中堅地味破壊神は世界を平和にしたいだけ

キザキ ケイ

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本編

06.休憩時間

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 実用一辺倒のプレハブ事務所の中の、これまた簡素でものが少ない給湯室に場違いなティーポットとコーヒーミルがあるのは俺のせいだ。
 着任したての頃は、既に挽いてあるコーヒー豆と既成品のティーバッグで過ごしていた。
 だんだんと仕事と職場に慣れるにしたがって、自分でメシを作っていることだし本格的な道具があっても文句は言われないだろうと、以前から愛用していたカップやミルやポットなど一式を本部に要請した。
 創造神も俺が淹れるものに満足したようで、たまにせがまれることもあり。
 それならいつもお世話になっている事務員さんにもぜひ振る舞いたいと思い、ここにもセットを持参した。

「破壊神さんは本当にお茶を淹れるのが上手ですね。私もやってみるのですが、どうも間延びした味になってしまうというか」
「ありがとうございます。今度淹れ方教えますよ」
「それは楽しみですね」

 新しい茶葉はややクセのある苦味があったが、それを含めて美味だった。事務員さんにも好評をいただく。
 お茶を淹れるのが上手い破壊神って、我ながらレアな存在かもしれない。

 俺達がなごやかにお茶を楽しんでいる横で、創造神は似合わない負のオーラを撒き散らしながらカップを啜っている。
 こいつは何が気に入らないのか、事務所には付いてくるくせに事務員さんと話すことは殆どない。
 彼のほうも心得ているのか、業務連絡はだいたい俺の方に振ってくる。
 創造神と事務員さんは俺が着任するより前からの付き合いだというし、俺の知らない色々があるのかもしれない。
 とはいえ、頑なに部下と口を利かない上司に呆れる気持ちはある。

(こいつ、家では嫌というほど喋るのにな……)

 不貞腐れたように応接ソファで足を組んでちびちびと紅茶を飲む創造神をちらりと見て、聞こえないように溜息を吐いた。
 以前は創造神の視界に事務員さんが入るだけで、唸ったり飛びかかったりと大変な険悪さだったから、今はだいぶマシになっているということらしい。
 普段はかろうじて神らしい創造神が、事務員さんに動物的な敵意を剥き出しにする理由はさっぱり分からないが……どうせこいつの勝手な意地とかプライドとかの話だろうということは想像がつく。
 現に事務員さんの方は創造神の様子など何処吹く風といった様子だし、扱いも手慣れている。
 それがさらにこいつの神経を逆撫でするんだろうというのは、想像に難くない。

「カイくんもう帰ろ? 用事済んだよね?」
「なんだよ、お茶くらいゆっくり飲ませろ。なんなら先に帰ってもいいぞ」
「どうしてそんなこと言うの……」

 まずい、思ったより抉ってしまったようだ。
 創造神がみるみるうちにシュンと萎れてしまった。なんで先に帰れと言うだけでここまで。
 こうなると後が大変なんだよな、とか俺が面倒そうにすればますます凹んでいってしまって、業務にも支障が出る。意外と聡いんだよなこいつ。

「わかったわかった。帰るか。荷物半分持てよ」
「ん~……」

 よっぽど気持ちが落ち込んだのか、創造神は横に座っている俺に倒れかかってきた。
 なんとか俺まで倒れこむことは回避して、ぐりぐり甘えてくる頭を叩くように撫でてやる。たまに本物の子供のようになってしまうようだ。
 俺が無条件に甘えさせてしまったせいか、調子に乗った創造神は家でするようなセクハラをかましてきやがった。
 両手で俺の頬を挟んで顔中に吸い付いてくる。

「ん、ちょ、お前こんなとこで……んぅ……」
「もうちょっとだけ……」
「だめだって、おいちょっといい加減に」
「……」

 抵抗していると、向かいのソファからものすごく視線を感じた。
 めっちゃ見られてる!
 恐る恐るそちらを伺うと、事務員さんが目玉が溢れんばかりに目を見開いて俺達を見ていた。
 そりゃそうだよな、上司が上司にセクハラ決められている光景なんてビックリすぎるし見たくないよな!

「おま、このハラスメント野郎! 離れろ!」
「ぐぇ」

 やむなく創造神の無防備な脇腹に膝蹴りをいれて無理やり退かした。
 恥ずかしさで顔から火が出そうだ……!

「す、すみません事務員さん。お見苦しい場面を」
「……いえ。お邪魔なら私は退出しますが」
「いやいやいやいや!  俺達の方こそ帰ります!  引き続きお仕事頼みます!!」
「そういうことでしたら、少しだけ創造神さんをお借りしても?」
「え? あ、どうぞどうぞ!  俺先に帰るから!」
「ちょ、カイくん!?」

 腹を抑えて悶絶している創造神を放って、事務所の入り口まで走る。
 冷蔵庫に入れてしまいたいものと重いもののダンボール、仕事書類の封筒を縦積みにして担ぎ上げ、足で扉を開ける。

「じゃ、お邪魔しました! また来週きま~す!」

 恥ずかしさと気まずさが限界突破して、一緒に帰りたがっていた創造神を慮るところまで意識が回るわけもなく。
 俺は脱兎のごとく走って家に帰った。


■ ■ ■


 破壊神が去ったあとの事務所には、優雅にお茶を啜る事務員とむっつりと黙り込む創造神が残された。
 創造神は不機嫌を隠そうともしない。
 破壊神の前でネコを被っているのをよく知っている事務員は、彼の様子にいつも笑いを堪えるのを苦労していた。

「まさかあれほどあの方に執着しているとは知りませんでした。恋仲なんですか?」

 ティーカップを置いて、指を組みながら事務員が創造神を見つめる。
 切れ長の瞳には好奇心も蔑みも含まれていないように見えて、そのどちらも肚に抱えられているのだろう。底の見えない濃色の瞳を条件反射のように睨みつける。

「恋人ではない。……まだ」
「なるほど」

 シルバーフレームのメガネをくいっと上げる仕草も、冷めきった表情も、創造神の機嫌をすこぶる損ねるものだ。
 創造神は心の中で人を見下す、それでいてそんな気配は微塵も感じさせない出で立ちを完璧に纏っている、このいけ好かない事務員が大嫌いだった。

「痴情のもつれで神を解任なんて、やりたくありませんからね。報告書になんて書けばいいやら。気をつけてくださいよ」
「事務員ごときが俺達に干渉してくるな。仕事はきっちりこなしてるだろ」
「よく言う。破壊神さんが頑張っているおかげでしょう」
「~~っ!」
「ぐうの音も出ませんか? まったく……自覚があるなら彼の負担にならないようにすることですね。破壊神だというのにあれほど穏やかな性質の存在はそういないですよ」
「っ、言われなくても!」
「そうですか。それならいいんですけどね。あぁ、そうそう」

 苛立ちを隠さない創造神を嘲笑うように、事務員はゆっくりと立ち上がり背後の事務机に乗っていた薄い茶封筒を取ってきた。

「これ、あの方の調査報告書です」
「は? カイの? なんでそんなもんがあるんだ」
「あの方はここがはじめての赴任地ではありませんからね。以前の任地でどう過ごしたか、どんなトラブルがあったか、なぜ任を解かれたのか……その前、も。私のツテで調べました。知っておいたほうが今後仕事のサポートもしやすいと思いましたので」
「お前それ読んだのか!」

 噛みつきそうな顔で立ち上がりかけた創造神を事務員は手のひらを向けて制する。
 いつも気に入らないと言わんばかりに事務員の存在を無視する創造神にしては、今日は表情豊かだ。

「いえ、まだです」
「……そうかよ」
「本当はあなたにもお見せしようかと思ったんですが」

 封筒の中身が気になるだろうに、創造神は必死にそれを隠そうと目を逸らした。事務員の口元の歪んだ笑みが深くなる。
 ぱたぱたと左右に振られていた封筒が、突如事務員の手の中で黒い炎を噴き上げた。
 一瞬で封筒を舐め取った炎は、塵も残さず消えた。

「何を……」
「あなたとあの方の仲が進展しているというのなら、これは不要ですね。ご本人から直接聞くほうが、絆も深まるというもの」
「余計なお世話だ! くそっ、俺の目の前でイヤミに消すくらいならなんでそんなもん作らせたんだ」
「人聞きの悪い。上司の人柄に合った仕事をしようと思ったまでですよ」

 創造神から発せられる焼き焦がされそうなきつい視線も、事務員は飄々と受け止めてみせる。
 いくらか分が悪い創造神が視線を逸らせる方が早かった。

「チッ……あいつのそんなもんがもう誰も読めないってんなら、それでいい」
「ふぅん、そう来ましたか。ずいぶん熱心なんですね」
「うるせぇ」
「では余計ついでに。恋人でもないのに唇を許しているなんて、全然意識されていない証拠ですよ。アプローチの方法を変えないと、他所に掻っ攫われても文句は言えませんからね」
「うるっせぇ!!」

 いよいよ我慢できなくなった創造神は勢いよく立ち上がる。
 不愉快極まりないこの空間から一刻も早く出たかった。
 この事務員は妙な迫力があって、この世界では創造神と破壊神が最も力を持つはずなのに、勝てる気がしないのだ。絶対に思い通りにならない存在。
 こうして上から目線で年上のように振る舞ってくる態度も気に入らない。
 苦手と嫌いが入り混じって、創造神の事務員への態度はどうしようもなく捻れてしまっていた。

 事務所のドアを蹴り開けた創造神は、けれど破壊神に頼まれた荷物のダンボールだけは両手に抱えて、荒々しく部屋を出ていった。
 そんな様子を事務員はくすくすと笑って見送る。

「本当にいいですね、若いというのは……」

 この事務所にも来たくないだろうに、破壊神に付いてくるために機嫌悪そうに我慢をする創造神の忠犬のような姿を思い出して、事務員はさらに声を上げて笑った。
 こういうところがさらに創造神に嫌われる要素になるのだろうが、可愛いと感じてしまうものは仕方ない。

 律儀にしっかり飲み干された客用のカップを片付けながら、事務員の口元はしばらく笑みの形のままだった。

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