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第六夜 それは、まるで
第17話
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数歩先を行く智紀と肩を並べる。
「散歩ってどこへ?」
「んー、どうしようか。少しコーヒーでも飲みたいかなと思ったんだけど」
どうすると言いながらも智紀の足は迷いなく進んでいて、どこかに向かっているような雰囲気だった。
「どこか入る?」
「そうだなぁ」
ビルとビルの合間、ネオンの輝く遠くむこうに満月には程遠い月が昇っている。
月明りも届かない地上の明るさ。
だけれどだんだんと辺りは暗くなってくる。
人通りのない道へと進んでいく智紀。
「たしかこっちに公園があるんだよね」
「公園?」
「そう。缶コーヒーでも買って飲もうか」
「ああ、別にいいけど」
促されるように智紀についていく。
日中はまだ暑いけれど夜も遅くなってくるとだいぶ涼しくなってきていた。
心地いい気温に秋の気配を感じながらしばらく歩くと小さな公園に辿りついた。
ブランコとベンチしかない狭い公園の傍に自販機があり、コーヒーを買って公園内のベンチに座った。
プルタブを引く音が小さく響く。
さっきまで喧騒の中にいたのが嘘のように静かだった。
遠くのざわめきが風に乗って運ばれてはくるけれど、俺達以外にいない公園は照明もとぼしく、さっきまでは暗く見えた月が少しだけ明るく思えた。
「もう秋だねー」
のんびりとした智紀の声に頷きながらその横顔に視線を走らせる。
なんで――ここなんだろう。
ふと疑問が沸くけれど意味はないのだろうとコーヒーを飲む。
「そうだそうだ、シュークリーム食べる?」
「いや、いいよ。ありがとう」
ケーキの箱を掲げて見せる智紀に笑いながら首を振った。
そう?、と言いながらも智紀も食べる様子はなく煙草を取り出している。
「そうそう、あの話だけどさ」
そしてまた軽い口調で話しかけてきた。
「なに?」
なんの話だろう。
とくに会話が途切れたわけでもないから、怪訝にすれば目が合って智紀は煙草を片手に口角を上げた。
「捺くんの将来を考えて、とかいうやつ」
「……」
「あれ、本気? ということはいつか別れるってこと?」
突然のことに言葉が出ず、智紀を凝視してしまった。
「"男の俺と一緒に付き合っていることが捺くんの将来にリスクを負わせるんじゃないか"ってことは、ようするにリスクを考え別れる、ってことだよね?」
煙草を挟んだ指が動き灰を地面に落とす。
ゆっくりと咥え煙を吐き出す。
いくつかの電灯だけの暗い公園に煙は暗く立ち上っていく。
「違うの?」
ふっと口元を緩める智紀に―――煙草を眺めていた俺はようやく視線を逸らした。
「……そう、だね。いずれは……離れなきゃならないと思ってる」
「いずれ、ねぇ」
どこか含みのある声に妙に胸がざわついた。
「なーんだ」
再び智紀に視線を向けると、智紀は空を見ていて、そして俺を見た。
「じゃ、あのとき俺あきらめなきゃよかった、ってことだ?」
「……え?」
"あのとき"って、と呟く俺に、
"俺、ここで告白したんだよね"、と智紀は―――笑った。
俺が初めて智紀と会ったのはちょうどいまくらいの時期だったと思う。
捺くんと出会ったそのあと、夏の終わりに晄人のマンションでだった。
正確に言えば"初めて"ではなく、一度高校時代に学校同士の交流会で会ったことがある。
『あ、やっぱり"佐枝くん"だよね?』
10年ほど前に一度だけ会ったことがある"生徒会長"の智紀の印象は爽やかで明るく、だけれど統率力を兼ね備えているというもので。
それは再会したときもかわらなかった。
そしてそのときは晄人のマンションで一緒に夕食をごちそうになり―――。
『俺も文化祭行きたい。OBだしさー』
来なくていいと冷たくあしらう晄人に、楽しみだな、と智紀は笑っていて、それに俺も笑って、だけど。
その文化祭で―――……。
「告白……?」
「そ。ほら、あのときもさDAWNで飲んだろ? それで晄人が捺くん連れてきて、そのあとこの公園に捺くんと来て告白したんだよ」
懐かしいなぁ、と続く声にどう反応すればいいのか。
もう昔の話、のはずだ。
「いまも可愛いけど、昔は相当可愛かったよね。女慣れはしてたんだろうけど、男相手なんてその頃が初めてだったろうし。すぐ顔真っ赤にさせてさ」
おかしそうに笑う智紀に複雑な気持ちが沸く。
昔のこと。
笑い話にもなるくらいには消化できていることのはずだけど、智紀の意図がわからずに頷くことができない。
涼しい風が微かに吹く。
冷たいコーヒーに口をつけ、まざまざとあの頃のことを思い出し心臓が痛んだ。
「俺、恋愛面って好きにはなるけど相手のことがすごく特別になることってあんまりないんだよね」
「……そう、なんだ」
「そうそう。でも、捺くんは―――俺の中で一番になれそうだったんだよなぁ」
「……」
脳裏にもう忘れたと思っていた光景がいくつか浮かぶ。
文化祭で俺から逃げた捺くんが智紀と一緒にいたこと、捺くんが智紀の車から降りてそして……。
昔のことなのに。
"嫉妬"のような熱さが胸を焼いて、自分に呆れる。
「いまは恋人が一番……だろ?」
ぎこちなく頬を緩めれば、目を眇め返される。
ふ、と笑うその目が昔を懐かしんでいるのがわかり、だけれどただそれだけなのか疑問が沸く。
いやでも智紀は恋人のことを大事にしているはずだ。
智紀は俺の問いに答えず煙をくゆらせながら続けた。
「ま、振られたから一番もなにもなくなったけどね。でも振られたとき正直言えば迷った」
「……なにを?」
「んー?」
視線が絡む。
智紀の眼差しはいつもとどこかちがって見える。
「あのとき俺のほうに先に来て、そのあと優斗のところに告白しに行くって言ってたから―――行かせないようにしようかなぁ、とか」
「……」
「わりと無防備な子だったし、どっかに閉じ込めて俺だけしか見れないようにしようと思えばできたよ。俺のことしか考えれないようにすることなんて簡単だったよ」
「……」
「攫えばよかっ―――」
「智紀っ」
昔のこと、なのに、昔のことなのか、と、気づけば声を荒げていた。
「昔のこと、だろ?」
平然と返される声に、重く返す。
「……そうだ。昔のこと、だよ」
ゆっくりと智紀がベンチから立ちあがった。
飲み終えたらしい缶コーヒーを捨てにいく姿をじっと見つめる。
「優斗さ」
戻ってきた智紀は立ったまま俺を見下ろした。
「そんな昔のことでヤキモチ妬いちゃって、捺くんと別れられるの?」
「……」
「あのとき攫ってもよかったけど、そうしなかったのはなぜかわかる?」
「……」
「単純に捺くんが可愛かったからかなあ。俺と優斗の間でふらふらして、だけど一生懸命悩んで考えて優斗を好きだと気づいて認めて。
振る俺に優斗のことが好きだからって顔を真っ赤にさせて謝る捺くんが可愛かったから―――俺のエゴに巻き込むのが可哀想かなって思ったんだ」
携帯灰皿を取り出し煙草をもみ消しながら智紀は最後の煙を吐き出す。
「まだ17だったしね。同性だけれどそれでも好きだって言う捺くんを汚したくなかったっていうのもあるかなあ。きっと幸せになれるし、優斗を好きだって認めた時点でそれだけで嬉しそうにしてたから、だからそのまま見守ってあげたかったっていうのもあるな」
その目が優しく和らぎ、俺は視線を伏せた。
「というように、超優しい俺がふたりを応援することにしてあげたのに優斗は捺くん手放すんだ?」
「……手放すわけじゃない」
「別れるのに?」
直接的な言葉が胸に突き刺さる。
「……いつかは離れなきゃいけないと」
「いつかもいまも一緒じゃないの? いつかっていうならいますぐ別れなよ。そしたら俺が捺くん慰めてあげるからさ」
「……っ」
笑いながらの言葉はどこが冷たい響きがあって、一昨日の捺くんのことが思い浮かぶ。
「……俺は別に……別れたいわけじゃない。ただ……」
「"ただ、捺くんの将来を想えば"って?」
大きな智紀のため息が響き、再び隣に腰を下ろした。
木でつくられたベンチの背もたれに背中を預ける振動が伝わってくる。
静かな公園、静かというよりも重く感じる空気。
酔いなんてものはすっかり消え失せ、俺はなにをどう言えばいいのか考えればいいのかわからなくなっていた。
「まあ……優斗の気持ちもわからないでもないけどね。でも俺はやっぱり捺くんの味方かな」
「……」
「俺と晄人は二年近く捺くんと一緒に働いてたし……。捺くんが頑張ってるを見てきたから」
ほーんと一生懸命だよ、と互いに正面を見ていた中で智紀が俺のほうを向いた。
「捺くんが見てる将来を優斗も見てみなよ」
―――……捺くんが見ているもの?
俺だって捺くんが"頑張っている"姿は見てきた。
だけど、でもそういえば―――なぜ、あんなにも頑張っているのか深く考えたことがあったのか。
もう何年も一緒に過ごし捺くんのことなら全部知った気になっていたのに。
大学受験で志望校を変えたとき、もしかして俺が伝えた過去でなにか心境の変化があったのかなと思った。
だけど大学生になって智紀の会社でバイトを始めたり資格をいろいろ取り始めたときは―――単純に学ぶことや働くことの楽しさを知ったからかなと考えていた。
『優斗さん、ここなんだけどさ』
俺のマンションで過ごす日々の中で、幾度となく捺くんの勉強を見てあげて、疑問に答えてあげて、少しづつ知識を増やしていく捺くんを身近に見てきたつもりだったけれど。
捺くんはなんで頑張っているんだろう。
些細なことかもしれないけれど、それは妙に引っかかり胸の中に広がっていった。
「ね、優斗は捺くんの趣味知ってる?」
公園のまわりを巡るように植えられた木々。微かに葉がそよぐ音を聞きながら思考の底に落ちていたら唐突な質問がきた。
「……趣味?」
戸惑いながらも捺くんのことを思い浮かべる。
捺くんが好きなのはゲームで、ほかに最近は読書もかなりしていて趣味といえそうなくらいに読んでいる。
いろいろと考えていると智紀がおかしそうに顔を緩めた。
「貯金だよ」
「……ちょ…きん?」
思ってもみない答えだった。
捺くんと一緒にいるけどお金の話はとくにしたことはない。
貯金はしているかもしれないけど……。
「……貯金が趣味?」
いまいちイメージしきれずに怪訝に問いなおせば智紀は吹きだしながら頷いた。
「そー、貯金、貯蓄。たしかこのまえ金貯金始めたっていってたよ」
「……金って純金ってことだよね」
「そうそう」
「……」
ますます理解が及ばない。
金は聞いたことがないけど、株に興味があるようなことはそう言えば話していた。
デイトレをしてみたいなということも。
「今度通帳見せてもらえば」
「……え、あ……うん」
貯金に、純金……。
知らなかった事実だけれど驚いたほうがいいのか、頷けばいいのかいまいちわからない。
「……なんで貯金?」
「さあ? それは本人に聞きなよ」
俺の問いには答えるつもりはないらしく、笑いながら智紀は立ちあがった。
「ゆっくりちゃんと捺くんと話し合いな」
「……」
「別れることになったら、俺が捺くん引き受けるから」
それは俺にはっぱをかけるための言葉なのか、からかうように目を細めて見せるけれど真意は読み取れない。
「……」
「そんな睨まない睨まない。ジョーダンでしょ」
睨んだつもりはなかったけれど、智紀は声をたてて笑い俺を見たまま数歩後ろ向きで下がった。
「俺はいま可愛いマイハニーが一番だからね。それに例え捺くんに言い寄ったって捺くんはブレないよ」
優斗のことが大好きだからねー、捺くんは。
そう言い軽く俺へと手を振ってくる。
「じゃ、俺先に行くわ。言い逃げで悪いけど、ハニーにケーキ持って行ってあげないといけないからさ。優斗はもう少し頭冷やしていけば? ま、まだ残暑厳しいので冷えないとは思いますが?」
茶化す言葉を投げかけ、智紀は俺に背を向けると歩き出した。
振り返ることなく颯爽と去っていく後ろ姿を眺め、
「―――……智紀」
数メートルの距離があいて、呼びかけた。
なに、と肩越しに振り向く。
「……おやすみ」
なにか言おうと思って、だけれど何も言えず。
そんな言葉しかかけれなかったけれど智紀はふっと口元を緩めると「おやすみ」と返し公園を出ていった。
「散歩ってどこへ?」
「んー、どうしようか。少しコーヒーでも飲みたいかなと思ったんだけど」
どうすると言いながらも智紀の足は迷いなく進んでいて、どこかに向かっているような雰囲気だった。
「どこか入る?」
「そうだなぁ」
ビルとビルの合間、ネオンの輝く遠くむこうに満月には程遠い月が昇っている。
月明りも届かない地上の明るさ。
だけれどだんだんと辺りは暗くなってくる。
人通りのない道へと進んでいく智紀。
「たしかこっちに公園があるんだよね」
「公園?」
「そう。缶コーヒーでも買って飲もうか」
「ああ、別にいいけど」
促されるように智紀についていく。
日中はまだ暑いけれど夜も遅くなってくるとだいぶ涼しくなってきていた。
心地いい気温に秋の気配を感じながらしばらく歩くと小さな公園に辿りついた。
ブランコとベンチしかない狭い公園の傍に自販機があり、コーヒーを買って公園内のベンチに座った。
プルタブを引く音が小さく響く。
さっきまで喧騒の中にいたのが嘘のように静かだった。
遠くのざわめきが風に乗って運ばれてはくるけれど、俺達以外にいない公園は照明もとぼしく、さっきまでは暗く見えた月が少しだけ明るく思えた。
「もう秋だねー」
のんびりとした智紀の声に頷きながらその横顔に視線を走らせる。
なんで――ここなんだろう。
ふと疑問が沸くけれど意味はないのだろうとコーヒーを飲む。
「そうだそうだ、シュークリーム食べる?」
「いや、いいよ。ありがとう」
ケーキの箱を掲げて見せる智紀に笑いながら首を振った。
そう?、と言いながらも智紀も食べる様子はなく煙草を取り出している。
「そうそう、あの話だけどさ」
そしてまた軽い口調で話しかけてきた。
「なに?」
なんの話だろう。
とくに会話が途切れたわけでもないから、怪訝にすれば目が合って智紀は煙草を片手に口角を上げた。
「捺くんの将来を考えて、とかいうやつ」
「……」
「あれ、本気? ということはいつか別れるってこと?」
突然のことに言葉が出ず、智紀を凝視してしまった。
「"男の俺と一緒に付き合っていることが捺くんの将来にリスクを負わせるんじゃないか"ってことは、ようするにリスクを考え別れる、ってことだよね?」
煙草を挟んだ指が動き灰を地面に落とす。
ゆっくりと咥え煙を吐き出す。
いくつかの電灯だけの暗い公園に煙は暗く立ち上っていく。
「違うの?」
ふっと口元を緩める智紀に―――煙草を眺めていた俺はようやく視線を逸らした。
「……そう、だね。いずれは……離れなきゃならないと思ってる」
「いずれ、ねぇ」
どこか含みのある声に妙に胸がざわついた。
「なーんだ」
再び智紀に視線を向けると、智紀は空を見ていて、そして俺を見た。
「じゃ、あのとき俺あきらめなきゃよかった、ってことだ?」
「……え?」
"あのとき"って、と呟く俺に、
"俺、ここで告白したんだよね"、と智紀は―――笑った。
俺が初めて智紀と会ったのはちょうどいまくらいの時期だったと思う。
捺くんと出会ったそのあと、夏の終わりに晄人のマンションでだった。
正確に言えば"初めて"ではなく、一度高校時代に学校同士の交流会で会ったことがある。
『あ、やっぱり"佐枝くん"だよね?』
10年ほど前に一度だけ会ったことがある"生徒会長"の智紀の印象は爽やかで明るく、だけれど統率力を兼ね備えているというもので。
それは再会したときもかわらなかった。
そしてそのときは晄人のマンションで一緒に夕食をごちそうになり―――。
『俺も文化祭行きたい。OBだしさー』
来なくていいと冷たくあしらう晄人に、楽しみだな、と智紀は笑っていて、それに俺も笑って、だけど。
その文化祭で―――……。
「告白……?」
「そ。ほら、あのときもさDAWNで飲んだろ? それで晄人が捺くん連れてきて、そのあとこの公園に捺くんと来て告白したんだよ」
懐かしいなぁ、と続く声にどう反応すればいいのか。
もう昔の話、のはずだ。
「いまも可愛いけど、昔は相当可愛かったよね。女慣れはしてたんだろうけど、男相手なんてその頃が初めてだったろうし。すぐ顔真っ赤にさせてさ」
おかしそうに笑う智紀に複雑な気持ちが沸く。
昔のこと。
笑い話にもなるくらいには消化できていることのはずだけど、智紀の意図がわからずに頷くことができない。
涼しい風が微かに吹く。
冷たいコーヒーに口をつけ、まざまざとあの頃のことを思い出し心臓が痛んだ。
「俺、恋愛面って好きにはなるけど相手のことがすごく特別になることってあんまりないんだよね」
「……そう、なんだ」
「そうそう。でも、捺くんは―――俺の中で一番になれそうだったんだよなぁ」
「……」
脳裏にもう忘れたと思っていた光景がいくつか浮かぶ。
文化祭で俺から逃げた捺くんが智紀と一緒にいたこと、捺くんが智紀の車から降りてそして……。
昔のことなのに。
"嫉妬"のような熱さが胸を焼いて、自分に呆れる。
「いまは恋人が一番……だろ?」
ぎこちなく頬を緩めれば、目を眇め返される。
ふ、と笑うその目が昔を懐かしんでいるのがわかり、だけれどただそれだけなのか疑問が沸く。
いやでも智紀は恋人のことを大事にしているはずだ。
智紀は俺の問いに答えず煙をくゆらせながら続けた。
「ま、振られたから一番もなにもなくなったけどね。でも振られたとき正直言えば迷った」
「……なにを?」
「んー?」
視線が絡む。
智紀の眼差しはいつもとどこかちがって見える。
「あのとき俺のほうに先に来て、そのあと優斗のところに告白しに行くって言ってたから―――行かせないようにしようかなぁ、とか」
「……」
「わりと無防備な子だったし、どっかに閉じ込めて俺だけしか見れないようにしようと思えばできたよ。俺のことしか考えれないようにすることなんて簡単だったよ」
「……」
「攫えばよかっ―――」
「智紀っ」
昔のこと、なのに、昔のことなのか、と、気づけば声を荒げていた。
「昔のこと、だろ?」
平然と返される声に、重く返す。
「……そうだ。昔のこと、だよ」
ゆっくりと智紀がベンチから立ちあがった。
飲み終えたらしい缶コーヒーを捨てにいく姿をじっと見つめる。
「優斗さ」
戻ってきた智紀は立ったまま俺を見下ろした。
「そんな昔のことでヤキモチ妬いちゃって、捺くんと別れられるの?」
「……」
「あのとき攫ってもよかったけど、そうしなかったのはなぜかわかる?」
「……」
「単純に捺くんが可愛かったからかなあ。俺と優斗の間でふらふらして、だけど一生懸命悩んで考えて優斗を好きだと気づいて認めて。
振る俺に優斗のことが好きだからって顔を真っ赤にさせて謝る捺くんが可愛かったから―――俺のエゴに巻き込むのが可哀想かなって思ったんだ」
携帯灰皿を取り出し煙草をもみ消しながら智紀は最後の煙を吐き出す。
「まだ17だったしね。同性だけれどそれでも好きだって言う捺くんを汚したくなかったっていうのもあるかなあ。きっと幸せになれるし、優斗を好きだって認めた時点でそれだけで嬉しそうにしてたから、だからそのまま見守ってあげたかったっていうのもあるな」
その目が優しく和らぎ、俺は視線を伏せた。
「というように、超優しい俺がふたりを応援することにしてあげたのに優斗は捺くん手放すんだ?」
「……手放すわけじゃない」
「別れるのに?」
直接的な言葉が胸に突き刺さる。
「……いつかは離れなきゃいけないと」
「いつかもいまも一緒じゃないの? いつかっていうならいますぐ別れなよ。そしたら俺が捺くん慰めてあげるからさ」
「……っ」
笑いながらの言葉はどこが冷たい響きがあって、一昨日の捺くんのことが思い浮かぶ。
「……俺は別に……別れたいわけじゃない。ただ……」
「"ただ、捺くんの将来を想えば"って?」
大きな智紀のため息が響き、再び隣に腰を下ろした。
木でつくられたベンチの背もたれに背中を預ける振動が伝わってくる。
静かな公園、静かというよりも重く感じる空気。
酔いなんてものはすっかり消え失せ、俺はなにをどう言えばいいのか考えればいいのかわからなくなっていた。
「まあ……優斗の気持ちもわからないでもないけどね。でも俺はやっぱり捺くんの味方かな」
「……」
「俺と晄人は二年近く捺くんと一緒に働いてたし……。捺くんが頑張ってるを見てきたから」
ほーんと一生懸命だよ、と互いに正面を見ていた中で智紀が俺のほうを向いた。
「捺くんが見てる将来を優斗も見てみなよ」
―――……捺くんが見ているもの?
俺だって捺くんが"頑張っている"姿は見てきた。
だけど、でもそういえば―――なぜ、あんなにも頑張っているのか深く考えたことがあったのか。
もう何年も一緒に過ごし捺くんのことなら全部知った気になっていたのに。
大学受験で志望校を変えたとき、もしかして俺が伝えた過去でなにか心境の変化があったのかなと思った。
だけど大学生になって智紀の会社でバイトを始めたり資格をいろいろ取り始めたときは―――単純に学ぶことや働くことの楽しさを知ったからかなと考えていた。
『優斗さん、ここなんだけどさ』
俺のマンションで過ごす日々の中で、幾度となく捺くんの勉強を見てあげて、疑問に答えてあげて、少しづつ知識を増やしていく捺くんを身近に見てきたつもりだったけれど。
捺くんはなんで頑張っているんだろう。
些細なことかもしれないけれど、それは妙に引っかかり胸の中に広がっていった。
「ね、優斗は捺くんの趣味知ってる?」
公園のまわりを巡るように植えられた木々。微かに葉がそよぐ音を聞きながら思考の底に落ちていたら唐突な質問がきた。
「……趣味?」
戸惑いながらも捺くんのことを思い浮かべる。
捺くんが好きなのはゲームで、ほかに最近は読書もかなりしていて趣味といえそうなくらいに読んでいる。
いろいろと考えていると智紀がおかしそうに顔を緩めた。
「貯金だよ」
「……ちょ…きん?」
思ってもみない答えだった。
捺くんと一緒にいるけどお金の話はとくにしたことはない。
貯金はしているかもしれないけど……。
「……貯金が趣味?」
いまいちイメージしきれずに怪訝に問いなおせば智紀は吹きだしながら頷いた。
「そー、貯金、貯蓄。たしかこのまえ金貯金始めたっていってたよ」
「……金って純金ってことだよね」
「そうそう」
「……」
ますます理解が及ばない。
金は聞いたことがないけど、株に興味があるようなことはそう言えば話していた。
デイトレをしてみたいなということも。
「今度通帳見せてもらえば」
「……え、あ……うん」
貯金に、純金……。
知らなかった事実だけれど驚いたほうがいいのか、頷けばいいのかいまいちわからない。
「……なんで貯金?」
「さあ? それは本人に聞きなよ」
俺の問いには答えるつもりはないらしく、笑いながら智紀は立ちあがった。
「ゆっくりちゃんと捺くんと話し合いな」
「……」
「別れることになったら、俺が捺くん引き受けるから」
それは俺にはっぱをかけるための言葉なのか、からかうように目を細めて見せるけれど真意は読み取れない。
「……」
「そんな睨まない睨まない。ジョーダンでしょ」
睨んだつもりはなかったけれど、智紀は声をたてて笑い俺を見たまま数歩後ろ向きで下がった。
「俺はいま可愛いマイハニーが一番だからね。それに例え捺くんに言い寄ったって捺くんはブレないよ」
優斗のことが大好きだからねー、捺くんは。
そう言い軽く俺へと手を振ってくる。
「じゃ、俺先に行くわ。言い逃げで悪いけど、ハニーにケーキ持って行ってあげないといけないからさ。優斗はもう少し頭冷やしていけば? ま、まだ残暑厳しいので冷えないとは思いますが?」
茶化す言葉を投げかけ、智紀は俺に背を向けると歩き出した。
振り返ることなく颯爽と去っていく後ろ姿を眺め、
「―――……智紀」
数メートルの距離があいて、呼びかけた。
なに、と肩越しに振り向く。
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