ったが、他の遺体からは痕跡が見つからなかったし、研究所で見つけた書簡にも、体内に入って個体により差はあれど半日後には、毒が分解されるとされていた。
但し、あくまで死後のことであり、生きている間は毒素が残っているのかもしれないが、その辺は俺にもわからない。
いずれにしろ研究所の職員はいずれも良く寝ていたが、仮に起きていたにしても、毒を与えられて二十分ほどで瞼さえ動かせなくなったはずだ。
研究所で実際に毒物を生み出す作業に従事した人物は全員抹殺した。
当然にそれらを監督する立場にある所長及び副所長も対象だ。
処分の時期に差異があるのは、一度に行うと作為性があるけれど、時間をおいて発生するとそれが若干薄れるからだ。
まぁ、連続殺人と疑われる可能性は無きにしもあらずだが、そもそもこの10973毒を知っているものは最初に全滅した第四部職員だ。
従って何らかの毒の関与は疑われても、実際に見つけ出すのは至難の業だろう。
彼らの処刑の実行はデルタ型ゴーレムにやらせたが、指示命令を下したのは俺だ。
リューマ・アグティ・ヴァル・ファンデンダルク辺境伯、未だ若いのに実に業の深い男だと我ながらそう思う。
きっと良い死に方はしないだろうな。
でも俺は、これからもこの異世界で思うがままに生きてゆきたい。
==================================
7月12日及び7月29日、一部の字句修正を行いました。
By サクラ近衛将監
ヴォアールランドから見て、王都よりも遠方はどちらかというとメッシュの荒い監視網なので、必ずしもすぐに見つかるかどうかはわからなかったが、こ奴が生きて活動をしているならば、いずれ何処かで見つけられるだろうと思っていた。
俺がヴォアールランドに戻った数日後に、エシュラックとの国境に近い町、ビオルケナスにその男が現れた。
俺はその男の周囲に三体のδ型ゴーレムを張り付けた。
仮にその街で井戸などに毒物を投げ込むような素振りを見せたなら直ちに制圧しろと命じてはいるが、俺としてはできる限り背後関係を確認したかったのだ。
テトロドトキシンは間違いなく特殊な毒であり、それを抽出、水溶性の性質を与えたまま一定時間毒性を維持することのできる者は、錬金術師か薬師の能力を持った奴だ。
勿論作った奴と井戸に投げ込んだ奴とは別人の可能性もある。
いずれにせよ辺境の町に近い寒村の町マルローの住民を皆殺しにして得られる利益は余り無いはずだ。
仮にマルロー村から価値あるものを盗んだとしたなら、村の親類縁者からアルムガルド子爵にいずれ連絡が入るはず。
アルムガルド子爵には、村長の家に泊まったはずの旅人が何らかの関わりがあるかもしれないことを耳打ちしておいた。
子爵は子爵なりに調べるだろう。
気になるのは今回の特殊な毒物の使用が、単なる実験などであった場合のことだ。
マルロー村での成功に味を占めて、次は本番で使用するかもしれない。
だからこそ作った奴、使った奴、そうしてこれを計画した奴を捕捉したいのだ。
容疑者の男は、ジェスタ国から出てエシュラックに入り、更に南下してオルテンシュタイン帝国に入った。
その報告を受けて、またまた帝国かよと思ったが、次の報告ではさらに南下してフレーメル王国に入ったことが判ったのである。
δ型ゴーレムの監視下に入ってから、旅の途中でこの男へ接触してきた者で怪しい奴はいなかった。
その都度、ゴーレムの一体が背後関係その他を確認しているから間違いはない。
フレーメル王国は、ジェスタ王国にとって一応中立国ではあるが、元々オルテンシュタイン帝国寄りの姿勢を貫いている王国であり、ジェスタ国に敵対まではしていないが、明確な友好国ではない。
むしろジェスタ国の友好国であるエシュラックとは度々紛争を起こしている問題の多い国であって、その意味ではいつ敵対するかわからない注意を要する国ではある。
これまでジェスタ国とはあまり関わり合いの無い国のはずだがと、思いを巡らせていると、それから五日ほど経って、フレーメル王国の王都ベッテルポリに容疑者が入ったらしい。
男が最終的に辿り着いた先は、フレーメル王国の王立薬物研究所だった。
◇◇◇◇
私は、フレーメル王国王立薬物研究所副所長のデビッド・ベイキングだ。
密命を帯びて出かけていた第四部職員のワルヒムが22日ぶりに戻ってきた。
ウチの研究所は、王家にも内緒で、表沙汰にできない物を種々研究しており、解毒薬の無い毒薬造りなどもそのうちの一つだ。
動物を使って、その効果を検証することは当然にできるのだが、人間に対してどのような効力があるのかという検証は、やはり実践してみないと分からないものである。
しかしながら、そうした人体実験を研究所内では流石にできないから、以前から別の場所で秘密裏に実行しているのだ。
我らの関与を疑われないために、そうした実験の場としてよく利用されるのが、我が国から国一つ隔てた地域のサルブレン王国、ヌエル王国、デラコア王国、アレシボ皇国それにオルテンシュタイン帝国の西部地域などであったが、余りに実験が頻繁に行われると怪しまれ、痕跡を手繰られる恐れもある。
それで、今回は少々遠いが初めてジェスタ王国に標的を定めたのだった。
狙いはいつもの通り、人口密集地から少し離れた場所で鄙びた開拓村などが一番望ましかった。
そんなわけで今回の実行部隊である第四部が数ある候補から選んだのが、ジェスタ国南部にある子爵領の寒村マルロー村だった。
これまで実験場にジェスタ国を選んだことは一度も無いのだが、第四部が事前情報を集めて念入りに計画していたので、失敗や我らの関与が疑われる心配は先ず無いと思っている。
今回の検証に使う10973番毒の開発チームの責任者は私であり、勿論王家にも内緒の毒薬製造であるから当然に実験まで含めて外部には一切を秘匿している。
因みに所長ですら、計画の詳細は知らされない。
ウチの場合、所長以外に三人の副所長がおり、それぞれが似たような秘密薬品の開発を行っている。
他所(よそ)のチームが何をやっているのかは正直なところ私も皆目わからないことが多く、所長は大枠の説明を受けて「Go」の方針を出した後は、それぞれのリーダーに任せっきりなのだ。
従って、今回の10973番毒についても、ある種の特殊動物が保有する生体毒を利用した毒物の精製ということは所長も知っているが、そこから先、特殊動物の種類、毒物の種類、自然毒か合成毒かすらも知らない。
ましてや検証のための実験計画、手法などは全く知らされていないのだ。
今回の10973番毒はフレーメル南岸で見つけた紫斑点ダコから抽出した毒素を、ドジル魔樹の樹液から抽出した糖分で固定したものだった。
紫斑点ダコから抽出した毒素は、非常に強力であるものの空気に触れるとかなり速い速度で変化して無害になることから、これまで利用が難しかったものだ。
ドジル魔樹の樹液から得られる糖分は液状であり、いろいろなものを混合させるに便利なものであった。
ある時、処方を誤って、糖分に紫斑点ダコから抽出した毒素成分が吸収されたところがたまたま目撃され、すぐに転用できないかどうかが試されたのである。
最終的に糖液をやや温めた状態で毒素を混ぜると、毒素が固定化され、無毒化への変質をかなり遅らせることが分かったのである。
この糖液でくるんだような毒を10973番毒と称するが、水に溶けやすい性質を持ち、わずかの量で動物を死に至らせる強毒であることがわかっている。
但し、効果は水に溶かしてから概ね半日、それ以降は毒の効果が消えるのである。
この性質は、ある意味で証拠を隠すにはもってこいの毒なのである。
動物実験で確認したところ、ナイフの刃先にわずかに塗った毒が、表皮をかすっただけで大型の野獣が100までの数を数える間もなく死んだのだ。
体内に入って約半日で毒素そのものが消滅してしまうので、死因としては呼吸ができなくなって死亡したとしかわからないはずだ。
これほど暗殺に適した毒薬は無いだろう。
これでウチの裏商売である闇ギルドへの卸売りはますます繁盛するだろう。
いずれにせよ、私は笑みを浮べながらワルダーから実証実験の報告を第四部部長のモルダーとともに聞いていた。
今回の場合は特に長旅なので、携行する10973毒の密閉手法に苦労したものだ。
何しろ10973毒を混入させた糖液は固定化したとはいえ、空気に触れさせたままで放置すると徐々に無毒化してしまうからだ。
その為に口の狭い小さな陶製容器に10973毒を満たし、蜜蝋で封じることで劣化を防止することにしたのだ。
そのおかげで、10日を超える輸送にも十分耐えられたのだった。
ワルヒムが報告した。
「往路については、計画通りに一旦オルテンシュタインに抜けて、エシュラックへ入り、更にジェスタ王国へ入る方法を取りましたが、特段の問題はありませんでした。
難点があると言えば、薬の行商人を装い大荷物を持っての旅が大変なぐらいでした。
面倒事としては、途中予定していた宿が団体客で満杯になっていたために別の宿を探すことを余儀なくさせられたことぐらいでしょうか。
問題のマルロー村へは、更に僻地のバルモス村を訪れる途中を装って、夕刻に入り込み、人の好い村長宅へ何とか泊めてもらいました。
私としては母屋ではなく厩辺りでもやむを得ないと覚悟していたのでしたが、母屋に泊めてくれました。
寝る前に、村長から色々と旅の様子や商売の様子を聞かれたことが少々厄介でしたかな?
マルロー村は、余り旅人が訪れる場所でもなく、行商人の往来も左程は多くないですから、外部の話を聞ける良い機会と村長に思われたようです。
それと偽装用の常備薬数点が売れましたな。
一応泊めてもらった恩義もあり、安く譲ってやりましたが、・・・。
まぁ、命を失う者への餞別ですかな。
翌朝、誰よりも早く起きて井戸に向かい、10973毒の蜜蝋の封を破り、容器ごと井戸に放り込みました。
夜明け前ということもあって誰も気づいた者はいませんでした。
夜が明けて何食わぬ顔で村を出立し、それから少し離れた木の上から村の様子を伺っていました。
情報通り、朝餉の準備のために女どもが井戸の前に集まり、それから順次散会して行きました。
効果は期待通り概ね四半時ほどしてから現れましたな。
道路を歩いていた男が、動きが悪くなり、マヒして倒れたのが見えました。
それから更に一刻ほど経ってから、村に入り、各家を回って首尾を確認しました。
村の住民全部がマヒしていました。
その時点で死亡していた者は概ね四分の三に上り、残り四分の一も死亡間違いなしと踏んで村を去りました。
帰路も特段の問題はありませんでした。
以上が検証の概要です。
詳細な観察記録は、別途、部長へ提出します。」
私もモルダーも特に質問は無かった。
この成果は実用化に向けて非常に大きな弾みになるものだった。
その日、第四部で計画成功の祝杯を挙げるために、王都でも有数の料亭であるリトラル亭に関係者一同が集まったのである。
こうした宴会は度々あるが、共通した約束事がある。
それは仕事の話は一切しないこと、関係する国の話題は出さないこと、出席者の名前も役職も呼ばないことである。
宴会には当然のように綺麗どころの酌婦が参加する。
その部外者の目の前で流石に秘密の話をするわけには行かないからだ。
宴会は盛況なうちに無事に終わった。
◇◇◇◇
その日の夜更け、フレーメル王国の王都ベッテルポリにある王立薬物研究所で大規模な火災が発生した。
施設のすべてが延焼し、貴重な書籍や資料が失われ同時に倉庫に保管されていた高価な薬剤や薬草も焼失したのである。
また、前日に宴会を行った第四部の職員と研究所の副所長であるデビッド・ベイキングが中毒で死亡したのだった。
その後の調べで宴会に出された料理に不審なものは無かったという。
宴会に呼ばれた酌婦が一緒に料理を食べ、酒を飲んでいるのだが彼女らに被害は及んでいない。
日常的に王立薬物研究所の職員は、毒を含む薬物を扱っていることから、もしかすると仕事の関係で誤って特殊な薬物を吸引し、その中に遅効性の毒物があったのではないかとも見られているが詳細は不明である。
そうこうしているうちに、王立研究所の職員が徐々に変死するという異常事態が発生したのである。
原因は不明であるが、続く10日ほどの間に王立薬物研究所の職員の9割が死亡するに至った。
いずれも研究員であって、研究所の事務方については死亡したものはいなかったのである。
原因は一切不明であり、普通に就寝して翌朝にはベッドの上で冷たくなっているという異常な死であった。
王都ベッテルポリで起きたこの事件は、怪奇な事件として大いに騒がれたが、半年も経つ頃には、半ば都市伝説化しつつも噂からは徐々に遠のいて行ったのである。
◇◇◇◇
フレーメル王国の王立薬物研究所を焼毀し、研究所の職員を抹殺したのは俺の仕業だ。
研究所内に残されていた10973毒を入手し、寝ている奴の口内に片っ端から放り込んでやった。
罪もない村人多数を殺害した元凶をそのまま放置するわけには行かない。
まして闇ギルトで使用する毒物の大半の仕入れがこの王立薬物研究所ということが判った以上、潰すしかなかった。
10973毒の致死量は一滴にも満たない量である。
飲み込まなくても口内の粘膜から吸収され、およそ三十分で全身麻痺に至る。
但し、幼子二人については特別な耐性があった所為か、朝方から翌日夜明け前近くまで生き残っていたし、毒物も分解されずに体内に残っていた。
簡単には分解されないのかと思ったが、他の遺体からは痕跡が見つからなかったし、研究所で見つけた書簡にも、体内に入って個体により差はあれど半日後には、毒が分解されるとされていた。
但し、あくまで死後のことであり、生きている間は毒素が残っているのかもしれないが、その辺は俺にもわからない。
いずれにしろ研究所の職員はいずれも良く寝ていたが、仮に起きていたにしても、毒を与えられて二十分ほどで瞼さえ動かせなくなったはずだ。
研究所で実際に毒物を生み出す作業に従事した人物は全員抹殺した。
当然にそれらを監督する立場にある所長及び副所長も対象だ。
処分の時期に差異があるのは、一度に行うと作為性があるけれど、時間をおいて発生するとそれが若干薄れるからだ。
まぁ、連続殺人と疑われる可能性は無きにしもあらずだが、そもそもこの10973毒を知っているものは最初に全滅した第四部職員だ。
従って何らかの毒の関与は疑われても、実際に見つけ出すのは至難の業だろう。
彼らの処刑の実行はデルタ型ゴーレムにやらせたが、指示命令を下したのは俺だ。
リューマ・アグティ・ヴァル・ファンデンダルク辺境伯、未だ若いのに実に業の深い男だと我ながらそう思う。
きっと良い死に方はしないだろうな。
でも俺は、これからもこの異世界で思うがままに生きてゆきたい。
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転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜
みおな
ファンタジー
私の名前は、瀬尾あかり。
37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。
そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。
今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。
それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。
そして、目覚めた時ー
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