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神殿の外に出かけて以降も、潘神の夢遊病は続いた。
相変わらず、オスカーは先祖のオリヴァーと間違えられる。
寝取り先祖のおもかげですら、よすがとせざるをえないのだろう。それほどの潘神のさびしさ、傷つきを思うと、「違いますよー、私は子孫のオスカーです!」とは言えないオスカーである。
今夜も、植物園のガゼボまで誘導して一休みさせていると、置いて行かないでくれ、と大男に抱きすがられ、ぎゅうぎゅうと締め上げられた。
「お、置いていきませんけど、きっつ、ちょ、力緩めて、んんっ」
「……う」
黒の前髪の下、泣き腫らした潘神の目が、うろうろと迷子になり、魔塔育ちで行儀の大変よろしいオスカーは、話通じねー、ああもう、とその背中に腕を回した。
「置いて行ったりしませんよ、だから落ち着いて。ね?」
潘神は黙り込む。落ち着いたか? と思った次の瞬間だ。がばっ、と潘神はガゼボの長椅子にオスカーを引き倒してきた。まるで、大きな犬が飼い主の上に乗り上げるよう、のしかかってくる。その上、泣きすぎて、はぁはぁ、と息を荒げながら、ときおり引きつれるようしゃくりあげた。もうどう考えても泣きすぎだろう。
「潘神様」
オスカーはその背中をぽんぽんと叩いて、いいんですよ、と宥めた。すると、潘神はオスカーの胸の上で、上目遣いに視線を合わせてきて、また顔を伏せる。そのまま、ぎゅう~っと抱きついた。オスカーは苦しい。
「……はは」
もうこれ、我慢するしかないな、と潘神の背中に腕を回したまま、オスカーは諦めた。正気に戻るまでこのままだ。
半ば神殿に住み着き始めているオスカーは、当然夜着である。胸元がはだけ、えっちなかっこうになってしまっているが、相手は泣き腫らした大型犬のようなもので、色気は皆無だ。
症状どんどん酷くなってないか? とそちらの方が懸念である。
というわけで、潘神の夢遊病に関して既に知っている大神官に相談した。
「どうも、潘神様の症状が酷くなっているようなんだが」
「さようでございましたか……」
神殿の応接室で、L字ソファに互いに座り、情報交換をする。
大神官も本意ではないらしく、なにがしか手を打つ必要がございますなと述べた。
「あー、あとだな。どうも私は、寝取り先祖のオリヴァー様に大変似ているようなのだが」
「存じております」
オスカーはあまり考えたくはなかったが、片手をこめかみにやると、吐き出した。
「オリヴァー様に私が瓜二つ過ぎて、潘神様に悪影響を与えている可能性はあるか」
なにしろ、意中の聖女を寝取ったご先祖様そっくりな男が、毎日毎日訪問してくるストレスだ。潘神は何も言わないが、無意識下で多大なストレスになっている可能性をオスカーは当初より懸念していた。可能性とはいえ、症状の悪化を見るに、これ以上看過できない。
大神官はソファに腰を下ろしたまま、長いひげをしごくようにした。
「ない、とは言いかねますな」
だよなぁ、とオスカーはソファに背中を預けた。
「そうだな……ハァ、少し私も身の振り方を考えよう。大切なのは、国の恩人である潘神様のお心の安寧だ。私では、残念だが、力不足か……まあ私の気持ちはよい。継承権を外れた聖女の子孫を探してみよう」
オスカーは断って、席を立った。
そうして数日後。
主神の神託が再度下され、新たな聖女がこの地に降り立った。
彼女の名前は、美羽(みう)。
突然のことに、驚く彼女の話を聞くと、なんと潘神の恋人にして寝取られた元聖女の血縁であることが判明した。
うーん、なるほどね、とオスカーは腕組みして思ったものである。
主神から、お前らが役に立たねーので、本命呼んでおいたわ! お前はクビ! という解雇通知を感じた。
美羽は、早速、潘神と引き合わされて、潘神の反応も悪くない。オスカーに対面早々「帰れ」と言ったようなことは口にしなかったらしい。
そして、極めつけは、夢遊病もなくなった。
オスカーは腰に手を当て、中庭を散策するふたりを見ながら、片手で首に触れ、うーん、と項垂れた。
まあ、俺の気持ちはよい。
大事なのは、潘神様だ。
オスカーは、実のところ、英雄譚に並々ならぬ関心を持つ子供だった。独りぼっちになってしまった英雄が、かわいそうで仕方なく、わたしもつれていってくれ……! と光の扉のむこうに消えていく人々に向かって英雄が悲痛な声を上げるシーンは、何度読んだかしれない。
正確には、彼がそう言いながら、断腸の思いで、この地上に残ることを選択した。その高潔なふるまいにこそ、衝撃を受け、こころをうたれたのだ。
すばらしいなあ! と思ったのではない。
純粋にびっくりした。
俺だったら、自分の好きなようにするけど?! とオスカー少年は思ったものである。
実際に、神格を得て、目覚めた潘神と出会い、ああ、なるほど、とも思った。こういう方か、と。
我慢しいだ。
気持ちは、主神様の英雄贔屓と同じのオスカーである。
子供の頃からの英雄贔屓だ。
聖女殿には申し訳ないが、微妙な時期だし、俺は徐々にフェードアウトして、ふたりの仲が進展するようサポートしよう。
なにしろ、寝取り先祖のオリヴァーにそっくりのオスカーである。
絶対そばにいない方がいい。
だが、潘神もそれなりに情を感じてくれているだろうし、急に現れなくなるのも感じが悪いだろう。潘神に、自分のせいかとみじんも思わせてはならない。
オスカーは首に触れたまま、顔を上げた。
「何か、公務でも入れるか」
あるいは、魔塔の役職責務を果たすか。
少し王都を離れる説明をして、その後もすぐに次の公務を入れ、やむを得ない事情で長期に不在ということにする。
まあ、そうするしかないか、とオスカーは苦笑いしつつ、先のことを考えた。
相変わらず、オスカーは先祖のオリヴァーと間違えられる。
寝取り先祖のおもかげですら、よすがとせざるをえないのだろう。それほどの潘神のさびしさ、傷つきを思うと、「違いますよー、私は子孫のオスカーです!」とは言えないオスカーである。
今夜も、植物園のガゼボまで誘導して一休みさせていると、置いて行かないでくれ、と大男に抱きすがられ、ぎゅうぎゅうと締め上げられた。
「お、置いていきませんけど、きっつ、ちょ、力緩めて、んんっ」
「……う」
黒の前髪の下、泣き腫らした潘神の目が、うろうろと迷子になり、魔塔育ちで行儀の大変よろしいオスカーは、話通じねー、ああもう、とその背中に腕を回した。
「置いて行ったりしませんよ、だから落ち着いて。ね?」
潘神は黙り込む。落ち着いたか? と思った次の瞬間だ。がばっ、と潘神はガゼボの長椅子にオスカーを引き倒してきた。まるで、大きな犬が飼い主の上に乗り上げるよう、のしかかってくる。その上、泣きすぎて、はぁはぁ、と息を荒げながら、ときおり引きつれるようしゃくりあげた。もうどう考えても泣きすぎだろう。
「潘神様」
オスカーはその背中をぽんぽんと叩いて、いいんですよ、と宥めた。すると、潘神はオスカーの胸の上で、上目遣いに視線を合わせてきて、また顔を伏せる。そのまま、ぎゅう~っと抱きついた。オスカーは苦しい。
「……はは」
もうこれ、我慢するしかないな、と潘神の背中に腕を回したまま、オスカーは諦めた。正気に戻るまでこのままだ。
半ば神殿に住み着き始めているオスカーは、当然夜着である。胸元がはだけ、えっちなかっこうになってしまっているが、相手は泣き腫らした大型犬のようなもので、色気は皆無だ。
症状どんどん酷くなってないか? とそちらの方が懸念である。
というわけで、潘神の夢遊病に関して既に知っている大神官に相談した。
「どうも、潘神様の症状が酷くなっているようなんだが」
「さようでございましたか……」
神殿の応接室で、L字ソファに互いに座り、情報交換をする。
大神官も本意ではないらしく、なにがしか手を打つ必要がございますなと述べた。
「あー、あとだな。どうも私は、寝取り先祖のオリヴァー様に大変似ているようなのだが」
「存じております」
オスカーはあまり考えたくはなかったが、片手をこめかみにやると、吐き出した。
「オリヴァー様に私が瓜二つ過ぎて、潘神様に悪影響を与えている可能性はあるか」
なにしろ、意中の聖女を寝取ったご先祖様そっくりな男が、毎日毎日訪問してくるストレスだ。潘神は何も言わないが、無意識下で多大なストレスになっている可能性をオスカーは当初より懸念していた。可能性とはいえ、症状の悪化を見るに、これ以上看過できない。
大神官はソファに腰を下ろしたまま、長いひげをしごくようにした。
「ない、とは言いかねますな」
だよなぁ、とオスカーはソファに背中を預けた。
「そうだな……ハァ、少し私も身の振り方を考えよう。大切なのは、国の恩人である潘神様のお心の安寧だ。私では、残念だが、力不足か……まあ私の気持ちはよい。継承権を外れた聖女の子孫を探してみよう」
オスカーは断って、席を立った。
そうして数日後。
主神の神託が再度下され、新たな聖女がこの地に降り立った。
彼女の名前は、美羽(みう)。
突然のことに、驚く彼女の話を聞くと、なんと潘神の恋人にして寝取られた元聖女の血縁であることが判明した。
うーん、なるほどね、とオスカーは腕組みして思ったものである。
主神から、お前らが役に立たねーので、本命呼んでおいたわ! お前はクビ! という解雇通知を感じた。
美羽は、早速、潘神と引き合わされて、潘神の反応も悪くない。オスカーに対面早々「帰れ」と言ったようなことは口にしなかったらしい。
そして、極めつけは、夢遊病もなくなった。
オスカーは腰に手を当て、中庭を散策するふたりを見ながら、片手で首に触れ、うーん、と項垂れた。
まあ、俺の気持ちはよい。
大事なのは、潘神様だ。
オスカーは、実のところ、英雄譚に並々ならぬ関心を持つ子供だった。独りぼっちになってしまった英雄が、かわいそうで仕方なく、わたしもつれていってくれ……! と光の扉のむこうに消えていく人々に向かって英雄が悲痛な声を上げるシーンは、何度読んだかしれない。
正確には、彼がそう言いながら、断腸の思いで、この地上に残ることを選択した。その高潔なふるまいにこそ、衝撃を受け、こころをうたれたのだ。
すばらしいなあ! と思ったのではない。
純粋にびっくりした。
俺だったら、自分の好きなようにするけど?! とオスカー少年は思ったものである。
実際に、神格を得て、目覚めた潘神と出会い、ああ、なるほど、とも思った。こういう方か、と。
我慢しいだ。
気持ちは、主神様の英雄贔屓と同じのオスカーである。
子供の頃からの英雄贔屓だ。
聖女殿には申し訳ないが、微妙な時期だし、俺は徐々にフェードアウトして、ふたりの仲が進展するようサポートしよう。
なにしろ、寝取り先祖のオリヴァーにそっくりのオスカーである。
絶対そばにいない方がいい。
だが、潘神もそれなりに情を感じてくれているだろうし、急に現れなくなるのも感じが悪いだろう。潘神に、自分のせいかとみじんも思わせてはならない。
オスカーは首に触れたまま、顔を上げた。
「何か、公務でも入れるか」
あるいは、魔塔の役職責務を果たすか。
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