その攻略対象、私が全部いただきますわ!

けんゆう

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第2話 幼馴染エドマンド、薔薇の香りに沈む!

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 昼下がり、公爵邸の庭園。アレクサンドラは白いテーブルで紅茶を優雅に飲みながら、剣術の稽古をする二人の男を静かに見つめていた。

「いいぞ!  そこだ、エドマンド君!」

 堂々たる態度で剣技を指導する、騎士団長ジャレッド。彼の号令に合わせて、赤髪の青年エドマンドが懸命に剣を振る。

「なかなか筋がいいな。騎士団に興味があるなら、採用試験の窓口を訪ねる時に、これを持ってくるといい。君が入団すれば、お父上もきっと喜ばれるだろう」

 そう言うと、ジャレッドは懐から名刺を取り出して、エドマンドに手渡した。

「あ、ありがとうございます!」

 エドマンドの顔が、希望に輝いた。彼は、帝国宰相を務めるルフォン卿の長男である。しかし母親の出自が低く、また、その赤い髪のために気味悪がられ、家庭内では父親と継母から冷遇されてきた。

 異母弟である秀才ルーファスと常に比較され、いたたまれず海外へと遊学したが、何の成果もなく先日帰国してきた。そんな彼にとって、騎士団への誘いはまさに天の助けのようだった。

 アレクサンドラはジャレッドに、そろそろ切り上げて帰れと顎で指示を出した。ジャレッドがそそくさと立ち去ると、アレクサンドラはニッコリ笑いながら、エドマンドに声をかけた。

「運が向いてきたようね、エドマンド」

「ああ。ジャレッド団長と言えば、帝国最強の騎士として名高いお方だ。そんな実力者と、個人的に知り合えるとはなあ!」

「ふふ……。そうね。ジャレッド様は物すごーく、強いお方。そして、お方なのよ。今日、ここにひとりで来たってことは、あなたのこと、きっと騎士団でも大事にして下さるおつもりよ」

 含みのあるアレクサンドラの口調に、エドマンドは不穏な空気を感じて、表情を曇らせる。

「アレクサンドラ……お前、何を企んでる? どうして、俺にここまでしてくれるんだ? ずっと疎遠だったのに」

 アレクサンドラは涼しげな表情で、紅茶を一口すすった。

「幼馴染のよしみよ。ところでエドマンド。あなた、剣の稽古で、ずいぶん汗臭くなってるわよ? あんまり近寄らないで。うちの大浴場で洗ってくるといいわ。おやつは、それまでお預けね」

「ちぇっ。この美男子を捕まえて、臭いだのなんだのと……お前、相変わらず遠慮ってものがないよな。だが、風呂はありがたく使わせてもらうぞ」

 アレクサンドラの毒舌に抗議しながらも、エドマンドは、公爵家自慢の豪華な大浴場へと向かった。

 バラの花びらが無数に浮かぶ広々とした湯船へゆったりと浸かり、足を伸ばしてくつろいでいると、突然扉が開いた。

「え……アレクサンドラ⁉」

「何をあわてているの? 小さい頃はよく一緒に入ったでしょ?」

 動揺するエドマンドに構うことなく、彼女はタオル一枚で体を隠しながら、湯の中に足を差し入れてきた。

「ば、馬鹿やろう。もう、子供じゃないんだぞ! お前は、もうすぐセドリック殿下に嫁ぐ身で、こんな……」

「ふふ……でもあなた、私のこと女として見てないって、いつも言ってたじゃない? だったら、別に平気でしょ? これは、ただの混浴風呂。普通のことよ」

 アレクサンドラの挑発に、エドマンドは息を詰まらせる。

「お、おう。もちろんだ。お前とは、ただの幼馴染でしかないからな!」

 しかしその視線は、成長した彼女の色気に釘付けとなっていた。

「ねえ、エドマンド。海外遊学の話、聞かせてよ。現地の女性と、ロマンスはあったの? それとも、ハメを外して娼館通いかしら?」

「ああ。まあ、俺も男だからな。そりゃ色々とあったさ……」

 見栄を張るエドマンドを、アレクサンドラは冷たい瞳でじっと見つめた。

「嘘つき。あなたに、そんな度胸ないでしょう? だってあなたは、養女として宰相家で暮らしてたリサに、ずっと想いを寄せてたもの。バレバレよ。でも、あなたにとってリサは、義理の妹。あの子への想いを断ち切ろうとして、外国へ逃げたけど、結局忘れられなかった。だから帰ってきたんでしょう?」

「っ……!」

 エドマンドは表情を歪め、拳を握りしめた。

「そうだよ! 俺は、リサが欲しい! あいつは、一人ぼっちで異世界からこの国にやってきた。それなのに、大聖女なんてものに祀り上げられて、きっと不安なんだ。俺は、リサを一生守ってやるために帰ってきたんだ!」

 保護者を気取ってリサへの愛情を声高に叫ぶエドマンドを、アレクサンドラは冷たくせせら笑う。

「でも、あなたには無理よ、エドマンド。だってセドリックも、リサに夢中なんですもの」

 エドマンドは目を見開き、愕然とした。

「そんな……セドリック殿下が……」

「ええ、だからあなたの割り込む余地は、もうないの」

 湯船の中で肩を震わせ、絶望の表情を見せるエドマンドのそばに、アレクサンドラはそっと近づいた。

「私もセドリックに裏切られたのよ……ねえ、エドマンド。私じゃ、ダメかしら?」

 彼女は視線を落としながら、エドマンドに寄り添う。アレクサンドラの熱い鼓動が、彼へと伝わる。

「お、おい。アレクサンドラ……」

「私たち、お似合いだと思わない? 同じように見捨てられた者同士、傷を舐め合えばいいと思うの」

 アレクサンドラは彼の耳元で囁くと、その胸筋に探りを入れた。エドマンドの心臓が、猛スピードで高鳴っていくのが分かる。

「や、やめろ……っ」

「本当に、嫌なの? 喜んでるようにしか見えないけど……」

「くそっ、お前、何してるんだ……やめろって……」

「ふふっ。子供のころ、くすぐりっこ遊びをしたわよね。あなた、物すごーく、弱かったじゃない? 私はあなたの弱点を、とっくの昔に、全部お見通しなの」

 アレクサンドラは嘲るように笑みを浮かべながら、彼の敏感なポイントを、絶妙な加減で責めていった。

「『お兄様』の立場を悪用して、リサに近づいて。万が一、首尾よく抱けたところで、そんなことでは、絶対にあなたは満たされない。ザコで、哀れで、かわいらしいのが、本当のあなたなのよ」

 アレクサンドラはエドマンドの口元へ、人差し指をスッと近づける。

「あなたの初めては、幼馴染に捧げなさい。それがいいわ。まずはファーストキスを、いただくわね」

 誘惑の言葉を立て続けに打ち込まれ、エドマンドの忍耐もとうとう限界に達した。うめくような声を出しながら、苦しげに口を開く。

「アレクサンドラ……もう分かった。好きにしろ……もう、お前のやりたいようにしてくれ!」

 アレクサンドラは、満足げに微笑む。

「大丈夫よ。全部任せて、エドマンド」

 彼女はゆっくりと唇を近づけ、彼を完全に支配していく。バラの香りに満たされた湯気の中で、エドマンドはアレクサンドラの毒牙へとかかり、全てを明け渡した。

「リサを欲しがる男は、全て私が奪ってやるわ……あの子には、何も与えない」

 アレクサンドラは誇らしげにつぶやき、荒々しい愉悦の表情を見せながら、新たな勝利を噛みしめるのだった。
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