22 / 44
本編
22.地元住民との交流
しおりを挟むニルの熱は翌朝には下がった。
朝方に目を覚まし、そのまま起き上がろうとしたので布団に押し戻す。
昼になる頃には、このやり取りはもう三回にもなっていた。
「病人は寝てろ! 家主に追い出されるまで寝てりゃいい」
「せめてお世話になった方にご挨拶を……」
「そんなの俺が後でやってくるから!」
「カイ様デミシェ語話せないのにどうやってお礼言うんです!」
「うぐぅ……」
口の上手さでこいつに敵う未来が見えない。
一晩ぐっすり眠って、ついでに家主の差し出した粥も食べて、ニルは元気を取り戻していた。
男が呼んでくれたという通いの医者が先程やってきて、ニルを診察していった。
やはり過度な疲れによる一時的な発熱で、熱が下がれば問題ないが無理な労働等は控えるようにと釘を差された。
不法侵入な上に、片方は国の主要言語も話せない、もう片方は過労で倒れる未成年。
どうみても怪しい二人組に、部屋ごとベッドを貸し、自分はソファで寝、薬を渡し粥を作り、医者まで呼んでくれた家主。
自分のせいなのは百も承知だが───いい人すぎて心配になってきた。
家主のこと、これからのこと、ニルの体調への配慮などで俺がうんうん唸っていると、扉が開き家主の男が入ってきた。
すっかり着替え終わっていたニルはデミシェ語に切り替え、男となにか話している。
おそらく挨拶とお礼だろう。
俺だってただ呆けてニルについてきたわけじゃない。頻出単語のリスニングは(まだ自信はないが)できるようになっている。
ニルと会話を終えたのか、男がこちらに向き直った。
なにかを差し出されたので受け取る。
「なんだこれ? 辞書?」
「クレインエイル語の辞書ですね」
渡されたのは分厚く、やや擦り切れた年代を感じさせる辞書だった。
そして男の手には似た装丁の、表紙の色が違う辞書。
男はパラパラとそれを捲り、あるページで指を止めそれを大きく開いてこちらに見せてきた。
指さされたページは見出しがデミシェ語、訳した先に【名前】と書かれた項目が載っていた。男の意図を察する。
「あぁ。俺は破壊神のカイだ。カ、イ。カイ」
「カイ」
「そう。家主さんは?」
手振りで相手の名前も尋ねる。
男は自分の胸を指差しながら、大きく口を開けてゆっくりと発音してくれた。
「セ、ド、リック?」
「×××。セドリック・××××××××」
「それは名か。姓の方長くて全然聞き取れない」
「この国の方は姓が長い傾向がありますからね。名で呼んで良いみたいなので姓は覚えなくていいんじゃないですか」
「ふーん……」
ニルの雑なフォローを信じよう。
俺はセドリックがやったのと同じように辞書を捲り、ふたつの項目を指で押さえながら示した。
「【宿泊】、【ありがとう】」
意味はしっかり伝わったようで、セドリックは頷く。
そして再び辞書を覗き込んで項目を指し示した。
「【無断】。あ……この度は誠にご迷惑おかけいたしました……」
深々と頭を下げた俺にニルが笑う。
笑い事じゃないぞコイツと思いながら顔を上げると、セドリックも笑っていた。
口元が笑みに緩み、目端も下がっている。
とても大柄で無骨な印象のセドリックは、笑うととても可愛い大男だった。
この無口な男も冗談を言うのだなと思いながら見上げていると、ニルが俺の脇腹を肘で小突いてきた。肋の隙間に刺さるからやめて。
「ちょっとぉカイ様? なにセドリックさんに見惚れてるんです。恋人さんに怒られますよ~?」
「み、見惚れてねーわ! そっちこそポカンとしてたろ」
「僕は笑顔を返してただけですぅ~恋人もいないし」
「あいつはそういうんじゃないんだって……!」
俺がニルにいじられて焦って、ニルが俺をいじくって遊ぶのを、セドリックはじっと見つめていた。
なんだかよくわからない内に、俺達はセドリックの家で昼飯および晩飯も頂くことになってしまった。
予想外にニルとセドリックの気が合って(というかニルが懐いているだけ)、ニルの体調のこともあるし、しばらく休んで行けという申し出をありがたく受けた形だ。
これでやっと不法侵入者ではなくなった。
俺達は、というか主に俺が世話になったお礼にと家事を請け負い、掃除と借りた布団を洗濯して干し、ついでに薪を割ったり窓を拭いたり色々と働いた。
こういう作業は慣れているのでお手の物だ。
家事をする俺をニルとセドリックがぽかんとしながら見ていた。
俺をなんにもできない箱入り神だと思ったら大間違いだぞ。
キッチンを借りて昼飯を作っている間、ニルは俺達の事情を話したみたいだった。
さすがにニルの生い立ちのことは伏せたが、教会に追われていること、その原因が俺にあること、俺が雲の上に住む破壊神であることは話していたらしい。
ニルがデミシェ語で「破壊神」らしき単語を何回か言って、そのたびにセドリックは顔中に疑問符を浮かべていたので、なかなか信じてもらえなかったのだろうということが容易に推測できた。
「カイ様ぁ。セドリックさん、カイ様が尊き破壊神であるということがどーーしても信じられないらしいので、なにか御力を見せてあげません?」
「……別に信じられないならそのままでいいんじゃないか?」
「よくありません! 偉大な神の一柱がこの場にいるんですよ!? 今後千年生きたってお目に掛かれないですよ! セドリックさん大損ですよ~!」
喚くニルを不思議そうに見つめるセドリックと、食器を洗い終わって手を拭く俺の目が合う。
言葉は通じなくとも、「こんな主夫みたいなヒョロガリが神?」と思われていることは十分伝わってきた。
破壊神が家庭的でなにが悪い。
なにが損なのかはまったく分からないが、がくがくと俺を掴んで揺さぶるニルがうざったいので、俺は大きな溜息を吐いた。
「わかったよ……実演な、実演。なんか破壊していいもの探してくるか」
「うーん……でも例えば不用品とかゴミとか消してみせたところで、魔法でも同じようなことができるんですよね。見分けがつかないかもしれないし、どうせならどどんと大きなものを消してみませんか?」
「俺は手品師じゃねぇんだが……」
「まぁまぁ。人助け、一宿一飯の恩義に報いることにもなりそうですよ」
いたずらっぽく微笑むニルと、話についていけないセドリックの間に挟まれ、俺はもうひとつ溜息を吐き出した。
「これが毒沼?」
「××」
「そうらしいです」
ログハウスを出発して、徒歩で20分ほど森を歩いただろうか。
山裾とも言える鬱蒼とした森の合間に、その場所はあった。
饐えた臭いが漂っている。どう取り繕っても池や泉とは呼べない濁ってどろりとした水と泥、生き物の気配はなく、沼に接している場所の草木も枯れてしなだれている。
ここは森を通る行商人や木こり達から「毒沼」と呼ばれている場所だという。
地形の関係で見通しが悪く、また風向きによって異臭がしないことがあり、森に迷い込んだ子供や商人が一年に一人くらいこの沼に落ちてしまうことがあるらしい。
荷や靴を取られるくらいならまだマシだが、うっかり足を滑らせて沼に体ごと落ちてしまうと、皮膚が爛れたように炎症を起こしたり、肺の病を患ったりして、酷い場合は命を落とす。
また沼に満ちている粘度の高い液体は自力で脱出することが難しく、発見が遅れれば底なし沼のように沈んでしまうそうだ。
とにかく危険なこの沼が消えるのであれば有り難いと、ニルの通訳経由で頼まれた。
「それにしてもすごいな、この沼。工業排水みたいなもんが溜まってるのかな」
産業廃棄物の多く含まれたヘドロのようなものが満ちているように見えた。
とはいえ、科学が完全に足踏みしていて発展しそうもないこのファンタジー世界では有害化学物質が大量に廃棄されるのは考えにくい。
どこからきたのか分からないのが不気味だが、人間以外の生き物に有効活用されている様子もないし、消して良いならそうするべきだろう。
俺は足元に気をつけながら沼の周辺をざくざく歩き回った。
水流があるようには見えないが、元々は泉だったはずだ。立地から見て人工池である可能性は低い。
セドリック曰く、長年ここに住んでいる先輩木こりはこの沼を「人を食って広がる」と話しているらしい。
となると沼の水や泥はどこかに流れ出ていくことなく、沼の面積が広がっているんだろう。それなら、汚染物質が含まれた土壌も一緒に抉り取った方がいいかもしれない。
当初の予定より大規模な破壊になりそうなので、俺は長い枝を拾って沼の底を探ったり、沼の縁から一歩ずつ離れながら土を触ったりした。
ニルとセドリックが不思議そうに俺を見ながら小声で会話している。
本来なら病み上がりのニルは置いてくるべきだったのだが、俺の仕事を見たいとしがみつき、俺が拒否すると今度はセドリックに泣きついた。
すっかりニルに絆されてしまっているセドリックは、ニルに厚手の上着を被せて同行させてはどうかと言い出し、結局俺が折れた。
「よし。危ないから俺の前に絶対出るなよ」
足元の土を穿っていた枝を手放して言うと、沼を覗き込もうとしていたニルが慌てて俺の背中に回り込んだ。
15
あなたにおすすめの小説
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】
ゆらり
BL
帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。
着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。
凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。
撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。
帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。
独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。
甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。
※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。
★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
植物チートを持つ俺は王子に捨てられたけど、実は食いしん坊な氷の公爵様に拾われ、胃袋を掴んでとことん溺愛されています
水凪しおん
BL
日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。
「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」
王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。
そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。
絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。
「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」
冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。
連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。
俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。
彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。
これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。
過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~
水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった!
「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。
そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。
「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。
孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる