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11 白雪姫の姉ですが妹は逃走中です
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夜、魔の森。
森の入口からそう遠くない地点で、スノーホワイトは早くも、額に汗を浮かべていた。
「助けてっ……」
森はただでさえ霧が濃く、昼間ですら視界が悪い。だが、スノーホワイトの目には、それ以上のものが見えていた。
――断崖絶壁から、転落する馬車。
――血を流す、前王妃の姿。
――笑いながら、毒リンゴを差し出すサニー。
「やめてっ……もう、見たくない……!」
幻覚。
それは、魔の森の結界が見せる、自分自身の心の闇。訪れる者の精神をかき乱し、行く手を阻む。
スノーホワイトは、震える手で自分の胸に触れた。
(でも……私はもう、何度も死んできた)
彼女の目に、映る木々。森の動物や小鳥たち。すべてが恐ろしい怪物の姿となって、今にも彼女に飛びかかろうとしていた。それでもスノーホワイトは、森の奥へと突き進んでいった。
(毒針、絞殺リボン、毒リンゴ、毒ケーキ……何度も、何度も死んできた。あの苦しみと恐怖に比べたら――)
「私は、もう怖くない」
彼女の青い瞳には、強い意志が宿っていた。
(あの狂った継母の手から抜け出したくて、私はここまで来た)
「私の道は、自分で切り開いてやる!」
濃い霧をかき分けるように、前へ、前へと足を踏み出す。幻覚はまだ消えない。それでも、心は折れなかった。
その頃、サニーに召喚された盲目の隠者・ハンターは、周囲の霧などまるで存在しないかのように、迷いなく、木々の間を早足で歩いていた。
「スノーホワイト。心の波が、大きく揺れているな」
彼の両目は、眼帯で目隠しされたまま。しかし、その額のにうっすら浮かぶ魔法紋「第三の眼」が、空気中の魔力の流れを読み取っていた。
「恐怖に抗い、なおも進むか……この森で、あの地点まで進んでまだ正気を保つとは、なかなかの精神力だ」
ハンターは、腰の袋から、金属のワイヤーと香草の粉を取り出す。
「だが、甘い。その強い魔力が、命取りになるだろう」
数秒で、周囲の地面に魔法感知罠が仕掛けられた。
「ここを通るだろう。それも、もうすぐだ」
彼は木陰に身を隠し、気配を完全に消した。
霧深い魔の森は静まり返り、ただ風だけが不気味にささやく。
だが、その闇を裂くように――
ズガァン!
突如として、地面の一角が、蒼白い氷の弾丸で吹き飛ばされた。
「これは何のつもり? 危ないじゃないの!」
周囲をせわしなく見回しながら、スノーホワイトが木々の間に姿を現した。霧の中、彼女はまだ、敵の気配を感じ取ることができなかった。
「姿を見せなさいよ!」
彼女の足元には、彼女の冷気魔法によって破壊された、罠の残骸があった。
(まさか、こんなに早く追いつかれていたなんて)
そのとき、霧の中から低い声がした。
「攻撃魔法の精度も威力も、想像以上だな」
「誰?」
「私は森の住人・ハンター。王家のご命令で、お前を捕らえるために来た」
「あの人の、飼い犬ってわけね!」
スノーホワイトの手のひらから、雪の結晶をかたどった魔法陣が展開された。
「氷矢広域降下!」
天を仰ぎながら彼女が放ったのは、無数の氷の矢を上空から降らせるエリア魔法。闇夜を切り裂きながら、鋭い氷柱の雨が、ハンター目掛けて降り注ぐ。
「……ふむ」
しかしハンターは、まるでそれらを目で見ているかのように、軽やかに足を運び、的確に回避した。
「全部避けた⁉」
「目には見えんが、魔力の流れを読めば、たやすいことだ」
その言葉と同時に、ハンターは手にしていた小さなナイフを投げた。
「チッ!」
スノーホワイトは氷の壁で防ぐと、息もつかせぬ速さで反撃に出る。
「爆裂大風雪!」
魔法の吹雪が爆風と共に炸裂し、木々をなぎ倒した。あまりの威力に、周囲の地形が変わるほどだった。
「そのレベルの魔法まで、使いこなすか。おとなしく幽閉されていた姫とは思えんな」
「まあね! これでも、あの人に勝てる気はしなかったから、使えなかった。でも、あなた程度なら瞬殺よ!」
(これは確かに、手加減できる相手ではない)
ハンターは、スノーホワイトの戦い方を読みながら、霧の中を動き回り、着実に「再配置」を進めていた。
足元、枝の上、木の根。無数の罠を静かに仕掛けながら、彼は時間を稼ごうとする。
「だったら、これでどうよ?氷槍一点突破!」
スノーホワイトは魔力を集中させ、純白の氷槍を発現させた。狙いは、正確にハンターの心臓を刺し貫く角度。だが、その瞬間――
「踏んだな」
「えっ?」
ビシィッ!という音とともに、スノーホワイトの足元で魔法陣が発動した。
「なっ⁉」
氷槍でハンターを串刺しにしようとする一瞬前、張り巡らされたワイヤーに両足を捕らえられ、彼女の体はたちまち逆さ吊りにされた。
さらに追い打ちで、ハンターが詠唱した麻痺の呪文が、彼女の全身を金縛りにする。
「くっ……!」
スノーホワイトは魔力を振り絞って反撃しようとしたが、麻痺した体では、うまくいかなかった。
「信じられない。こんな戦い方、ズルい……!」
「公正など、戦いの結果の前には無意味だ」
ハンターは、ぶっきらぼうにそう答えた。
「いかに攻撃魔法の天才であっても、策に落ちれば終わりだな、スノーホワイトの姫君よ。これが、森の狩人のやり方だ」
「殺すなら、殺しなさいよ!」
スノーホワイトは、ギリギリと歯ぎしりながら、ハンターを睨みつける。
「私は、死ぬのなんて慣れっこよ!」
「殺しはしない」
ハンターは静かに言った。
「お前を、生け捕りで連れ戻す。それが、王家のご命令だ」
「っ……!」
スノーホワイトの身体は、罠に絡め取られたまま、ハンターの肩に担がれて、ゆっくりと森の霧の中へ消えていった。
一方その頃、モンストラン公爵領。
「……カァ」
高く空を舞って飛来した使い魔カラスが、城の尖塔のてっぺんに止まった。サニーからの、正式の文書伝達の合図である。
ジョンがカラスを招き寄せて文書を受け取り、開いてみると、カラスがサニーの声を発して、棒読み口調で内容を読み上げた。
「すのーほわいとチャン、元気ニナリスギテ、家出シタ。あっぷるノ、れしぴノセイダ。責任取レ。現在、魔ノ森ヲ逃走中。公爵領ニ姿ヲ現ス可能性アリ。発見次第、即時通報、王宮マデ、引キ渡スベシ」
ジョンは、眉間に皺を寄せた。
(王宮から一人で逃げ出したのか? あのスノーホワイトが……?)
横でカラスの声を聞いていたアップルも、息を呑む。
(スノーホワイト、魔の森に行くなんて、どうして……)
こうなったら何が何でもジョンを動かして、スノーホワイトを救出に行かせなくてはと、アップルはひそかに、彼の背中を押す決意を固めていた。
森の入口からそう遠くない地点で、スノーホワイトは早くも、額に汗を浮かべていた。
「助けてっ……」
森はただでさえ霧が濃く、昼間ですら視界が悪い。だが、スノーホワイトの目には、それ以上のものが見えていた。
――断崖絶壁から、転落する馬車。
――血を流す、前王妃の姿。
――笑いながら、毒リンゴを差し出すサニー。
「やめてっ……もう、見たくない……!」
幻覚。
それは、魔の森の結界が見せる、自分自身の心の闇。訪れる者の精神をかき乱し、行く手を阻む。
スノーホワイトは、震える手で自分の胸に触れた。
(でも……私はもう、何度も死んできた)
彼女の目に、映る木々。森の動物や小鳥たち。すべてが恐ろしい怪物の姿となって、今にも彼女に飛びかかろうとしていた。それでもスノーホワイトは、森の奥へと突き進んでいった。
(毒針、絞殺リボン、毒リンゴ、毒ケーキ……何度も、何度も死んできた。あの苦しみと恐怖に比べたら――)
「私は、もう怖くない」
彼女の青い瞳には、強い意志が宿っていた。
(あの狂った継母の手から抜け出したくて、私はここまで来た)
「私の道は、自分で切り開いてやる!」
濃い霧をかき分けるように、前へ、前へと足を踏み出す。幻覚はまだ消えない。それでも、心は折れなかった。
その頃、サニーに召喚された盲目の隠者・ハンターは、周囲の霧などまるで存在しないかのように、迷いなく、木々の間を早足で歩いていた。
「スノーホワイト。心の波が、大きく揺れているな」
彼の両目は、眼帯で目隠しされたまま。しかし、その額のにうっすら浮かぶ魔法紋「第三の眼」が、空気中の魔力の流れを読み取っていた。
「恐怖に抗い、なおも進むか……この森で、あの地点まで進んでまだ正気を保つとは、なかなかの精神力だ」
ハンターは、腰の袋から、金属のワイヤーと香草の粉を取り出す。
「だが、甘い。その強い魔力が、命取りになるだろう」
数秒で、周囲の地面に魔法感知罠が仕掛けられた。
「ここを通るだろう。それも、もうすぐだ」
彼は木陰に身を隠し、気配を完全に消した。
霧深い魔の森は静まり返り、ただ風だけが不気味にささやく。
だが、その闇を裂くように――
ズガァン!
突如として、地面の一角が、蒼白い氷の弾丸で吹き飛ばされた。
「これは何のつもり? 危ないじゃないの!」
周囲をせわしなく見回しながら、スノーホワイトが木々の間に姿を現した。霧の中、彼女はまだ、敵の気配を感じ取ることができなかった。
「姿を見せなさいよ!」
彼女の足元には、彼女の冷気魔法によって破壊された、罠の残骸があった。
(まさか、こんなに早く追いつかれていたなんて)
そのとき、霧の中から低い声がした。
「攻撃魔法の精度も威力も、想像以上だな」
「誰?」
「私は森の住人・ハンター。王家のご命令で、お前を捕らえるために来た」
「あの人の、飼い犬ってわけね!」
スノーホワイトの手のひらから、雪の結晶をかたどった魔法陣が展開された。
「氷矢広域降下!」
天を仰ぎながら彼女が放ったのは、無数の氷の矢を上空から降らせるエリア魔法。闇夜を切り裂きながら、鋭い氷柱の雨が、ハンター目掛けて降り注ぐ。
「……ふむ」
しかしハンターは、まるでそれらを目で見ているかのように、軽やかに足を運び、的確に回避した。
「全部避けた⁉」
「目には見えんが、魔力の流れを読めば、たやすいことだ」
その言葉と同時に、ハンターは手にしていた小さなナイフを投げた。
「チッ!」
スノーホワイトは氷の壁で防ぐと、息もつかせぬ速さで反撃に出る。
「爆裂大風雪!」
魔法の吹雪が爆風と共に炸裂し、木々をなぎ倒した。あまりの威力に、周囲の地形が変わるほどだった。
「そのレベルの魔法まで、使いこなすか。おとなしく幽閉されていた姫とは思えんな」
「まあね! これでも、あの人に勝てる気はしなかったから、使えなかった。でも、あなた程度なら瞬殺よ!」
(これは確かに、手加減できる相手ではない)
ハンターは、スノーホワイトの戦い方を読みながら、霧の中を動き回り、着実に「再配置」を進めていた。
足元、枝の上、木の根。無数の罠を静かに仕掛けながら、彼は時間を稼ごうとする。
「だったら、これでどうよ?氷槍一点突破!」
スノーホワイトは魔力を集中させ、純白の氷槍を発現させた。狙いは、正確にハンターの心臓を刺し貫く角度。だが、その瞬間――
「踏んだな」
「えっ?」
ビシィッ!という音とともに、スノーホワイトの足元で魔法陣が発動した。
「なっ⁉」
氷槍でハンターを串刺しにしようとする一瞬前、張り巡らされたワイヤーに両足を捕らえられ、彼女の体はたちまち逆さ吊りにされた。
さらに追い打ちで、ハンターが詠唱した麻痺の呪文が、彼女の全身を金縛りにする。
「くっ……!」
スノーホワイトは魔力を振り絞って反撃しようとしたが、麻痺した体では、うまくいかなかった。
「信じられない。こんな戦い方、ズルい……!」
「公正など、戦いの結果の前には無意味だ」
ハンターは、ぶっきらぼうにそう答えた。
「いかに攻撃魔法の天才であっても、策に落ちれば終わりだな、スノーホワイトの姫君よ。これが、森の狩人のやり方だ」
「殺すなら、殺しなさいよ!」
スノーホワイトは、ギリギリと歯ぎしりながら、ハンターを睨みつける。
「私は、死ぬのなんて慣れっこよ!」
「殺しはしない」
ハンターは静かに言った。
「お前を、生け捕りで連れ戻す。それが、王家のご命令だ」
「っ……!」
スノーホワイトの身体は、罠に絡め取られたまま、ハンターの肩に担がれて、ゆっくりと森の霧の中へ消えていった。
一方その頃、モンストラン公爵領。
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高く空を舞って飛来した使い魔カラスが、城の尖塔のてっぺんに止まった。サニーからの、正式の文書伝達の合図である。
ジョンがカラスを招き寄せて文書を受け取り、開いてみると、カラスがサニーの声を発して、棒読み口調で内容を読み上げた。
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ジョンは、眉間に皺を寄せた。
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