白雪姫の姉は辺境で静かに暮らしたい〜毒親魔女とゾンビ妹が騒がしいので、怠け者公爵との激甘スイーツ生活を死守します!〜

けんゆう

文字の大きさ
10 / 35

10 白雪姫の姉ですが妹が脱獄しました

しおりを挟む
 王宮・塔の最上階。

「……今だわ」

 スノーホワイトは、静かに息を整えた。

 サニーが、蘇生魔法の疲労から、ベッドで泥のように眠り込んでいる。その、ほんの一瞬のスキをつく――
 
 長い幽閉生活と蘇生ループで鍛えられた彼女は、このタイミングを虎視眈々と狙っていた。

(一撃でとどめを刺せれば、あるいは……?)

 スノーホワイトは、守り刀の短剣を戸棚から取り出し、握りしめた。サニーが目を覚ます気配はない。しかし……

 ……サニーほどの大魔法使いが、自身の体に自動反撃魔法も仕掛けず、ただ無防備に爆睡するとも思えない。実際、幽閉生活の初期に彼女の背後から襲いかかってみたことがあったが、その時はダメージが全部跳ね返ってきた。

(あの時は、痛かったなぁ……それに、この人ひとりを暗殺するだけじゃ、この国はきっと、まともな姿には戻らないのよね。やっぱり、私が一度、外の世界に出なくちゃ) 

 スノーホワイトは、衣ずれの音を立てないように細心の注意を払いながら、純白のドレスを脱ぎ、動きやすい外出着に着替えた。

「可愛いだけのお人形なんて、もう終わり。今度こそ私の意志で、生き抜いてみせる」
  
 部屋の扉は、サニーの力が弱まっている今、少し魔力を込めるだけで、軋んだ音を立てながら開いた。

 足音を忍ばせ、塔の階段を一段ずつ駆け下りる。

 途中の階に、見張りの兵士は皆無だった。プライベート空間への干渉を嫌うサニーの命令で、王宮の兵士たちは、スノーホワイトの部屋から遠ざけられているらしい。自身の魔力に対するサニーの過信が生んだ、警備の穴だった。

(おかげで、堂々と降りられるわ)

 塔の二階に着いて階段の下を覗き込むと、一階にはさすがに、警備隊が詰めているのが見えた。スノーホワイトはそっと二階の窓を開け、窓の外に出た。石造りの外壁に必死でしがみつきながら、足場を慎重に探して這い降りること約五分。ようやく、地上に足が着いた。

(自由……!)

 城壁に向かってダッシュするスノーホワイトの姿に、ようやく気づいた警備兵が叫ぶ。

「王女殿下をお止めしろ!」

 スノーホワイトは一瞬の迷いもなく、城壁から堀の水へとダイブした。兵士たちは、まさか王女に矢を射ることもできず、オロオロするばかり。

「後を追うんだ! じょ……城門を早く開けろ!」

 城門から追手の騎馬隊が出撃する頃には、スノーホワイトはとっくに堀を泳いで渡り、王都の暗闇の中へ消えていた。
 
 スノーホワイトは、追手に見つかりやすい街道沿いを避け、逃走経路として「魔の森」を選んだ。

「スノーホワァァァァァァァァァァイトッ!」

 翌日、王宮全体に響き渡った絶叫。

 塔のベッドの上を転げ回る、サニー王妃の叫び声だった。

「いない、いない、いなぁい……っ⁉  私のかわいいスノーホワイトが、いないのよぉおおおお!」

 寝グセ頭のまま泣き崩れ、スノーホワイトのファンシーな部屋を破壊し尽くしたサニーは、我に返ると、魔法の鏡の所へ行き、血走った目で鏡を睨みつけた。

「スノーホワイトはどこよ⁉  答えなさい、鏡!」

 王家の秘宝・魔法の鏡が、淡々と答える。

「街道沿いで見つからないのなら、魔の森を通って、モンストラン公爵領にでも逃げ込むつもりでしょう」

「はぁぁ⁉ 魔の森って、足を踏み入れたら幻覚を見て、気が狂う森じゃない。なんであんな不気味な所に……」

「あなたが追い詰めたせいでは?」

「うるさいうるさいうるさーいッ!」

 鏡を軽く蹴飛ばしてから、サニーは考えこんだ。

「仕方ないわね。例の『ハンター』を呼びなさいッ!」

 その日の午後、兵士たちに連行されて、灰色のマントをまとった男が、王妃の前に姿を現した。彼は両目を、黒い眼帯で覆っている。

「ハンターとやら、あなたは魔の森で、自由に動けるらしいわね」

「――仰せの通りで。私は、両眼がよく見えません。それゆえに魔の森では、幻覚の影響を受けません。この城では一日かけても出口を見つけることすらできん私ですが、魔の森の中なら、この額の骨、『第三の眼』で魔力を探知して、手に取るように周りの様子が分かります」

「ねぇ、魔の森に行ったスノーホワイト王女を、捕まえてきてくれない?」

「殺しても構いませんか」

「だめえぇ~! 森の奥で死なれて、私の蘇生魔法が間に合わなかったらどうするのよ。傷ひとつ、つけないでちょうだい。 ふふっ……生け捕りで、ね?」

「面倒ですな……私は森に罠を仕掛け、獲物を捕って暮らすだけの世捨て人です。あまり器用なことはできません」

 ハンターはため息のような息を吐きながら、魔力でスノーホワイトの痕跡を探る。

「感知した。心が、強く跳ねておる……!」

「そうよ。私のかわいいスノーホワイトちゃんは、命がけでぴょんぴょん逃げてるの。さぁ、追いかけて、私のもとに戻して?」

「承知しました。まずは私を、森の入口に戻して頂けますか」
 
 サニーはうなずいた。兵士たちはハンターを連れ出して馬車に乗せ、魔の森へと向かった。

 その頃、スノーホワイトは既に、夕日が照らす森の入口にまで到達していた。

「ここなら……少なくとも、あの人だって、追っては来れないはず」

 王都から外れた「魔の森」は、古代の精霊の力が渦巻く聖域だった。目に映るものすべてが、魔物の姿となり、悪夢の光景となり、悲しい思い出の幻となって、森に踏み込む者の精神を切り刻むという。

 サニーでさえ、恐れて、決して近寄らないエリアだった。

 しかし、スノーホワイトには、この森の奥に、ある目的があった。

(森の向こうにあるという、異民族バルバロイの、戦士の里。もし、お父様から聞いたあの話が本当なら……私の助けに、なってくれるかもしれない)

 スノーホワイトは震える足を抑えながら、森の中へと足を踏み入れて行った。森の木々が、彼女の目にはまるで絞首台のように映っていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編) 王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編) 平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)

処理中です...