上 下
25 / 71
第三章 始動

3-1 初動準備

しおりを挟む
 ウォーレン兄妹がブレディ邸に同居し始めてからほぼ1ヶ月、MLSの腕利きマネージャーであるキャスリン・ベイルから連絡が入る頃には、クライベルト一族、マネージャー見習い予定の四人も全ての準備を終えていた。
 昨日は、エドガルドなる男が現れて、全員を死ぬほどの目に合わせて帰って行ったばかりである。

 その性か、昨夜から今朝にかけては色々と騒動がおきていた。
 深夜ベイリーの部屋では寝室の窓ガラスが粉々に砕け散っていた。

 マギーの部屋では動かせる物は全てが位置を変えていた。
 ベアトリスの部屋は、夜半に強烈な光を発したが、特段の被害は生じなかった。

 オリヴァーの部屋は、電気機器が全て故障した。
 特に注意を受けていたクライベルト一族は、市内から随分離れた荒野にテントを張って寝たが、無数の雷が発生し、雹が降り、突風が吹いた上に地鳴りとともに突き上げるような大きな地震が発生し、四人とも余り寝ていない状態だった。

 誰かが眠ると何かが起きていたのであり、その間他の三人は抱き合って震えているしかなかった。
 結局は、四回何かが起きていた。

 夜明け近くになって四人が抱き合って漸くまどろみ、目が覚めると昼近くになっていた。
 乗って行った車は無残にも落雷で炎上していたし、とこどころに大きな地割れが発生していた。

 四人は凄まじいばかりの力の解放に改めて驚き、無事を感謝した。
 昼前、ブレディ邸の執事が車で迎えに来てくれた。

 炎上した車の残骸はそのまま放置して、保険会社に後処理を任せることにした。
 12名はその夕刻に全員が地下の武道場に集まり最後の市場調査を行った。

 この時点でCD販売のための戦略はほぼ出来上がっていた。

 ◇◇◇◇

 契約が発効する初日、クライベルト・タレント企画は、膨大な資料と企画モデルをMLSに提示し、エリクソン営業部長を驚かせた。
 CDはA面にファーガソン作曲とミッチェル作詞の曲を、B面にマイケル作曲、メリンダ作詞の曲を配置、表装にジャクソンのイラスト、裏面にファラの写真を掲載、レイチェルの衣装を着た四人のプロフィルを内部に折込みで入れることになった。

 作曲家、作詞家、イラストレーター、カメラマン、バックオーケストラ、その他の関係者全てを必ず連名で記載するのも新たな手法であった。
 責任の所在を明らかにすると共に、その知名度を利用するためである。

 1枚のCDに必ず4着の衣装が必要だったが、既にレイチェルは1年分に相当する50着を四名に合わせて作り上げ、送りつけてきていた。
 レイチェルは三ヶ月に一度は50着を送ることにしている。

 その代わりに、レイチェルの春夏秋冬の新作発表会には四人が揃ってモデルとして出ることも企画の中に入っている。
 当面の発表会は、二週間後の春モードコレクションであり、それにあわせてのキャンペーンも設定されていた。

 カメラマンのファラ撮影の写真をティーン雑誌に載せ、男性誌にはメリンダとサラを前面に、女性誌にはマイケルとヘンリーを前面に押したてる企画で、ファッションやアクセサリー業界の一部と既に事前了解も得ており、MLSが契約さえすればすぐに動き出せる形にお膳立てしていた。
 しかもクライベルトは四人の事前了解も得ている。

 フォーリーブスの名前は決定され、四葉のサンクローバーがシンボルマークとして採用された。
 衣装、CD、イラスト、写真の全てにもそのどこかに地味な色合いのサンクローバーのシンボルマークを描くことにしている。

 曲は40日後の販売開始を念頭に雪をテーマに統一することにし、その後毎月シリーズで表題を変えてゆく。
 常にA面はバロットであるが、B面は異なるビートにする。

 将来の計画までも含む壮大な企画であったが、MLSの内部検討でも瑕疵は見出せず、クライベルトの企画がそのまま通って、翌日からスタートすることになった。
 MLSの動輪が回り始めていた。

 一方、キャスリン・ベイルは指導監督のために四人の状況を確認しにブレディ邸に来て驚いた。
 一室がマネージャー事務室と化して、いつでも稼動できるようになっていたほか、四人が基礎的な知識は全て叩き込まれていた。

 知識の確認のために行った質問は、全て正解が返って来ていたし、顧客との応対も文句のつけようがないほど洗練されていた。
 マネージャーとして十分機能すると思われたが、念のため一週間ブレディ邸に通い、その上でエリクソン営業部長に報告した。

「部長、あの四人は凄いですね。
 ど素人とばかり思っていましたが、私が教える必要のないぐらい十分な知識を持っています。
 それに対応も素早いし、交渉術にも長けています。
 あれほど若いのにどうしてと思うぐらいです。
 マネージャーとしては先ず10年選手のベテランと思っていただいて結構です。
 ひょっとすると四人が四人とも私より腕利きになるかもしれません。
 一人でも十分機能すると思いますのに、四人いれば先ず大丈夫と太鼓判を押します。
 それと、・・・。
 私もガイザーからフォーリーブスに乗り換えたくなりましたけれど。
 いけません?」

「なるほど、・・・・。
 三ヶ月どころか1週間で見習い終了か。
 ブレディ兄妹の何でも言うとおりになってきたなぁ。
 あとは、デビュー曲が幾ら売れるかだが、・・・。
 本当に25万枚売れるかも知れんなぁ。
 何となくブレディ兄妹のご託宣を信じたくなったよ。
 四人の正式採用はできるだけ早く行う。
 あ、それと彼らの正式採用と同時に、君には元のガイザー担当に戻ってもらうよ。
 実のところ、後釜が1週間だけなのに、もう音を上げてきている。
 君じゃないととても勤まらん。」

 こうして動き始めてすぐに、四人のマネージャーはフォーリーブスの専属マネージャーとしてMLSに採用されたのである。
 無論、入社したての三人が10万ドレルの年俸を貰う例はなかったし、年収4万ドレル強のベイリーが一挙に倍以上の年収を貰う事例もなかったのであり、周囲から羨望の眼差しで見られることになった。

 だが、彼らの実力を様々な場面で見るにつけ、MLS社内にも貰って当然と言う雰囲気が広がっていった。
 四人は朝早くから夜遅くまで馬車馬のごとく働いていた。

 彼らは四人との短い共同生活で自分達よりも年少の四人に愛着を覚えていたし、何よりも自分達を倦怠感、嫌悪感、厭世観から救い上げてくれ、気づかなかった能力を目覚めさせ、新たな意欲の持てる職に就けてくれたブレディ兄妹に感謝していた。
 そのことが大きな原動力となっていたのである。

 クライベルト・タレント企画の四人も同様であった。
 大きな仕事に携わる喜びを見出し、何よりも適切な指導をしながら企画立案に参画してくれたブレディ兄妹とウォーレン兄妹には感謝していた。

 ブレディ兄妹から貰った資金で新たに6人の有能な職員も得ていた。
 全員個別の面接でその能力を確認して採用を決めた信用できる人材である。

 彼らもまたモーリスに雇われて救われた者が半ばを占めており、社長以下四人の先輩達が東奔西走する姿から啓発され、10名一丸となってキャンペーンに驀進したのである。
 ファーガソン作曲、ミッチェル作詞のバレットビートの新曲、「新雪」が出来上がったのは、発売開始前の1ヶ月前であった。

 B面の曲は少し古いビートであるR&Vの「粉雪」であった。
 すぐにMLSはオーケストラを手配したが、その演奏を聴いて、すぐに、フォーリーブスから驚くほど細かな指示がでた。

 実に十数回も演奏させて、終には第二ヴァロンを変えさせた。
 第二ヴァロンがどうしてもマイケルとメリンダの要請に答えられなかったのだ。

 二度ほどマイケルが実演して見せたがそれでもできなかった。
 新たに配置された第二ヴァロン奏者は、すぐに要請に応じられ、マイケルの耳の確かさが証明された形になった。

 オーケストラの指揮者を含め奏者全員が、フォーリーブスなかんずくマイケルとメリンダには全幅の信頼を置くようになった。
 以後、フォーリーブスの録音には必ずこのオーケストラが付くようになった。

 録音は発売の三週間前に行われ、一発でOKが出た。
 長いMLSの録音の歴史でも、二曲の録音がそれぞれ一発でOKが出た例はなかった。

 だが、これ以降もバックさえ間違えなければフォーリーブスの録音は間違いなく一発で終わったのである。
 これ以降彼らにはリハーサルは不要ではないかとまで噂された。

 キャンペーンの成果は徐々に奏を効していた。
 少年誌、少女誌、男性誌、女性誌を問わず、どの表紙にもファラが撮影したフォーリーブスの写真が載り出していたし、四人が参加したレイチェルの春コレクションも四人が代わる代わるに現れるステージで大盛況を博していた。
レイチェルもその周辺もフォーリーブスのモデル振りを特Aランクと位置づけていた。

 レイチェルが使用するモデルは全てAクラスであるが38名のモデルの中で特Aクラスは僅かに4人しかいない。
それが一気に四人も増えたのだから、レイチェル自身も終始笑みがこぼれていた。
 この春コレクションはファッション誌には無論のこと、録画ではあるが電影放映までされたことから一気にフォーリーブスの名前が世に知れた。

 また各電影放送局には、フォーリーブスの練習風景の録画30本が放映権無料でばらばらに提供された。
 無論、画面には何の注釈もつけていないが、送付状には「フォーリーブス練習風景、12月1日デビュー曲発売予定」とだけ書いた。

 とある放送局の音楽番組担当者がこれに目をつけ、ある音楽番組で提供すると、たちまち反響があがった。
だが、この放送局には二本しかなかった。
 二本目を流すと更に反響は大きくなり、各放送局に配分された30曲全部が様々な音楽番組で利用されるようになった。

 それらの番組で必ず言われる決まり文句があった。

「これはあくまで練習曲ですからねぇ、フォーリーブスのデビュー曲は12月1日発売予定だそうですが、どんな曲を披露してくれるのか本当に楽しみです。」

 一週間前になると雪をテーマにした曲だと言う情報を流した。
 各放送局は一斉に音楽番組で、フォーリーブスのデビュー曲のテーマは雪と流してくれた。
しおりを挟む

処理中です...