明け方に見る夢

雲乃みい

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第一話

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ぬるぬる、ぬるぬると身体を這う触手。真っ暗闇の中でソイツらが触手だってことだけはわかってる。
コイツらは夢の中だからって好き勝手に動き回る。
――ッアァ。
身体がしなった。身体を這い回る触手のひとつが俺の陰茎に絡みついてきてぬるぬると動く。別の触手が俺の口の中に入ってきて喉を犯す。そしてまた別の触手が乳首を吸引するようにしてきて、そしてまた別の、が。
――ッ、つ、ンーッ!
後孔に入り込み蠢きだす。身体中が埋め尽くされるように触手に蹂躙される。頭の中が白んで行く。
ぐちゃぐちゃ、ぐちょぐちょ、気持ち悪い音を立てて身体だけが気持ちよさにのぼりつめていく。
――ァァ、ァァ!
遠くで声がする。俺の声だ。喚き散らして、吐精する。吐き出された白濁を触手たちが吸い取って、ぬるぬる、ぬるぬると俺の身体に塗り込めて行く。
気持ちの悪い夢。
気持ち悪いのに、何度も俺は絶頂に達する。
気持ちの良い夢。
気持ちいいのに、気持ち悪くて、俺は――嘔吐して、目覚める。
 
空が白みはじめころ、胃液と強烈な胸糞の悪さに目覚める。
毎日のように。




 
***




 
「ごちゃごちゃウッせェンだよッ」
拳を振りあげて一発。赤い髪をしたヤツは吹っ飛んで地面に沈む。クソ弱ぇくせに口だけは上等でケンカふっかけてきたヤツ。上級生だのなんだの、だからどーしたッてイライラする。
「かなちーん。タバコ持ってねー?」
赤い落ち葉を情けなく顔に張り付けて倒れてるヤツに蹴り入れていたら渡り廊下の隅でスマホをいじっていた佑月がダラダラした足取りで近づいてきた。俺と同様に着崩した制服。ミルクティブラウンだとかなんとか、ふわふわした髪型と同じで中身も軽そうなヤツ。
高校入学したとき知り合った佑月とは性格はあってんのかはわかんねぇけど気楽で二年になったいまもずっとつるんでる。
コイツはケンカは強いがほとんどしない。単に面倒くさい、って理由で。
無言でポケット探ってクシャクシャになったタバコの箱を取り出して佑月に投げ渡す。佑月は一本だけ残っていたタバコを取り出して吸い始め、俺は肩慣らしにもならなかったケンカに大きな欠伸をした。
校舎の端、旧講堂のある一角は俺たちみたいなヤツの溜まり場になっていて教師も近寄らない。だからタバコもケンカも人目を気にしない。まぁべつに俺はどこでも暴れるから関係ねぇけど。
「ちょっといいか?」
突然俺たち以外の声がして驚いた。まったく気配もなく見知らないヤツが現れた。俺たちと同じ学ラン。黒の短髪で俺よりも身長は高くて……目つきが悪い。
「道に迷った。職員室、教えてくれ」
 地面にはのされたヤツら。佑月はタバコを吸って、俺はソイツを睨んでる。でもソイツは怯む様子もなく顔色を変えることなく、いや無表情に訊いてきやがって俺たちのほうへ来る。
「職員室? 全然方向違うし」
 タバコの煙を吐き出しながら佑月がバカにしたように笑う。
「迷ったんだよ。二回目だし」
「え、なに。まさか転校生?」
 佑月は興味を引かれたのか物珍し気にその男を眺めだしたけど俺は興味なんてねぇ。無視して学校を出て行こうと歩き出した。ソイツの横を黙って通り過ぎようとして、腕が掴まれる。
「なぁ、お前」
 力強く掴まれた腕。不快感が急激に湧き上がって、転校生を睨みあげる。
「前、会ったことないか?」
「あ?」
 真っ直ぐに男が俺を見下ろしてくる。その視線がうざってぇし、気持ち悪い。
「テメェなんて知らねぇよ」
 触るな、と振りほどいて脛に蹴り入れてむしゃくしゃしながらその場を離れる。すぐに佑月が肩を並べてきた。
「さっきの転校生、武道でもやってんのかなー。めっちゃガタイよかったよな」
 俺よりも十センチは背が高く、俺よりもずっとがっしりとしていた身体。太ってる、とかじゃない。学ラン越しでも鍛えてるのがわかった。
「強そうなヤツだったから、かなちん、ケンカ売るかと思ったわ」
「クソつまんなそーなヤツ相手にするか。あとで暴れに行く」
「はいはーい」
 毎日、昼頃ダラダラと意味なく学校に来て、無駄に時間過ごしてたまにケンカして。寝床に帰って着替えて、ケンカに出る。それの繰り返しだ。どうでもいい毎日をどうでもよく生きていた。
 






 
 小汚いバーのドアを開けて中へ入っていく。五人しか座れない狭いカウンター。壁側にソファ席が二つあるだけのバー。カウンターの向こう側から「おかえりー」と顔も出さずに声がかかる。それに何も返さずいつも通り、奥にあるドアを開ける。トイレと間違われがちなドアの先は階段だ。二階に俺の部屋とさっき声をかけてきたオッサン――この店のマスターで親戚の部屋がある。四畳の部屋には布団と折り畳みテーブル、積み重なった雑誌や漫画本。それくらいしかない。それで十分な俺の部屋。
 制服を脱ぎ捨ててその辺に散らばっていた私服に着替える。小さいテーブルの上のタバコ取って部屋を出る。
「気をつけろよー」
ってオッサンが声をかけてくるのをまた無視して店を出た。ぶらぶら歩いてゲーセン入ってゲームしてると佑月が隣に座る。そして見知った顔も集まる。佑月以外のヤツらはどこの高校かは知らない。知ってるのは名前だけ。つるんで、適当にその辺のヤツらとケンカして、オッサンのバーに行って酒飲んでタバコふかしてダラダラ過ごす。それだけ。今日も、一緒だ。
「なー、アイツらうぜぇんだけど」
 金髪ツンツン頭のシンがイライラしたツラでゲーセンの出入り口に五~六人でたむろってるヤツらを見る。どこにでもいる、俺たちと同じようなヤツら。ニヤニヤひそひそ、確かにうぜぇ、っていうか、ぶっ潰したくなるヤツら。
「あー? ちょい待って。これもうちょっとでクリアするからー」
 古臭い昔の型のゲームをしていた佑月が画面に釘付け状態のまま気のない返事をしてくる。
「お前はあとで来い」
 どうせ佑月が最初から張り切るわけもない。俺はゲームよりケンカしてるほうが暇つぶしになる。シンと、シンといつもつるんでるリョウと三人でにやけてるヤツらのほうへ。無言で近づいて、無言で蹴り入れたのはシンだ。一気に殺気立つバカたち。
「ケンカ、したいだろ?」
 面倒くせぇやり取りはいらねぇ。殴って殴って、殴られて、殴って。拳振り上げて、血まみれになって、ぶっ潰してやりたい。
 ぞろぞろと裏道へと向かって、人気がない路地で合図もなく殴り合いが始まる。
 殴って、殴って、殴って、殴られて、殴って。口の中の血を吐き出して殴って、殴る。
今日のヤツらはわりと粘って面白れぇ。敵意剥き出しで殴ってくるツラにゾクゾクずる。
「おつかれー」
 しばらくしてのんきな佑月の声が場違いに響く。殺気立った俺の目の前のヤツが佑月のほうを向くから、そのままその顔に拳をめり込ませた。
「おっと」
 倒れるソイツを避けるように佑月が飛び退く。周りを見るとシンもリョウも一人ずつ片づけて、残りは二人。
「俺がやる」
「じゃあもう一人は俺ね」
「あ? ユヅはどいてろ! 俺がやる」
 最初からテンション上がりきっていたシンが佑月に叫んで、俺はこっちを伺っているボケに殴りかかった。
「せーっかく早く切り上げてきたのにさー。あ、リョウ~、タバコちょーだい」
 最初からケンカする気ねぇだろって感じの佑月の声を聞きながら殴って、殴られて、そして――視界に俺たち以外の人影が写った。黒のパーヵーを羽織った体格のいい男が俺たちのことを見ている。
「こんのヤロォ!」
 気がそれてて、罵声とともに振り上げられた拳が頬にまともに入った。ぐらっと脳震盪がする。それ踏ん張って耐えて、一気に高揚する気分に指を鳴らす。勢いづいたように一発二発と殴ってくるボケに笑いがこみ上げてくる。
 殴られて、殴られて、殴られて――次は、殴――。
「あ……マジ?」
 殴って殴って殴ってやる。と振り上げた拳。それを振り下ろす前に空気を裂く音とぶつかる音、地面に崩れ落ちる音が響いた。
 俺を殴っていたヤツが地面の上で呻いている。そして俺の前に黒いパーカーの……。
「……あれ? もしかして転校生?」
 タバコ吸う手を止めて、佑月がそのパーカー男を驚いたように見た。



 
***




 
「俺のオゴリだから、はい」
 オッサンのバーに戻ってきた。とっくにバーは開店しているが誰も来る気配はない。いつだって俺らがたむろしてるし、似たようなヤツらしか来ることはない。そんなバーの見慣れたヤツらの中に、見慣れない異物。
 カウンターにパーカー男がいて、ソイツに佑月がビールを渡していた。パーカー男はビールをしばらく眺めて、飲み始める。
 ケンカは強かったのは認める。だけど俺たちとは違う。真面目そうなツラ。優等生、と言ってよさそうなツラをしてる。
「酒イケる? ハヤマユズルくん」
 佑月は突然ケンカ中現れたコイツを連れてここへ来た。俺を助けた礼――なんているかよ。余計なことをしやがって、と不完全燃焼すぎて3杯目のビールを飲む。カウンターではパーカー男の横に佑月。俺はソファ席でビール飲みながら夕食という名のつまみを食う。傍にはシンとリョウ。ふたりはゲームをしていた。
 つまんねぇ。
 いつも通りの光景だ。ただそこにパーカー男という異物いるだけで不快でたまらない。ザワザワザワザワ、ムカムカ、する。
 胸のあたりに泥のようなものが押しこめられてるみたいに不快で、酒で流すようにいつもよりペース早くグラスを空けていく。
「カナト、今日飲みすぎじゃねーの」
 リョウがゲーム機から顔を上げて殴られたせいで少し腫れた目を向けてくる。
「……別に」
 そう言っても、視界に入るパーカー男が目障りでテーブルに蹴りを入れた。俺たちしかいない店にやけに大きくその音は響く。佑月たちが俺のほうを見る。俺はパーカー男を睨みつけると酒瓶を手にして二階に上がった。
 自分の部屋でウイスキー飲んでダラダラと過ごす。飲んで飲んで、飲み足りなくて飲んで――気づけば寝ている。
 それも、いつものことだ。
 




***



 
 んっ、んん。
 熱い、熱い。苦しい。
 ああ、また触手だ。ぬるぬると身体を這う触手。何本もある触手が口の中を犯している。喉の奥まで突っ込まれて、苦しい。だけど気持ちいい。別の触手がぬるぬる、ぬるぬると俺の陰茎を扱いている。ぬるぬる、ぬるぬると身体を舐めるように動いてる。ぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅと後孔を犯している。
 ンッ、ンン。
 喉の奥に熱いものが吐き出される。苦い。マズイ。それを飲み込む。触手たちが動きを激しくしだす。身体中に触手が吐き出したどろりとした体液をかけられる。
 気持ち悪い。
 気持ちいい。
 ――あ。
 触手、触手、触手。
 触手たちの間に、ちらりとなにか過った。なにかはわからなかった。
 ただそれは気持ち悪いどころじゃなくて――……不気味で。
 俺は。




 
***
 


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