BLINDFOLD

雲乃みい

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第六夜 それは、まるで

第11話

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インターンシップが始まって捺くんは忙しそうにしている。
朝から夕方まで普通の社員と同じように勤務し、帰りは他のインターンシップの子と情報交換をしたり勉強してきたりで帰ってくる時間も遅かったりする。
帰宅してからもテーブルの上にはノートパソコンを開き資料を並べ真剣に仕事に取り組んでいるのが窺えた。
捺くんが頑張っているのだからと俺も持ち帰りの仕事に精を出し―――だけれど時折どうしても捺くんを見てしまう。
大学受験のときは"勉強"だったけれど、今度は"仕事"で、もうあと二年もしないうちに捺くんも社会に出るのだと実感が沸いてくる。
「んー……」
パソコンとにらめっこをして唸っている捺くんを眺めながら二年後……を考えてみた。
当たり前のように俺の隣にいる捺くんを、いまのように俺の部屋にいる捺くんを想像することはできる。
できる、けれど―――……。
「ゆーとさん」
不意に間近で聞こえた捺くんの声に我に返って顔を上げる。
テーブルの端と端で向かい合わせに仕事をしていた俺達。
いつのまにか捺くんが俺のとなりに来ていた。
「どうしたの、ぼーっとして」
「あ、いや別に。捺くんは?」
「俺は休憩」
「そっか。コーヒーでも淹れようか?」
「いいいい。優斗さんの近くにいれば疲れとれるから」
「そうなの?」
「そうだよー」
にこにこしている捺くんに俺も頬が緩む。
俺こそ捺くんがいるだけで癒されてる。
すぐそばにある体温を感じれるだけで幸せなことだと思える。
「どうインターンは?」
もうインターンシップが始まって二週目に入っていた。
初日は少し緊張していたようだったけれど、智紀の会社で二年近くバイトしていたのだし順応性も高い子だし次の日には緊張もとれていたように感じる。
「んー。まぁだいぶ慣れはしたけどやっぱ覚えること多いし……。でもちゃんと社員のひとが時間割いて教えてくれるから助かる」
「そっか」
「ほんっと働くのって大変だよね。優斗さん尊敬する」
「そんなことないよ」
「あるよー! だから俺も頑張る」
捺くんはそう笑って、就活プランを話してくれた。
興味のある業種や、取りたい資格。
そしてインターンシップでのことや、そこから発展して仕事のことになっていった。
こうしてこれからは仕事の話をすることも多くなっていくんだろう。
話す内容が昔と変わっていってもしょうがないことだ。
高校時代のときは日々の学校生活を楽しそうに話していた。
和くん、七香ちゃん、実優に羽純ちゃん。
とりわけ和くんと七香ちゃんは捺くんにとっては小学校からの友達で、俺にとっては三人のケンカするほど仲がいいっていう感じの話がとても面白かったのを覚えている。
その名前も大学に入ってからはたまに聞くくらいになった。
もちろん友好関係が終わったわけではないし今でも遊んではいるけれど、お互い進路が違えば毎日顔を合わせていた高校時代と変わってしまうのは当たり前のことだ。
ただ少しだけ――それが寂しく感じた。
俺は捺くんに出会ったときから社会に出ていたけれど、捺くんはそうではなく。
10代から20代になって、どんどん成長していく。
その姿をなぜ素直に見守ってあげれないんだろう。
高校時代よりも、仕事の話のほうが共通点は多くなるはずなのに。
自分の心の狭さに呆れることしかできなかった。





***




『おわったー! プレゼンもなんとかうまくいったよ!』
捺くんのインターンシップの最終日である今日、金曜日。
打ち上げがあるそうで今日は遅くなると聞いていた。
仕事を片付けた頃携帯に夕方来ていた捺くんからのメールには飲み過ぎないよう気をつけるとも書いてあって、それに苦笑しながら『楽しんできて』と返信した。
すでに人気のなくなったオフィスを出て帰路につく。
昨日は遅くまでプレゼンのチェックをしていた捺くん。
発表の練習として内容を聞かせてもらったけれどよくできていたと思う。
電車を降り歩いていると携帯が鳴りだした。
液晶に表示された名前を確認して受話ボタンを押す。
『もしもーし、こんばんは。いまいい?』
「久しぶり。大丈夫だよ」
かけてきたのは智紀だった。
挨拶代わりの近況報告をしながらマンションまであとほんの数メートルを歩いていく。
「それで、今日は?」
『そうそう来週なんだけど、金曜あたり飲みに行かないか? 晄人も一緒に三人で』
そういえばこの前会ったとき言っていたなと思い出しながら来週の予定を考える。
とくにこれといった用事もないのですぐに頷いた。
「いいよ。何時にする?」
『DAWNに8時は?』
「了解」
『王子様にも伝えといて。優斗はその日俺と晄人と濃厚な夜を過ごすからって』
マンションのエントランスを抜けながら失笑してしまう。
「……なに濃厚って」
『そのまんまだよ。今日は捺くんは?』
相変わらず智紀の発言はよくわからないことが多い。
捺くんは比較的乗ってあげているけれど、晄人は完全無視で、俺はなかなか乗りきれない。
「今日はインターンシップの打ち上げがあっていないよ」
『へー、打ち上げか。相変わらず頑張ってるの、捺くん』
「ああ。……すごく頑張ってるよ」
『ふーん』
受話器の向こうで智紀の小さく笑う声が、意味深に聞こえてそっとため息をつく。
エレベーターのボタンを押し、
「じゃあ来週金曜日に……」
俺が切るために切り出せば今度ははっきりと笑い声が響いた。
『はいはい、んじゃ来週。ま、なにか悩みでもあるならお兄さんが聞いてあげるからね?』
「……おやすみ」
つっこんであげるべきなのか悩みながら、結局スルーしてしまう。
また大きく智紀は笑って、
『おやすみ、優斗』
と、無駄に甘い声で囁くと電話を切った。
それにまた苦笑しながらエレベーターに乗り込み帰宅した。
玄関を開け、当たり前だけれど暗い部屋。
いつでも捺くんが出迎えてくれるわけではないし、今日だって夜遅くになるだろうけど帰ってくる。
夏休みに入ってほぼ一緒に過ごしているからか部屋のそこかしこに捺くんの香りが残っている気がする。
別に寂しさなんて感じる必要なんてないのに、テンションが低くなってしまうのはなんでだろう。
まるで依存しているよう。
夏休みが終わればまた捺くんも週半分は自宅に戻るのだろうから寂しがっててもしょうがないのに。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しグラスにそそいで一気に飲む。
よく冷えていて二杯目も一気に飲んでからバスルームに向かった。
シャワーで汗を流しながら―――何故かため息がこぼれおちた。



すべてを洗い流して髪を拭きながらリビングに戻り、簡単に夕食の準備をする。
捺くんが一緒なら栄養面を気にしてしまうけれどひとりだと途端にどうでもよくなってしまう。
金曜日の夜だからか仕事をする気にもなれずに読みかけの本を読んで過ごす。
10時ごろ捺くんからこれから二次会に行くというメールが入った。
絵文字がいつもにましてたくさん入ったメールに楽しんでいるのが伝わって頬が緩む。
捺くんが飲みにいくときは3次会4次会と続けて行くみたいで帰りは深夜遅い。
今日もきっと遅いだろう。
読書をリビングからベッドの上でに移し――いつのまにか寝てしまっていた。





仕事の疲れか深い眠りに落ちていた俺の意識が再浮上したのは深夜遅くだった。
軋んだスプリングと、背中にまわされた腕、すりよってきた身体。
シャンプーの香りと、アルコールの匂いと。
唇に触れる感触にうっすらまぶたを上げた。
薄暗い室内は寝起きの目には一層暗く感じ、思考はうまく働かない。
ただ俺のそばにいるのが捺くんだということだけはわかる。
体温に誘われるように俺も捺くんの身体に手を回し引き寄せた。
「ごめん、起こした?」
「……いや、大丈夫だよ。いま何時?」
「三時」
「そっか……、おかえり」
「ただいま」
夜遅いからか暗いからかお互い自然と小声になる。
少しづつ慣れてきた目に笑顔の捺くんが映る。
「どうだった、飲み会」
「すっげぇ楽しかったよ」
声を弾ませる捺くんの身体は酔いのせいかいつもより暖かい。
「よかったね」
「ん」
笑いながら捺くんは唇を寄せてくる。
体温同様に少し熱い舌が侵入して絡みついてくる。
だいぶ前に捺くんが、
『お酒飲むとエロい気分になるよね』
と言っていたことがある。
『……ふうん』
そうなんだ、と俺はどちらかというと眠くなる体質だったので苦笑しながら返事をしたっけ。
触れ合った唇から絡めあった舌からアルコールの香りが伝わってくる。
かなり飲んだんだろうな。
いつも以上に性急に深いキスをしてくる捺くんが彼曰くのエロい気分になっているのは明白で、擦りつけるように寄せてくる腰のあたりにはもう硬い感触がある。
「……っん」
俺は素面なのにまるでアルコールを分け与えられたように酔ってきた気分になる。
それはアルコールじゃなく捺くんに酔って溺れてしまってるんだろうけれど。
完全に目は醒めて誘われるまま貪るようなキスを交わした。
やっぱり捺くんはかなり酔っているのか激しいキスにすぐ呼吸が荒くなって唾液をこぼしている。
それを舐めとりながら手を捺くんのシャツの中に滑り込ませた。
火照った身体をなぞるとくすぐったそうに捺くんが身を捩る。
顔を見るととろんとした眼差しをしていた。
ほんの少し眠そうにも見えるけど、一旦起こされてしまったら止められるわけもなく捺くんの首筋に顔をうずめる。
「……あー、飲み過ぎたかも」
ぼんやりした捺くんの声を聞きながら肌の感触を味わった。
「ゆうとさんに触りたいのになんか力でないし……っ、ぁっん」
言葉通り脱力しているようで、普段は悪戯気に動くいてくる手は俺の髪に触れてくるくらい。
「打ち上げだったからいいんじゃないの。2週間頑張ったんだから少しくらい羽目外しても大丈夫だよ」
捺くんの手を取り指を絡め握りしめながら頬にキスを落とす。
嬉しそうに目を細める捺くんに同じように目を細め、唇に胸元にキスしていく。
「……んっ……あ……そういえば……」
息を弾ませながらなにかを思いだしたように別の意味で弾む声。
「インターン…終わったーってのもあるんだけど……すっごく嬉しいこと言われたんだ」
手は動かしつづけたまま捺くんの顔を見つめた。
「なんて言われたの?」
「んー……とね、また一緒に仕事ができたらいいな、って」
「同じインターンシップの子?」
「んーん、部長さん」
「……え?」
「トイレでたまたまばったり会ってさー、面接受けにおいでっていってくれたんだよー」
「……」
なんで、俺は―――。
「……それって内々定ってこと……?」
手の動きを止めさりげなく視線を外し、訊き返す。
「ないない……? まさか!」
おかしそうに捺くんが吹き出して俺に密着してくる。
だけど手は動かせないまま肩に顔を伏せた。
「そんな大げさなもんじゃないよー。今日最後だったしきっと就活がんばれーな感じで言ったとかだよー」
確かに内々定というには遠いのかもし、大げさに考えすぎかもれない。
でも……。
「……そうかな。捺くんが気にいられたのは間違いないと思うよ……?」
今日まで捺くんがインターンシップで行っていたのは名の知れた総合商社。
見込みがあるからそう声をかけられたんじゃないんだろうか。
もちろん俺はその場にいたわけじゃないからどんな状況でどんな風に言われたのかわからないけれど。
「だったらいいけど」
照れくさそうにしている捺くんに――俺は"きっとそうだよ"と言えても、"よかったね"とは言うことができない。
捺くんが一生懸命頑張って勉強していることは知っている。
それに見合うだけの知識や実力も備えていることも知っている。
きっと望めば希望どおりの未来を手にできるんじゃないかと思える。
それはいいこと、のはずなのに。
――……そんなにがんばらなくてもいいのに、と思う俺がいる。
急いで大人にならなくてもいいのに。
まだずっと無邪気なこどものままでいいのに。
もっとずっと俺の腕の中にいてくれればいいのに。
そんな、傲慢な感情が、ある。
どんな捺くんだって捺くんなのに。
大人になったって変わらない、出会ったときから今だって捺くんは変わっていない。
変わってはいないけれど、変わっていて。
彼が頑張れば頑張るほど俺の存在は邪魔になる。
やっぱり――俺は、いつか。
「……きっと本当に気にいられたんだよ。よかったね」
30%ほどの良心と本心とで、そう笑う。
捺くんは"なんかやる気出てきた。次のインターンも頑張る"と、目を輝かせた。
俺はそれに目を眇め、捺くんを抱きしめ、一時だけ腕の中に閉じ込めた。






***




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