【完結】あなたに私を捧げます〜生き神にされた私は死神と契約を結ぶ~

綺咲 潔

文字の大きさ
6 / 74

05 暴君皇帝ロイス

しおりを挟む
――前世だったら、陛下の行動は大炎上よね。

 掃除をしながら、私はさきほど別れた真っ白な子犬を思い出していた。

 なぜあの子があんな目にあってしまったのか。その元凶を思い浮かべると、途端にげんなりとした気持ちになる。

 我が国の皇帝陛下であるロイス・ヒストリッド。彼の良くない所業は、以前から何度も耳にしていた。

 しかし意外なことに、この城で働きだしてから二年は経つが、私は未だに陛下と対面したことがない。遠くから見かけたことはあるが、ほぼ点だったためその相貌は知らないに等しいのだ。

 どうして城の主であり、国の主である陛下の顔を私が知らないのか。それは、この城で働くメイド全員が守らねばならないルールにある。

『妖精になりなさい』

 これは、この城で働くメイドが最初に教えられることだ。当然、本当に妖精になれというわけではない。主人に自身の姿を見せないよう、心を配りながら働けという意味だ。

 仮に出くわした場合は、陛下と目を合わせぬよう壁向きに立ち、陛下が去るまで彫刻のように一切動いてはならない。そんな決まりも設けられている。

 だが、私はそれすらも体験したことは無い。その理由は、ここ、ランデレリア城の敷地面積にある。

 この王城は信じられない程に広いのだ。それゆえ、使用人の数も数千人から一万人はいると言われている。

 つまるところ、こんなにも広大な敷地内では陛下と遭遇する機会は滅多にないし、近くに来たとしてもメイドたちに陛下の顔を見る機会はないというわけだ。

――私がこの城のメイドでいる限り、あの暴君の顔を面と向かって見ることなんて、きっと死ぬまで無いんでしょうね……。

 磨き作業をしながら思考を巡らせ、ふぅ……と密かに息を吐く。ちょうどそのタイミングで、背を向けて対面に立つメリッサさんが振り返った。

「綺麗になったわね。オーロラ、そろそろ移動しましょうか」
「はい!」

 元気よく返事をした後、ため息に気付かれなくて良かったとこっそり胸を撫で下ろす。そして、私は気を取り直すように水桶を持ち、部屋を出るメリッサさんを追いかけた。

「次は客室の掃除よ」
「あれ? 応接間じゃないんですか?」
「また急に女性を住まわせることにしたそうよ」

 その答えを聞いて、私はまたか……と呆れた。今月だけで5人目なのだ。
 正妃も持たず、女性たちと享楽に耽る陛下のせいで、この国の未来が本気で心配になる。

 でも、仕事は仕事。メイドの私は、任された業務を淡々とこなすだけだと、自身に言い聞かせるように軽く頭を横に振った。

 その瞬間、カツンと響くような足音が聞こえた気がした。

――聞き間違いかしら?

 不思議に思い隣を歩くメリッサさんの横顔を盗み見ると、彼女も怪訝そうな表情をしていた。その表情を見て、思わず小声で訊ねる。

「メリッサさん。今、何か足音が――」

 聞こえませんでしたか? そう訊ねようとしたところ、より大きい足音が再びカツンと響き、それに加えて複数人分の歩行音が耳に届いた。

 その足音はこちらに近付いているようで、どんどん音量を増していく。すると突然、私たちが歩く廊下の真正面の角から、大勢の人影が姿を露わにした。

 その姿を捉えた瞬間、私もメリッサさんも光のような速さで壁に向かって立つ。そして、彫刻のように姿勢を正して固まった。

――嘘でしょう……。
 あれって……陛下よね?

 集団の先頭に立っていたアパタイトのような色をした長髪。あれは間違いなくこの国の皇帝、ロイス・ヒストリッドが持つ唯一無二の特徴だった。

 まさかの人物が現れ、緊張で心臓がドクンドクンと脈打つ。
 そんな中、足音はより一層大きくなり、それと連動するように甘みを感じる独特の香りが鼻腔をくすぐった。

 恐らくこの香りは、陛下が侍らせている女性たちから漂っている匂いだろう。いかにも美女っぽい香りがする。

 さっき一瞬見ただけだが、陛下が侍らす女性は前世でも見たことが無いほどの美女ばかりだった。そのうえ、皆スタイルも抜群ときた。しかも、女の私ですらどこに目を向けて良いか分からない程、布面積の少ない服を着ている人ばかり……。

――ああ、壁向きで良かったわ。
 何となく目に入れたくない集団たちだもの……。
 さあ、私は空気よ。
 さっさと歩いて、早くここから立ち去ってっ……。

 そう願いながら、私は陛下たちが去るのをただただ待っていた。

 そんな折、カツンと一際大きな足音が私の近くで鳴り止んだ。それに合わせるように、複数の足音も連なるように鳴り止む。

――えっ……何が起こっているの?

 妙な静寂により、仄かに肌が粟立つのを感じる。するとそのとき、私の背後あたりから男性の声が聞こえてきた。

「おっ、たまに見かけていたが、とうとう目の前にいたな!」

 場の空気を読まぬその明るい声に、嫌な予感が湧き上がる。思わず、重ね合わせていた指をギュッと握り締めた。

「ん? 何だ……緊張しているのか?」

 私の身体の強張りから何かを察したのだろうか? 男性はそう言うと、背後から私の顔の横へグッと自身の顔を寄せた。

 互いの髪が擦れると同時に、ツーンとお酒の香りが鼻を刺す。
 きっと、噂通り今日も泥酔寸前なのだろう。最悪すぎる。

 そんな本能的嫌悪を感じていると、男は突然私の左肩を掴み耳元で囁きかけてきた。

「いやはやその瞳……珍しい。貴様、余に見えるようこちらに向け」

 背中に虫唾が走るとはこのことだろうか。知りもしない男に肩を掴まれ耳元で囁かれる。
 非常に気持ちが悪い。

――何で私の目が分かるの?
 それに振り返ったら……どうなってしまうのっ……。

 振り返りたくない。そう心が警告を出しているのだが、これは命令。拒絶することは不可能だ。
 そのため、私はぎこちない動きでゆっくりと身体を反転させた。

 陛下が直視できず、軽く目を伏せる。すると、陛下は私の顎を親指と人差し指で掴み、無理矢理顔を上げさせた。

「ほぉ……。これは珍しい。貴様、後で……ぐっ、ヴゥ……ヴ……」

 何かを言いかけた陛下が、突然苦しそうな顔をして、心臓辺りを押さえ込みながら目の前で蹲った。
 そして、為す術もなく嘘みたいなくらいあっという間に、仰向け状態で倒れてしまった。

――えっ……。
 何が起こったの!?
 これってヤバいんじゃっ……。

 私がそんな焦りと動揺を覚えたそのとき、静寂に包まれていた廊下は一瞬にして阿鼻叫喚へと化した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

処理中です...