ゴーレムは恋を知る

キザキ ケイ

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本編

10.ゴーレムの正体

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 翌朝はしとしとと小雨が降っていた。
 アメトリンの横からそっと起き出し、空を見上げる。
 大雨にはならないだろう。

「どうして俺を殺さない?」

 小さな声でつぶやいたが、当然聞こえているはずだ。
 フェンリルは寝たふりをやめ、のっそりと起き上がり、伸びをしながら大きくあくびした。

「アメトリンが悲しむからだ」
「本当に大事にされているんだな、この子は」
「当然だ。アメトリンがいなければこの山にいる価値はない。鳥どももサルどもも、群れることなく去るか、もっと早く見切りをつけていただろう」
「待て、霊長類型の魔物もいるのか? 初耳だ」

 ラグナは慌てて荷物の中から古びた手帳を取り出した。
 サルの姿……すなわち人間に近い見た目の魔物の種類を推定する。手帳にはびっしりと文字が書き込まれ、すりきれそうなページも多い。
 それをフェンリルはのんびり眺めた。

「おまえこそ、高位の冒険者だろう。魔物に肩入れするようなことをしていいのか」

 ラグナは手帳をめくりながら、ちらりとアメトリンのほうを見て、細い寝息を確認した。

「おまえたち魔物が害なすなら排除するのが、俺の仕事だ。だがアメトリンはまだ人々に危害を加えていない。力を振るうのも反撃の範疇のようだし。なによりこれほど魔物と意思疎通できたことはない。魔物と戦わずに共存できるなら、それに越したことはない」
「奇特なことだ。おまえのような人間を変人と呼ぶ」
「うるさいな。しゃべるオオカミに変と言われる筋合いはない」
「しゃべるオオカミではない。おれは誇り高き銀オオカミの王だ」

 やいやいと言い合っていると、アメトリンが身じろぎした。
 ゆっくりと起き上がる。
 目や口はないが、ぼうっとしていることがなんとなくわかった。

「おはよう、アメトリン」
「おはよ……」

 ぼうっとしたままの小さな結晶頭がラグナのほうを向く。

「人間になってたんだ……いままで」
「何?」
「細い手足で、地面を走り回ってた。今日のぼくは棒を持ってた。ちょうど、ラグナがもっているみたいな……」

 フェンリルとラグナの視線が集まったのは、ラグナが持つ棒……鞘に収められた両刃の剣だ。

「ぼくはその棒で、木の枝を切ったり、同じ棒を持ってる人と戦ってた。そうだ……もうなんにんかいた。おさななじみ……」
「おさななじみ?」
「……」

 アメトリンの体がゆっくり傾いで、洞窟の壁にもたれる。
 再び眠ってしまったらしい。ラグナはフェンリルと協力してアメトリンをそっと寝かせてやってから、眉根を寄せて考え込む。

「魔物も夢を見るのか?」
「種族によっては見るものもいるだろう」
「魔物にもおさななじみがいるのか?」
「同じ群れで育てばそう呼称もできるが……クリスタルゴーレムは同種では群れない」
「……」

 フェンリルも、アメトリンの言葉をただの夢とは考えていないようだった。

「アメトリンは『剣を持つ人間』と言った。人間として、人間のおさななじみと戦う夢……だと?」
「どういうことだろう。俺の存在が夢に影響を及ぼしたにしては具体的だ」
「……」

 フェンリルはアメトリンを起こさぬよう、そっと洞穴から出た。
 軽快に歩いていくのにラグナもついていく。

「かつて、アメトリンは突然この山に現れた。それまでこの山にクリスタルゴーレムはいなかった」
「そうなのか?」
「魔物や動物が入り込むことはめずらしくないが、クリスタルゴーレムは魔大陸でもめったに見かけない種だからな、みな大騒ぎした。魔大陸の侵攻が始まったかと思ったが……アメトリンはあの通り温厚で、ここに来るまでの記憶もなかった」
「記憶がない? ここで生まれたということだろうか」
「それならば誰かが、未熟なゴーレムを見かけているはずだ。アメトリンは最初からあの巨体だった。どこかに隠れていられたとは思えない」

 フェンリルについていくと、澄んだ泉に着いた。
 木々の間にぽかんと空いた地に、青碧の湧き水を湛えた泉が現れる光景は神秘的だ。
 朝日が差し込み、底からゆっくりと大きな影が浮かび上がる。

「何をしに来た、人間。この地を水龍が治めると知っての来訪か」

 泉から浮き上がるように姿を現したのは、巨大な龍だった。

「水龍までいるのか……」

 恐れおののきながら見つめた水龍は、青みがかった白のウロコが水と光を弾いてきらめき、威圧的だが美しくもあった。

「落ち着け、ナマズ。先日も来た人間だ。アメトリンが滞在を許した」
「む……アメトリンが?」
「だいたいこの山を実質的に治めているのはアメトリンだろう。偉そうにするな」
「元々はわれが全域治めてたんだからいいではないか! 陸はアメトリンに任せているだけだ」

 魔物というものは思ったよりおしゃべりだし、気の抜ける会話も多いようだ。
 出鼻をくじかれた水龍はわざとらしく咳払いなどして、ラグナたちの来訪意図を尋ねる。

「この人間が仲立ちをするから、人間どもとうまくやっていけないかという話だ」
「人間と相容れることなどない。鉄砲水ですべて押し流す」
「即答するな。無駄に長生きなことしか取り柄ないんだからもうちょっと知恵を絞れよ」
「無駄な長生きではない! 有益な長生きだ、この犬畜生め」
「誰が犬だ! おれは崇高なる銀オオカミを統べる王だぞ」
「嫁の尻に敷かれてるくせに!」
「それはナマズも同じだろ!」

 ぎゃあぎゃあと魔物たちが無益な争いをしていると、下草を割ってアメトリンが姿を現した。

「おはよう、みんな。朝から元気だね……」

 どうも足元がおぼつかない。
 結晶の隙間からひゅうひゅうと鳴る音はまるであくびのようだ。
 ラグナが心配そうに腕を伸ばすより、アメトリンのバランスが崩れるほうが早かった。

「わ~」
「アメトリンっ!」

 慌ててアメトリンの腕を掴んだが、数百キロの巨体であるクリスタルゴーレムを支えられるはずもなく……ごろごろ転がり、仲良く泉へ落ちた。
 ばしゃんとしぶきが高く上がり、水に飲み込まれる。
 泡が去ったあとの泉は意外に広く、底は水草に覆われ、中央が深く落ちくぼんでいる以外は浅い。
 舞い上がる泥も多くはなく、澄み切った水が冷たく肌を刺した。
 落ちる瞬間まで掴んでいた魔物を探して水の中を見回す。
 いた。重さで水に沈んでいる。

(……っ)

 水を掻きながら近づいた先で、ラグナは信じられないものを見た。
 ゆらゆら揺れながら差し込む朝の日差しが泉を明るく照らし、結晶の境界線が水に溶けるように透き通って、クリスタルゴーレムの内部構造がよく見えるようになっている。
 体の中心に近いほど濃い紫色のアメトリンは、水中で薄色の固体となり、その奥には────小さく体を縮めた「人間」がいた。

「まさか、こんなことが……」

 奇妙にふるえながらも水中に響いた声に顔を上げると、水龍もアメトリンの「中身」を凝視していた。
 一人と一匹は顔を見合わせたが、このまま置いておくわけにいかない。
 ラグナはアメトリンを押し、水龍は引っ張り上げて、なんとか岸にアメトリンを転がした。

「アメトリン、大丈夫か?」

 びっしょり濡れた巨大な結晶生物は、ところどころ亀裂や隙間から水をこぼしている。

「だいじょぶ……でもなんか、へんな感じ……音がぼわんってしてる」
「水を飲んでしまったかもしれないな。しばらく安静にしていろ」
「はぁい……」

 気遣わしげに声を掛けるフェンリルは、どうやらあの「中身」に気づいていないようだ。
 水中で水と結晶の屈折率が一致し、奇跡的に「あれ」が見えたのだろう。
 ラグナと水龍だけが、それを目撃した。

「アメトリン、調子が悪いなら帰ったほうがいい。人も体に水が入ってしまったときは気持ち悪くなるから、安静にして、水が出るまで待つしかないんだ」
「そうなんだ……ごめんね、ナマズさん。おうちに勝手に入って」
「構わん。アメトリンならいつでも歓迎だ」

 よろよろと洞穴へ戻るアメトリンに、フェンリルが心配そうに付き添っていった。
 ラグナは泉のほとりに残った。
 ずしんずしんという足音が聞こえなくなってから口を開く。

「アメトリンは、人間なのか?」
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