中堅地味破壊神は世界を平和にしたいだけ

キザキ ケイ

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本編

03.地上観察業務

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「本日の業務は、地上の観察である!」
「めちゃめちゃ嬉しそうだね、カイくん」
「うるせえ! 行くぞ!」

 はやる気持ちを抑えて、スキップしそうになるのも堪えて、庭を横切る。
 創造神が俺の様子に気づくのも無理はない。
 俺はこの、地上の観察業務が一番好きなのだ。

「今日はどの辺を見るの?」
「前回文明が発生した国は覚えてるか?」
「あぁ……あそこね。引き続き観察せよってことかな」

 創造神は仕事全般に興味がないのでいつも通りかったるそうだが、大人しくついてくる。
 ぶっちゃけ観察だけならこいつはいらないんだが、家に放置してもそれはそれで面倒になるので仕事は常にツーマンセルだ。
 向かうは庭の遥か彼方。
 木の柱で組まれた屋根とテーブル、椅子だけがあるこの場所は見た目通り「四阿あずまや」と呼ばれていて、果てしなく続いているような気さえする雲海の庭で唯一ぽっかりと雲の切れ間がある場所だ。
 そこから下を覗けば、どういう原理か、地上の好きな場所を見下ろすことができる。

 雲の上の家に住む俺達の時間と、地上の時間は異なっている。
 7から10日に一度ほどあるこの観察業務だが、見るたびに地上の様子はどんどん変わっていく。良くも悪くも発展を遂げていて、俺はいつもわくわくしてしまう。
 生き物が進化していくのを見るのは、なにものにも替えがたい楽しみだ。

「創造神、記録は頼んだ! 俺は地上を監視する作業に入る」
「はいはい……楽しそうでなにより」
「こ、これは仕事だ!」

 俺の言葉なんて全然信じていないらしい創造神だが、業務の割り当てに不満はないようだった。
 普段から不真面目な創造神は放置するとして、俺はさっそく四阿の床に寝そべって雲の切れ間から頭を出した。
 地上は遥か下に広がっているが、ここから覗けばすぐ手が届きそうなほど近くの視点から眺めることができるようになっている。

「発展してる……!」

 覗き込んだ文明は、着実に進化の道を歩んでいた。
 俺から見ればまだまだ原始的だが、共通の言語や文字などがすでに発生している。
 階級社会も出来上がっていて、部族の長と言うべき存在が王として立っているのが見えた。
 北方に位置するこの土地は日差しが弱いためか、作物が育ちにくく人間達は自然と身を寄せ合って過ごす術に長けていた。文明が生まれるのも必然だろう。
 全体的に色素の薄い人間が多く、金や銀の髪の彼らの営みを見ているだけで心躍る。

「これからどんなふうに進化していくのか、楽しみだなぁ」
「カイくんは人間が好きなんだね」

 雲海に頭を突っ込んでいる俺の横に、創造神が座った。
 記録用の紙束を膝の上で抱えている。

「そりゃそうだろ、人間は俺達の姿に似せて作られてるんだぞ。子どもみたいなもんじゃないか」
「きみが作ったんじゃないのに」
「……嫌なこと言うな、お前」

 雲から身を起こして創造神を睨む。
 確かに、この人間達はすべて創造神が創ったものだ。
 髪の色の薄い人類はどことなくこいつに似ている。目鼻立ちのはっきりした、バランスのいい顔立ちだ。俺の地味顔とは系統が全く異なる。
 他の世界でも同じ。人類は創造神に似る。
 破壊神である俺が、なにかを作り出すことはできるはずもない。

「いいんだよ、俺が子どもみたいに思いたいだけなんだから。どこの世界でも生物の営みは同じだ。数を増やし、栄える。俺の存在が壁になるなら、それもまた親らしいってもんだろ」

 自分で思うより、諦めの滲む声が出てしまった。
 俺だって、壊すことしかできないこの身がもどかしいこともある。
 ただ、そんなことを考えていても俺の成り立ちはどうにもならないし、消滅するまでそれが変わらないことも知っている。
 それなら今あるもので満足するのが最適解だというだけだ。
 生物にとって破壊とは、すべてが滅亡への道標というわけではない。
 今あるものが壊れ、朽ち、死ぬからこそ生命が発展していくという側面もある。俺はそれを担っていられればいいと思っている。本心だ。

「ごめん」
「なにが?」
「意地悪なこと言った」

 創造神と目が合う。なぜか向こうの方が俺より傷ついた顔をしていて、ちょっと笑えた。
 さっきは不貞腐れたような顔をしていたのに、短時間でころころと表情を変える。本当に子どもみたいだ。

「気にしてねーよ」

 横にいる、心なしか小さくなっている創造神の背中をばしばし叩く。
 いつもうるさいこいつが俯いてしおらしいなんて気持ち悪いし、普段とは違う創造が発動したら厄介だ。

 俺のもうひとつの重大な仕事は、こいつを制御すること。
 大きな感情の起伏を起こさせず穏やかに生活させて、俺の力の範囲内だけでどうにか収める。世界にとって不測の事態が起こらないように保つ。
 抑え込むといえば聞こえは悪いが、こいつだってそうそう変化を望んだりはしていないはずだ。毎日変わらず、まるで人間のような暮らしで日々過ごせればそれが一番いいに決まってる。
 だからこそ俺も毎日の超過労働やセクハラに耐えているのだ。

 創造神も世界もしっかり運営してみせる。
 ───今度こそは───
 創造神の横顔を眺めながら、俺は決意を新たにした。



 文明の観察を終えたあとは、レポートをまとめる作業だ。
 書き物は創造神に任せるとは言ったが、こいつ書類仕事は特にやる気がなくて、今日の記録用紙もメモ書きな上に箇条書きだった。
 とても仕事の成果物とできるものではない。
 この紙束は俺が預かって、あとで自分の見解も混ぜながら清書をしないとならない。
 正直、俺が全部仕事を請け負ったほうが手間もないし面倒もないのだが……二人でしっかり仕事をしているという体裁を整えることも重要だ。
 実務に関しては、こいつが本気になったら俺では敵わないし、機嫌を取るという意味合いも含まれる。

 のんびり歩いて家路をたどりながら書類を捲っていると、創造神がじっと俺の横顔を見つめてきた。
 俺は視線を返さないまま問う。

「なんだよ。俺の顔になにかついてるか?」
「さっき言ったことだけど」

 立ち止まって、視線を合わせる。
 いつになく真剣な顔をしていたからだ。

「さっきってどの話だ?」
「人間の……容姿のことだよ」
「あぁ」

 だいぶ前の話だった。てっきりつい先ほど説明した明日の業務予定のことかと思った。
 確かに妙にしおらしく謝ったりしてきたから、なにか気にしているのかと思わなくもなかったが……俺が考えていたより重く考えているのかも。

「さっきも言ったけど、気にしてないぞ」
「俺が気にする。カイくんが生物にとって壁でしかないなんて、思ってほしくない」
「いや、でも実際俺は壊すことしかできないだろ。ここで暮らすのも結構気を使ってるんだぞ」
「理論上は可能なんだ、破壊神が生命を創ること」
「……は?」

 こいつはなにを言っているんだという俺の気持ちが表情にくっきり浮かんだのか、創造神が俺の手を握って身を乗り出してきた。

「いやいや……『破壊神が生命創造』って『白い黒髪』って言ってるようなものだろ、言葉として成り立ってないぞ」
「できるよ。もちろん多少俺が手伝う必要はあるけど」
「はぁ……」
「ひとつは、俺が生物の入れ物を造って、そこにカイくんの力を注ぐ方法だね」

 聞いてもいないのに、奴は目を輝かせながら持論を捲し立て始めた。
 曰く、俺達破壊神が扱う破壊の力というものは無機物と有機物を区別しないのだが、代わりに時間や空間といった四次元存在を破壊することはできない。
 そこで創造神が造る生物を多層構造にして、外側に肉などの外皮、内側に破壊神の力、その間に制御された空間の層を作り上げて、破壊神の力を肉体の活動に使うことができるよう調整できれば、破壊神の子と言えるような存在が造れるとのこと。
 そんなこと考えてたのかこいつ。理系か?

「それ自然発生無理だよな? 俺の力の比重大きすぎない?」
「たしかに自然交配で増えるのは難しいと思うし、大量生産もできないから、現実的じゃないけどね。作ることは可能だよ」
「うーん……。で、ふたつめは?」
「俺とカイくんが交わって子神を作る」
「…………は?」

 掴まれている手をもぎ離そうとして、逆に両手で握り込まれてしまった。
 怖いくらい強く握られてるんですけど?

「俺とカイくんが二柱神として君臨している以上、ここは多神教世界なんだよ。多神教といえば、主神と他の神が交わって神が増える展開」
「いやそんな展開知らないから! 手離っ……」
「さっき言った方法はあくまで人間寄りに生命創造する場合で、こっちなら余計な準備はいらないしなんなら帰ってからすぐにでも」
「あ、明日も仕事があるので失礼します!!」

 俺は今持てるすべての破壊の力を肌の表面からぶわっと発動させて、創造神から加えられる握力と相殺した。
 一瞬俺達の間に隙間ができて、すかさず手を取り戻す。
 思わぬ反撃にぽかんとした顔の創造神を置いて、俺は走った。
 走って逃げた。
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