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黒髪の少年
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「ただいま」
太陽が沈む前に家に帰れたことにヴァンは安堵した。
「おう」
祖父が出迎えてくれた。ヴァンはこの家に祖父のガニアン・ロアーと二人で暮らしていた。両親の記憶はなかった。ガニアンは五十を過ぎていたが引き締まった身体をしていて、隙が無く精悍な印象を与えていた。ヴァンはどこかおっとりした風貌をしているのでガニアンとは全く似ていなかった。
「それで、うまくいったのか?」
「うん。ほら」
ヴァンはそう言って紙に包まれた小鹿の肉をオーク材でできたテーブルの上に置いた。売らずにとっておいたものだ。その肉を見てガニアンは、やるじゃないかと言ってヴァンを褒めた。そして無造作に肉の塊を掴んでキッチンまで行き、肉を一口ほどのサイズに切った後、鍋の中に入れていった。どうやらスープにするようだ。
ヴァンは祖父の動きを目で追っていた。無駄のない所作に密かに憧れていた。
「風呂、入るだろ?」
ヴァンはうなずいて浴室に向かった。体を洗って湯船に浸かると、疲れのせいかそのまま眠ってしまいそうになったがなんとか我慢した。浴室から出るとテーブルの上に夕食が並んでいた。もちろん小鹿のスープもあった。ガニアンは米を蒸留して作った酒を熱燗にして呑んでいた。ガニアンは毎日この酒を呑む。たまにお前も飲むか? と誘ってくるが、酒の味はよくわからないので、ヴァンはいいよと言って断っていた。
夕食の席に着くと、もくもくと食べ始めた。会話の弾む食卓ではないがヴァンはこの静かな雰囲気が好きだ。しかし、無言すぎるのもどうかと思ったので話題を振ってみることにした。
「ねぇ、聖母の森に魔女が住み着いているんだってさ」
魔女? とガニアンが聞き返す。
「そう魔女。市場で肉屋のおじさんが言ってたんだ」
ガニアンは引退したものの、街のギルドに所属していたことがあり、治安を守る仕事もしていたことがあった。そのことからヴァンは祖父がこの話題に興味を持つと思った。そして思った通り、何か考えを巡らしているようだった。ガニアンは考える時の癖で、手をあごにもっていきその姿勢のまましばらく黙っていた。
「ヴァン、会いに行ってみろ」
とうとつな祖父の言葉にヴァンは飲んでいたスープを吹き出して驚いた。
「えぇっ? 何で?」
ヴァンは予想していなかった展開に戸惑った。ガニアンはそんな孫を見てニヤニヤしている。ヴァンは思い出した。この困った祖父は孫の困った様子が大好きなのだ。そもそも今日聖母の森に一人で行く羽目になったのも、この祖父の行って来いよの一言であった。
「ロクでもない魔女だって噂だよ? それにゴリラみたいな、いかつい野郎で男を捕まえて……、そう! 男を捕まえて自分の花婿にしてしまうんだ!」
ヴァンは多少話を盛りながら抵抗を試みる。
「噂だろ? 会ったわけじゃない。実際に接してみなけりゃ人のことなんて判らんさ。そこんとこの判断を人任せにしていたら、くだらん男にしかなれんぞ?」
そこまで言われたらヴァンの負けだった。観念して、わかったよと言うしかなかった。話題を振ったことを後悔しているヴァンの目の前でガニアンは嬉しそうに酒をあおった。
太陽が沈む前に家に帰れたことにヴァンは安堵した。
「おう」
祖父が出迎えてくれた。ヴァンはこの家に祖父のガニアン・ロアーと二人で暮らしていた。両親の記憶はなかった。ガニアンは五十を過ぎていたが引き締まった身体をしていて、隙が無く精悍な印象を与えていた。ヴァンはどこかおっとりした風貌をしているのでガニアンとは全く似ていなかった。
「それで、うまくいったのか?」
「うん。ほら」
ヴァンはそう言って紙に包まれた小鹿の肉をオーク材でできたテーブルの上に置いた。売らずにとっておいたものだ。その肉を見てガニアンは、やるじゃないかと言ってヴァンを褒めた。そして無造作に肉の塊を掴んでキッチンまで行き、肉を一口ほどのサイズに切った後、鍋の中に入れていった。どうやらスープにするようだ。
ヴァンは祖父の動きを目で追っていた。無駄のない所作に密かに憧れていた。
「風呂、入るだろ?」
ヴァンはうなずいて浴室に向かった。体を洗って湯船に浸かると、疲れのせいかそのまま眠ってしまいそうになったがなんとか我慢した。浴室から出るとテーブルの上に夕食が並んでいた。もちろん小鹿のスープもあった。ガニアンは米を蒸留して作った酒を熱燗にして呑んでいた。ガニアンは毎日この酒を呑む。たまにお前も飲むか? と誘ってくるが、酒の味はよくわからないので、ヴァンはいいよと言って断っていた。
夕食の席に着くと、もくもくと食べ始めた。会話の弾む食卓ではないがヴァンはこの静かな雰囲気が好きだ。しかし、無言すぎるのもどうかと思ったので話題を振ってみることにした。
「ねぇ、聖母の森に魔女が住み着いているんだってさ」
魔女? とガニアンが聞き返す。
「そう魔女。市場で肉屋のおじさんが言ってたんだ」
ガニアンは引退したものの、街のギルドに所属していたことがあり、治安を守る仕事もしていたことがあった。そのことからヴァンは祖父がこの話題に興味を持つと思った。そして思った通り、何か考えを巡らしているようだった。ガニアンは考える時の癖で、手をあごにもっていきその姿勢のまましばらく黙っていた。
「ヴァン、会いに行ってみろ」
とうとつな祖父の言葉にヴァンは飲んでいたスープを吹き出して驚いた。
「えぇっ? 何で?」
ヴァンは予想していなかった展開に戸惑った。ガニアンはそんな孫を見てニヤニヤしている。ヴァンは思い出した。この困った祖父は孫の困った様子が大好きなのだ。そもそも今日聖母の森に一人で行く羽目になったのも、この祖父の行って来いよの一言であった。
「ロクでもない魔女だって噂だよ? それにゴリラみたいな、いかつい野郎で男を捕まえて……、そう! 男を捕まえて自分の花婿にしてしまうんだ!」
ヴァンは多少話を盛りながら抵抗を試みる。
「噂だろ? 会ったわけじゃない。実際に接してみなけりゃ人のことなんて判らんさ。そこんとこの判断を人任せにしていたら、くだらん男にしかなれんぞ?」
そこまで言われたらヴァンの負けだった。観念して、わかったよと言うしかなかった。話題を振ったことを後悔しているヴァンの目の前でガニアンは嬉しそうに酒をあおった。
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