中堅地味破壊神は世界を平和にしたいだけ

キザキ ケイ

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本編

22.地元住民との交流

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 ニルの熱は翌朝には下がった。
 朝方に目を覚まし、そのまま起き上がろうとしたので布団に押し戻す。
 昼になる頃には、このやり取りはもう三回にもなっていた。

「病人は寝てろ! 家主に追い出されるまで寝てりゃいい」
「せめてお世話になった方にご挨拶を……」
「そんなの俺が後でやってくるから!」
「カイ様デミシェ語話せないのにどうやってお礼言うんです!」
「うぐぅ……」

 口の上手さでこいつに敵う未来が見えない。
 一晩ぐっすり眠って、ついでに家主の差し出した粥も食べて、ニルは元気を取り戻していた。
 男が呼んでくれたという通いの医者が先程やってきて、ニルを診察していった。
 やはり過度な疲れによる一時的な発熱で、熱が下がれば問題ないが無理な労働等は控えるようにと釘を差された。

 不法侵入な上に、片方は国の主要言語も話せない、もう片方は過労で倒れる未成年。
 どうみても怪しい二人組に、部屋ごとベッドを貸し、自分はソファで寝、薬を渡し粥を作り、医者まで呼んでくれた家主。
 自分のせいなのは百も承知だが───いい人すぎて心配になってきた。

 家主のこと、これからのこと、ニルの体調への配慮などで俺がうんうん唸っていると、扉が開き家主の男が入ってきた。
 すっかり着替え終わっていたニルはデミシェ語に切り替え、男となにか話している。
 おそらく挨拶とお礼だろう。
 俺だってただ呆けてニルについてきたわけじゃない。頻出単語のリスニングは(まだ自信はないが)できるようになっている。
 ニルと会話を終えたのか、男がこちらに向き直った。
 なにかを差し出されたので受け取る。

「なんだこれ? 辞書?」
「クレインエイル語の辞書ですね」

 渡されたのは分厚く、やや擦り切れた年代を感じさせる辞書だった。
 そして男の手には似た装丁の、表紙の色が違う辞書。
 男はパラパラとそれを捲り、あるページで指を止めそれを大きく開いてこちらに見せてきた。
 指さされたページは見出しがデミシェ語、訳した先に【名前】と書かれた項目が載っていた。男の意図を察する。

「あぁ。俺は破壊神のカイだ。カ、イ。カイ」
「カイ」
「そう。家主さんは?」

 手振りで相手の名前も尋ねる。
 男は自分の胸を指差しながら、大きく口を開けてゆっくりと発音してくれた。

「セ、ド、リック?」
「×××。セドリック・××××××××」
「それは名か。姓の方長くて全然聞き取れない」
「この国の方は姓が長い傾向がありますからね。名で呼んで良いみたいなので姓は覚えなくていいんじゃないですか」
「ふーん……」

 ニルの雑なフォローを信じよう。
 俺はセドリックがやったのと同じように辞書を捲り、ふたつの項目を指で押さえながら示した。

「【宿泊】、【ありがとう】」

 意味はしっかり伝わったようで、セドリックは頷く。
 そして再び辞書を覗き込んで項目を指し示した。

「【無断】。あ……この度は誠にご迷惑おかけいたしました……」

 深々と頭を下げた俺にニルが笑う。
 笑い事じゃないぞコイツと思いながら顔を上げると、セドリックも笑っていた。
 口元が笑みに緩み、目端も下がっている。
 とても大柄で無骨な印象のセドリックは、笑うととても可愛い大男だった。
 この無口な男も冗談を言うのだなと思いながら見上げていると、ニルが俺の脇腹を肘で小突いてきた。肋の隙間に刺さるからやめて。

「ちょっとぉカイ様? なにセドリックさんに見惚れてるんです。恋人さんに怒られますよ~?」
「み、見惚れてねーわ! そっちこそポカンとしてたろ」
「僕は笑顔を返してただけですぅ~恋人もいないし」
「あいつはそういうんじゃないんだって……!」

 俺がニルにいじられて焦って、ニルが俺をいじくって遊ぶのを、セドリックはじっと見つめていた。



 なんだかよくわからない内に、俺達はセドリックの家で昼飯および晩飯も頂くことになってしまった。
 予想外にニルとセドリックの気が合って(というかニルが懐いているだけ)、ニルの体調のこともあるし、しばらく休んで行けという申し出をありがたく受けた形だ。
 これでやっと不法侵入者ではなくなった。

 俺達は、というか主に俺が世話になったお礼にと家事を請け負い、掃除と借りた布団を洗濯して干し、ついでに薪を割ったり窓を拭いたり色々と働いた。
 こういう作業は慣れているのでお手の物だ。
 家事をする俺をニルとセドリックがぽかんとしながら見ていた。
 俺をなんにもできない箱入り神だと思ったら大間違いだぞ。

 キッチンを借りて昼飯を作っている間、ニルは俺達の事情を話したみたいだった。
 さすがにニルの生い立ちのことは伏せたが、教会に追われていること、その原因が俺にあること、俺が雲の上に住む破壊神であることは話していたらしい。
 ニルがデミシェ語で「破壊神」らしき単語を何回か言って、そのたびにセドリックは顔中に疑問符を浮かべていたので、なかなか信じてもらえなかったのだろうということが容易に推測できた。

「カイ様ぁ。セドリックさん、カイ様が尊き破壊神であるということがどーーしても信じられないらしいので、なにか御力を見せてあげません?」
「……別に信じられないならそのままでいいんじゃないか?」
「よくありません! 偉大な神の一柱がこの場にいるんですよ!? 今後千年生きたってお目に掛かれないですよ! セドリックさん大損ですよ~!」

 喚くニルを不思議そうに見つめるセドリックと、食器を洗い終わって手を拭く俺の目が合う。
 言葉は通じなくとも、「こんな主夫みたいなヒョロガリが神?」と思われていることは十分伝わってきた。
 破壊神が家庭的でなにが悪い。
 なにが損なのかはまったく分からないが、がくがくと俺を掴んで揺さぶるニルがうざったいので、俺は大きな溜息を吐いた。

「わかったよ……実演な、実演。なんか破壊していいもの探してくるか」
「うーん……でも例えば不用品とかゴミとか消してみせたところで、魔法でも同じようなことができるんですよね。見分けがつかないかもしれないし、どうせならどどんと大きなものを消してみませんか?」
「俺は手品師じゃねぇんだが……」
「まぁまぁ。人助け、一宿一飯の恩義に報いることにもなりそうですよ」

 いたずらっぽく微笑むニルと、話についていけないセドリックの間に挟まれ、俺はもうひとつ溜息を吐き出した。




「これが毒沼?」
「××」
「そうらしいです」

 ログハウスを出発して、徒歩で20分ほど森を歩いただろうか。
 山裾とも言える鬱蒼とした森の合間に、その場所はあった。
 えた臭いが漂っている。どう取り繕っても池や泉とは呼べない濁ってどろりとした水と泥、生き物の気配はなく、沼に接している場所の草木も枯れてしなだれている。

 ここは森を通る行商人や木こり達から「毒沼」と呼ばれている場所だという。
 地形の関係で見通しが悪く、また風向きによって異臭がしないことがあり、森に迷い込んだ子供や商人が一年に一人くらいこの沼に落ちてしまうことがあるらしい。
 荷や靴を取られるくらいならまだマシだが、うっかり足を滑らせて沼に体ごと落ちてしまうと、皮膚が爛れたように炎症を起こしたり、肺の病を患ったりして、酷い場合は命を落とす。
 また沼に満ちている粘度の高い液体は自力で脱出することが難しく、発見が遅れれば底なし沼のように沈んでしまうそうだ。
 とにかく危険なこの沼が消えるのであれば有り難いと、ニルの通訳経由で頼まれた。

「それにしてもすごいな、この沼。工業排水みたいなもんが溜まってるのかな」

 産業廃棄物の多く含まれたヘドロのようなものが満ちているように見えた。
 とはいえ、科学が完全に足踏みしていて発展しそうもないこのファンタジー世界では有害化学物質が大量に廃棄されるのは考えにくい。
 どこからきたのか分からないのが不気味だが、人間以外の生き物に有効活用されている様子もないし、消して良いならそうするべきだろう。

 俺は足元に気をつけながら沼の周辺をざくざく歩き回った。
 水流があるようには見えないが、元々は泉だったはずだ。立地から見て人工池である可能性は低い。
 セドリック曰く、長年ここに住んでいる先輩木こりはこの沼を「人を食って広がる」と話しているらしい。
 となると沼の水や泥はどこかに流れ出ていくことなく、沼の面積が広がっているんだろう。それなら、汚染物質が含まれた土壌も一緒に抉り取った方がいいかもしれない。

 当初の予定より大規模な破壊になりそうなので、俺は長い枝を拾って沼の底を探ったり、沼の縁から一歩ずつ離れながら土を触ったりした。
 ニルとセドリックが不思議そうに俺を見ながら小声で会話している。
 本来なら病み上がりのニルは置いてくるべきだったのだが、俺の仕事を見たいとしがみつき、俺が拒否すると今度はセドリックに泣きついた。
 すっかりニルに絆されてしまっているセドリックは、ニルに厚手の上着を被せて同行させてはどうかと言い出し、結局俺が折れた。

「よし。危ないから俺の前に絶対出るなよ」

 足元の土を穿っていた枝を手放して言うと、沼を覗き込もうとしていたニルが慌てて俺の背中に回り込んだ。

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