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第1章・辺境へ追放されたのはメインヒロイン。
32別れの日。
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そして、一週間。
ローゼンバーグ公爵へアキ先生の診断書付きの退院許可を送って、城から辺境の地へと迎えの馬車がやって来るまでの時間だ。
まあ私たちは穏やかに………………。
いや、かなり淫らに爛れていたか。前世も含めてこんなに乱れた日々を送ったことはなかった……、なぜか背中の右側と左の太もも裏がちょっと筋肉痛。多分変な力の入る癖があるんだな私……。
閑話休題。
つまり、別れの日って話。
「荷物は積み終えた。天気も良し、旅立つには良い日だ」
診療所の前に付けられた数ヶ月ぶりの馬車の前で、彼は晴々とした空を見上げて言う。
「うん、変に荒れなくて良かったね……うん」
私はそんな彼を見ながら返して。
「しっかり夜は寝ること、もう春だけど朝方は冷え込むから暖かくすること、湯船にちゃんと浸かること、あとちゃんと野菜も食べること、適度に運動すること、合気道もいいけど無理はしないこと、煙草は二十歳になってから……えっとそれから――」
「――あんまり可愛いと、行きたくなくなる。そのくらいにしてくれ」
べらべらと時間を稼ぐ私の中身のない言葉を遮るように、優しく微笑んでそう言って。
「これは別れではない、だから別れの言葉などいらないんだ」
真摯な眼差しで、私の目を真っ直ぐ見ながら安心する声で私をたしなめる。
「…………そうだね」
私は胸の中の寂しさを振り切る精一杯の笑顔で返す。
きっと心の機微に敏感な彼なら、私の胸中なんて容易く察しているのだろう。
でも……、それでも絶対に、私が信じていようとも諦めていようと彼は絶対に王都で私の無実を証明すると決めているんだ。
そして迎えに来る。
それが彼の中での決心だ。
「では、また会おう」
「うん、またね」
笑顔の彼にそう返して、馬車を見送った。
何度か馬車の窓から身を乗り出して、彼は私に手を振る。
私も彼が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けて。
「……………………さよなら……っ」
これ以上ない別れの言葉を、涙と一緒に地面へ落とした。
しばらくは目を冷やして。
腫らしては冷やして。
やっとこさアキ先生に「マシになった」と言われた頃。
私は春めいてきた空気を鼻の奥で感じながら、いつもの場所で煙草をくゆらせる。
やっと、彼との別れに対して理性で心を抑え込むことが出来るようになった。
全然今でも彼が好き。
毎朝彼がいない喪失感で起きたくない。
彼の夢を見た朝なんてもう……、いや考えすぎないようにしなくちゃ。
これはもう時間しか解決しない。
いい思い出にする……いや思い出になるのを待つしかない。
失恋は初めてでもない。
それに、こんなに優しい失恋ならきっと大切な思い出になってくれるはずだ。
………………現状はまだそんな気はしないけど。
彼が好きで、今この時彼に触れられないことが胸を締め付け続ける。
なんか趣味でも増やそうかしら。
合気道で体を動かしていたら気が晴れるかしら。
この辺りの散歩でも習慣にしようかしら。
いや……、ここは彼との時間が絡みついて染み付き過ぎている。
何してもどこにいっても、喪失感が心臓を握りつぶす。
なんて考えながら二本目の煙草に火をつける。
ちょっと本数が増えた。まあ嗜みの範疇だとは思うけど……、如実に現れるわね。
二本目をくゆらせていると。
診療所に続く道の向こうから馬車が向かって来るのが見える。
私は咄嗟に注視する。
湧き出る「まさか」が止められない。
でも、それは彼を乗せていった馬車とは違うものだった。
一瞬で身体が重くなりつつも、見覚えのある馬車に記憶を辿る。
あの形に、あの家紋…………。
え、あれって…………ムーンライト伯爵家の馬車じゃ……。
なんて、突然の事態に頭の中がめちゃくちゃになっていると。
ローゼンバーグ公爵へアキ先生の診断書付きの退院許可を送って、城から辺境の地へと迎えの馬車がやって来るまでの時間だ。
まあ私たちは穏やかに………………。
いや、かなり淫らに爛れていたか。前世も含めてこんなに乱れた日々を送ったことはなかった……、なぜか背中の右側と左の太もも裏がちょっと筋肉痛。多分変な力の入る癖があるんだな私……。
閑話休題。
つまり、別れの日って話。
「荷物は積み終えた。天気も良し、旅立つには良い日だ」
診療所の前に付けられた数ヶ月ぶりの馬車の前で、彼は晴々とした空を見上げて言う。
「うん、変に荒れなくて良かったね……うん」
私はそんな彼を見ながら返して。
「しっかり夜は寝ること、もう春だけど朝方は冷え込むから暖かくすること、湯船にちゃんと浸かること、あとちゃんと野菜も食べること、適度に運動すること、合気道もいいけど無理はしないこと、煙草は二十歳になってから……えっとそれから――」
「――あんまり可愛いと、行きたくなくなる。そのくらいにしてくれ」
べらべらと時間を稼ぐ私の中身のない言葉を遮るように、優しく微笑んでそう言って。
「これは別れではない、だから別れの言葉などいらないんだ」
真摯な眼差しで、私の目を真っ直ぐ見ながら安心する声で私をたしなめる。
「…………そうだね」
私は胸の中の寂しさを振り切る精一杯の笑顔で返す。
きっと心の機微に敏感な彼なら、私の胸中なんて容易く察しているのだろう。
でも……、それでも絶対に、私が信じていようとも諦めていようと彼は絶対に王都で私の無実を証明すると決めているんだ。
そして迎えに来る。
それが彼の中での決心だ。
「では、また会おう」
「うん、またね」
笑顔の彼にそう返して、馬車を見送った。
何度か馬車の窓から身を乗り出して、彼は私に手を振る。
私も彼が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けて。
「……………………さよなら……っ」
これ以上ない別れの言葉を、涙と一緒に地面へ落とした。
しばらくは目を冷やして。
腫らしては冷やして。
やっとこさアキ先生に「マシになった」と言われた頃。
私は春めいてきた空気を鼻の奥で感じながら、いつもの場所で煙草をくゆらせる。
やっと、彼との別れに対して理性で心を抑え込むことが出来るようになった。
全然今でも彼が好き。
毎朝彼がいない喪失感で起きたくない。
彼の夢を見た朝なんてもう……、いや考えすぎないようにしなくちゃ。
これはもう時間しか解決しない。
いい思い出にする……いや思い出になるのを待つしかない。
失恋は初めてでもない。
それに、こんなに優しい失恋ならきっと大切な思い出になってくれるはずだ。
………………現状はまだそんな気はしないけど。
彼が好きで、今この時彼に触れられないことが胸を締め付け続ける。
なんか趣味でも増やそうかしら。
合気道で体を動かしていたら気が晴れるかしら。
この辺りの散歩でも習慣にしようかしら。
いや……、ここは彼との時間が絡みついて染み付き過ぎている。
何してもどこにいっても、喪失感が心臓を握りつぶす。
なんて考えながら二本目の煙草に火をつける。
ちょっと本数が増えた。まあ嗜みの範疇だとは思うけど……、如実に現れるわね。
二本目をくゆらせていると。
診療所に続く道の向こうから馬車が向かって来るのが見える。
私は咄嗟に注視する。
湧き出る「まさか」が止められない。
でも、それは彼を乗せていった馬車とは違うものだった。
一瞬で身体が重くなりつつも、見覚えのある馬車に記憶を辿る。
あの形に、あの家紋…………。
え、あれって…………ムーンライト伯爵家の馬車じゃ……。
なんて、突然の事態に頭の中がめちゃくちゃになっていると。
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