堕天使の愛

朱璃 翼

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前編

覚醒の兆し2

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 こうなってくると、どうやって揺るがしたのかもわかる。ラピエールはリュツィフェールに抱かれたと言うだけで、ウィリディスは簡単に揺らいだだろう。

 ただでさえ、未成年の天使は力がうまく使えないというのに、楽園にいたウィリディスには使い方すら教えられていない。

 武力もなければ、力を使うこともできない無防備な天使。こうなるように仕向けられているとわかっているが、自分達が知った時点でもっとしっかりと動くべきだった。

「くそっ」

 結界でなんとかなると思った自分の愚かさに苛立ちながら、この悪魔を逃すわけにはいかないと睨みつける。

「返して……ウィリディスを返してよ!」

 リュツィフェールにぎゅっとしがみついたまま、それでも悪魔になど負けるものかと睨みつけるラピエール。こんな奴に、と震える身体で立ち向かう姿に、リュツィフェールの視線がストゥルティに向けられた。

 意味を察したストゥルティが頷くと、その姿がスッと消えていく。

「悪いが、俺もこれは気に入っていてね。返すつもりはない」

 このまま持ち帰って、毎晩愛でるのだと言えば、我慢の限界だったアルトゥスから炎が溢れだす。翼までが燃え盛るのを見れば、炎の化身なのではないかと思うほどだった。

 盾があれば問題ないと思っていた悪魔が、さすがにこれはやばいかもしれないと表情を変える。それほどまでにも、アルトゥスの力は強かったのだ。

 どうするかと考えた次の瞬間、いつの間にか背後に潜んでいたストゥルティに慌てる。

「お前…魔とのハーフか」

 それも、姿を消すことに長けているなにかの血を引いているとわかれば、仕方ないかと手元を見た。これを連れて出ることより、己の命が大事だと判断したのだ。

「この抜け殻がそんなに大事だっていうなら、返してやるさ。ほらよっ」

 放り投げられた身体に、全員の意識がそちらへ向けられる。慌てたように受け止めるアルトゥスと、駆け寄るラピエール。

 ラピエールを護るために動くリュツィフェール。背後にいるストゥルティだけなら問題ないと、逃げる姿勢を見せた悪魔は、ここにはもう一人いるのだと失念していた。

「ゆる…さ…ねぇ……ウィリディスをこんなんにしやがって……許さねぇ!」

 ルーメンの目が怪しく輝きだすと、同じように水色の翼が光りだす。

 微かに吹き始める冷風が、室内の温度を下げていく。完全に暴走しているのだ。

 さすがに想定外なことから、悪魔の動きが止まった。同時に、ストゥルティの意識がルーメンへと向けられる。

 彼はなにが起きたのかわかったのだ。堕天使となったことで、ルーメンの中に眠っていた魔の力が目覚めてしまったのだと。

 このままだと怒りで敵味方関係なく襲う。止めろとリュツィフェールの視線が語り掛ければ、わかっていると頷く。あれをどうにかするのは自分だと。

 ここを動けば悪魔に逃げられることは間違いないが、今優先することは二人を連れ出すことであり、悪魔を倒すことではない。

 室内が凍り付いていく様子から、寒さに震えるラピエール。翼で包み込むリュツィフェールが、視線をウィリディスへと向けた。

 燃え盛るアルトゥスの炎が傷つけることはなく、感情でこの炎は動くのかもしれないと、新しい発見をする。

 ストゥルティがすぐさま近寄り、ルーメンを気絶させれば冷気は落ちついたのだが、当然だが悪魔の姿もなくなっていた。

 一度だけ抱き締めると、任せると視線だけで語り掛けて抜け出す。このまま悪魔を追うつもりなのだ。彼自身、許せないと思っているとわかれば、ならば自分達はこちらだとリュツィフェールは考える。

 天使は気がないと生きていけないと言われていた。どこからどうみても、ウィリディスは根こそぎ奪われてしまっている状態。

 わかっているから、必死になってアルトゥスが気を送り込んでいるが、送り込める気には限界があるのだ。このままでは助からない。

 アルトゥスがどれほど強かろうと、気の問題になってしまえば無理だろう。

 その上、ウィリディスの身体は魔の力に侵されている。こちらもどうにかしなければ、助けたということにはならない。

「ウィリディス…」

 虚ろな視線は空へ向けられていて、アルトゥスを見てはいなかった。

「ウィリディス…俺を見ろ……」

 眠ったまま目を覚まさなくなったということは、悪魔がなにかをしようとしていると気付いて、せめての抵抗だったのだろう。

 無力ながらに戦おうとしたのだとわかれば、褒めてやりたい。同時に、どれだけ助けを求めていたのかと苦しくなる。

 間違いなく、ウィリディスは自分へ助けを求めていたはずなのだ。一体、何度同じことを繰り返すのか。己の愚かさに反吐がでると、身体を強く抱きしめた。

 必死に呼びかけ、何度も気を送り込む。どれだけ繰り返しても変化はなく、アルトゥスにも助けられないとわかっている。

 もう手遅れなのだとわかっていても、それでも自分が諦めてしまったら本当に終わってしまう。やっと手に入れた温もりを失いたくはない。

 だから、助けられないとわかっていても微かな可能性に賭けるしかないのだ。

「頼む…頼むから……俺を見ろ。ウィリディス!」

 どうしたら自分を見てくれるのか。魔の力に侵された身体を戻す方法はないのかと必死に考える。これを解決すれば、少なくとも自分を見てくれるかもしれない。

(俺は忌み子だから……だからいけねぇのか……)

 楽園がどういう場所なのか、などということよりも、忌み子の自分と関わってしまったからいけなかったのかもしれないと、考えてしまう。

 そうじゃない。ここはそういう場所なのだとわかっている。悪魔に天使を捧げている場所だとわかっていても、それでも自分がいけないのだという考えが消えることはない。

 忌み子という言葉が、どこまでもアルトゥスのことを縛り続けていた。




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