ゴーレムは恋を知る

キザキ ケイ

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本編

09.人間と夜を過ごす

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「いいか、アメトリンになにかあれば山中の魔物が敵となると心得よ」
「はいはい」
「アメトリン、なにかされそうになったら必ずわれらを呼ぶのだぞ」
「はーい」

 カラスさんは心配そうにしていたものの、小鳥さんといっしょに帰っていった。
 残されたのはぼくとラグナ、それからオオカミさん。

「監視は残るわけか。まぁいい、アメトリン、まずは村のことを片付けよう」
「いいけど、どうするの?」
「さてどうするか……」

 残念ながらラグナも、全部の問題を解決するような考えはまだないみたいだ。
 ぼくも、ない知恵をしぼって考える。
 人間たちが襲ってくれば山はやりかえすけれど、手出しされなければ近づかない。
 このままのバランスを保つことはできないか。

「難しいだろうな。人間は欲深い。村が大きくなれば必ず近隣の山に手を出すだろう」

 アメトリンぼくという魔物がいてもダメなのか。

「現在の均衡はまさにおまえという抑止力があるおかげだ。だがヤタガラスの話を聞く限り、今度は人間がおまえのクリスタルの体を欲するかもしれない」

 では逆に、アメトリンがいなくなるのはどうか。

「クリスタルゴーレムがいなくなったと知れば、人間たちは冒険者を何人も雇って他の魔物を殺し、山を切り開くために大挙して押し寄せてくるだろうな」

 それならばもう村の人間たちを殺し、山に手を出させないよう知らしめるしかない、と言い出したのはオオカミさんだった。
 ぼくはあわてて反対し、ラグナも難しい顔で頭を振る。

「人間がいるのは鉱山村だけじゃない。村の人間たちが魔物に殺されたとなれば、別の場所の人間が来るだけだ。実力行使は避けるべきだ」

 奇しくもその答えは、かつてぼくがナマズさんたちへ言ったものと同じだった。
 うーん、と、岩の裂け目から息が漏れる。
 三匹は長いあいだ、頭を突き合わせていろいろ言い合ったけれど、よい案は思い付かなかった。
 日が傾き、まばゆい太陽が強い西日を残しながら消えていく頃に、オオカミさんとラグナは立ち上がった。

「これ以上議論しても実りは薄そうだ」
「同意見だ」

 ぼくもよっこいしょと体を持ち上げ、ラグナを見る。

「ラグナ、もう暗いけどおうちに帰れるの?」
「いや、ここで夜を明かす」
「えっ」

 ラグナはずいぶんと大荷物だったけれど、それは山に残るためのものだったらしい。
 それならばと、ぼくのおうちへ案内しようとしたのだけど、オオカミさんが待ったをかける。

「アメトリンの住処へ招くだと? 許可できるわけがない」
「だめなの?」
「当然だ。アメトリンが眠っている横に人間を置くなど……」
「前もぼくのとこにつれてったけど」
「以前は手負いだったから許されたのだ。今回はダメだ」

 牙をむきだして威嚇するオオカミさんに、ラグナはやれやれと肩をすくめている。
 このままではラグナは、ここで野営すると言い出しそうだ。
 この辺は夜もいきものが多く通るし、風が吹きさらしなので冷える。
 薄くてやわらかい肌のラグナは、ひとたまりもなく死んでしまいそうだ。

「じゃあ、オオカミさんがラグナを見張っていて?」
「は?」
「ぼくのおうちは広いから、みんなで寝られるよ。ぼく、寝相は悪くないし」
「いや、しかし。おれには自分の寝床が」
「たまには寝床を変えてみようよ」
「おれにはツガイが」
「一晩くらい許してくれるよ」
「……アメトリン、そんなにこの人間と共に過ごしたいのか?」
「えっ、ち、ちがうよ。地面は硬いから、ラグナがやぶけちゃうのが心配なんだ」
「いくら人間が弱いとはいえ、硬いところで寝たくらいでやぶけないだろ」
「でも……毛も生えてないし」

 わたわたと言い訳すると、オオカミさんは仕方なさそうについてきてくれた。
 三匹で過ごす夜だ。
 夜道を歩き、ぼくのおうちまで移動する。
 ぼくとオオカミさんの会話に、ラグナはくすくす笑うだけで、なにも言わずについてきていた。

「はぁ、まったく。おれは先に寝る」

 ぼくの寝床に着いてすぐ、オオカミさんはさっさと洞穴にもぐりこんで寝てしまった。
 ラグナは火を起こしている。
 ぼくも火のそばに腰を下ろした。

「魔物というのは……意外におしゃべりで、にぎやかなんだな」

 焚き火に枝を投げ入れながらラグナがつぶやく。

「みんなはとってもおしゃべりだよ。小鳥さんたちなんて、そんなに話すことがあるのかなって思うくらい、ずっとおしゃべりしてるんだ。オオカミさんのところはもうすぐ子どもが生まれるから、きっともっとにぎやかになるよ」
「あのフェンリルは番がいるのか。つまり最低でも二頭……」
「ねぇねぇ、その『ふぇんりる』とか『やたがらす』ってなんなの?」

 ラグナは魔物の分類について話してくれた。
 魔力を持ついきものである魔物は、動物と異なる特別な名前をつけられている。
 キョーボーでチノーが高く、きわめて危険、らしい。
 魔物にはランクがあり、フェンリルやヤタガラスはとっても危険で上位の魔物とされているけれど、中でもクリスタルゴーレムは最上位であるという。

「データだけでいえば、この山で一番危険なのはおまえだ、アメトリン」
「えー、ぼく? ないない」

 山の仲間たちが危険、というところはイマイチよくわからないけれど、とってもかしこいところは合っている思う。
 仲間たちはみんな物知りで、頭がよくて、ぼくよりずっとすごい。
 それにぼくが一番強いというところもちがうと思う。
 ぼくはよくカラスさんや泉のナマズさんに、もっとしっかりしろと怒られる。
 そんな彼らはツガイにもっと怒られている。子どもの世話をしろだとか、ご飯をはやく取ってこいだとか。
 だからこの山で一番危険なのは、ツガイのいるメスなのだ。

「ラグナには、ツガイはいる?」
「つがい? あぁ、伴侶のことか」

 ラグナは隠すようすもなく「いない」と首を振った。
 その答えを聞いて、結晶の裂け目から吐息のような音が漏れる。
 理由はよくわからないけれど、ラグナにツガイがいないと知ってうれしいような気がした。

「いつかは伴侶を得たいと思っているが、冒険者なんて稼業をしてると難しいな。妻子を残して死ぬかもしれないのに、安易な将来の約束などできない」
「冒険者は、ツガイを持てないの?」
「いや、所帯持ちの冒険者は少なくない。俺は……恋とか愛とかそういうものが、あまりよくわからないから」

 人間は大変そうだ。
 山のみんなはコイやアイなんてものでツガイを決めていない。
 ツガイを守り、子どもを守る強さをもっているか。
 もしくは、ほかにはない輝くようななにかをもっていれば、それを見つけられれば、ツガイになる。
 山のやりかたで言えばラグナなんかは、強くて変わっているから、ツガイの申し込みがたくさん来そうなものだけれど。

「はは、モテモテか。この山で相手を探そうかな」

 そう言って笑うラグナは全然本気じゃなさそうで、ふしぎ。

「ツガイがほしくないの?」
「ほしくないわけじゃないんだが、人間は案外、恋や愛を重視するものなんだ。それがないのに相手だけ求めても、な。それに俺は今、俺自身を守るのに手いっぱいで、妻子を守りきれそうもない」
「ラグナでも? 人間の中では強いんでしょ?」
「人間の中ではそうだったんだが。おまえにボロボロにされて、ますます自信を失ったところだ」
「……ごめん」

 しゅんとうつむくと、ラグナは笑った。

「魔物に負けて命があるなんて奇跡みたいなものだ。悪く思うことはない。それとも、あのとき殺しておけばよかったと思っているのか?」
「そんなこと思ってないよ!」
「そうだな、アメトリンはそういう魔物だ。だから気になった」

 ラグナにまっすぐに見つめられると、なんだか変な感じがする。
 くすぐったいような、むずがゆいような。
 結晶でできたこの体にそんな感覚あるはずないのに。

「ぼくも、その、ラグナが気になる」
「ほう?」
「人間はいきなり襲ってきて、ぼくらを殺そうとするひどいいきものだって思ってたから。ラグナはちがうから、すごく気になる」
「命を狙われたのか? 誰に」

 いきなり身を乗り出してきたラグナに、ぼくはおどろいてのけぞった。
 体がバランスを崩し、後ろにどしんと倒れる。

「大丈夫か、すごい音がしたぞ」
「うん、全然平気。襲われたのも平気だったよ」
「そうなのか。ケガもなく?」
「うん。ぼくの体は魔法を全然通さないんだ。大きな力で砕くことはできるけど、棒や石で叩かれるくらいじゃ傷つくことはないかな」
「そうか……」

 ラグナはほっとしたように座り直す。
 またもむずむずとした気持ちがして、ぼくは意味もなく胸のあたりの結晶面を引っかいた。
 すると小さな六角柱がころりと外れ、手の中に転がり落ちる。

「これ、ラグナにあげる」
「なんだ?」
「ぼくの結晶」

 ぼくとしては、魔物や人間がクリスタルゴーレムをめずらしがって求めるのなら、ラグナも喜ぶんじゃないかという、軽い気持ちだった。
 しかしラグナは目をむいて怒った。

「さっきヤタガラスたちが、クリスタルゴーレムの希少性を説明していただろう! それをよく知らない相手に分け与えるなんて……アメトリン、おまえに危機感ってもんはないのか!?」
「え……でも……」
「それは受け取れない。おまえの体が希少な鉱物だと知った以上、軽々しく受け取るべきじゃない。渡すほうもだ、アメトリン」
「……」

 岩の手がきしきしと閉じ、小さな結晶は粉々に砕けたけれど、それでも指を握るのを止められない。
 結晶の亀裂から、ひゅうと悲しい音が漏れた。

「ぼく……ラグナによろこんでほしくて……」

 ひゅうひゅうと、悲しい息吹が止まらない。
 なんだか寒い。風が渦巻いている。
 ぼくのひゅうひゅう音に合わせるように木の葉がくるくる舞う。
 そのとき、枯れ草を踏んでオオカミさんがのっそりと起きだしてきた。
 うつむくぼくに体をぶつけるように毛をすりつけると、渦巻く風がなくなる。

「アメトリン、そいつの言う通りだ。おまえの結晶には計り知れない価値がある。安易に他者に渡してはならん」
「……オオカミさん……」
「だがまぁ、気持ちはわかる。おれも若いころはツガイに振り向いてもらおうと、せっせと贈り物をしたものだ。さぁ、手を出せ」

 オオカミさんはぼくの手のひらをためつすがめつ、しげしげと見つめ、手の甲の端から生えている結晶を折り取るよう言った。
 透き通った夕焼け色の結晶には、けぶるように紫も混ざっている。
 それをオオカミさんはべろべろ舐め回し、そのままぺっとラグナへほうった。

「それを持っていろ、人間。悪いようにはならない」
「……おまえの唾液でべちゃべちゃなんだが」
「我慢しろ。それが人間にアメトリンの結晶を譲る条件だ。おまえがその結晶を悪用しようとすれば、おれの魔力がどこまでもおまえを追いかけ、喉笛をかみ砕くだろう」

 ぼくの結晶、呪われたのかな。
 ラグナは嫌そうに眉をしかめつつ、それでもなおきらきら光る結晶を火にかざして、目を細めた。

「ありがとう、アメトリン。大事にする」
「……うん」

 渡された結晶はラグナの服の中にしまい込まれる。
 それを見届けると、ぼくはなんだかふしぎな感じがした。
 胸の内側から、なにかがあふれ出しそうな。
 三匹で洞窟へ入り、寝そべっても、そのふしぎな感覚はぼくの中に残り続けた。
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