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本編
23.懸案事項
しおりを挟む地形を変えるほどの破壊は久しぶりだ。
この世界に配属されたばかりの頃は、崩壊寸前の星を立て直すために設計書を開いては、半泣きの創造神のケツを叩きながら日々山脈を削り海を広げ災害を消していた。
当時はもはや微調整とかいうレベルじゃなくて、腕を横薙ぎにして削れたぶんを消し、調整は後から、ハイ次! みたいな状態だった。
あの頃の大規模活動に比べたら、沼を一つ消すくらい小指の先でも出来そうな仕事だが、何事も手抜きは性に合わない。
ここ最近抑えるばかりで力を放出することがなかったから、感覚を忘れていないかと一瞬危惧したが、どうやら破壊神の本能が鈍るほどの時間は経っていないようだった。
普段は目に見えない、感覚で行っている動作が、黒い煙で可視化されている。
今回は影響を最小限にしつつ、沼の水と土、汚染されたものを消すので破壊の力もしっかりと制御しなければならない。
俺の目線の先で黒い煙はゆっくりと広がり、歪んだ円形の輪になっていった。
左手で輪を抑えるようにしながら黒煙を注ぎ込み、右手で円の歪みを微調整する。
セドリックに俺の煙が見えているのかどうかわからないが、見えなければ何をしているのかさっぱりわからないだろう。
煙がもうもうとうねりながら、けれどたゆたうことはせず、沼の上に留まっている。
濃度と範囲を再確認して、俺は抑えの左手を離した。
黒い煙の形を纏った破壊の力は真っ直ぐ下へ降りていき、触れた部分から消えていく。
いつも、この消えるものの質量はどこにいくんだろうと思っていたが、煙が触れて土が削れていく光景はさらに謎が謎を呼びそうだなと思った。
やがて沼の水がすべて消え、多少薄くなった煙の塊が地面をがりがりと削り取っていく。
触れたところから消えていくので荒れた痕が残ることもなく、煙が消えたあとにはクレーターのように抉れた地面だけが残った。
周辺の土壌もかなり汚染されていて植物が生育できそうな環境ではなかったため、健康な色の土が露出するまで掘ったらそれなりの深さになってしまった。
「終わったぞ」
後ろの二人に声を掛けながら振り向くと、呆然としたセドリックと、喜びが爆発寸前といった様子のニルが立っていた。
「カイ様! さすが破壊神! なんてスムーズな力場の形成、優雅な術式の発動、環境への配慮もさすがです……!」
「いや、俺のコレは魔法じゃないから力場とか術式とかわかんないけど」
「もちろんです、魔法ではこんなふうに物質をエーテル以下の単位まで分解して消滅させることはできません。カイ様だからこその御業ですね!」
「あ、ありがとな……」
ニルの賛辞は半分くらい意味がわからなかったが、褒められるのは悪い気はしない。
照れながらちらりとセドリックを見ると、難しい顔をしていた。
「セドリック、さん?」
なにかまずかったかと慌てる俺をよそに、セドリックはニルにデミシェ語でなにか捲し立てていた。
彼の剣幕にニルも驚いていたが、次第に頷きながら会話を進めていく。
「カイ様」
「ニル。セドリックさんはなんて?」
「あなたの力は危険だから、すぐに元の場所に帰る方法を見つけるべきだとおっしゃってます。セドリックさんも協力してくれるそうです」
「えっと……それは嬉しいけど、なんで急に……?」
セドリックから聞いた話をニルから伝えられる。
それによると、この国───魔法王国レンライトは、今まで強力な魔法と魔道士の存在によって不可侵の中立国とされてきた。
しかし、北方の大国ヴォルネスシアの皇帝が代替わりしたことで、それまでの穏健政策が積極的侵略の方向へ180度変わってしまった。一番に狙われているのがこの国の魔道士たちの火力で、北との国境は相当きな臭くなっているらしい。
国は魔道士を守るつもりで動いてはいるものの、大陸随一と呼ばれる騎兵団を持つヴォルネスシアにどれだけ対抗できるかは未知数で、その上俺のような戦争にうってつけの存在がいることがバレれば今すぐ開戦しても不思議ではないと。
「というわけで、セドリックさんがレンライトの王都まで連れてってくれるそうです。王都には学者や高位の魔道士がたくさんいますから」
「あぁ、俺達が向かってたとこだよな。それは助かるなぁ」
「そうですね。僕も、カイ様を巡って国同士が戦争するなんて少女小説みたいな展開望んでいませんし」
「お前そういう小説読むの……?」
かくして俺達は、セドリックという行商人の護衛という立場で堂々と関所を越えられるようになった。
セドリックのように僻地で林業や狩猟採集をしている人間は、国から許可証を貰っているという。
そこには三人まで護衛を雇う権利もついていて、護衛の雇用費用に補助が出たり、関所の面倒な書類審査をパスできるという利点もあった。
ニルは、普段着ている木綿の服の上から自前のローブを着ればすぐに魔道士に早変わりしていた。
魔道士は早熟で、少年の護衛魔道士は珍しくもないそうなので怪しまれることはないだろう。
問題は俺である。
「当然だけど俺、護衛の心得なんもないぞ」
「そうですよねぇ。こんな薄っぺたい人が剣振り回しても、野盗の餌食になるだけっていうか」
「いや俺だってちゃんと筋肉とかあるし!」
「じゃあ剣、持ってみます?」
普段はあまり使っていないという野獣避けの鉄の剣を、セドリックが腰から外す。
ひょいと手渡されて、重みがずっしりと両手に掛かった。
取り落とすほどじゃないが、これを振って獣や人を追い払うのは……無理だ。
「予想通りです。カイ様もなんとか魔道士っぽく振る舞うしかないですね……護衛がふたりとも魔道士って怪しまれません?」
「××××××」
「お国柄怪しまれないそうです。この作戦で行きましょう」
すっかりお荷物扱いされる俺を他所に、二人は旅路の打ち合わせを始めてしまった。
言語が違うので割って入ることすらできない。
重い剣をぶら下げて、家に戻る道を歩く二人の背中を追う。
いじけてなどいない、いないからな。
セドリックの家に帰り着き、日が沈みかける頃。
「そうだ、ニル。ちょっと」
「はい?」
セドリックとの話が一段落したところを見計らって、俺はニルに声を掛けた。
別に聞かれてはマズい話をするつもりはなかったが、話は終わったとばかりにセドリックがキッチンに向かったので、俺はさっきまで二人が話し合っていたリビングの椅子に腰を下ろした。
「さっきの毒沼なんだけどな」
「えぇ、なにか気がついたことが?」
「水がなくなったあと、底のほうに、なんていうか……力の塊? みたいなものがあった気がするんだ。アレのせいで泉が沼になっちまったんじゃないかなと」
濁った水を消滅させて煙幕が薄らいだとき、沼の底の地面になにか澱みが凝ったようなものがあるような気配がした。
それもろとも土を削り取ったので違和感も消えたが、とても気持ち悪い感触があった。
ニルならなにか知っているかもと思って相談したが、少し考え込んだニルはやはりそれがなにか分かったようだった。
「もしかすると、暗黒物質と呼ばれているものかもしれません」
「暗黒物質?」
なんだその、俺の中の少年の心が騒ぎ出しそうな名前のものは。
「魔法の書籍中に見かける存在です。暗黒物質は存在するだけで周囲に影響を与えるもので、非常に強力だと言われています。人間の中にエーテルがあるとき、それは魔力と呼ばれますが、空気中にあるエーテルが過剰に一箇所に収束すると暗黒物質になると言われています」
暗黒物質だけでなく、エーテルなんてのもあるらしい。魔力の元になる存在なんだろうか。
魔道士を自称するだけあって、ニルは魔法の構造にも詳しい。
「珍しいものなのか?」
「理論上あると言われているだけで、存在を確認した人はいないはずです。暗黒物質によって人間が別の種族になったり、動物が変異してドラゴンなどの魔道生物になったりすると言われていますが……実証はされていません」
「そんなもんがあるのか……」
もし強力な暗黒物質が実際にあの毒沼の底にあって、その影響で毒沼が作られていたのだとしたら、大変なことなんじゃないだろうか。
だってあの泉は水脈の上にあって、沼を地面ごと抉り取ったあとちろちろと湧いていた水は、透明で濁ったところは一切なかった。
あの沼は後からああなったんだ。いつからか、毒に侵された。
原因が暗黒物質にあったなら、そんなものを放置していいとは到底思えなかった。
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