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第一部23・この物語の主人公は世界を顧みない。【全18節】

01今の話だ。

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 僕、クロウ・クローバーは……いや、もうクローバーではないか。

 先日、僕はクローバー侯爵家から勘当されて家を追い出された。

 まあその経緯はいいか。
 重要なのは今だ。

 今とは、執拗に痛めつけられボロボロの状態で公都の東のスラムに捨てられた後。

 先生から習った無詠唱の回復魔法と『加速』を用いた高速回復で傷を癒し。
 でも魔力回復を加速させるのを忘れて魔力切れに陥り。
 何とか廃教会に隠れて、ぶっ倒れて。

 目が覚めた、この今の話だ。

 とりあえず僕はただのクロウになった。
 別にそれはいい、遅かれ早かれ僕はクローバーの名は捨てていただろうから構わない。

 僕が話したい今の話とは、そんなことじゃなくて。

 僕の空間魔法の許容領域に、入れた覚えのない魚の燻製と金銭が入っていたのだ。

 他人の空間魔法に干渉して、こんな粋なことをする人物を僕は一人しか知らない。

 クロス先生が来ていた。

「……ありがとうございます」

 僕は一人呟いて、魚の燻製をかじって水を飲む。

 やはりあの人は、優しい。
 粗野でぶっきらぼうに振舞ってはいるが、あんなに優しい人はいない。

 僕が追い出されたのを心配して、来てくださったみたいだ。
 魔力感知……なのかな? 魔力切れ状態の人間を見つけるなんてやはり先生は凄まじい。

 ただ自称子供嫌いで意地悪で汚い大人のジョージ・クロスが僕に顔を見せるなんてダサいことはやらないか。

「…………いや、おまえが会いに来いってことか?」

 僕はふと魚の燻製を食べながら思ったことを呟く。

 まあ確かに会いたいのは僕の方で、頼りたいのは僕なわけだからそれが筋だ。
 とは言っても……、僕の魔力感知は魔力との親和率を上げたことでかなり広がったとはいえ、せいぜい数百メートル程度。
 探すとなると大変だ……、しかもあの人は気配も消せるし姿も消せるし魔力感知も阻害できる上に根無し草だ。

 何かヒント――――。

 なんて考えながら食べている魚の燻製を見て気づく。

 この魚の燻製は確か、東の果て……確かトーンの町で作られたものだ。
 さらにクロス先生は東の酒にハマっていた。

「…………行ってみようか」

 僕は一人、東に向かう決意を固めた。

 まあその前に、ボロボロの服を新調したりなんなりした。
 クロス先生に習って黒いズボンとジャケットを買った。
 やっぱり黒はかっこいい。

 黒ずくめになって上機嫌になった僕は、さっさと公都を出た。

 移動速度と体力回復速度を加速させつつ、東に向かう。
 馬車で二週間はかかる距離を、道中通過する町や村で地方の食事や温泉を楽しみつつ。
 三日でトーンの町へと辿り着いた。

 東の果てにあるライト帝国との国境に聳える山脈の麓に位置する町。

 山脈から流れる水が綺麗で、水量も多く稲作や作られた米を用いた酒造、川魚の養殖などを主な産業にしている。

 かなり牧歌的というか、のどかな場所ではあるのだが山脈に湧く魔物はかなり強力なので危険も多い。
 山脈に流れる魔力が濃い為、エネミーシステムにより生み出される魔物にも影響があるのだろう。

 なので町には屈強な冒険者たちが常駐していた。

 パッと見た感じで騎士団級の技量を持つような人もちらほら混ざっている。
 すごいな……、やっぱ優秀なスキルを持つ精鋭揃いの騎士団こそが最強で至高ってことはないなんだな。

 とりあえず宿を取り、酒屋や燻製を扱う店に向かい。

「かっこいい真っ黒なスーツに真っ黒なコートで黒髪のくたびれた男が現れたら教えて欲しいです」

 店の方々にそう言って回った。

 僕はとりあえずクロス先生がトーンの町へやって来ることを信じて、待つことにした。

 幸いクロス先生が僕の空間魔法の許容領域に入れてくれた潤沢な金銭があったので、宿に泊まる分には問題はない。
 宿もクローバー家の離れより清潔で過ごしやすい。ベッドも柔らかくて快適だ。

 僕も早いところ自力でお金を稼げるようにならないと……、でもとりあえず最優先はクロス先生との再会だ。

 僕はトーンの町で、教わった魔法や身体操作を復習しながら待ち続けた。

 そして、数週間後。

 トーンの町の暮らしにも主食を米とするのにもすっかり慣れてきた頃。

 

 待ち人来たる……、なんてことはなく。
 現れたのはクロス先生ではなく。

 父上であるグレイ・クローバー侯爵だった。

 しかも、騎士団の若手やらを引き連れて…………、嫌な予感しかしない。
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