BLINDFOLD

雲乃みい

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第五夜 性少年の嫉妬

第38話

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 ごしごし必死で擦った。
 だって実優ちゃんが泣いてないのに俺が泣けるはずない。
 実優ちゃんはそんな俺をなにも言わずに見て微笑んでた。
「だから私は、ゆーにーちゃんに"恋"をしたとき運命みたいに思ったの。私とゆーにーちゃんはふたりきりで、だから私がゆーにーちゃんのそばにずっといようって思って、そのときはそれで幸せだった」
 ふたりが付き合っていたころの話。
 俺は一度だけ二人が一緒にいたところを見たことがあった。
 優斗さんが実優ちゃんを車で迎えに来てて、はっきりとその表情は見えなかったけど、でも笑いあっていたのを覚えてる。
 その頃のことが気にならないっていったら嘘になる。
「でも……ゆーにーちゃんにとってはどうだったのかなぁ。たぶん私と一緒だと幸せにはなれなかったような気がするんだ」
「……なんで?」
「あのころ……ちゃんと私のことを好きでいてくれてはいたと思うけど、私と付き合うってことはすっごく負い目があったって思うから」
 ――確かに……っていうか、きっとそれはあったって俺も思う。
 もし実優ちゃんの両親が生きてたらまた違ったのかもしれないけど、もういなくて。
 その状態で付き合うっていうことに優斗さんが罪悪感覚えないはずがない。
 ……もし、もし全部の状況がちがってたら――優斗さんと実優ちゃんは……。
「だからたぶん一旦私ゆーにーちゃんに距離を置こうって言われたんだ。それでゆーにーちゃんは海外赴任していって。そして――私は先生と出会った」
 もしも、なんてありえない想像はすぐに止めた。
 松原と実優ちゃんがいろいろあったうえで付き合いはじめたの知ってるから。
 いつも痴話げんかみたいな漫才みたいなのしてるけど、ほんとお互い大事にしてるのが伝わってくるから。
 だから、たぶんきっとどういう出会いでも二人なら恋に落ちるんだろうなって、そんな気がした。
「それからは……捺くんも知ってるよね?」
 苦笑いを浮かべて小さく首を傾げる実優ちゃん。
 俺はぎこちなく頷いた。
 松原との詳しい出会いは知らないけど、実優ちゃんは一時帰国した優斗さんと松原のことですっげぇ悩んで苦しんで。
 ――俺はあのころ……"近親相姦"してる実優ちゃんに、そんな関係幸せになれない、とか勝手なこといって傷つけたりした。
「先生のことを好きって認めたら、ゆーにーちゃんを裏切るような気がして。ゆーにーちゃんのことをひとりにしちゃう気がして、どうしても自分の気持ちに正直になれなかった」
 懐かしいな、って思う。
 もう何年も昔のことのような気がするけど、まだ一年とちょっと前の話だ。
「どうすればいいのかもわかんなくって、苦しかった時に――」
 覚えてる?
 って、実優ちゃんが目を細める。
「お花見に行ったの、覚えてるかな?」
「――……覚えてるよ」
 3月下旬の春休み。
 まだ蕾ばっかりだった公園に花見に行った。
 言いだしっぺは俺で、悩んで苦しんでる実優ちゃんをどうしても見過ごせなくて和たちと一緒に実優ちゃんを外に連れ出した。
 そこで俺は実優ちゃんの話を聞いたっけ。
「あのときは捺くんが私の話、聞いてくれたよね。先生のことを好きだってこと気づかせてくれた。そしてゆーにーちゃんが私の幸せを望んでくれてるはずだよって」
「……」
「『″恋人″じゃなくっても″家族″には変わりないでしょ? しかもお互いが一番大切な、サイコーの家族なんでしょ』って言ってくれて」
 あの時はすっげぇ必死だった。
ものすごく落ち込んでやつれてた実優ちゃんをどうにか励まさなきゃって、必死になってなんかいろいろ言ったような気がする。
 あの日のことを思い出して懐かしくなる。
 まるで昨日のことのように思い出せる。
 一言一句覚えてるかっていわれると微妙だし、かなりくさいセリフ言ったりしたから思い出すと恥ずかしいけど。
「すっごく嬉しかったよ。恋が終わっても私とゆーにーちゃんは家族にかわりないんだって、思い出させてくれた。本当に救われたよ」
 ありがとう、って言われて、涙が滲みかけて慌ててまた腕で乱暴に擦る。
 男のくせになに涙もろくなってんだよ。
 ぐっと奥歯を噛みしめて気合入れて堪えた。
 実優ちゃんはじっと俺を見つめてきて、急にからかうように目を輝かせる。
「ね、そのあと捺くんが私に言った話、覚えてる?」
 実優ちゃんと優斗さんの"絆"は切れないんだって、俺が言ったのは覚えてる。
 だけどそのあと――……なんだっけ。
「"赤い糸"の話」
「……赤い……」
 ぼんやりと自分が言ったことを思い出してきて、急激に顔が熱くなるのを感じた。
 やべぇ、俺あのときまじでどんだけくさいこと言ってんだ。
「運命の赤い糸ってあるでしょっ、て」
 実優ちゃんが自分の小指をたてて、宙にかざす。
「この指からみえない赤い糸が出てて、それが誰かに繋がってる。私の赤い糸がもし先生だったら。ゆーにーちゃんもまた別の人と繋がってるってこと。でもその糸を無視して私がゆーにーちゃんのそばに居続けたら、ゆーにーちゃんがほんとに結ばれる人と出会えなくなるかもしれないよ?って。捺くんそう言ったんだよ」
 ……すっげぇ恥ずかしくて思わず俯いた。
 赤い糸ってどんだけ乙女だよ。
「ちょっと正直そう言われて寂しさも感じたけど、そっかぁって思って。だから……ね。すっごーく嬉しかったんだ、あのとき」
 声が最後弾んでいて、ちらり視線を上げたら実優ちゃんは満面の笑顔を浮かべてた。
「……あのとき?」
「ゆーにーちゃんが捺くんと付き合ってるって報告してくれたとき」
「……」
「いつ出会ってたのってびっくりしたし、男同士っていうのにもびっくりはしたけど、でもね、本当に嬉しかったし、すごいってはしゃいじゃったの!」
 どんどん実優ちゃんのテンションが上がっていって俺はぽかんとすることしかできなかった。
「だって、すごいと思わない!?」
 前のめりになって俺の顔を覗き込む実優ちゃんに「なにが?」ってぽかんとしたまま返す。
「だって! 私に"赤い糸"の話をしてくれた捺くんとゆーにーちゃんの"赤い糸"が繋がってたんだよ?」
「……」
「私の背中を押してくれた捺くんがゆーにーちゃんと出会って恋をしてってすっごく運命的っていうか、すっごくすっごく"奇跡"みたいじゃない? 私その話聞いたときテンション上がりまくって先生に"うるさい"って言われたくらいなんだ」
 くすくす笑う実優ちゃんに、なんか胸のあたりがむずむずしてくる。
 むちゃくちゃ恥ずかしい――けど、なんか……。
「ゆーにーちゃんもすっごく嬉しそうで、幸せそうで私ほんとほっとしたんだ。ゆーにーちゃんが特別に想う人が、ゆーにーちゃんのことを特別大切に想ってくれて嬉しくてしょうがなかったよ」
 だって捺くんもすっごく幸せそうなんだもん。
 そう言われて、胸のむずむずがどんどん増してって、視線を逸らしてしまった。
 ……照れ隠し、だけど。
「ゆーにーちゃんのことを好きになってくれたのが捺くんでよかった、って本当に思うよ」
 その笑顔は優しすぎて、その言葉は気恥ずかしくて、素直に"ありがとう"と言えないダメな俺。
「……でも……俺……ぶっちゃけ……実優ちゃんに嫉妬したり、した。ごめん……」
「あ、やっぱり?」
 ふふっと実優ちゃんは全然気にしてない様子で笑う。
「いいよ、別に。私も捺くんにヤキモチ妬いたし」
「……へ?」
 ――実優ちゃんが俺に? なんで?
 口半開きにして驚く俺に実優ちゃんがわざとらしく大きなため息をついた。
「だってね、ゆーにーちゃんっていーっつも捺くんのことばっかりなんだもん。先週だって、ほら平日に捺くんがお見舞いに来た日があったでしょう? 夕方帰ったとき」
「……ああ」
「あのときねゆーにーちゃん、6時前に帰ってきたんだ。それでちょうど帰って来たとき私キッチンに飲み物取りに行ってたんだけどね。ゆーにーちゃんってば私のこと見てまずなんて言ったと思う?」
「……なに?」
 なんだろ。
 普通に体調の心配とかだと思うけど。
「"捺くんは?"だって」
「……」
「もう帰ったよって言ったら、なんで引き止めてくれなかったんだ、なんて言うんだよ」
「……」
「待ってて欲しいんだったら、直接そう言えばいいのに! 捺くんにはカッコ悪いところ見せたくないのか大人ぶりたいのか知らないけど! それにひどくない? 私高熱出してるのに、捺くん何時頃帰ったのとか散々訊いて、そのあとようやく思い出したように大丈夫とか訊いてきたんだよ?」
「……」
 な、なんて言えばいいんだろう。
 そうなんだって……いうか。
 ――……やばい、どうしよう。
 予想もしてなかった裏話。
「……あ、ニヤニヤしてる」
「……えっ、あ、いやこれは」
「ほんとゆーにーちゃんと捺くんってらぶらぶだよねー。ゆーにーちゃんは捺くん溺愛しちゃってるし」
「で、溺愛って」
「だっていっつもゆーにーちゃんの話って捺くんのことばっかりだよ」
「……」
「電話で話しててもすーぐ捺くんのことに流れるんだよね。ほら捺くんってモテるでしょ? この前も告白されてたみたいだけど、前も何度かあるでしょ? 一度ね、軽く今日告白されてたよー、なんて言ったことがあって」
「え」
「そしたらもう心配しまくりなの! "捺くん可愛いからモテてもしょうがないんだけど"なんて言ってたけど」
「……」
「もうどんだけノロケって感じだよね? 先生もたまに呆れてるもん」
「……」
 や、やばい。
 ニヤニヤ通り越して恥ずかしすぎる。
 いや、嬉しい。
 嬉しいけど、妙に恥ずかしい。
 けど……嬉しい。
 勝手に緩みそうになる頬をさりげなく抓ってたら、バチッと実優ちゃんと目があった。
 まだなんか出てくるのかなって焦る。
 だけど実優ちゃんは笑顔を優しくして――。
「ゆーにーちゃん、捺くんと付き合えて本当に幸せそうだよ。捺くんも幸せそう。だからね、私すっごく嬉しい。ゆーにーちゃんには世界で一番幸せになってほしいから」
 嘘偽りない、本心からの言葉。
 ――優斗さんは俺といて幸せ?
「ゆーにーちゃんは、なにもしてほしいとか思ってないよ。強いていえばずっと捺くんにそばにいてほしいってことくらいじゃないかな」
「……いるよ……?」
 無意識に出た言葉。
 それに「うん」って実優ちゃんが微笑む。
「過去のことを話したのはゆーにーちゃんなりに考えがあることだろうし、それにそれは捺くんにとっては重いものかもしれないけど。でも、私は全部ひっくるめて二人は大丈夫だって信じてるよ。だって大好きでしょ?」
「……好きだよ」
 なにがあったって――俺が優斗さんを好きだってことは変わらない。
 きっとずっと、一緒にいるってことも。




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