恋のかたちになるまでに

キザキ ケイ

文字の大きさ
2 / 6

02.善視点(2)

しおりを挟む
 数日後、今度はリュウを伴ってあのバーへ行った。
 相変わらずアウェー感が強いけど、店のシステムがわかっているからか、前回よりは肩肘張らずにいられてると思う。
 それよりリュウのこなれ感がすごい。
 常連ですけど、みたいな顔で、長いカタカナ名の謎カクテルを当然のように傾けている。
 周囲の客だけじゃなく、女装のバーテンダーからウィンクもされてた。
 女にモテることは知ってたけど、男にもモテるんだなぁ。

「で、どれ」

 店内を眺めるためだろう、小さめのボックス席へ陣取ったリュウは、横柄な口調で周囲を見回す。
 なんか今日機嫌悪いんだよなこいつ。

「カウンターに座ってる茶髪の人。ジャケットの……」
「あー」

 シンさんは今日複数人で来ているようで、楽しそうにしゃべっている横顔が見える。
 あ、だめだ。
 胸がぎゅっと詰まったように痛む。
 シンさんの姿にだけピントが合うレンズみたいに、それしか見えない。バーの暗い照明の中でひときわシンさんだけが輝いて……。

「善には無理じゃね?」
「えっ」

 頭をぐりんと回されて、視界からシンさんが外れ、どアップのリュウがフォーカスインしてきた。

「無理って、なんで」
「相当な遊び人だよ、あれ。ヤリチンてやつ。善みたいなの、相手にしないよ」
「……」

 それはなんとなく察してた。
 写真部のおれたちを見回すときの品定めのような目を思い出す。
 今だって、隣に座って話している男の腰にいつのまにか手を回してる。
 しゃべりがうまくて、ついいろいろ話してしまったし、お酒もかなり進んだ。
 日常的にそういうことをしている人なんだろうなって、感じてはいた。
 でも、そんなのは諦める理由にはならない。
 おれが頑ななのを見て、リュウは再びこれ見よがしな溜め息を吐いて席を立った。

「え、どこ行くの」
「これ以上見てても仕方ないだろ。声かける」
「いやいやいや無理無理無理」
「無理じゃない。こないだはどーも~って言いながらアレに混ざるだけだって」
「無理だってほんと無理! 座れ、座ってくれ!」

 リュウの腕にすがりついて頼み込むと、仕方なく座ってくれたけど、むすっとしてる。

「いきなり話しかけるだなんて、なに考えてんだよ!」

 おれにはリュウの考えが全然わからない。
 腹を立てるおれに、リュウはむすっとしたまま唇をとがらせた。

「気になるなら話しかければいいじゃん。距離詰めなきゃなんにも始まんないし」
「始まらなくていいって!」
「でも付き合いたいんだろ? 俺にやりかた聞いてきたじゃん」
「そうだけど、違うんだって……!」

 相談する相手を間違えたとしか言いようがない。
 これ以上リュウが暴走する前に、会計を済ませてバーを出る。
 なぜか粘ろうとするリュウの背中を押して無理やり外に出ると、涼しい夜風で気持ちが落ち着いたのか、苛立ったような気配はなくなった。

「リュウ、無理言って悪かった。ここに来るの嫌だったんだろ? もう頼まないから……」
「嫌だったけど、そういうことじゃな~い」
「じゃあなんで……」

 リュウはどんどん歩いていってしまうので、おれはついていくしかない。
 やがて繁華街の奥地の怪しい通りに入った。
 ネオンがぎらついているのに、妙に暗い。探るような目つきの黒服がたむろしている。
 こんなところに用はないはず。
 帰ろうと声をかけようとして、リュウに腕を掴まれた。
 そのまま暗がりへ、路地の中へ押し込まれる。

「さっきのあいつと、こういうことするかもしれないんだよ」
「え、」
「連れ込まれて、押さえつけられて。善にどうにかできんの?」

 リュウはそれほど力を入れているようには見えないのに、おれの体は動かない。
 自分より背が高くてガタイのいい男に押さえつけられると、こんなに身動き取れないものなんだ。
 じわっと嫌な汗が伝う。

「りゅ、リュウ。冗談やめろって」
「冗談だと思う?」
「……」

 威圧するように顔を近づけられて必死に目を逸らす。
 リュウが怖い。
 友だちのリュウに恐怖を感じたことも、彼を無理にここへ連れてきたことも、すごく後悔している。
 小さな声で何度か謝ったけれど、リュウは許してくれない。

「善はちっとも分かってない、男同士ってこと。男にこうやって無理強いされて、チンコとかケツとか触られるんだよ。あいつ善よりでかかったし、力ずくじゃ逃げられないよ。痛いって叫んでも血が出ても、無理やりやられちゃうんだよ」
「も、もう……やめ……」
「……な~んてね」

 ぱっと手を離されて、一瞬なにが起こったかわからなかった。
 体が動く。
 押さえつけられていた肩に触れた指が馬鹿みたいに震えている。

「男同士ってトラブルになると大事になりやすいんだよ。殴り合いになったりさ~。だから善にはじゅうぶん気をつけてほしくて」
「……」
「あっ肩痛かった? ごめんね。痛いの痛いの飛んでけ~」

 妙に間延びした話し方はいつものリュウでしかなくて、一番のダチに本気で怯えてしまった自分がダサくて情けなくて、震える手を握り込んで目の前の体を殴った。

「っ馬鹿! バカリュウ!」
「うわごめんって。いて、ごめん!」

 気が抜けてしまって、路地にしゃがみ込むと、リュウも横に来た。
 ごめんとしきりに言いながら肩を撫でてくる。
 それがだんだん、いたずらして自ら傷つけた場所を舐める猫のように思えてきた。

「はぁ、もういい。さっきの脅すようなマネは、親切心でやってくれたんだろ?」
「まぁそーだね」
「わかった。じゃあ行ってくる」
「待って待って、どこへ、なにしに?」
「シンさんとこへ。告白しに。バーの中なら人目があるから乱暴なことにはなりにくいだろうし、おれがリュウにも力負けするとわかったから、危ない雰囲気になったら避けて逃げる」
「ちょちょちょ、一旦落ち着こっか~?」

 立ち上がろうとした肩を抑えられ、汚い路地のアスファルトに逆戻りした。
 さっきとまるきり逆だ。

「なんで止めるんだよ」
「むしろ止めないわけないよね? なんでさっきの今で突撃しようってなるかなぁ。それに今のままじゃ成功率低すぎるよ」
「覚悟の上だ。当たって砕けろ」
「なんでそう思い切りがいいかなぁ?」

 なぜかおれ以上にあわあわ慌てているリュウがなんだかおかしい。
 リュウは「笑ってる場合じゃない!」などと怒るが、ふとなにかを思いついたらしい。

「今から行ってもフラれるだけだけど、どーせなら成功率を上げてからチャレンジしてみるのはどーかな」
「成功率?」
「まず善は、やぼったい」

 や、野暮ったい……。そんなこと初めて言われた。
 たしかに、染めることなど考えたこともない黒髪は、近所の床屋で短く刈ってもらってるだけ。毎日適当に着回してるポロシャツとジーンズ、黒のリュックはへたってきてて、唯一気を使っているのはスニーカーくらいか。
 洗練とは真逆にいる俺と対照的に、リュウはとってもおしゃれだ。
 高校時代はみんなどんぐりの背比べだったはずなのに、今やリュウの垢抜け感はすごい。
 元々の素材がいい上に、おしゃれな茶髪はゆるくウェーブして、着崩したシャツと妙にぶかぶかのズボンもなんだかキマってる。
 靴もおしゃれだけど、おれはどうにも靴底の薄いこのシリーズは好かないんだよなぁ。

「俺の靴にケチつけてる場合じゃないでしょ~。まずは髪型、それから服も。びしっとすれば善だって、男も振り向く雰囲気イケメンになれるよぉ」
「雰囲気ってつけるなよ」
「だって善って……まーいいや。とにかく素材はいいんだから、明日から変えてこ。まずは俺の行ってる美容室行くから~」
「えっ」

 スマホをすいすいやりだしたリュウに絶句していると、「雰囲気」とつけなくていいイケメンは軽くおれを睨んで言った。

「付き合いたくなったんでしょ~? あいつと。協力してあげるって言ってんの」
「え、ぁ……リュウ……おまえってなんていいやつなんだ」
「言っとくけど、見た目整えてもダメかもしれないからね。期待しすぎないでよぉ」
「もちろん! 神様仏様リュウ様、ありがとうございますっ」

 暗い路地で手を合わせて拝んだリュウは、遠い街灯に照らされて表情はよく見えなかった。
 けれどおれにとってはこれ以上ない、救世主に見えたんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。

ホマレ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。 その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。 胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。 それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。 運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

来世はこの人と関りたくないと思ったのに。

ありま氷炎
BL
前世の記憶を持つ、いずる。 彼は前世で主人だった三日月と、来世で関わらない事を願った。 しかし願いは叶わず、幼馴染として生まれ変わってしまった。

先輩のことが好きなのに、

未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。 何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?   切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。 《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。 要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。 陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。 夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。 5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

処理中です...