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黒髪の少年
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黒髪、黒い瞳の少年はゆっくりと矢筒から一本の矢を引き抜いた。少年が左手に持つ弓はカーボン製で光沢のない黒色をしている。その弓の弦は普通であれば、大人でも引くことができないほど強く張られていたが、少年は容易く引き獲物に狙いを定めた。
茂みの中から放たれた矢は風を切りながら四十メートルほどの距離を滑空し、小鹿の胴体に命中した。矢の衝撃に小鹿は七、八メートルほど飛ばされ、樹木に激突して絶命した。
正午を少し過ぎた頃だろうと、少年は太陽の位置を見て推測した。広葉樹の木々の間をゆっくりと風が流れて、時間さえも緩やかに流れているようだった。少年は先程射抜いた小鹿の肉を街で売りさばくために森を後にした。
市場は店の商品を大声で宣伝する店主や、値引き交渉をするおばさん、市場を走り回る子供達で賑わっていた。
市場のいっかくにある精肉店の店先で壮年の男が少年の持って来た小鹿の肉を値踏みしていた。しばらくすると男は肉の塊から少年の方へ視線を移した。少年は期待と不安の入り混じった目で店主を見返す。
「ふむ…‥良い肉だな」
店主の男が良い評価をしてくれたことに、少年はホッとして緊張していた顔が緩んだ。
「聖母の森で仕留めたのか?」
最初にそう説明したのに、と思いながらも少年は答える。
「そうだよ」
「どうやって?」
「弓を使った」
「一人でか?」
「一人で」
店主が何か疑っているような気がして、少年は不安になってきた。しかし、店主の反応は当然のことであった。聖母の森は少年達のいる街の北方に広がる森で、魔獣などの巣窟になっていた。とても少年一人で立ち入れるような場所ではない。
「買うの? 買わないの?」
少年はじれったくなって店主に問いかけた。
「そりゃ買い取るさ。さっきも言ったが良い肉だからな」
店主はそう言ってから、自分が少年に対して不信感を抱いているような態度になっていることに気付き、表情を和らげるように意識した。
「いや、感心してたのさ。聖母の森なんざ今どき猟師でも近づかねぇからな。強力な魔法使いを護衛につけでもしねぇと命がいくつあっても足りやしねぇ。それをお前みたいな子供が一人でとはな」
少年は子供と言われたことに少しムッとしたが、肉を買い取ってくれるならどうという事はないと思った。
「だが気をつけた方がいい。最近では魔女まで住み着いているらしい。どんな野郎かはわからんが、あんな森に住むなんざ、ロクでもねぇ奴に違いねぇ」
魔女というなら性別は女であり、野郎とか、奴というのは文法的におかしいのではないかと少年は思ったが、もしかしたらゴリラみたいな風貌をしたお姉さんかもしれないと勝手に納得した。
「確かにロクでもないね」
店主はちょっと待ってなと言って店の奥の方へと入って行き、すぐに戻ってきた。
「この台帳に名前と住所を記入してくれ。うちは持ち込みをする者を登録するようにしているんだ。商売は信用が大事だからな」
少年は古びた台帳とペンを受け取り、サラッと記入して店主に返した。
「ヴァン・ロアーね。よし、これでヴァンはうちの登録猟師だ。さっきの肉はヴァンが獲った小鹿の肉と明記して店に出すからな」
僕は猟師じゃないとヴァンは抗議したが、肉を持ってくる奴は皆猟師さ、と店主に強引に決められてしまった。まぁいいかと予想より多い金額を手に入れたヴァンは、ご機嫌に店を出た。しばらく歩いた後、また来いよと言ってくれた店主の名前を聞いてなかったことを思い出した。店の看板に『デフィ精肉店』とあったので、きっとデフィが店主の名前かもしれないと思いながら、アップシート市の街道を自宅がある北の方へ歩いた。
茂みの中から放たれた矢は風を切りながら四十メートルほどの距離を滑空し、小鹿の胴体に命中した。矢の衝撃に小鹿は七、八メートルほど飛ばされ、樹木に激突して絶命した。
正午を少し過ぎた頃だろうと、少年は太陽の位置を見て推測した。広葉樹の木々の間をゆっくりと風が流れて、時間さえも緩やかに流れているようだった。少年は先程射抜いた小鹿の肉を街で売りさばくために森を後にした。
市場は店の商品を大声で宣伝する店主や、値引き交渉をするおばさん、市場を走り回る子供達で賑わっていた。
市場のいっかくにある精肉店の店先で壮年の男が少年の持って来た小鹿の肉を値踏みしていた。しばらくすると男は肉の塊から少年の方へ視線を移した。少年は期待と不安の入り混じった目で店主を見返す。
「ふむ…‥良い肉だな」
店主の男が良い評価をしてくれたことに、少年はホッとして緊張していた顔が緩んだ。
「聖母の森で仕留めたのか?」
最初にそう説明したのに、と思いながらも少年は答える。
「そうだよ」
「どうやって?」
「弓を使った」
「一人でか?」
「一人で」
店主が何か疑っているような気がして、少年は不安になってきた。しかし、店主の反応は当然のことであった。聖母の森は少年達のいる街の北方に広がる森で、魔獣などの巣窟になっていた。とても少年一人で立ち入れるような場所ではない。
「買うの? 買わないの?」
少年はじれったくなって店主に問いかけた。
「そりゃ買い取るさ。さっきも言ったが良い肉だからな」
店主はそう言ってから、自分が少年に対して不信感を抱いているような態度になっていることに気付き、表情を和らげるように意識した。
「いや、感心してたのさ。聖母の森なんざ今どき猟師でも近づかねぇからな。強力な魔法使いを護衛につけでもしねぇと命がいくつあっても足りやしねぇ。それをお前みたいな子供が一人でとはな」
少年は子供と言われたことに少しムッとしたが、肉を買い取ってくれるならどうという事はないと思った。
「だが気をつけた方がいい。最近では魔女まで住み着いているらしい。どんな野郎かはわからんが、あんな森に住むなんざ、ロクでもねぇ奴に違いねぇ」
魔女というなら性別は女であり、野郎とか、奴というのは文法的におかしいのではないかと少年は思ったが、もしかしたらゴリラみたいな風貌をしたお姉さんかもしれないと勝手に納得した。
「確かにロクでもないね」
店主はちょっと待ってなと言って店の奥の方へと入って行き、すぐに戻ってきた。
「この台帳に名前と住所を記入してくれ。うちは持ち込みをする者を登録するようにしているんだ。商売は信用が大事だからな」
少年は古びた台帳とペンを受け取り、サラッと記入して店主に返した。
「ヴァン・ロアーね。よし、これでヴァンはうちの登録猟師だ。さっきの肉はヴァンが獲った小鹿の肉と明記して店に出すからな」
僕は猟師じゃないとヴァンは抗議したが、肉を持ってくる奴は皆猟師さ、と店主に強引に決められてしまった。まぁいいかと予想より多い金額を手に入れたヴァンは、ご機嫌に店を出た。しばらく歩いた後、また来いよと言ってくれた店主の名前を聞いてなかったことを思い出した。店の看板に『デフィ精肉店』とあったので、きっとデフィが店主の名前かもしれないと思いながら、アップシート市の街道を自宅がある北の方へ歩いた。
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