鬼とドラゴン

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黒髪の少年

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 午前五時三十分、ヴァンは目を覚ました。朝はたいていこの位の時間に起きていた。
 
ベッドから起きて着替える。運動がしやすい軽く丈夫な服を選んだ。庭に出るとガニアンが同じような服装で待っていた。

「今日もやるだろ?」

 もちろんとヴァンは答えた。

 軽く準備運動をした後、ヴァンはガニアンから五メートル程の距離をおいて構えをとった。ガニアンは構えをとらずに無造作に立っている。ヴァンはただ立っているだけの祖父の隙を探したが見つからなかった。
 ヴァンは、そっちから攻めて来いという祖父の意図を感じた。隙は見当たらないが、このままでは膠着状態でラチが開かないのでヴァンは仕掛ける他無かった。低い体勢のまま地面を蹴り、一気にガニアンへと距離を詰める。ガニアンがタイミングを合わせて中段の回し蹴りを繰り出す。ヴァンはその蹴りを地面に手をつき低い姿勢でかわし、その体勢のままガニアンの軸足を狙って下段の回し蹴りで反撃した。ガニアンは脚を上げかわし、続けてコマのように回転して出された追撃の回し蹴りも軽く後ろに下がってかわした。今度はガニアンが一歩踏み込み、拳を突き出す。ヴァンは肘を突き出し受けようとしたが、その拳は途中で止まった。意表をつかれ一瞬硬直したヴァンの脚をガニアンの脚が払う。宙に浮かされ体勢を崩したところにガニアンの中段突きが迫る。ヴァンは直撃を避けられないと悟り両腕でガードの構えをとると同時に魔力を放出し腕にまとわせた。攻撃するガニアンの拳にも魔力が纏わされていて、ヴァンは吹っ飛ばされる結果となった。
 
 鬼の魔力は魔法を行使するエネルギー源になるとともに、攻撃や防御をする際に、体に纏わせることにより飛躍的に身体能力を強化することができた。

 ヴァンは吹っ飛ばされたまま立ち上がらず、昨夜のように仰向けになっていた。

「まだ敵わないね」
「まだな」

 ガニアンが近づいて来て手を差し伸べる。その手を掴んでヴァンは立ち上がった。組手をした後はいつも感想戦をすることにしていた。感想戦とはつまり反省会である。

「肘で受けようとしたのが間違いだった?」
「狙いは悪くない。拳を肘に当てられてはこちらがダメージを受ける。そこからさらに追い討ちをかけようとしたんだろ? だが、こちらの体勢が充分な場合だと、その狙いは少し難しいな。あそこは普通に捌いた方が良かったかもな」

「そっか」
「だが防御は間に合ったな」

「じいちゃん魔力込めてんだもん。間に合わなかったら大怪我してたよ」

 ヴァンは少し不貞腐れているように言った。ガハハとガニアンが豪快に笑う。

「言っておくが、俺のはお前の魔力放出を見てからの後出しだからな。それに鬼族の男があの程度で怪我などするものか」

 ガニアンは鬼族であり、ヴァンにもその血が流れていた。鬼は普通の人間とは比べ物にならないほど強靭な肉体をもっており、先日聖母の森でヴァンが強力な弓を引くことができたのも鬼の血統によるものである。また鬼は特徴として赤色の目をしていた。ヴァンは黒色であることから、母親は鬼族ではないということだった。

「まぁ、とっさの防御で魔力を出せるということは、実戦で扱えるレベルにはなっているってことだな……。ところで魔法は使えるようになったのか?」

 魔法とは血統による能力で種族ごとに異なるが、鬼族は金属類を支配する力を持っていた。

「僕は劣等種だから鬼の魔法は使えるようにはならないよ。……多分」

 混血である場合、大抵は両親のどちらかの魔法を受け継ぐことになるが、稀にどちらのものも受け継がない者もいる。そういう者を劣等種と言った。逆に両方を受け継ぐ者もいて、その場合は優等種と称される。

「僕は鬼の金属の魔法が使いたかったな。いろんな武器を生成して戦えたら、カッコいいのにな」

「ふーむ……。まぁ、鬼の魔法なんざあってもなくても変わらんさ」
「そんなことないでしょ?」

 ヴァンは反論するが、ガニアンはそんなことあるさと言って地面に片手をついた。そして、まるで大根でも引き抜くような動作をすると、その手には黒い棒状の物が握られていた。砂鉄を押し固めて創られた棍棒だ。金属でできた棍棒なので金棒とも言う。このように金属をつなげたり、形状を変化させたりできるのが鬼の魔法であった。

「こうやって武器を創って振り回すのが鬼の基本的な戦い方だが、どうだ? 攻撃をくらう方にしてみればこんな鉄の棒で叩かれるのと、鬼の拳で殴られるのでは大して変わらんだろう?」

 ヴァンは先程のガニアンの中段突きを思い返す。確かに鉄で殴られたような、重さと硬さがあった。

「そうかもね」

「だろ? さぁ、そろそろメシにするぞ」

 ガニアンの支配から解かれた砂鉄がサラサラと風に流されていった。
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