堕天使の愛

朱璃 翼

文字の大きさ
29 / 69
前編

なにをしても…

しおりを挟む

 一日一回、気を送り込みながら手を握り締める日々。未成年の天使は不安定だと聞かされていたが、自分はそうではなかったことから気にしたことはなかった。

 こうまでも壊れやすいのかと、意識の戻らないウィリディスを見ながら思う。

 どこかで安心しきっていた自分がいた。最高神である主の膝元なら、それほど危険なことはないだろうと。

 平和な日々に、警戒心が薄れてしまったのは自分の落ち度だ。忘れてはいけないと、アルトゥスは気を引き締め直す。

 自分といることで誰かを危険に晒すこともある、と思いだした。

(それにしても、なぜ悪魔が……)

 これが一番あり得ないと、表情が険しくなる。

 自分達が魔界の最下層に行くようなものだ。普通ならそのようなことをしようなど思わない。けれど、あの悪魔は普通にやってきた。

(強くはなかった。俺が簡単に殺せるほどだ)

 悪魔といえど、強さは個人差がある。本当に強い者なら、さすがに自分でも歯が立たないだろうとわかっているのだ。

 どれだけ力があったとしても、アルトゥスは経験がないのだから。

 風呂場に入ったときの光景が忘れられず、血が流れるほど手を握り締めたのは、すでに数えきれないほどだ。

 悪魔への怒りで今すぐ飛び出したくなる衝動に襲われては、ウィリディスから離れるわけにはいかないと言い聞かせる。

 涙で濡れていた顔を見れば、どれだけ助けを求めたのかもわかるというもので、気付かなかった自分にまた腹を立てる。

「アルトゥス…」

 考えすぎていたのか、気遣うような声にハッと顔を上げた。

「ストゥルティか…」

 どうしたと問いかければ、傍に置かれた食事にそんな時間だったかと息を吐く。

 現状として、リュツィフェールもラピエールの傍にいることから、それ以外のことをすべて彼がやっている。

「ラピエールが目を覚ましたみたいなんだけど…」

 口ごもる姿に、状態が悪いのだろうということはわかった。当然だとすら思う。悪魔に襲われて、平気なわけがない。

 なにがあったのか知りたいところだが、知ったところでと思う気持ちの方が強かった。知ってもこの気持ちが治まるわけではない。

 少しだけ状況がわかったと言われ、話ができたのかと視線が向く。

「うなされてるんだ。起きて気を乱し、リュフェが治して眠る。夢であのときのことを見るみたいで、うなされて起きる。この繰り返しだって」

 断片的にうなされているときの言葉で、なにがあったのかわかってきたところだと言われ、そうかと小さく呟く。

 それだけ深く刻まれてしまったのかと、アルトゥスは俯く。

「ウィリディスが、ラピエールを護ったみたいだ。最初に襲われたのはラピエールだった」

 おそらく、壊れそうになって助けようと動いたのだろう。結果として、ウィリディスが壊れる寸前までいってしまった。

 いや、壊れかけている状態だと、三人ともがわかっている。アルトゥスが繋ぎとめているが、戻ってきてくれるかはわからない。

「ごめんって、ずっと謝ってる。ウィリディスにだと思う」

「あいつのせいじゃねぇのに……」

「うん。これは、俺達のミスだ……。悪魔の侵入経路はわかった。ひとまず、そこは抑えてあるんだけど」

 他にもあるかもしれないと言えば、ストゥルティは部屋から出ていった。そういった場所をすべて洗い出すつもりなのだろう。

 優しく頬に触れ、唇を重ねる。癒すように気を流し込むアルトゥスは、ひたすらに願い続けた。目を覚ましてくれと。

「ラピエールを護ったんだな…お前も怖かったはずなのに……」

 よく頑張ったな、と頭を撫でる。楽園にいる時点で、ウィリディスには戦う術など持ってはいない。それでも立ち向かったのだと思えば、誇らしいことだ。

(頼む……)

 やっと手に知れた温もりを奪わないでくれ、とアルトゥスの頬を涙が伝う。

 リュツィフェールやストゥルティが大切なことは事実だが、それとはまったく違うのだ。ウィリディスの存在は、もはや自分のすべてに変わっていた。

 失うことがあれば、その原因となったものをすべて焼き払いに行ってしまうかもしれない。誰かに殺されるまで、感情のままに暴れてしまうだろう。

「ウィリディス……」

 抑えられない感情と涙。願いを込めるように唇を重ね、気を送る。

 目を覚ますなら、自分のすべてを与えてもいいとすら思っていた。己の命と引き替えてもいいとすら思ってしまったのだ。

「ん…」

「ウィリディス?」

 微かに反応があったようなと離れれば、ぼんやりとした眼差しが自分を見ている。見てくれていた。

 たったそれだけで、心が歓喜する自分に驚く。

「よかった…」

 さらに溢れ出る涙を拭うこともせず、ぎゅっと抱きしめるアルトゥス。失わずに済んだ温もりに、愛しさだけが増していく。

「アル…トゥス……」

 驚いたように見るウィリディスが、温もりを確認するよう背に腕を回す。本物だとわかれば、助けてくれたのも夢ではないと知れる。

「お願い…俺を…抱いて……」

 きれいにして、と言われれば、アルトゥスには拒否することができなかった。成人前の天使に手を出す真似だけは、と思っていたが、悪魔に触れられた身体をきれいにしてと言われれば、ダメなど言えるわけがない。

「元気になったらな。今のウィリディスは、弱ってるから…」

「約束、だからな……」

 どことなく縋るような目に、それでウィリディスが少しでも癒されるなら、と約束する。刻まれた深い傷は一生残るだろうが、少しでも忘れられるなら、望むままに抱こうと思った。




.
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

遊び人の侯爵嫡男がお茶会で婚約者に言われた意外なひと言

夢見楽土
恋愛
侯爵嫡男のエドワードは、何かと悪ぶる遊び人。勢いで、今後も女遊びをする旨を婚約者に言ってしまいます。それに対する婚約者の反応は意外なもので…… 短く拙いお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。 このお話は小説家になろう様にも掲載しています。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...