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第三章 新たなる展開?

3ー25 台湾の航空配備

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 私は、昭和17年6月に高雄海軍航空隊基地司令官任命された神宮司じんぐうじ重蔵しげぞう大佐だ。
 台湾に配備されている航空戦力はこの一年で激変したと言ってよいだろう。

 支那事変が日中講和により収まったものの、相変わらず、「台南空たいなんくう」が戦闘機と哨戒機主体で、一方「高雄空たかおくう」は陸攻主体の部隊となっていたんだが、昭和16年初頭から本格的に配備され始めた蒼電が戦闘機の主力となった。
 96艦戦については、新型機と比較すると可哀そうなぐらいに性能が悪く、内地の飛行隊では新型機が配備され始めるとパイロットの間で取り合いになったものだ。

 それでも当座は96艦戦が残ってはいたものの、四菱の旋風と吉崎の蒼電が配備され始めると96艦戦は厄介者になった。
 整備をすれば飛ぶことはできるが、明らかに見劣りがする旧型機には誰も乗りたがらない。

 実は新型機である四菱の旋風についても、軽戦闘機という役割がまさしく似合う優れた戦闘機ではあるが、蒼電に比べると2ランクぐらいの格落ちになる。
 まして、研修のために派遣されていた整備兵が基地に戻って喧伝けんでんしたことから、蒼電の防弾性能の凄まじさが隊員の間に広まってしまうと、すぐに旋風ですら敬遠され始めた。

 いざ戦闘になった場合、20ミリ機銃で撃たれても落ちない飛行機に乗りたがるのは、まぁ人情というものだわいなぁ。
 旋風は、軽いので軽快な動きはできるんだが、いかんせん速度が出ない。

 下手に蒼電のつもりで急降下でもしようものなら制限速度に引っかかる。
 幸いにして今のところ事故はないが、どうも翼に皺が寄るらしい。

 一方の蒼電の方は、「剛」そのものじゃなぁ。
 わが隊でも急降下で842キロまで出したというつわものがおるそうな。

 そうして武装の方も蒼電が搭載する爆裂弾装備の12.7ミリ機銃と7.7ミリ機銃は、別格じゃ。
 運動性能に防弾仕様、それに武装の三拍子が揃っているから、誰が見ても蒼電が格上だと判断しておる。

 蒼電で防空に当たれば負けは無い。
 爆弾も25番が二発まで行けるんで、万能と思っておったんじゃが、新型攻撃機が配備されて考えを変えた。

 この昭和17年4月の米国の欧州参戦に伴って、米国のモンロー主義が終焉しゅうえんを迎えたことから、あるいは極東方面に米国が戦力を増大させる恐れありとして、台湾に新型機の増強がなされたのである。
 蒼電もそうだったが、新型機の配備はいつも夜間である。

 新型航空機のフォルムでさえ敵勢力に見せまいとする中央の考え方なんだが、夜間飛行での着陸ながら今のところ非常にうまく行っている様だ。

 そもそも基地に配分された方向指示器(・・)(?)がうまく作動しているために、飛来する味方機が基地を見間違えたりはしないのだそうだ。
 おまけに上空からだとよく見える標識灯が滑走路の位置を明示するので訓練済みのパイロット達は何の躊躇ちゅうちょもなくすいすいと着陸してくる。

 俺の頭の中にあった「航空機は暗くなってからは飛ばない」という常識が完全にひっくり返ったよ。
 何でも小笠原の秘密基地では、必ず夜間の離着陸を実施するんだそうだ。

 高雄飛行場もそれなりの装備を整えたからには、夜間であろうと離着陸をせにゃならんという訳だ。
 因みに滑走路も従来の土をローラーで押し固めたものから、コンクリートの基礎にアスファルト舗装がなされたものに替えられている。

 夜間の標識灯を始めとする機器の維持整備の方が大変かもしれないが、少なくとも雨で水たまりができるようなことはなくなったな。
 そうしてさらに、新たに高雄基地に配備されたのは、「連梟れんきょう」という双発の偵察機が6機、飛行船型無人偵察機2機、複座型単発攻撃機の「炎征」が24機、高速練習機が2機だ。

 これまでの96式陸攻と一式陸攻の配備数はそのまま、蒼電30機と、旋風が10機、それに旧式の哨戒機等が6機であったものが、一気に34機も増えた。
 お隣の台南空では、蒼電40機と旋風20機はそのままで、炎征が12機増えた。
 台南空にも偵察機の連梟が2機配備されたので、今後は台南空と連携しながら周辺警戒に当たることになるだろう。

 高雄空には、戦闘機として蒼電30機、旋風10機、96艦戦20機が置かれているが、96艦戦については万が一の予備機扱いになっている。
 また、96陸攻と昨年できたばかりの一式陸攻もあまり使い道が無い。

 新規配分の炎征の性能が飛びぬけているので、96式陸攻や一式陸攻の出番が無いというのが実情だ。
 ウチの96艦戦は完全にお払い箱で、パイロットごと台南空に行っているが、そのパイロットも順次新型への移行転換をしているらしいので、一年もすれば機体そのものがお払い箱になるだろう。

 噂によれば、96艦戦については、満州国やタイ王国あたりに転売もしくは払い下げることになりそうだ。
 96陸攻や一式陸攻もその方向になるんじゃないかという気がするぜ。

 新型攻撃機の炎征は、航続距離でこの二種類の陸攻を上回り、速度も二倍以上を出す。
 96陸攻は5名、一式陸攻は7名もの搭乗員を要するが、炎征はわずかにパイロットと爆撃手の二名だけ。

 しかも陸攻両機ともに800キロまでの爆弾搭載しかできないのに、炎征は500キロ爆弾2発を搭載できる優れものだ。
 しかも搭載する500キロ新型爆弾というのがとんでもない代物だ。

 炎征は、高度1万5千mを時速700キロ超で飛行しながら、ピンポイントで新型爆弾を地上10mの円内に落とせるらしい。
 この爆弾は50番と言いながら1500キロ爆弾に相当する威力を持つというから凄まじい。

 1万5千mもの高度からなら地上の目標物はほとんど見えないぐらいに小さくなるはずなんだが、爆撃手が地上を覗くスコープ上で地上目標を攻撃直前にセットするだけで、爆弾は間違いなく目標に落ちるらしい。
 因みにこの高雄空と同規模の飛行場と基地ならば、新型爆弾4発で間違いなくきれいに消し飛ぶらしいぜ。

 このための爆弾という奴が、その意味ではとんでもない秘密兵器なんだが、こいつを運ぶ輸送機がいるんだ。
 四発の輸送機で、500キロ爆弾20発を輸送してくるんだ。

 10トン分の爆弾を運ぶってのは爆撃機じゃないのかって思うんだが、爆撃機ではなくって飽くまで輸送機なんだそうだ。
 実はこいつも夜間にしか飛んでこない奴だ。

 おかげさんで最近は俺の夜勤が増えてしまったぜ。
 補給担当や整備兵ばかりこき使う訳にもいかないんで、基地司令官もお出迎えぐらいはせねばならんのだ。

 まぁ、いずれにしろ8月までに高雄空と台南空の様相がすっかり変わったな。
 おまけに恒春ホンチェンには予備の飛行場も作り始めている。

 この予備飛行場には常駐員は居ないんだが、緊急着陸場として使えるようにするらしい。
 完成予定は10月半ばと聞いている。

 そうして広域哨戒体制もまた新たな展開を見せ始めた。
 無人の飛行船を超空に上げて、レーダー監視をするだけで周囲の敵情がわかるようになっている。

 この無人哨戒機は人が載っていないのだが、予め想定した地点上空にとどまって監視をすることができる。
 かなり小さな飛行船なんだが、3万5千mの上空に駐留し、下界の様子を逐一教えてくれる優れものだ。

 概ね1年ほどの寿命で交代機を上げなければならない。
 しかも電探には引っかからない優れものらしい。

 3万5千mも上空に上がると地上からはほとんど姿が見えない。
 天体望遠鏡でも持ち出してピンポイントで見つけなければ、その存在すらわからないだろうと思う。

 おまけに3万5千mの超空では迎撃する方法が無い筈だ。
 台湾に配備されてからすぐに配備につかせているが、一機は台北上空にもう一基は恒春上空に上げている。

 台風その他の影響で流されるのが心配ではあるんだが、一応時速100キロほどで自力移動はできるんだ。
 こちらから特に指示を出さない限りは、予定地点に留まり、若しくは予定地点に戻ろうとするように造られている。

 単なる機械に過ぎないんだが、そうした動きを見るとまるで知恵があるみたいだよ。
 恒春からフィリピンのルソン島北端までは400キロ足らずであり、マニラまでは800キロほどの距離がある。

 そうしてこの無人偵察機は恒春上空からマニラ上空の航空機を監視できるんだ。
 無論その手前にあるクラーク飛行場なんかもはっきりと確認できる。

 あぁ、もちろん、目視はできないんだぜ。
 飽くまで搭載レーダーによる探知範囲の話なんだ。

 そうしてその情報が基地に居ながらにして確認できるのは、飛行船との間でタイトビームによる無線通信が可能だからなんだ。
 いずれにしろ、クラークとバギオ二つの米軍飛行場の様子がわかることは非常に大きな利点だ。

 編隊を組んで北上してくる奴が居たなら先ず要注意ということだ。
 そういえば、近々恒春近辺に電探装置を設備するとも聞いている。

 その情報も電路通信網を使って基地で把握できることになるだろう。
 その意味では台湾の守りは十分すぎると思うぜ。

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