明け方に見る夢

雲乃みい

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第二話

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「……なんでアイツがいるんだよ」
 頭がガンガンする。きのう飲みすぎた。強いつもりだけど二日酔いになることも多い。軋むような頭を抱えて、タバコの煙を吐き出す。煙が風に流れて、その先にいるのはパーカー男、いやいまは学ランを着てるから転校生。
「転校生でトモダチいねーらしーから、仲良くしてあげよーっていう俺の優しさ。ケンカも強いしさーいーじゃん」
 佑月がヘラヘラと笑って、その傍にいる転校生に「なー」と同意を求めている。転校生は無表情に頷いている。
 きのうコイツと初めて会った旧講堂近くの、今は使われていないなにかの部室だった空き部屋で授業をサボっていた。あまり広くはない空き部屋にはパイプ椅子がふたつ。さびてぼろいロッカーが数個あるだけ。佑月とソイツは床に座り込んで、佑月が一方的に喋りかけていた。
 ソイツはどうやら俺たちと同じ学年だそうだ。名前は佑月から聞いた気もするがどうでもいいから覚える気もしない。酒だってタバコだって授業をサボるのだって縁がなさそうなのに、なんでコイツはここにいるんだ。
「へー、柔道に空手に剣道してんの? すげー。道理で身体締まってるよなー」
 ぺたぺたと佑月が感心するように転校生の身体を触っている。 
 武道、納得できる。その体格も、真面目そうなツラも。じゃあこんなタバコの煙が充満したところ来るな、うぜぇ。
 イライラは増して吸っていたタバコを窓枠に押し付けて消して立ち上がって出て行く。佑月は気にすることなく喋り続けてたが俺だって知ったこっちゃねぇ。
 むしゃくしゃする。もう家に帰るか。どこかでケンカできねーか。誰かを殴りたくてたまらねぇ。
「――奏人」
 後ろから走ってくる足音が近づいてきたかと思ったら、名前を呼ばれた。
「……あ?」
 自然、低い声が出る。佑月の声じゃねぇ。だけどさっきまで聞いてた声だから、眉が寄る。
「どこか行くのか」
「……」
 転校生だ。なんだ、コイツ。
「馴れ馴れしく名前呼ぶんじゃねぇッ」
 睨みつけて、胸倉掴もうとしてやめた。胡散臭いヤツに付き合う気もしねぇ。顔を背けて歩き出す。背中に視線を感じたが転校生はもうなにも声をかけてこなかった。
 




***




 
 暗いくらい暗い。
 暗いくらい暗い。
 触手がいない。
 だけどなにかいる気がする。
 いやいない。いないけど、いる気がする。
 薄気味悪い。
 怪物が、俺を見ている。



 
***




 
 雨が血を洗い流す。殴ってくるヤツらを殴って殴って殴って殴る。相手はふたり。殴りかかってくるのを殴り返す。倒れるまで殴って殴って殴られて殴る。ようやく地面にふたり沈めて、タバコを取り出して火をつける。雨がざあざあ降っていてどんどんタバコが湿っていく。かろうじて火はついたけどすぐに消える。
 舌打ちして仕方なくバーへ戻る。戻りたくねぇし、うざってぇけど。
 ガラン、とさび付いたドアベルを鳴らしてバーに入ると充満した煙。シンとリョウはゲームしながら酒飲んでいて、そのそばに佑月と転校生がいる。
 この光景も、もう一週間だ。佑月はどういうつもりなのか。転校生はなんのつもりなのか。気なんて合いそうにねぇのに、つるんでいる。シンとリョウはたいして転校生と話してはないみたいだが。俺も、あんなヤツと話す気はない。
「おっかえりー。ずぶ濡れじゃん。雨ひどい?」
 佑月がのんきに手を振ってくる。転校生が俺のほうを見る前に顔を背けてカウンターに座った。
「ほら」
 カウンターの中で新聞を読んでいたオッサンがタオルを投げてくる。すぐに缶ビールも。オッサンは鍋に火をつけてシチューの匂いが漂ってきた。髪を雑に拭いてタオルを隣のイスにおく。ビールを飲んでるとすぐにシチューとバゲットにソーセージが出てくる。これが俺の夕飯。
 このオッサンがしてるバーは俺たちガキと常連くらいしか来ない店でいつ潰れてもおかしくねぇのにしぶとく営業してる。
 飯を食いながらつまらねぇアプリゲームしていると左隣に誰か座った。から、無視する。
「またケンカしてきたのか? 顔腫れてるぞ。冷やしたほうがいい」
 うぜぇ。こうして一日一度は転校生が話しかけてくる。
「奏人」
「おっちゃん、俺にもシチュー」
 馴れ馴れしく名前を呼んでくる転校生に苛立って立ち上がろうとしたら佑月が割って入ってきた。タオルを退かせて俺の隣に座る。佑月の前にもシチューが置かれて食べ始める。
「どこのヤツら?」
「あ? ……たぶん北のヤツら」
「何人?」
「ふたり」
「へー。じゃあわりと強いヤツらだったんだ」
 ニヤニヤ俺の殴られた痕を指さしてくる佑月の頭をソッコーで叩く。イッテェ、とたいして痛くもねぇくせに痛がるふりしてケタケタ佑月が笑うから、俺も呆れて笑った。
 ブーン、と低い振動音が左から聞こえてくる。佑月が喋りかけてくるまま適当に相槌を打っていると隣に座っていたヤツが立ち上がった。
「悪い、今日はもう帰る」
「ほーい。じゃーなー」
「ああ、また明日」
「……」
 また、はいらなぇんだよ。もう来るな。
 それを話しかけるのも面倒くさくて黙ってパンを口に放り込んだ。
 転校生が帰っていって、「なぁ」とリョウが傍に来た。
「――アイツも混ぜるのか?」
「……あ?」
 混ぜる? つるむ、ってことか? アイツは勝手にここに来てるだけだ。佑月も勝手にアイツを誘って、で。俺は――。
「黙れ」
 俺の隣から低いドスが効いた声した。驚いて佑月を見ると、リョウを睨みつけてる。呆気にとられた俺と目が合うと佑月はすぐにへらへらと笑った。
「おっちゃん、シチューおかわり」
 一気にシチューを食べた佑月が皿をオッサンに渡していて、リョウは無言でシンのほうへ戻っていく。
 ――俺は、ただビールを飲んだ。
 




***




 
 ずぶずぶ、ぐちゃぐちゃと、音が聞こえる。そのたびに身体に衝撃が走る。触手が動いている。俺の孔の中で暴れている。
 気持ちいい、キモチイイ、気持ちいい。
 触手を口に含んで吸い上げて舐めまわす。口の中に触手の体液が吐き出されて飲み込む。
 気持ちいい、キモチイイ、気持ちいい。
 触手が身体中這いまわって、俺を犯して、気持ちいい。
 ア、ア、ア――。
 甲高い声が出る。俺の精液も出る。
 気持ちよくて、もっと、と叫んだ。
 なのに、ぞわ、と気持ち悪さがこみ上げる。
 夢の中、見渡す。触手しかいない。俺を犯す触手しかいない。 
なのに、怪物が俺を見ている気がする。
俺の孔を出入りする感触。ずぶずぶ、ずぶずぶと、ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ、熱くて硬いものが俺を犯している。
気持ち――悪い。
う、う、う。いない、怪物なんていない。いない、いない。いないのに、怪物に見られている気がする。いない、いない。
いない、――は、いない。
うあ、あ。気持ち悪い。
いない、怪物はいない。大丈夫。――は、いない。
いるのは、ほら、いるのは。いつも通り。ずぶずぶ、ぐちゃぐちゃと俺を犯すものだけだ。
『――ッ、あ、あ、……おとうさん』
 気持ち悪くて、叫んだ。
 同時に、ぴたり、と全部が止まった。
 止まった。
 




***

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