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本編
01.破壊神の仕事
しおりを挟む『破壊神』というと、なにを思い浮かべるだろう。
残虐な神。悪魔の王。
破壊のかぎりを尽くし、世界を破滅へ向かわせる存在───。
そんなところだろうか。
しかしそんな華々しい破壊神はエリート中のエリートで、無数にあると言われるさまざまな世界のなかでも一握りしかいない。
ほとんどは俺のような、地味な破壊神だ。
なかでもキングオブ地味破壊神の(不名誉な)アダ名を恣にしているのが俺だ。
破壊神の朝は早い。
地平線から太陽が全貌を現すころに、目を覚ますところから一日がはじまる。
目覚まし時計は、一度だけ鳴って止まるタイプのもの。
寝起きの頭で不用意に触れれば壊してしまうからだ。俺は物持ちの良い破壊神だ。
さっぱりとした朝にはしっかりした朝食が欠かせない。
冷たい水で顔を洗い、パジャマがわりのジャージをシャツとチノパンに着替えて家中の窓を開け放つ。
寝ぼけたときや酔っ払っているとき以外は、不用意に破壊することはあまりないので、ここ数年は服も窓枠も壊していない。
ヤカンで沸かしたお湯からコーヒーを淹れる。
年季の入ったフライパンを振るってハムエッグを作る。
さっきトースターに入れた食パンが二枚焼き上がった頃だ。バターを塗ってハムエッグと一緒に食卓に運ぶ。
「おい、朝だぞ! 起きろ!」
「ん~…………あと5時間」
「昼になっちまうだろうが! 朝飯できてるぞ!」
「……たべる」
俺のものではない寝室を遠慮なく開け、ベッドにうつぶせで寝ている同居人の額を遠慮なく叩いて起こす。
仮にも破壊神である俺が、力を加減することなく触ることができるのはこいつだけだ。
「おはよぉ、カイくん」
「おはよ。さっさと起きろ」
枕に頬をつけたままこちらを向いた顔が、寝ぼけ眼のまま微笑む。
ふわふわした髪が四方八方に跳ねている寝癖頭のこいつは───創造神だ。
すべてを破壊するもの「破壊神」。
あまねく創造するもの「創造神」。
創造神が世界のために適宜環境を整えたり、生命を作ったり、創造活動をし。破壊神はそれを壊す。
至って健全な関係だ。本来この二柱は対立する存在だ。
しかし俺のいるこの世界ではそうならなかった。
俺がこの世界の破壊神として着任したとき、世界はものすごい有様だった。
星の直径と同じくらい高い山、星の核が露出するほど深い谷。
大気には生命に必須な空気どころか有害物質もてんこ盛り含まれており、それなのに生物は星の生態系を維持できないほど大量に湧き出てくる。
つまり、創りすぎの状態だった。
「あ、君が新しく来たっていう破壊神? さっそく今からお仕事頼むよ~」
髪も服も伸びすぎて、もはやUMAみたいな見た目の創造神が掛けてきた初日の一言は、一生忘れないだろう。
中の下くらい実力しかない破壊神の俺が配属されたのは、上の上……すべての創造物が規格外のサイズになってしまう最上位クラスの創造神のいるところだったのだ。
俺の最優先事項は、こいつのお守りだった。
「カイくんが作ってくれた朝ごはん、おいしいねぇ。僕のお嫁さんにならない?」
「それよりとっとと昨日創ったやつ出せ」
「カイくんのいけず……でもそんな冷たいところもス・テ・キ」
「……」
両腕に鳥肌が立ったのを擦って落ち着ける。
神に固有の名前はないので、強いて言えば俺の名は破壊神だが、こいつは何度説明しても俺を「カイ」と呼ぶ。
破壊神だからカイだ。
当然創造神にも識別名はないが、「僕のことはソーちゃんって呼んで!」と一日一回は言われる。
誰が呼ぶか。
創造神が動く気がないようなので、俺は勝手に奴の寝室に入って目当てのものを探す。
それはベッドサイドに無造作に放り出されていた。
触れてすべて壊してしまわないように、ピンセットでつまんでリビングへ戻る。
俺とこいつは、この雲の上の一軒家に二人で住んでいる。
どこから来ているのか不明だが電気水道ガスが通っており、一通りの家電にエアコンもついている。
残念ながらテレビはない。光回線もない。
なぜこんな不便な立地なのかと言えば……神は雲の上に住んでいるものだから、らしい。
本来は俺が住むための1LDKの集合住宅があったのだが、俺が入居する前に建物が家として使えなくなってしまった。
建材が無限増殖して、土の塊になってしまった集合住宅(だったもの)からベランダ部分だけがいくつか突き出ている衝撃の光景は、今でもよく覚えている。
絶対に奴がなにかしたんだろうが、俺では創造神をどうこうすることはできないので、詰め寄っても揺さぶってもシラを切られれば終わりだった。
代わりの住居が見つからず、仕方なく部屋が余っていた創造神の家に転がり込んだ。
創造神と破壊神が同居なんて普通なら考えられない事態だ。
そこまでして手元に置きたがられるほど俺は魅力的な破壊神ではないはずだが……この創造神はなにもかも規格外なので、たとえ説明されても凡神の俺には理解できそうもない。
「カイくんはホントに働き者だねぇ」
いつの間にか朝食を食べ終えた創造神が、座って作業をする俺の横にくっついてきた。
暑苦しいので今すぐ引き剝がしたいが、俺の両手は塞がっているのでそうできない。暑苦しい。
俺の朝一番の仕事は、こいつが寝ている間に勝手にできてしまうモノを処理することから始まる。
家事は仕事じゃなくて趣味だ。
触れるものみな傷つける性質の破壊神とは正反対に、創造神は居るだけで何かしら創造をしてしまうものらしい。
そしてこいつは最上級創造神なので、生み出すものの量がケタ違いだ。
極端な話、立てば生命誕生、歩けば植物が足元を覆い、呼気に混じってバクテリアが生み出されるというレベルだ。
髪も1日で10cm伸びる。
ふつうの創造神ならそこまで生きにくい状態にはならないらしいが、こいつはそういうところも規格外である。
俺はこいつとは比ぶべくもない木っ端破壊神だが、最近はこいつに合わせるのも板についてきて、無意識の創造くらいなら相殺できるようになってきた。
そのおかげか、地上も毎日天変地異な状態からは脱して、急速に発展しつつある。
先日は順調に数を増やしている人類の一部に文明ができはじめていて、感動したものだった。
感慨深く過去を振り返りながらも手元は止めずに作業を進める。
創造神も寝ている時は無防備なので、よくこうして創造をしてしまう。
今日の創造物は風の渦だ。
無意識下の創造で作られたものは、一定時間放置されることで地上に適用される。
逆に言えば、地上に創造が行われるまでに俺が介入できれば、造形物は相殺されてなにも起こらなくなる。
さらに、創造物を完全に破壊するのではなく部分的に消したり、調整したりといった作業を加えることができれば、強烈な大竜巻を爽やかな微風にするといったことも可能だ。
俺がこいつの相棒に選ばれたのは、ひとえに創造物の調整が上手かったから。
手先が器用ってことだ。
ピンセットでつまんだ「風の渦」は、薄緑色のガラス玉のように見える。
俺のもう片方の手には専用の工具がある。
創造神の創造物を壊すには俺の力が不可欠だが、手で触れたり握りつぶすだけでは効率がよくないし、繊細な作業が難しい。
ここに赴任してきて真っ先に俺がやったのは、創造神の胸ぐらを掴んで揺さぶりながら道具を作らせたことだ。
奴が手ずから作ったものは、程度にも寄るが頑丈だ。大事に使えば数世紀は持つ。道具に破壊神の力を流し込めるようにして、細かい作業が可能になった。
美しいガラス玉をまず半分に割って、片方は直に握り込んで消滅させる。
小さなナイフのような部分で残った半分をおおまかに削り落としてから、柄を回して鋭い部分で細かい模様を刻んでいく。
完成したものは元々の六分の一程度の大きさになった。これは星の南半球で低気圧になる。
「よし、こんなもんだろ」
「カイくんは手先が器用だねぇ、すごいなぁ」
低気圧のガラス玉は、薄布に巻いて木箱に収める。
工具と同じく奴に作らせた収納箱は、創造物をしまっておけば好きな時に取り出せる。
「……」
いつのまにか俺は奴の膝の上で、背中を覆うように抱え込まれているが、そんなことを気にしていたらこの職場では一週間と持たない。
こいつからのセクハラはもはや業務の一部みたいなもんだ。
過剰労働、長時間勤務、果ては同居の同僚のセクハラ……。
暗黒とも言えるほどブラックな職場環境だが、俺ががんばらないと比喩でなくこの世界が滅ぶ。
創造神によって世界が崩壊したらシャレにもならない。
やりがい、なんてまどろっこしいことを言うつもりはないが、そういうものがあると思っていなければやっていられない……。
そんな職場だ。
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