24 / 44
本編
24.有給休暇の限界
しおりを挟む爽やかな風が吹き抜ける森沿いの街道を、俺は一路東へ歩いていた。
横には、俺より立派なフードを身に纏った部下。
前方には、輓獣を操りながら荷車の横を歩く新人。
地上に呼び出されてから三週間あまり。こうしてゆっくり風景を見ながら堂々と道を歩けるとは思ってもみなかった。
普段は近くの村や町に木材を卸しているセドリックは、荷車に木材と獣の毛皮を満載していた。
狩猟で得る素材は王都で卸すのがもっとも高額になるとのことで、そういう理由があれば滅多に遠出しないセドリックが怪しまれて関所で止められるということもないだろうという。
必然的に護衛である俺達にも不自然さが消える。
出自も怪しい、教会に追われている俺達を匿おうとするだけあって、セドリックは本当に肝の据わった男だった。
看病してもらったからか、ニルなんかはもう「セディ」なんて愛称で彼の名を呼んでいるし、セドリックのほうも満更でもなさそうな顔をするものだから、俺は未知の感覚に捕われている。
「これが、娘が嫁に行く父親のキモチってやつかなぁ……」
「……急になに気持ち悪いこと言い出してるんですか。置いてかれますよ」
今絶賛反抗期の娘(仮)が胡乱な顔でこちらを仰ぎ見る。
時間が経つにつれニルの態度が崇拝、尊敬、丁寧からどんどん雑へとシフトしていってるのは気になるが、やはり俺にとってニルは子分であり弟子であり部下でもある。
出来る限りのことはしてあげたいと自然と考えるのだ。
「ニルは、俺が無事元の場所に戻れたら、その後はどうするんだ?」
将来を案じての言葉だった。
だがニルはぽかんと口を半開きにして、すぐにきゅっと引き結んで眉根を寄せた。
あまり聞かれたくないことだったか?
俺がなんとか取り繕おうと口を開く前に、背負い袋の紐をぎゅっと握りしめたニルが顔をあげた。
「僕も、カイ様についていくことはできないでしょうか……」
「無理だ」
反射的に強い口調で断じてしまい、思わず「あ」とつぶやく。
案の定ニルはちょっと泣きそうな、とはいえ全然泣きそうになんてなってませんよといった顔で目を逸らした。
「そ、ですよね僕が神々の住まう地についていこうなんて、身の程知らずで」
「あーーっ違う違う、いや違わないかもしれないけどそういう意味じゃないんだ」
慌てて、以前も雲海の構造のことを考えたときに頭に浮かんだことを話して聞かせた。
俺の肉体は今、ふつうに存在しているように見えるし俺自身違和感はないが、恐らく次元を越えて俺の存在を引きずり下ろしたときに何らかの処置が施されている。
元々上位次元の存在である俺が次元を跨いで帰ることは、なにかしら制約があるにしろ可能だと思うが。
元がこの下位次元の存在であるニルが次元を越えようと思ったら、多分、痕跡すら残さず消滅するだろう。
「なんていうのかなぁ……次元の違いって物質の情報量の違いに近くてさ、たぶん俺の存在もこの世界に無理矢理形を作って押し込めてるだけで、全部持ってきたわけじゃないと思うんだよな。感覚的に。だからなにも縁のないニルが行ったら情報量が消し飛んでなくなっちゃう……と思う。雲海に立つのも難しいし」
「……なるほど、神降しとは言いますが、実際にカイ様は情報量を削り取られて降ろされたというわけなんですね。理解しました」
「お前の理解力がときに怖いよ、お父さんは……」
「誰がお父さんですか、誰が」
呆れた声のニルは、どうやら先程の傷ついた様子をなんとか抜け出したようだった。
───ついていきたいと思うほど、慕われてんのか俺。
顔がニヤけて、急いで引き締める。
やに下がった顔を見られたかと思ったが、ニルはなにやら真剣な表情でぶつぶつと呟きながら考え事に夢中だった。
情けないところを見られてまた馬鹿にされることがなさそうで、俺は細く息を吐いた。
ちょっとびっくりするぐらい、旅程は伸びた。
というのも行く先々で俺が冒険心を抑えきれなくてダンジョンみたいな洞窟に行きたがったり、ニルの体調を考慮して少し長めに宿を取ったり、俺が余計なことに首を突っ込んで出発が遅れたりと、ふらふらしていたからだ。
一部ニルのせいにしようとしたが、9割は俺のせいだ。さっき説教は受けた。
そんなこんなで、俺達が王都に着く頃には俺が地上にやってきてから二ヶ月半も経ってしまっていた。
セドリックが家から持ってきて王都で売るはずだった積み荷はもうひとつも残っていなかった。
途中寄った町や、俺が強引に寄り道した村などで、品質の良い材木はいくつも売れてしまい、早々になくなった。
毛皮も、王都に卸すものが辺境の村まで持ち込まれることは滅多にないということで欲しがられ、なくなった。
代わりに積んであるのは俺達の荷物と売れた商品の代金、貧しい村で物々交換した工芸品や装飾品だった。
セドリックは貴重品にまったく目が利かないため、最初は物々交換を断った。
しかし意外にもニルが村人とセドリックの間を取り持ち、差し出される品物とこちらの商品とのレートを決めていった。
今までも年齢不相応だと思ってはいたが、ニルの高性能っぷりには驚かされてばかりだ。
「こういった物品は、一番に王宮、二番目に教会へ持ち込まれます。それ以下の貴族や庶民に渡る頃には、粗悪な品質のものが多くなっているんです。これほど高品質なら飛ぶように売れますよ。あとは王宮と教会に見つからないうちにトンズラすれば大丈夫です」
「え!? お前そんな悪どいこと考えてたのか?」
「一度やってみたかったんですよね、商人業。僕達は本職じゃありませんから、さっさと消えれば足取りを辿ることはできません。あぁ、ご心配なく。カイ様が無事お帰りになってから実行しますから」
「いや心配だろそれ……ほんとに大丈夫なのか?」
「逃げ足の速さには自信があります!」
出会ったときは逃げ切れず地下の階段でひっくり返ってたくせに、よく言う。
俺は黄色いガラス玉を手のひらに包んだ姿勢で、ニルの横を歩いていた。
今や唯一となってしまった創造神の創造物は、だいぶ小さくなってしまった。
元々の質量が莫大なのでなんとか持っているが、この親指ほどしかなくなったガラス玉がすべて消えてしまえば、俺の力を使う先がなくなる。
地上のものを消しても、体の疼きはほとんど緩和されない。
それこそ山だの森だの地形単位で消す必要がある。
(もう少し、持ってくれよ……)
破壊衝動が収まったことを確認して、ガラス玉をポケットに納めた。
地上での時間が雲海でどの程度の時間経過になったかはわからないが、俺が抜けた影響はすでに地上に現れ始めていた。
俺が道楽のように行き道をずらさせて徘徊していたのは、なにも観光のためばかりではない。観光の目的も2割くらいあったけど。
辺境の村を目指して細い街道を辿って行ったのは、短期間の間に地形に劇的な変化があったと噂される村だった。
周辺に人が住んでいない地域を含めると、俺達の行く方角だけで6箇所。
多くは土砂崩れ、川の氾濫、動植物の異常発生といった現象として捉えられていて、人間たちが困っていることもあれば、特に被害と思われていないケースもあった。
現場に行ってみて、確信した。
創造神のほうも、力を抑えるのに限界が来ている。
これまで創造神の力を相殺できないほど距離をとったことがないので、一般的な上位創造神の場合を参考にするしかないが。
破壊神のいない創造神が担当世界の質量増殖を開始するのは、雲海上で20時間から30時間ほどだと言われていた。
雲の上では最低でも一日経過している。
物を壊すことで力を相殺できる俺と違って、創造神は一人で自分の力を制御することができない。せいぜいが、矛先を定めて生物に与える影響を減らす程度だ。
必死に地上に起こる天変地異を制御しようとしている苦しそうな創造神が、かんたんに想像できた。
(くそっ、なにやってんだ俺は……)
地上に現れた天変地異の前触れと言える自然現象たちを相殺するために寄り道をするのと、一刻も早く王都へ向かうのと、どちらが優先度が高いかはしばらく考えた。
結果、手の届く範囲だけでも力の影響を消していく方を選んで、ニル達にはなにも言わず、道楽を装ってふらりと行き先を変える。
辺境を散策するように歩き回って、現地の人間から情報を聞き出し、質量を増した山肌を削る。流れる水のかさが目に見えて減るまで力を放出する。
地上と生物を守るというより、俺の方の事情が先走って、ニル達の目がないところで俺は汗だくになるまで走り回った。
押さえ付けている破壊の力が、消化不良で暴れだしそうなのを無理やり抑え込んでいる。
ポケットの中の小さなガラス玉に触れる。
俺も創造神も、限界が近づいていた。
15
あなたにおすすめの小説
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
触手生物に溺愛されていたら、氷の騎士様(天然)の心を掴んでしまいました?
雪 いつき
BL
仕事帰りにマンホールに落ちた森川 碧葉(もりかわ あおば)は、気付けばヌメヌメの触手生物に宙吊りにされていた。
「ちょっとそこのお兄さん! 助けて!」
通りすがりの銀髪美青年に助けを求めたことから、回らなくてもいい運命の歯車が回り始めてしまう。
異世界からきた聖女……ではなく聖者として、神聖力を目覚めさせるためにドラゴン討伐へと向かうことに。王様は胡散臭い。討伐仲間の騎士様たちはいい奴。そして触手生物には、愛されすぎて喘がされる日々。
どうしてこんなに触手生物に愛されるのか。ピィピィ鳴いて懐く触手が、ちょっと可愛い……?
更には国家的に深刻な問題まで起こってしまって……。異世界に来たなら悠々自適に過ごしたかったのに!
異色の触手と氷の(天然)騎士様に溺愛されすぎる生活が、今、始まる―――
※昔書いていたものを加筆修正して、小説家になろうサイト様にも上げているお話です。
誓いを君に
たがわリウ
BL
平凡なサラリーマンとして過ごしていた主人公は、ある日の帰り途中、異世界に転移する。
森で目覚めた自分を運んでくれたのは、美しい王子だった。そして衝撃的なことを告げられる。
この国では、王位継承を放棄した王子のもとに結ばれるべき相手が現れる。その相手が自分であると。
突然のことに戸惑いながらも不器用な王子の優しさに触れ、少しずつお互いのことを知り、婚約するハッピーエンド。
恋人になってからは王子に溺愛され、幸せな日々を送ります。
大人向けシーンは18話からです。
【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】
ゆらり
BL
帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。
着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。
凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。
撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。
帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。
独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。
甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。
※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。
★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる