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12 白雪姫の姉ですが夫の背中を押します
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魔の森、ハンターの小屋。
スノーホワイト王女は、縄で縛られたまま、木の椅子に座っていた。
普通の姫なら、泣き叫ぶだろう。だが、スノーホワイトは違った。
「ねぇ、おじさん。名前は?」
「ハンター」
男は、変わらぬ無愛想な声で答える。
「名前が『ハンター』なの? ふぅん。じゃあ、ハンターおじさん。あなたは、サニー王妃の命令で私を捕まえたのよね?」
「そうだ」
「でも、ここには王妃も、王宮の兵士もいない。今は、私とあなた、ふたりっきりね」
スノーホワイトは唇の端を上げながら、小悪魔のように微笑んだ。
「私の、味方にならない?」
椅子に縛られながらも、彼女は全く物怖じせずに、言葉を続ける。
「私に寝返るなら、今がチャンスよ? あなたのような優れた感知能力者なら、きっと私の右腕になれるわ」
そして、続けざまに挑発する。
「それとも、王妃へ仕えることに、何か未練でもあるの? あの人、もう若くないし、趣味も頭も悪いし、ドジで面倒くさいだけの魔女じゃない」
ハンターは、それを聞いてほんの一瞬、口元を引きつらせながら笑った。
「なんだ? 自分のほうが、若くて美人だと言いたいのか。色仕掛けのつもりか?」
「別に、そこまでは言ってないけど」
「外見の美しさが、何になる。人間の価値は、顔の良し悪しで決まるものじゃないぞ」
「へぇ……」
スノーホワイトは、ハンターの言葉に思わず目を見張った。
(ジョンと、同じことを言うのね。珍しい男……)
「……そもそも私は、目が見えんしな!」
そう言えばそうだったと、スノーホワイトは肩透かしを食らったような気分になって、顔をしかめた。盲目の隠者・ハンターは、彼女の頭上に手をかざして、精神を集中させる。
「お前の心を、見せてもらうぞ」
「やめてよ。勝手なことしないで」
「黙れ。交渉を持ちかけたのはお前だろう。これは、必要な判断材料だ」
ハンターはその両手を、困惑するスノーホワイトの頭上から、顔の近くへ、そして体のそばから足先付近の床まで、まるで全身を撫で回すように移動させていった。
決して、体に直接触れることはなかった。ハンターは、彼女の肉体を取り囲む霊的エネルギー体を指先で読み取って、スノーホワイトの記憶と感情を隅々まで探知したのだった。
――繰り返された、死と蘇生。
――継母サニーの、狂気と束縛。
――それでも逃げることを選んだ、その強い意志。
そして今、この森の奥でなお光を失わない、気高さ。
「……なぜだ。なぜお前は、そんなに真っ直ぐなんだ?」
いつの間にか、ハンターは声を震わせていた。
「私はただ、王族の誇りを貫いて、生きたいだけよ。本当に『生きる』って、そういうことだと思うの」
スノーホワイトは、ハンターをしっかりと見据えながら答えた。
「鏡の助言でも止まらない、王妃のデタラメな政治。国は借金まみれ、税金が上がって民も苦しんでる。そんな時代に私が、ただ玩具にされるためだけに生かされたって、そんな人生には、生き甲斐がない。私は、曲がった国の形を、元に戻してみせる。そのために、この身を捧げるの」
「お前は、純粋すぎるな……」
ハンターの頬を、ひと筋の涙が伝った。
目は見えずとも、彼には分かった。
この女は、自分よりもずっと孤独で、ずっと傷だらけだった。それでもなお、高潔さを保とうとしているのだ、と。
(美しい……)
盲目の狩人の心に、確かな感情が芽生え始めていた。
一方その頃、モンストラン公爵家の城。アップルはジョンの部屋に押しかけ、詰め寄っていた。
「スノーホワイトが、魔の森に迷い込んでます」
「うん、それはもうカラスから聞いた」
「助けに行かないんですか?」
ジョンは、目の前の書類をめくるフリをしながら、アップルの問いかけに答えず、黙り込んでいた。
「行きましょう、ジョン。このままだと妹は、魔の森で廃人になるか、王宮へ連れ戻されて、きっとロクでもない目に……」
「嫌だね」
「えっ?」
「行きたくない」
「な、なぜですか⁉」
「スイーツがない所には、行きたくない」
「はああああああ⁉」
あまりのヘタレた言葉に、アップルは怒り出した。
「何言ってるんですか? 見損ないましたよ!」
「だって……」
最近、快活になっていたジョンの表情が、出会ったころのような弱気モードに戻っているのを、アップルは見逃さなかった。
「スノーホワイトとは、長い付き合いでしょう? 白馬の王子様だったあなたは、どこへ行っちゃったんですか!」
アップルは、壁を指差した。そこには、幼いころのジョンとスノーホワイトの肖像画が掛かっている……はずだったが、知らない間にその絵は取り外されていたらしく、どこにも見当たらなかった。
「……あれ? あの絵は?」
「少し冷静になってくれよ、アップル。何の対策もなしに、魔の森へ駆けつけたところでどうなる。正気を失って、首でも吊るのがオチだ。俺はあんな所には行かないし、お前だって絶対に行かせないからな」
「……!」
その点は、ジョンの言う通りだった。助けに行きたいのは山々でも、相手が魔の森では、余計な手助けをしても二次災害が起きるばかりだろう。
それに、ジョンは彼自身の保身だけでなく、アップルが無謀な救援に行きかねないことまで、ちゃんと気にかけて心配してくれているのだ。声を荒げてしまったことを、アップルは心の底から後悔した。
「ご、ごめんなさい……。私、つい取り乱してしまって、あなたにひどい言葉を……」
「いや、情けないやつと思うのも当然だ。だが、俺はこれでも、やっと最近ここまで立ち直れたんだ……」
ジョンは椅子から立ち上がってアップルに歩み寄ると、彼女の両肩を抱き寄せた。
「今は、お前とのスイーツタイムだけが、生きる支えなんだ。それを奪わないでくれよ。分かってくれ……」
(そっか……ジョンが元気になってくのが嬉しくて、薬膳スイーツ攻勢続けてたけど、ちょっと依存症気味にしちゃったのかも。どうしたもんかな……)
アップルは、ぼんやりと考えた……
……次の瞬間。アップルは自分の身に起きている事態にハッと気がついて、耳まで真っ赤になった。
(ちょっ、ちょっと待って。ちょっと待ってよ。この人、ドサクサに紛れて、何してんの⁉)
気がつけばいつの間にか、ジョンの力強い腕に、アップルはギュッと抱き締められていた。形ばかりの結婚の日以来、初めての濃密なスキンシップ。顔を少し上げると、切なそうに目を閉じたジョンの端整な顔が、視界を覆う。
(顔、近っ! 近すぎ!)
うろたえながらアップルは、この窮地を切り抜ける秘策を必死で考えた。
「え、えーっと……その……よし、よし」
アップルはそっと手を伸ばして、ジョンの黄金色の髪を優しく撫でた。
ジョンは閉じていた目を開き、キョトンとした顔でまばたきしながら、アップルを見る。
「ん……?」
「ジョン……私のスイーツは、これからもずっと一緒です。だから、心配しないで」
「本当か……? 誰かに作り方を教えとくとかは、ナシだぞ⁉」
「はい、もちろんです。私が自分で作ったものがいいんですね? お約束します。だから、いい子にして、待っててね」
「分かった……」
ジョンは腕の力を緩めた。アップルは身をくねらせるようにしながら、どうにか彼のハグを逃れて部屋を脱出した。
(もう少しで、妙な雰囲気になるところだった……)
頬を染め、トクントクンと高鳴る心臓を感じながら、アップルは階段を降りて厨房へと向かった。
「さあ、約束したスイーツを、さっそく用意しますか!」
エプロンをキュッと引き締めて、アップルの新たな挑戦が始まった。
スノーホワイト王女は、縄で縛られたまま、木の椅子に座っていた。
普通の姫なら、泣き叫ぶだろう。だが、スノーホワイトは違った。
「ねぇ、おじさん。名前は?」
「ハンター」
男は、変わらぬ無愛想な声で答える。
「名前が『ハンター』なの? ふぅん。じゃあ、ハンターおじさん。あなたは、サニー王妃の命令で私を捕まえたのよね?」
「そうだ」
「でも、ここには王妃も、王宮の兵士もいない。今は、私とあなた、ふたりっきりね」
スノーホワイトは唇の端を上げながら、小悪魔のように微笑んだ。
「私の、味方にならない?」
椅子に縛られながらも、彼女は全く物怖じせずに、言葉を続ける。
「私に寝返るなら、今がチャンスよ? あなたのような優れた感知能力者なら、きっと私の右腕になれるわ」
そして、続けざまに挑発する。
「それとも、王妃へ仕えることに、何か未練でもあるの? あの人、もう若くないし、趣味も頭も悪いし、ドジで面倒くさいだけの魔女じゃない」
ハンターは、それを聞いてほんの一瞬、口元を引きつらせながら笑った。
「なんだ? 自分のほうが、若くて美人だと言いたいのか。色仕掛けのつもりか?」
「別に、そこまでは言ってないけど」
「外見の美しさが、何になる。人間の価値は、顔の良し悪しで決まるものじゃないぞ」
「へぇ……」
スノーホワイトは、ハンターの言葉に思わず目を見張った。
(ジョンと、同じことを言うのね。珍しい男……)
「……そもそも私は、目が見えんしな!」
そう言えばそうだったと、スノーホワイトは肩透かしを食らったような気分になって、顔をしかめた。盲目の隠者・ハンターは、彼女の頭上に手をかざして、精神を集中させる。
「お前の心を、見せてもらうぞ」
「やめてよ。勝手なことしないで」
「黙れ。交渉を持ちかけたのはお前だろう。これは、必要な判断材料だ」
ハンターはその両手を、困惑するスノーホワイトの頭上から、顔の近くへ、そして体のそばから足先付近の床まで、まるで全身を撫で回すように移動させていった。
決して、体に直接触れることはなかった。ハンターは、彼女の肉体を取り囲む霊的エネルギー体を指先で読み取って、スノーホワイトの記憶と感情を隅々まで探知したのだった。
――繰り返された、死と蘇生。
――継母サニーの、狂気と束縛。
――それでも逃げることを選んだ、その強い意志。
そして今、この森の奥でなお光を失わない、気高さ。
「……なぜだ。なぜお前は、そんなに真っ直ぐなんだ?」
いつの間にか、ハンターは声を震わせていた。
「私はただ、王族の誇りを貫いて、生きたいだけよ。本当に『生きる』って、そういうことだと思うの」
スノーホワイトは、ハンターをしっかりと見据えながら答えた。
「鏡の助言でも止まらない、王妃のデタラメな政治。国は借金まみれ、税金が上がって民も苦しんでる。そんな時代に私が、ただ玩具にされるためだけに生かされたって、そんな人生には、生き甲斐がない。私は、曲がった国の形を、元に戻してみせる。そのために、この身を捧げるの」
「お前は、純粋すぎるな……」
ハンターの頬を、ひと筋の涙が伝った。
目は見えずとも、彼には分かった。
この女は、自分よりもずっと孤独で、ずっと傷だらけだった。それでもなお、高潔さを保とうとしているのだ、と。
(美しい……)
盲目の狩人の心に、確かな感情が芽生え始めていた。
一方その頃、モンストラン公爵家の城。アップルはジョンの部屋に押しかけ、詰め寄っていた。
「スノーホワイトが、魔の森に迷い込んでます」
「うん、それはもうカラスから聞いた」
「助けに行かないんですか?」
ジョンは、目の前の書類をめくるフリをしながら、アップルの問いかけに答えず、黙り込んでいた。
「行きましょう、ジョン。このままだと妹は、魔の森で廃人になるか、王宮へ連れ戻されて、きっとロクでもない目に……」
「嫌だね」
「えっ?」
「行きたくない」
「な、なぜですか⁉」
「スイーツがない所には、行きたくない」
「はああああああ⁉」
あまりのヘタレた言葉に、アップルは怒り出した。
「何言ってるんですか? 見損ないましたよ!」
「だって……」
最近、快活になっていたジョンの表情が、出会ったころのような弱気モードに戻っているのを、アップルは見逃さなかった。
「スノーホワイトとは、長い付き合いでしょう? 白馬の王子様だったあなたは、どこへ行っちゃったんですか!」
アップルは、壁を指差した。そこには、幼いころのジョンとスノーホワイトの肖像画が掛かっている……はずだったが、知らない間にその絵は取り外されていたらしく、どこにも見当たらなかった。
「……あれ? あの絵は?」
「少し冷静になってくれよ、アップル。何の対策もなしに、魔の森へ駆けつけたところでどうなる。正気を失って、首でも吊るのがオチだ。俺はあんな所には行かないし、お前だって絶対に行かせないからな」
「……!」
その点は、ジョンの言う通りだった。助けに行きたいのは山々でも、相手が魔の森では、余計な手助けをしても二次災害が起きるばかりだろう。
それに、ジョンは彼自身の保身だけでなく、アップルが無謀な救援に行きかねないことまで、ちゃんと気にかけて心配してくれているのだ。声を荒げてしまったことを、アップルは心の底から後悔した。
「ご、ごめんなさい……。私、つい取り乱してしまって、あなたにひどい言葉を……」
「いや、情けないやつと思うのも当然だ。だが、俺はこれでも、やっと最近ここまで立ち直れたんだ……」
ジョンは椅子から立ち上がってアップルに歩み寄ると、彼女の両肩を抱き寄せた。
「今は、お前とのスイーツタイムだけが、生きる支えなんだ。それを奪わないでくれよ。分かってくれ……」
(そっか……ジョンが元気になってくのが嬉しくて、薬膳スイーツ攻勢続けてたけど、ちょっと依存症気味にしちゃったのかも。どうしたもんかな……)
アップルは、ぼんやりと考えた……
……次の瞬間。アップルは自分の身に起きている事態にハッと気がついて、耳まで真っ赤になった。
(ちょっ、ちょっと待って。ちょっと待ってよ。この人、ドサクサに紛れて、何してんの⁉)
気がつけばいつの間にか、ジョンの力強い腕に、アップルはギュッと抱き締められていた。形ばかりの結婚の日以来、初めての濃密なスキンシップ。顔を少し上げると、切なそうに目を閉じたジョンの端整な顔が、視界を覆う。
(顔、近っ! 近すぎ!)
うろたえながらアップルは、この窮地を切り抜ける秘策を必死で考えた。
「え、えーっと……その……よし、よし」
アップルはそっと手を伸ばして、ジョンの黄金色の髪を優しく撫でた。
ジョンは閉じていた目を開き、キョトンとした顔でまばたきしながら、アップルを見る。
「ん……?」
「ジョン……私のスイーツは、これからもずっと一緒です。だから、心配しないで」
「本当か……? 誰かに作り方を教えとくとかは、ナシだぞ⁉」
「はい、もちろんです。私が自分で作ったものがいいんですね? お約束します。だから、いい子にして、待っててね」
「分かった……」
ジョンは腕の力を緩めた。アップルは身をくねらせるようにしながら、どうにか彼のハグを逃れて部屋を脱出した。
(もう少しで、妙な雰囲気になるところだった……)
頬を染め、トクントクンと高鳴る心臓を感じながら、アップルは階段を降りて厨房へと向かった。
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