妓楼の楼主に転生しました

さくら優

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5.足抜けと身請け話

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毎日が穏やかに過ぎていく――
ような場所では決してないのが、遊郭というところであり、その日は朝から騒がしかった。

外を歩いていると、あちこちからヒソヒソと話し声が漏れ聞こえてくる。

「聞いたか? 足抜けだってよ」
「どこの見世?」
「それが――⋯」

聞こえてきた会話に、俺は眉を顰めた。

足抜けとは、色子が見世から逃げて大門の外に出ることだ。客の相手が嫌になっただとか、間夫と駆け落ちだとか、だいたいがそんな理由だ。

そして、まず成功することはない。

捕まった後は、厳しい折檻の末に河岸見世送り。死んだ方がマシかもしれないと言われるほどの末路を辿ることになる。

幸い俺の見世では、まだそんなことは起こったことがない。今後もないことを祈るばかりだ。

みんなの様子もいつもより落ち着かない感じだったが、それでも夜になれば、目の前の自分の仕事に意識が向いていった。

俺もいつも通りに仕事をこなし、少し用があったので外に出た。その帰り道、大門の近くで客の見送りをしている藤花の姿を見かける。

「じゃあ、あの話、考えておいて」
「⋯わかりました」

客の男は、藤花の手を握ってから、門の外へ出て行った。

あの話?

さっきの客は、つい最近藤花の馴染みになったばかりの客だ。

うちの見世は、花魁の馴染み客になるには手順を踏む必要がある。
一見客お断りなわけではないが、予約を入れても、初日は花魁と会うことは出来ない。2日目は会うことは出来るが、まだ酌をする程度で、床を共に出来るのは3日目からだ。

このあたりのルールは見世ごとに自由に決められるので、こういった面倒事を省いている見世もあるが、格調を重んじる見世は割とこんな感じだった。

2人の様子になんとなく引っかかって、その場で立ち尽くしていると、振り返った藤花が俺に気づいた。

「あれ、智陽。いたの?」
「あ⋯、まあ。悪い、盗み見するつもりじゃなかったんだけど」
「別にいいよ。見送りしてただけだし」

見世まで並んで歩く。この時間は、同じように見送りをする色子と客が多かった。

「⋯さっきの、あの話って、なんだ?」

俺は少し迷った末、すぐに藤花に聞いてしまった。だってなんか気になるし。

「ん? ああ、あれは⋯、身請けされる気はないかって」
「身請け? もうか?」
「あはは。だよね~」

藤花への身請け話は、過去に何度もあった。この世界は同性同士の結婚も可能なので、正式にパートナーとして迎え入れたいという話もあれば、愛人として囲うという話もあり、理由は様々だ。

昔の吉原では、身請け話は断ることが出来なかったなんて話も聞いたことがあったけれど、ここはそうではない。
花魁に限らず、気乗りしなければ本人の意思で断ることが出来る。

藤花はいつも断っていたので、今回もそのつもりなのだろうと思っていた。ましてや相手は、まだ数回揚がっただけの客だ。しかし、

「ねえ、もし、俺が話を受けるって言ったら、どうする?」
「――え?」

ふと立ち止まり、そんなことを訊いてくる藤花に、俺は面食らった。

どうって⋯。

「⋯べ、つに。お前がそうしたいなら、止める理由はないし」
「理由はあるでしょ。俺がいなくなったら、売上めっちゃ減るよ」
「そうだけど。そんなのは、理由にならない」
「⋯ふーん」

なんだ? もしかして、藤花はこの話を受けるつもりなのか?

一瞬浮かんだ、嫌だという気持ちを振り払うように首を振った。

さっきはまだ馴染みになったばかりの相手に、と思ったけれど、恋愛に時間の長さは関係ない。もしかしたら、何か強く惹かれるものがあったのかもしれない。

「じゃあ、もし俺が身請けされてここから出て行ったら、それでも、智陽はこの先も俺と会ってくれる?」
「⋯なんでだよ。会う理由がないだろ」

身請けされたら、結婚するにしろ囲われるにしろ、もう見世の妓じゃなくなる。前の見世の人間なんかが我が物顔で会っていいわけがない。

「⋯どっちにしても籠の鳥か」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん。なんでもない」
「身請け、迷ってるのか?」
「あはは。違うよ。もしもの話。いつも通り断るし」

藤花は、早く戻ろ、と言って歩き始める。

俺は、断ると言われて安心しつつも、どこかその背中をいつもより遠くに感じてしまった。
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