堕天使の愛

朱璃 翼

文字の大きさ
61 / 69
前編

悪魔との交流3

しおりを挟む

 暗闇の中、一筋の光が差しこんでラピエールが現れた。自分はラピエールに助けられたのだと、ウィリディスは理解している。

 けれど、目を覚まし先にラピエールの姿はない。あの笑顔が見られると思っていたのに、なぜかいないのだ。

「目を覚ましたか…」

 聞こえてきた声はアルトゥスのもので、視線を向けるとどこか疲れ切っていた。どれほど彼に心配をかけたのだろうか。

 申し訳なくなると同時に、ウィリディスは自分の身になにが起きていたのかすべて思いだしていた。

「アルトゥス…」

 ずっと会いたいと思っていた彼が目の前にいる。夢の中で悪魔に見せられていた幻ではない。自分がずっと想い続けてきた、現実のアルトゥスだ。

「ラピは……」

 一緒にいてくれると思っていた人物がいない。どうしたのかと問いかければ、アルトゥスの表情が曇る。そのまま視線が逸らされるのと、どこからか聞こえてくる破壊音。

「……悪い。リュツィフェールが荒れててな」

 小さく呟かれた言葉で、ウィリディスはすべてを差した。ラピエールがなぜいないのか、どこにいるのかはわからないが、それでリュツィフェールが荒れ狂っているのだと。

 それでも自分が完全に大丈夫とわかるまでは、ここに留まってくれているのだとも。

「ウィリディス…ごめん……。お前を護れなくて……」

 苦しそうな表情で、けれど今にも泣きそうなアルトゥスを見て、彼がどれだけ心配してくれていたのかわかる。自分をどれだけ想ってくれているのか。

 忌み子として愛情を得ることのできなかったアルトゥスが、自分に向けてくれる愛情。

「アルトゥス…」

 気にするな、と言うことはできない。言ったところで、彼の気持ちを軽くすることはできないとわかっているからだ。

 自分も悔しいと思ったが、彼も悔しいと思っている。それがわかり、どこかで嬉しいと思う気持ちがあることに驚く。

 おそらく、自分とはまったく違う遠い存在と思っていたアルトゥスが、自分と同じだと知れたからだろう。

「なぁ、約束……」

 覚えているかと問いかける。今する話ではないのかもしれない。それでも、早くと思ってしまうのは悪魔に汚されたからだろう。

 約束した。元気になったら、悪魔に触れられた身体をきれいにしてもらうと。叶えてくれないのかと、視線だけで問いかける。

「フッ…」

 ここでその話をするのか、と呆れたような笑み。どのような笑みでも、笑ってくれたことにウィリディスは嬉しくなる。

 今だけ、女になっていいだろうか。ラピエールのお陰なのか、身体は完全に回復しているウィリディスが見上げれば、アルトゥスが笑みを浮かべたまま頷く。

 気持ちは十分に理解しているつもりだ。本人が望むなら、拒む理由はどこにもない。むしろ、自分が未成年だからとこだわっていなければ、これは避けられたかもしれないのだ。

 もちろん、あの悪魔の行為をというだけであり、他の悪魔がやってきた可能性も十分にあり得る。

「恥ずかしい…」

「お前が言ったんだろうが」

 別に女じゃなくてもいいとアルトゥスが言えば、自分がこうしたいのだと返すウィリディス。それでも、いざとなると恥ずかしくなってしまったのだろう。

 ラピエールならどのような状態でも裸を見せられたのだが、アルトゥスにとなると無理だった。

 中途半端な身体も恥ずかしいが、女の身体も恥ずかしい。どちらでも恥ずかしいなら、結局は同じではないかと思うのだが、違うとも思ってしまう。

 この感情はどうしたらいいのだろうか、と身体を隠しながら見る。

 困ったような表情を浮かべたのは一瞬で、アルトゥスが容赦なく布団を剥ぎ取ると、服へ手を伸ばした。

 触れられると思った瞬間、ウィリディスの身体は強張る。胸がドキドキと高鳴る反面、呼吸が妙に浅く息苦しくなっていく。

「緊張しているか?」

「う、うっせぇよ」

 緊張なんてしていないと強がるが、自分でもどこかがおかしいと感じている。よくはわからないが、なにかがおかしいのだ。

 変な話だが、夢の中とはいえ悪魔に散々抱かれている。抱かれるという行為は初めてではない。なのに、どうしてと微かに視線が泳ぐ。

 アルトゥスも軽口を叩くわりには、どこか慎重になっている。薄々察しているのだろう。

 優しく頬に触れた手が、そのまま顎を持ち上げると唇を重ねる。

「んっ…ふっ…」

 咥内を犯す舌に、ウィリディスがもっとと思いながら、やめてくれと思ってしまう。待ち望んでいたはずなのに、どうしてと困惑すれば、空いている手が胸に触れて身体が跳ねた。

 次の瞬間、ハッとしたように離れるアルトゥスに、なぜやめるのかと視線を向ける。

「やめよう、ウィリディス」

「なんで! 約束しただろ!」

 どうして触れてくれないのか。悪魔に汚された自分では、いやなのかと涙が溢れた。

「身体が震えてる」

「えっ…」

 言われてから、ようやく異変の正体に気付く。自分の身体が震えている理由など、言われなくてもわかるもので、拒絶しているのだ。

 相手がアルトゥスだから大丈夫ではなく、そういった行為を完全に受け入れられなくなっていた。

「どうして……」

 自分の手がガタガタと震える様子に、やっとアルトゥスに触れてもらえたのにと涙を流し続ける。その姿を見ながらアルトゥスも痛ましげに見ることしかできない。

 こうなるほどに、ウィリディスが深い傷を負っているということ。これは簡単に癒えるものではなく、むしろ癒えるのかと聞きたくなるほどだ。

「俺……アルトゥスを受け入れられないのか……」

 汚された以上の苦痛はないと思っていたが、愛する人を受け入れられないというさらなる絶望がやってくるなど、誰が思うだろうか。

 絶望しかないのなら、あのとき死んでいればよかったとすら思っていれば、休もうと促される、今はゆっくり休むべきなのだと。

「……うん」

 ゆっくり休めば、元に戻るだろうか。戻らなかったら、そのとき自分が耐えられるのかと、ウィリディスは悪い方向にしか考えられなくなってしまった。

(ラピ…)

 こんなときは、ラピエールに話を聞いてもらいたい。どこにいるのか、と俯いた。




.
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

辺境伯と幼妻の秘め事

睡眠不足
恋愛
 父に虐げられていた23歳下のジュリアを守るため、形だけ娶った辺境伯のニコラス。それから5年近くが経過し、ジュリアは美しい女性に成長した。そんなある日、ニコラスはジュリアから本当の妻にしてほしいと迫られる。  途中まで書いていた話のストックが無くなったので、本来書きたかったヒロインが成長した後の話であるこちらを上げさせてもらいます。 *元の話を読まなくても全く問題ありません。 *15歳で成人となる世界です。 *異世界な上にヒーローは人外の血を引いています。 *なかなか本番にいきません

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLの白瀬凛は、過労死した翌朝、異世界の侯爵令嬢アリア・ヴェルナーとして目を覚ました。   転生初日。 婚約者であるシュルツ公爵令息から、一方的に告げられる。   「君は無能だ。この婚約は破棄する」   行き場を失ったアリアが選んだのは、王城のメイドに志願すること。 前世でブラック企業に鍛えられた凛には、武器があった。 ——人を動かす技術。業務を改善する知識。そして、折れない心。   雑用メイドからスタートした凛は、現代の知識を武器に王城を変えていく。 サボり魔、問題児、落ちこぼれ——誰もが見捨てたメイドたちが、次々と凛に懐いていく。   そして転生からわずか一年。 凛は王城に仕える500人のメイドを束ねる、史上最年少メイド長となっていた。   「——なぜ、君がここに」   国王主催の晩餐会。 青ざめた顔で立ち尽くす元婚約者の前で、500人のメイドたちが一斉に頭を下げる。   「アリア・ヴェルナー・メイド長。晩餐会の準備が整いました」   私を捨てたあの日、あなたの後悔も始まっていたのです。 ——もう、遅いですけれど。

処理中です...