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前編
悪魔の侵入3
しおりを挟む風呂が長い、と気付いたのはリュツィフェールが先だった。普段から二人で入ることから、少し長湯なところはあったのだが、それでもおかしいと言えば、胸騒ぎを感じ取ったのはアルトゥスだ。
楽園に来て、自分達が以前よりも緩んでしまったと気付いたところで、すでに遅い。急いで向かった風呂場は、微かに魔の気配がした。
「バカな…いつのまに悪魔が」
いや、と思う。むしろ、楽園などという主がいる宮殿内に入り込む悪魔がいるとは思わなかったのだ。
簡単に入れる場所でもないはずだと。
結界のようなものを感じ取れば、リュツィフェールが容赦なく壊して中へ。
その惨状に言葉を失ったのは一瞬で、すぐさまアルトゥスが悪魔を斬り捨てた。
「ウィリディス! くそっ」
気を乱して死にかけている状態に、自分の気を送り続けて落ち着かせる。襲われ、壊れかけている状態だとわかれば、護れなかったと床を殴りつけた。
「リュツィフェール! そっちは!」
同じように、気を乱して弱り切っているラピエールへ視線を向ければ、リュツィフェールが険しい表情で首を振る。
どちらも状態は最悪と言っていいだろう。
事態を知ったストゥルティとルーメンも風呂場までやってくると、さすがに自分はまずいと、タオルをルーメンに持っていかせる。
成人している自分が、未成年の性別が定まっていない二人の裸を見ていいのか躊躇したのだ。
「ウィリディス……」
誰の目から見ても明らかにやばい状態。言葉を失うルーメンに、身体を拭く手伝いを頼む。悪魔に触られた身体を早くきれいにしたいと。
「大丈夫、だよな……」
不安げに見てくる姿を見て、ルーメンにとっても大切な幼馴染みなのだと痛感する。ここまで追いかけてくるほどに、ウィリディスは大切なのだと。
「絶対に死なせたりしねぇ。俺に任せろ」
真っ直ぐに見れば、少し安心したのだろう。すぐさま身体を拭く手伝いを始めた。今はアルトゥスを信じるしかないのだ。
(大丈夫……だって、こいつはウィリディスを大切にしてくれてるから……)
だから、死んだりしない。自分の前からいなくならないと言い聞かせながら、ルーメンはウィリディスの身体をきれいにしていく。
タオルで身体を包むと部屋へと連れていくアルトゥスを見送り、今度はラピエールだとルーメンが動く。
こちらの方が少しはマシだなと思うが、それでもいい状態ではない。同じように悪魔に襲われた姿に、早くきれいにしてやろうとリュツィフェールを見る。
「いいか?」
触れていいかと問いかければ、頼むと一言返ってきた。
彼がなにを考えているのかよくわからなかったが、この瞬間で十分にわかる。リュツィフェールもアルトゥスと同じだと。
ラピエールを大切に想っている。だからこそ、今尋常ではないほどに機嫌が悪い。己の迂闊さに腹を立てているのだ。
「ストゥルティ!」
姿を見ないようにと距離を置くストゥルティに呼びかけ、今後の対策を決めると言う。
「このままここを調べろ。どこかに悪魔が出入りできた場所があるはずだ」
「……わかった。それは俺が適任だろうから」
自分だからこそわかるなにかを求められている。ならば、探ってみせると頷く。嫌いな力ではあるのだが、今回は役立つなら使おうと。
リュツィフェールもそれは知っているからこそ、申し訳ないという気持ちになる。
しかし、彼にしか頼めないことなのだ。魔を追うことに関しては、間違いなく自分よりも長けているから。
「調べ終わったら、それを片付けておいてくれ」
アルトゥスが殺した悪魔の死体。このままにはしておけないし、この風呂場もどうにかしなくてはいけない。
本当なら、風呂場自体を作り変えるぐらいのことがしたいと思っていたほどだ。そうでなければ、あの二人は風呂に入ることができなくなってしまうかもしれない。
(心に深い傷を作ってしまった……)
あの笑顔が翳ってしまうかもと思うと、この事態を招いた愚かさを呪いたくなる。
三人ともが、楽園での生活で緩んでいたという自覚があった。平和慣れしてしまったのだ。
その結果が招いた出来事であり、警護という仕事を受けている身としては、やってはいけないミスをした。
「気を引き締め直せ。どうやら、この楽園は簡単に悪魔が入れるらしいからな」
ありえないことだ、とさすがに思っている。主は天界の最高神だ。その膝元に悪魔が入れるなんて、普通ではない。
なにかしらの裏があるはずだ。
中にいると情報は入らない。アルノームを外へ置いたのは正解だったと思う。調べてもらうべきだ。
「ルーメン、明日の朝一で食材が来たら、アルノームに調べられないか問いかけておいてくれ」
「……わかった! あいつなら外にいるから、きっとできる!」
ルーメンも、中に入ってしまったからこそわかる。ここは情報が遮断されていて、なにもわからないのだと。
けれど、アルノームは外から手を貸してくれる仲間。きっとなにかしら調べてくれると思えた。調べなくてはいけない。
二度と同じようなことが起きないように。今度こそ大切な幼馴染みを護るのだ。
基本的に誰も信じないリュツィフェールだが、ウィリディスを護りたいと願うルーメンは、なんとなくだが信じていいかと思えるようになっていた。
そこに、ストゥルティと同じかもしれない、という部分があることも否定はできない。
忌み嫌う翼を広げると、無造作に羽根を抜く。
「持っておけ。なにかのときに役立つ。お前は未成年だからな」
いざというときに使えと渡されれば、驚いたように見る。
この行動に驚いたのはストゥルティも同じだ。リュツィフェールがこのようなことをするとは、さすがに思っていなかった。
「相手が悪魔となれば、不測の事態を考えて動くべきだ。ストゥルティの力はわかっているが、ルーメンに関してはわからないからな」
念のためだと言われれば、ありがとうと見る。未成年の自分は、間違いなくこの中で一番弱いとわかっているのだ。
すべてにおいて不安定な状態では、力もそれほど強く使うことができない。一応、ある程度は戦えるように鍛えているのだが、成人している三人には遠く及ばないだろう。
「できれば、一人行動もするな。これ以上なにかあると手が回らない」
「そこは俺が見る」
ちょうどいいだろ、とストゥルティが言えば、そうだなと答えてからラピエールを抱えて立ち上がる。
しばらくはこちらにかかり切りだろう、と伝えれば、あとは自分達でどうにかすると力強い視線を返す。
「まずはここから、か……」
リュツィフェールが出ていくと、やるかとストゥルティの視線は鋭くなる。絶対に悪魔が侵入した場所を見つけてみせるというように。
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