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本編
05.事務所と事務員
しおりを挟む朝、目を覚ますと、至近距離に同僚の顔がある光景。経験あるだろうか。
普通はないだろう。
俺は最近よく遭遇している。
「カイくんおはよ」
「ひっ!? なんで毎朝毎朝お前は俺の部屋にいるんだ!」
「起きてくるのが待ちきれなくて、つい」
同僚が、寝ている俺に覆いかぶさっているという末恐ろしい朝。
ベッドをずり上がって距離を取った俺に全く頓着することなく、創造神は俺の顔中にキスをしてくる。
額、まぶた、目元、頬ときて、唇にも。
自分から許可を出してしまったせいで強く拒否することができないのを逆手に取られているというか……もはやこの朝の挨拶は日課になってしまっていた。
今までは寝起きが悪かった創造神が、いつも俺より早く起きて俺の寝顔をじっと見ているというのはぞっとしない。
ひとしきり俺を構うと創造神は機嫌良さそうに部屋を出ていった。
俺は特大の溜息を吐きながら身支度をする。これも習慣になりつつある。
溜息で幸せが逃げるなら、俺の幸運値はもうマイナスだろう。
一度、この世界での「唇を合わせる行為」の定義について調べてみた。
俺も奴も知識としてこれが「キス」であるということは承知しているが、親愛の行動は世界によってさまざまな形態に変化しうるので、創造神的にどうなのか確認しておこうと思ったのだ。
当然、本人に聞くなんていう藪蛇なことはしない。
休憩時間に地上を覗いて、人間同士の性の営みを見させてもらったという意味だ。
この世界の人間もキスは普通に使う愛情表現で、唇へのキスは恋人や伴侶など、特別な間柄のみで交わされる行為だということが確認できた。
色々と見ていくなかで、人間の男性体同士が男女の性交のように絡み合っているのを見つけてしまい、ちょっと呆然とするという余計な一幕もあったが……俺には全く、一ミリも関係ないことなので問題はない。
人間同士で誰と恋愛しようと、もちろん自由だ。
俺には全く関係ないことだからな!
というわけで創造神は、俺に対して最上級の「親愛の情」を表現しているということだろうと理解できた。
ここに着任してから長期間一緒に暮らしたわけではない……と俺自身は思っていて、あいつが俺のどこにそこまでの情を抱いているのか皆目見当もつかないが、嫌われているより好かれている方が間違いなく良い。
俺の顔面をちゅうちゅう吸われるだけで温厚な職場環境が築けるというのなら安いものだ。
(そう考えないとやってけない……)
動きやすい服に着替えて居間に行くと、いつものように創造神がソファに座って待機していた。
手早く朝食を作って出す。
「朝起きるのが早いから、一日が長い気がするよ」
カリカリに焼いたトーストにジャムを塗りながら、創造神が機嫌良さそうに言う。
このジャムは俺の手作りだ。他所から調達すると甘みが強いので、砂糖少なめでベリーを煮詰めた自信作。
俺くらい取り柄のない地味破壊神ともなると、日常的な料理以外も軽くこなせるのだ。
俺の部屋の本棚には料理本が詰まっている。
「そうだろうな。俺より先に起きてたんじゃ、お前にとってはかなり早起きだろうな」
「俺も家事とか手伝えたらいいのに……」
「頼むからなにもするな。わかってるよな?」
「うん……いつもありがとね、カイくん」
トーストを齧りながらはにかむ創造神に、俺はちょっとしたこそばゆさを感じた。
こいつはいつも素直にお礼や謝罪の言葉を口にする。
長いこと神をやっていれば、誰しも多かれ少なかれ捻くれてしまうものだという。
俺なんか特にそうだ。
その点こいつはちっとも擦れたところがなくて、かといって子供っぽいわけでもない。ただ素直なんだ。
そういうところが少し、羨ましいと思わないこともない。
今日は週に一度の全休日だ。
丸一日休みなのが週一しかないってブラックもいいところだが、悲しいことにこれはどの世界の神も同じだ。
創造神と破壊神が血みどろになりながら戦争してるような世界では、一時間すら休みが取れないこともあるから、俺達はずいぶん恵まれている。
ただし、その全休というのも名ばかり。
通販がないこの世界では、生活に必要なものは指定の方法で調達しなくてはならない。
創造神は事実上すべての物質を作り出すことが可能だが、食材から日用品からいちいち創造神に作らせていては効率が悪い。
おまけにあいつは細かい力の制御ができないから、ハンバーグ作るから豚ひき肉500グラム出してと頼んで、5000グラム出してくる未来が簡単に予想できる。
大量のひき肉を処理するために毎日ハンバーグなんて、俺はごめんだ。
じゃあ食材や日用品をどこで得ているかというと。
事務所の事務員さんに貰いに行くのだ。
俺達の家から果てしなく広がる雲海。その上には一見この家以外なにもないが、ちょっと行った先に真四角の建物がぽつんとある。
そこが事務所だ。
というわけで俺達は今一週間ぶりに事務所に来ている。
「来たくないなら家で待っててもよかったんだぞ?」
「カイくん一人で行かせたくないし……」
「心配されるほど荷物はないはずだけど」
「荷物も持つけどそれだけじゃなくて、俺が付いて来たいだけだからいいの!」
「ふーん……」
創造神はいつもこの事務所に来ることを渋る。
じゃあ俺だけ行くから、というと俺にも行かないでほしいと言う。
そうなると日用品が不足したり、メシを作れなくなるぞと脅して宥められればいいのだが、創造神は実はこんな人間みたいな生活をする必要はなくて、本当は食べる必要もないらしい。
だから困るのは俺だけなのだ。
「仕方ないな。俺は食べるものがなくて痩せ細っていって、最終的には消滅するけど、そうなる前に早めに後任の破壊神派遣するように本部に手紙書いとくから、俺が消える前に投函しといてくれよな……」
「やだ、カイくん消えないで!」
「じゃあ消滅しないように事務所行って食材貰ってくるから。一緒に行くか?」
「……うん……」
こうすると、創造神は道に迷った子供のように俺について事務所へ向かうことになる。
毎回毎回このやりとりをするのも飽きてきたが、ルーチンワークようなものだと割り切って都度説得している。
実際、一人で食材のダンボール箱担いで帰るにも限界があるし、往復するよりは人手があったほうがいい。
後ろをとぼとぼ歩いて付いてくる創造神を置いていかないようにしつつ、徒歩数分で着いたのが例の事務所だ。
「こんにちは~」
「こんにちは、破壊神さん。食材届いてますよ」
プレハブっぽい簡素な事務所の扉を開けると、仕事中の事務員さんが席を立って出迎えてくれる。
俺が破壊神、奴が創世神と呼ばれていて個々の識別名がないのと同様、事務員も一世界に一人しかいないため「事務員」だ。
一応俺達の部下に当たる。
事務員さんは黒髪をきっちり七三で分けたメガネの若い男性で、いつ来てもきりっとした細身のスーツを着こなして崩していることがない。
その見た目通り仕事は正確で速い。
「前回のリクエスト通り、魚多めで入ってます。お二人で持てますか?」
「大丈夫、ありがとうございます」
「それとこれは、先週のお仕事で提出していただいた資料のフィードバックです。実地運用の際の正確なデータと、テストデータからの誤差の部分を特によく確認しておいてください」
「了解です」
事務所入口のすぐ横に固めて置いてあるいくつかのダンボール箱を捲って、中身を確かめる。
これらの物品がどこからどのように来るのか正確に知っているわけじゃないが、恐らく手配と配送は本部がやっているんだろう。
本部は───説明が難しいが、俺達が派遣される世界より上位の次元に位置する神の派遣業務担当部署で、派遣員のケアやサポートも請け負っている。
こういった食べ物や書類を異なる次元の間でやり取りするというのがどれくらい難しいのか、俺は座学サボリ組なので全然わからないが、今のところ不便はない。
「あ、ずいぶん前にリクエストした茶葉が今来たか」
「紅茶ですか? 破壊神さんはコーヒー党だと思ってました」
「俺どっちも好きです。そうだ、事務員さんそろそろ休憩ですよね? 淹れるから一緒に飲んでみてください」
「そうですね、ではご相伴にあずかりましょうか」
承諾を得たので、俺は届いたばかりの茶葉の封を切りながら事務所の奥の給湯室に入った。
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