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第一部14・世界は透明なひび割れに気づけない。【全12節】

06私たちに会いにこの子はここへ来た。

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「あっぶ…………っ! 何だ⁉ 何処から落ちてきたんだ‼」

 私が湖に落ちる寸前に、馬から湖に飛び込んで私を受け止めた男が大慌てしながら湖から引き上げる。

「ずぶ濡れで失礼! 大丈夫か⁉ 何があっ……凄い熱だぞ、おいおい……、私は回復魔法は使えんぞ……」

 男はそう言うと、そのまま私を雨よけのコートで包んで軍の基地へと馬を走らせた。

 私はそのコートの暖かさと、馬の心地よい揺れで気を失うように深く眠りについてしまった。

 これが父、帝国軍第三騎兵団所属ガクラ・クラックとの出会いだった。

 この後、私は軍の基地にて治療を受けたり事情聴取をされたり。

 まあやっぱり『無効化』というところで、扱いをどうするかとか色々あったみたいだけれど。
 公国での扱いとは全く違い、軍関係者の家で里子として育てることになり。

 母である、エバー・クラックの。

「これはもう、そういうことなのよ。私たちに会いにこの子はここへ来た」

 そんな一言により。

 私はあっという間にクラック家の子となりました。

 クラック夫妻はこの頃、結婚してもうすぐ十年が経とうとしていたが子宝には恵まれなかった。

 そこに、父ガクラが大雨での防災警邏中にたまたま私を拾ったことや。
 言葉も話せず読み書きも出来ない私が、あの雨の日に包まれたコートをずっと握って離さなかったことや。
 母エバーが教師であるので教育面での心配がなかったことや。
 父のスキルが『観察』なのでステータスなどの管理も行いやすかったことなど。

 まあ色々と、素敵な言い回しで言うなら奇跡的に噛み合った。

 私が舌の動かし方に慣れて、かなり言葉を話せるようになり。
 年相応に読み書きや計算などを身につけ。
 箸での食事も出来るようになり。
 色々な価値観が対人生物兵器基準ではなくて、すっかり人間になってきた頃。

 私は改めて、私に起こったことを整理しようと考えた。
 とは言ってもまだまだ覚えたての単語などを落とし込んだ稚拙なものだったけど。

 

 一人は父、ガクラ・クラック。
 湖に落ちそうなところを助けてくれて、私を家族として迎えてくれた。

 二人目は母、エバー・クラック。
 全く心を開けず、言葉も話せせない、対人生物兵器を人として育ててくれた。

 最後の一人は、あの謎の男の人。
 手枷や足枷を壊して私の損傷……、怪我を治して帝国へと逃がして。
 私を人にするきっかけを作ってくれた。

 名前も知らないし、言葉も交わしていない。
 多く見積っても三分程度しか顔を合わせていない。

 でも、もし彼が居なかったら私は、今も尚公国で対人生物兵器として生かされていたか、どこかのタイミングで処分されていただろう。

 今の私を形成する要素として、あの謎のヒーローは最も大きな要素です。

 そんな彼に私は何の意味もない、ただ足を引っ張るだけの『無効化』をかけ続けた。

 恩を仇で返し過ぎている。

 あの後。
 私を帝国へと転移させた後のことはわからない。

 男の子がどうなったかも、謎のヒーローがどうなったのかも、わからない。

 無事であるならば、いつかまた会えることがあるのなら私の愚かな行為を心から謝罪したいのと。

 ありったけの、これ以上ない感謝を伝えたい。

 私は父と母の元で幸せに暮らし、貴方が私を癒したように医師を志しています。

 ありがとう、本当にありが――――。

「――――

 そう言って、かつて男の子だったクロウ・クロスさんは私の頭から手を離して、天井に埋まるジャンポールさんに回復魔法を施す。
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