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3章 白雪くんは森へと迷い込み
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「オレが小学4年生の時、行方不明になったんです。そして、たぶん、父さんは亡くなっている……のだと思います」
隆平の顔を見ながら、由起也はそう言った。しっかり話そうと思ったのに、やっぱり眉が下がって、困惑が顔に出てしまう。隆平も同じように、眉を下げていた。
「うーん、どこから聞いていいのか、分からなくなっちゃうね……」
「ですよね……。でも、本当のところどうなのかは、母さんが教えてくれなかったんです。オレも、中学を卒業したら聞こう、高校を卒業したら聞こう、とずるずる先延ばしにしているうちに、結局聞けなくて……」
「……そっか」
そこから由起也は、父親について覚えていることを、ぽつぽつと話し始めた。
由起也には、父親と暮らした記憶が、確かにある。いつも朗らかな母と、自分と母とのやりとりをニコニコと見守る父。そして、祖母もその横で微笑んでいた。
『お父さんと私はね、大恋愛の末に駆け落ちして結婚したのよ』
『おばあちゃんも一緒にいるんだったら、駆け落ちって言わないんじゃない?』
『あらぁ! もうそんなことが分かる歳になったのね』
そんな話をした記憶があって、だから父さんと母さんは仲良しなんだ、と思って子供心に嬉しかったのも覚えている。
おばあちゃんは、父さんのお母さんだ。左脚が悪くて少し引きずっていて、由起也が小学校に上がった頃から買い物にも行くのが辛そうだった。学校から帰った由起也の相手をしてくれるのもおばあちゃんで、由起也が学校であったことを一生懸命に話すのを、夕飯の支度をしながら聞いてくれていた。
けれど、そのおばあちゃんが由起也が小学3年生の時に亡くなった。なぜ亡くなったのか、由起也は覚えていない。胸が苦しいと病院に行ったらそのまま入院となり、2ヶ月ほどで亡くなってしまったのだ。
そして――、父さんが帰ってこなくなったのは、おばあちゃんが亡くなってから半年ぐらい後のことだった。
ある日、夜になっても父さんが帰ってこないので、母さんにそれを尋ねたら、
『お父さん、大事な用事を済ませに行ってるの。きっと明日には帰ってくると思うから』
と母さんが言ったから、そのまま会えなくなるなんて、由起也は思いもしなかった。
けれど、1週間経っても、1ヶ月経っても、父さんは帰ってこなかった。
おばあちゃんが亡くなって、そして父さんもいなくなって、由起也はとても寂しかった。
ある日、学校から帰ると、母さんが座り込んで泣いていた。髪はボサボサで、服の片袖がちぎれかけていたし、ズボンの側面にベッタリと泥がついていたのを覚えている。
静かに啜り泣く母さんに由起也が声をかけると、ぎゅっと抱きしめられた。そして、母さんは声を上げて泣き始めたのだ。母さんのその引き絞るような泣き声を聞いた由起也は「あ、父さんは死んだんだ」と直感的に思ったのだった。
「だから、父さんが死んだことを、ちゃんとは確認してないんです」
「でも、戸籍とか見たら、亡くなったかどうか、書いてあるんじゃないの?」
「そう、そこなんです。オレがますます訳がわからなくなったのは」
母が死んだのは由起也が大学1年生の夏、今から2年前のことだ。
手続き関係で戸籍謄本が必要になり、役所で発行してもらったものを見て、由起也は驚愕した。
そこには、父親の名前がそもそも書かれていなかった。白石の家には、母︎・幸歌、長男・由起也の名前しかなかったのだ。
父さんと母さんは結婚してなかったということ? じゃあ、一緒に暮らしていたのは誰なのか? おばあちゃんは?
「もう、オレ、何が何だかわからなくなって……。なんで父さんと母さんは入籍してなかったのか、どうしてオレは認知すらされてないのか……。あんなに仲良く暮らしてたのに……」
由起也はもう割り切ったつもりでいたから、ここまで淡々と話してきたつもりだった。けれど、話したことで蓋をしていた気持ちが溢れてしまい、最後は声が震えてしまった。
ああ、そっか。オレ、やっぱり辛かったんだ……。
そう思った瞬間、由起也の体がふわりと温かいものに包まれた。隆平がその長い腕で、由起也を柔らかく抱きしめてくれたのだ。
「……よく、頑張ったね。由起也」
隆平の声は低く落ち着いていて、とても柔らかかった。その響きに胸の奥がゆるみ、気づけば涙がこぼれていた。
由起也は、静かに泣いた。
隆平の顔を見ながら、由起也はそう言った。しっかり話そうと思ったのに、やっぱり眉が下がって、困惑が顔に出てしまう。隆平も同じように、眉を下げていた。
「うーん、どこから聞いていいのか、分からなくなっちゃうね……」
「ですよね……。でも、本当のところどうなのかは、母さんが教えてくれなかったんです。オレも、中学を卒業したら聞こう、高校を卒業したら聞こう、とずるずる先延ばしにしているうちに、結局聞けなくて……」
「……そっか」
そこから由起也は、父親について覚えていることを、ぽつぽつと話し始めた。
由起也には、父親と暮らした記憶が、確かにある。いつも朗らかな母と、自分と母とのやりとりをニコニコと見守る父。そして、祖母もその横で微笑んでいた。
『お父さんと私はね、大恋愛の末に駆け落ちして結婚したのよ』
『おばあちゃんも一緒にいるんだったら、駆け落ちって言わないんじゃない?』
『あらぁ! もうそんなことが分かる歳になったのね』
そんな話をした記憶があって、だから父さんと母さんは仲良しなんだ、と思って子供心に嬉しかったのも覚えている。
おばあちゃんは、父さんのお母さんだ。左脚が悪くて少し引きずっていて、由起也が小学校に上がった頃から買い物にも行くのが辛そうだった。学校から帰った由起也の相手をしてくれるのもおばあちゃんで、由起也が学校であったことを一生懸命に話すのを、夕飯の支度をしながら聞いてくれていた。
けれど、そのおばあちゃんが由起也が小学3年生の時に亡くなった。なぜ亡くなったのか、由起也は覚えていない。胸が苦しいと病院に行ったらそのまま入院となり、2ヶ月ほどで亡くなってしまったのだ。
そして――、父さんが帰ってこなくなったのは、おばあちゃんが亡くなってから半年ぐらい後のことだった。
ある日、夜になっても父さんが帰ってこないので、母さんにそれを尋ねたら、
『お父さん、大事な用事を済ませに行ってるの。きっと明日には帰ってくると思うから』
と母さんが言ったから、そのまま会えなくなるなんて、由起也は思いもしなかった。
けれど、1週間経っても、1ヶ月経っても、父さんは帰ってこなかった。
おばあちゃんが亡くなって、そして父さんもいなくなって、由起也はとても寂しかった。
ある日、学校から帰ると、母さんが座り込んで泣いていた。髪はボサボサで、服の片袖がちぎれかけていたし、ズボンの側面にベッタリと泥がついていたのを覚えている。
静かに啜り泣く母さんに由起也が声をかけると、ぎゅっと抱きしめられた。そして、母さんは声を上げて泣き始めたのだ。母さんのその引き絞るような泣き声を聞いた由起也は「あ、父さんは死んだんだ」と直感的に思ったのだった。
「だから、父さんが死んだことを、ちゃんとは確認してないんです」
「でも、戸籍とか見たら、亡くなったかどうか、書いてあるんじゃないの?」
「そう、そこなんです。オレがますます訳がわからなくなったのは」
母が死んだのは由起也が大学1年生の夏、今から2年前のことだ。
手続き関係で戸籍謄本が必要になり、役所で発行してもらったものを見て、由起也は驚愕した。
そこには、父親の名前がそもそも書かれていなかった。白石の家には、母︎・幸歌、長男・由起也の名前しかなかったのだ。
父さんと母さんは結婚してなかったということ? じゃあ、一緒に暮らしていたのは誰なのか? おばあちゃんは?
「もう、オレ、何が何だかわからなくなって……。なんで父さんと母さんは入籍してなかったのか、どうしてオレは認知すらされてないのか……。あんなに仲良く暮らしてたのに……」
由起也はもう割り切ったつもりでいたから、ここまで淡々と話してきたつもりだった。けれど、話したことで蓋をしていた気持ちが溢れてしまい、最後は声が震えてしまった。
ああ、そっか。オレ、やっぱり辛かったんだ……。
そう思った瞬間、由起也の体がふわりと温かいものに包まれた。隆平がその長い腕で、由起也を柔らかく抱きしめてくれたのだ。
「……よく、頑張ったね。由起也」
隆平の声は低く落ち着いていて、とても柔らかかった。その響きに胸の奥がゆるみ、気づけば涙がこぼれていた。
由起也は、静かに泣いた。
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