【完結】その仮面を外すとき

綺咲 潔

文字の大きさ
12 / 39

12話 どうしよう

しおりを挟む
 メアリーさんが入り口に立つ仮面の人物を手招いたため、彼はこちらへと近付いてきた。そして、私とメアリーさんの目の前まで来ると、メアリーさんは笑いながら私に今のこの状況についての説明を始めた。

「シェリー、驚かせてごめんなさい。まだ紹介してなかったわね。あまり店内で会う機会はないと思うんだけど、彼もこの店の従業員なのよ。店の裏方の仕事は全部彼がしてくれているのよ! 本当に頼りになる子なの!」

 仮面の人物の腕をポンポンと叩きながら、メアリーさんが説明をするが私は今この状況を飲み込むのに必死である。しかし、そこまで思いつめているとは知るはずもないメアリーさんは、嬉しそうな表情で話しを続けた。

「困ったことがあったら、もちろん私やジェイスにでもいいけど、この子にも頼っていいからね! 彼は若いし、細身に見えるけど力持ちなのよ!」

 そう言うと、メアリーさんはグッと親指を立てた。メアリーさんのこの説明により、仮面の人物の変人疑惑は晴れた。しかし、私にとってこの人物は重大な問題の原因でしかなかった。

――口元が見えないから、何て言っているか分からないよ……。
 本当にどうしよう……。

 彼が喋っているかどうかすらまったく分からない。だからこそ、先手必勝とばかりに、私はメアリーさんの口の動きからタイミングを見計らって、自分から声をかけた。

「昨日から働き始めたシェリ―・スフィアです。よろしくお願いします!」

 そう自己紹介をしながら、とりあえず頭を下げた。だが、怖くて顔を上げることができない。こうして頭を下げている間、どんどん精神的に追い詰められる。

 こうして、恐怖心からそのまま俯いていると、目の前に手が差し出された。突然視界に入ったため驚き反射的に顔を上げると、その手は仮面の人物が差し出した手だということが分かった。まあ、それ以外の人物は有り得なかったのだが……。

 その手の主を確認し、メアリーさんの方に顔を向けた。すると、メアリーさんはなだめるように笑いながら口を動かした。

「そんなに緊張しなくていいから、とりあえず握手よ握手! ほら!」

 そう言われ、私は恐る恐るではあるが、仮面の男が差し出したその右手をそっと握った。そして、仮面の男も私が握った手をギュッとしっかり握り返してくれた。

 そんな彼の手は温かく、人としての温もりを感じた。その温もりは、私の中の彼に対する恐怖心をほんの少しだけ溶かした。しかし、彼の手に関して少し気になることがあった。

――左手にだけ手袋を付けてるなんて変な人ね?

 握手していない方の左手をチラッと見ると、変わった形の革製の手袋をしている。なぜ右手には手袋を付けていないのか不思議に思いながら、握り合っていた手を離した。その途端、突然仮面の男が慌てた様子になった。

 何事だと思いながら彼の様子を見ていると、彼ほど焦ってはいないがメアリーさんも驚いた表情をして口を動かした。

「それはいけない! 早く行って安全管理は大事よ!」

 そのメアリーさんの口の動きと合わせるように、彼は慌てた様子で店の外へと飛び出て行った。何事だろうと思いながらも、彼が出ていた店の入り口に目をやったが、すぐにパセリを持っていることを思い出した。

「メアリーさん、すみませんでした。ジェイスさんにパセリ渡してきますね」

 そう伝え、ジェイスさんにパセリを渡し厨房を出たところでメアリーさんが話しかけてきた。

「もう今日はシェリ―はあがりの時間ね。お疲れ様。2日目だったけど、やっぱりまだまだ大変だったでしょう? 今日もゆっくり休んでね」

 メアリーさんがあがりの時間と言ってくれているのだ。下手にもう1回仮面の男に会う前に帰ろう。話しかけられても困る。

「はい、ありがとうございます。お疲れ様です」

 素直にそう言葉を返し、仮面の男に見つかる前にといそいそ帰るために店を出た。今日は疲れた。でも、メアリーさんはあまり店内で会う機会はないと言っていた。それを信じよう。

 そう思い出勤したが、次の日も、その次の日も、またその次の日も、店内外問わず仮面の男に会った。

――さすがに一緒に働いているのに、挨拶しないってのはいけないわよね……。

 そう思い、今日も仮面の男の後ろ姿を見かけたため挨拶をした。

「おはようございます!」

 そう言うだけ言って、顔も見ずにすぐにその場を離れた。毎回こっちが先に見つけた時だけ、挨拶をするようにした。挨拶をしていないわけではないし、我ながら最低限の良い作戦だと思った。

 一方で困るのは、あちらから話しかけられた時だ。そのため、常に周囲を警戒して彼がどこにいるのかを把握しておくよう心がけた。そして、話しかけられそうな雰囲気を何となく察知すれば、素早くその場から立ち去るようにした。

 正直避けることは難しいだろうと思っていた。しかし大抵の場合、お客さんがすぐ近くにいるため、お客様対応をしている風を出すことによって、彼を避けていることを誤魔化すことに成功している……はずだ。

 私はここ数日、ずっと仮面の男を見てきた。だからこそ、当たり前だが彼が不審者でないことは完全に分かっている。何なら不審者どころか、彼は非常によく働き、仕事も丁寧で誠実そうな人だと感じた。

 だが、どうにも解せないことがある。仮面を付けているということだ。なぜこんな勤勉で誠実そうな人が仮面をつけているのだろうと、なおさら疑問が湧いてくる。単純に変だ。おかしいのである。

 私が出勤している時間、彼がどんな話しをしているのかについて汲み取る方法は、彼が誰かと会話をしている時しかない。

 しかし、メアリーさんと仮面の男が普段私の目の前で会話する機会はほぼなく、話していたとしても遠くから見る程度の距離である。

 そのうえ、メアリーさんは仮面の男の話を私にする時、この子とかあの子という言い方をするから、いまだに名前も分からない。聞けば良い話だと思うだろうが、もし万が一聞いたことをきっかけに彼を呼び出されたら困るため、名前は聞かなかった。

――本当にどうしよう……。

 そう真剣に悩み、メアリーさんが彼についての話しをしているときに、1度だけ賭けで彼について質問してみた。

「彼はいつから働いているんですか?」
「いつからって言われると難しいわね……。実は、あの子の家族が亡くなってね、それからあの子の母の妹である私が、いわゆる育ての親って感じで面倒見てて……。ただ、あの子は子どものころから手伝ってくれてるから、いつからってよりは、いつの間にかって感じなの」

――亡くなってるんだ……。
 そんな事情があったのね。

 彼は恐らく、育ての親であるメアリーさんのために働いているんだろう。そんな彼に対して、自分が取っている態度は褒められたものではないし最低だ。

 事情を知っている人なら、私のこの対応を理解できなくはないと言ってくれるかもしれない。でも、彼はそんな事情は知らないし、もしかしたら避けていることに気付いていて、嫌な思いをさせてしまっているかもしれない。

 そう思うと、彼に対する罪悪感がグッと心の中で倍増した。

――せめて、何らかの形でお詫びでも出来れば……。

 そう考えた結果、私はクッキーなどのちょっとした差し入れを、『お疲れ様です』とだけ書いたメモを添えて、彼の荷物置き場にこっそり置くようにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー
お読み下さりありがとうございます(*^^*)

新連載を始めますので、ご興味のある方は見てくださったら嬉しいです!

『裏切られ婚約破棄した聖女ですが、騎士団長様に求婚されすぎそれどころではありません!』

というタイトルです。異世界恋愛&ファンタジーの世界観です。よろしくお願いします♪
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。 没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。 だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。 国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

処理中です...